第19話 ご機嫌ナナメ
1日ぶりの大学に沈んでいた気持ちも前向きになる王子だったが、正門を潜ると周りの生徒の目線がみんなこちらを向いて居て困惑する。何かしたのだろうかと不安に思っていると、入り口付近で号外が配られて居て、そこには一昨日の事件の事が大々的に書かれていた。オリバーと言う生徒の証言を元にした記事は、王子が身を挺して全校生徒を守ろうとしたとも書かれて居て、メディアらしい誇張表現に絶句してしまう。
「王子!」
選挙活動の為、生徒会室へ足を運んだキリヤナギは、駆け寄ってきたシルフィに驚いてしまった。二日ぶりに顔を合わせた彼女は、頭に包帯を巻くキリヤナギを足元まで見て両手を握ってくれる。
「不審者に暴行されたと聞きました。何があったのですか?」
「え、えっと……」
シルフィは、頭の包帯をまじまじと見て傷が、ほぼ無いことを確認するとほっと肩を撫で下ろしていた。その心配ぶりは昔とは変わらず、懐かしくも思ってしまう。
「王子。活動も大切ですが、どうかその身を粗末にされず周りを頼ってください。私も出来る限りのことはしますから……」
「シルフィ。ありがとう……!」
その日の呼びかけは、シルフィに無理をしてはいけないと諭され、キリヤナギは活動を断念し、授業までの時間を教室ですごした。
デバイスで時間割とスケジュールを確認していたら、ヴァルサスがこちらを見つけ駆け寄ってくる。
「よ、ヒーロー! 今日はこれたんだな」
「ヴァル……。やめて、恥ずかしい……」
「これ見たぜ、新聞部味方につけるとかやるじゃねーか」
書かれ方があまりにも不本意で思わず机へ突っ伏してしまう。後ろや前の席からも視線を感じ、とても落ち着かなかった。
「王子って意外とメディア慣れしてねぇんだなぁ……」
「……記事にするとは言ってたけど」
「忖度?」
「してないし!」
「してたら休むほどの怪我もしねぇか」
周りの視線が痛い。うなだれている王子は、雰囲気が普段とは違い、ヴァルサスは違和感を覚える。
授業が終わり、皆が教室を出てゆく中、ヴァルサスは何気なく口にした。
「じゃ、俺二限とってねぇし、先にテラスにいっとくぜ」
「僕、今日はテラスには行く気なくて……」
「は? なんで……」
「ちょっと、一人になりたいなって」
ヴァルサスは唖然としていたが、目を合わせない王子へ何も聞かず、彼は教室を後にした。残されたキリヤナギは、他の生徒に質問攻めに会いながらも丁寧に対応し一人二限の教室へ移動してゆく。
*
「一人になりたいと言ったならそれでいいのでは? 外野がとやかく言うものではない」
「そうだけどさ」
ヴァルサスとアレックス、二人のみの会話はほぼ初めてだろう。今日の屋内テラスはククリールもおらず、普段よりも静かに思えていた。
「アレックスは、あいつの事どこまで知ってるんだ?」
「定期的に会っていたが、社交会で顔を合わせるぐらいで、そこまで深い話はしたことはなかったな。だが、噂は流れてきていた」
「噂?」
「去年の王子の休学の原因は伏せられてはいるが、病気だったらしい。それも単純な物ではなかったそうだ」
「それは悪いって意味?」
「詳しくはしらん。私もあくまで宮廷騎士である叔父から聞いたことだ。少なくとも騎士団では、去年の休学以降この学校で見かけても『王子には触れるな』と言う決まり事ができたと言う」
「……なんだそれ」
「それ以上は私も知らない。わかるのは王子と騎士の間に『何かある』ぐらいだな」
言葉が抽象的でヴァルサスは殆ど理解ができなかった。諦めて持ってきた雑誌を広げると、テラスの入り口に一人の女性が姿をみせる。現れたマリー・ゴールドは、キリヤナギのいない屋内テラスへ少し困ったように挨拶をしていた。
*
キリヤナギは一人で中庭のベンチに座り、誰もいない場所でお昼を済ませていた。王宮の中庭とは違い、学校の中庭は半分以下の広さで人の気配が少なく何故かほっとする。テラスの次にいい場所だと、空を見上げて深呼吸をしていた。
「今日はいつもの場所へ行かれないの?」
突然声をかけられ驚いてしまう。数日ぶりのククリール・カレンデュラは、堂々と王子の前に立ち、手に今朝の新聞を持っていた。
「……うん。今日は一人になりたくて」
「あら、王子様は意外と孤独なのね」
「そう見えるかな?」
「……アゼリアさんと関わって疲れたのではなくって?」
「ヴァル?」
「騎士貴族と伺っていますが、あの方思想が一般ですから」
心配されているのだろうかと、キリヤナギは不思議な気分だった。今までククリールは、キリヤナギとの対話を殆ど拒否してきた印象があったからだ。
「僕は、むしろ新鮮かな。王宮だとなかなか聞けない意見だから興味深くて」
「寛容なのね。私はあの無知さに話す気もおきないのに」
「自分達が一般の人達にどう見られてるかって指標になるのかなって僕は思ってるかな」
「庶民的なのね」
「ククは、やっぱり先輩寄り?」
「私はどちらにも付きません。興味がないので。でも私は私の居心地がよくなる思想を支持します」
「それはどう言うの?」
「元々一般の方々が、学内で私達を貴族として扱うのが良くないと思っています。そんなもの元々存在しないもの」
へぇーと、キリヤナギは感心していた。確かにシルフィの思想もアレックスの思想も、根本は一般平民達の固定概念から必要になった事だからだ。それはおそらく、大多数の憧れや偏見で形成された貴族への「理想」であり、こうあって欲しい、こうあるべきだと言う偏見に貴族が応える構造になったのだろう。
「私達は普通の生徒としてこの学園に来ているのに、押し付けるのは止めて欲しいですね」
ククリールがどちらにもつかないのは、どちらもそれに矛盾しているからだ。元々平等なのに、シルフィは平等を維持すると主張し、アレックスはそれを分離しようとしている。
「去年の会長は、曖昧で混沌としていたその差をアレックス主導の風紀ではっきりさせた。皆様にとっては希望が形になったのでしょうけど、私からしたら余計なお世話でしたね」
ヴァルサスのいっていたアレックスへの反感の理由がわかり、キリヤナギは納得してしまった。曖昧だったものをはっきりさせる為、アレックスは【読心】を使いながら、学生達へその偏見を植え付ける圧倒的な力の差を誇示したのだ。
貴族は貴族として、この学園を支配しながら統制してゆくと『王の力』をもってその立場を示した。結果的にそれは成功し、いまの体勢が確立した。ククリールがシルフィと対立するのもわかる。シルフィは現状を維持すると言いながら、平等を訴える。まさにその在り方が矛盾しているからだ。
「私は、ハイドランジア嬢とアレックス。どちらでもない貴方へ期待してます」
「……!」
「貴族と一般、どちらにも寄らない貴方なら、この学園の基礎にある『平等』へ限りなく近づける気がするので」
「……ありがとう。でも僕も学内だとそんな位の差なんてないって聞いてたから驚いたし、一人一人が堂々とできる学校になれば、理想だよね」
「そうね。問題はあるでしょうけど、それは貴方がなんとかしてくれるのでしょう?」
「え、うん。が、がんばります」
ククリールに言われるとプレッシャーを感じてしまう。しかし、嬉しくもあり照れてしまった。
「いつもの場所へ戻られないの……?」
「ごめん。今日は整理したくてありがとう」
「なら最後にひとつだけ」
「?」
「この記事をどこまで信頼していいか分からないのだけど、公爵家としてとても誇りに思いました」
「!」
「頑張って下さいな」
ククリールは楽しそうに笑い、身を翻して去ってゆく。キリヤナギは、もう一度空を見上げ久しぶりの1人の昼休みを過ごしていた。
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