第18話 騎士の談合
王宮の業務も定時を迎え、皆が帰宅の準備を始める騎士棟で、セシル・ストレリチアは、数週間ぶりに定時に業務を終えて自身の自動車へと乗り込んでいた。何ごともなく普段通り守衛に挨拶をした彼は、信号に注意しながら運転を続け、とある小売店の駐車場へと停車する。ここは、1日休みなく営業する店、コンビニエンスストア、通称コンビニと呼ばれる店だった。自炊が苦にならないセシルは、普段から利用頻度も少ないが今日は待ち合わせがあり店内へと足をはこぶ。
雑誌コーナーで漫画を見て居た私服のジン・タチバナは、店内へ現れ簡単な飲料だけを買って出てゆくセシルと自動車へと戻った。
「突然呼び出して悪いね。ジン」
「いえ、いいんですけど、通話じゃダメなんすか?」
「私は、そういうのは信頼してないんだよね」
ジンは、セシルと連絡先を交換していなかった。今日の待ち合わせは、以前王宮へ顔を見せた際、セスナからさりげなく渡されたメモに書かれていたことだ。
「王宮、やばいですか?」
「まぁ、過去一ぐらいには」
「マジ?」
笑いながら話すセシルは、買ってきた飲料へ口を付ける。ジンにもお茶を渡してきて一服しているようだった。
「令嬢拉致未遂で盗まれた【未来視】の裏が取れたよ」
「本当ですか?」
「……先月ごろからウィスタリア領での土地を納める【未来視】をもった貴族が行方不明になっていた」
「……」
「次はローズマリー領から、ここでも五年前。【認識阻害】を貸与された女性騎士が、自動車で都市部から離れた森林へ消えこちらも消息不明になっている」
「死亡事故?」
「遺体は上がってないからどうなんだろうね。貸与可能な人数は、その日の測定で十人だったそうだ」
「……多いっすね」
「そして、この首都で起こった自動車の水没事件には、カレンデュラから赴任してきた【身体強化】を持った騎士、アロイス・フュリーが乗って居た。彼の貸与可能人数も十人。どう思う?」
「計画的なもの……?」
「可能性の域を出ないけどね、これだけ複数の異能をとられてたら【重複貸与】の可能性もあるかなってみてるよ」
「王の力」を二つ以上その身へ宿すことは、理論上は可能だ。しかし、それは戦時中でのみ運用され、現代では騎士団にとっての禁忌とされている。
「話を戻そうか、つい昨日の出来事だけど、桜花大学に侵入者があったんだ」
「マジ?」
「侵入したのはヴィンセントと言うチンピラ。大学の部屋を占領していて、殿下が注意しにいったそうだが、胸ぐらを掴まれて投げられたらしい」
「えぇ……」
「はは、でも問題はその男ヴィンセントが、【身体強化】を持っていた事だ。交戦したヒナギクへ買ったと話して居たと」
「取り調べは?」
「手が回らないからと別隊へ投げたら、それ以上はこちらの話だからと突っぱねられたよ。いやぁ、若いって辛いね」
セシルの笑いが怖くなり、ジンは何も言えなくなった。確かに彼の容姿は、大隊長の中では一際若く見えるからだ。
「話を戻すとヴィンセントが【身体強化】を買ったなら、どこから漏れたのかという話になるが……」
「自動車の水没?」
「流石、話が早いね。アロイスは自動車の事故を装い、【身体強化】をもったまま逃亡し、その日のうちにヴィンセントへ【売った】。これは憶測だが、現場付近のあの襲撃犯は、アロイスを匿っていてあえて殿下を襲撃することで騎士団の目を逸らし、逃したのかな?」
「俺は、人数いたから殿下攫えると思ったのかなって」
「その可能性も十分にあるね」
楽しそうに話すセシルに、ジンは先日の推理するキリヤナギを思い出した。彼は遊び半分だったが、セシルはまるで全てを見透かすように口を開く。
「まぁ、『王の力』を持っているかどうかは、実際使われないと分からないから、これからどうやって後を追うかって話ではあるんだけど」
「……」
「わかる?」
「わかんないですけど、使い慣れてると【癖】がつくので、俺的には【素人】のがわかりにくいすね」
「なるほど、専門家の意見だ」
「でも隊長からしたら、盗まれた時点で厄介なんじゃ? 殺したらダメだし?」
セシルは困った表情をみせていた。騎士団では『王の力』が盗み出された場合。その相手がどんなに巨悪であろうとも「殺害してはならない」と言うルールがある。それは、「異能は貸与された物」であり、あくまで「返却が義務」だからだ。しかし、異能をもつ当事者を殺さずに戦う事は、騎士にとってもリスクを伴う。
「最近は、相打ちの方が損壊が大きいから例外も認められてるよ」
「理由しってます?」
「知らないね。でも『王の力』の詳細は、騎士団でも聖域だから、貸与されている以上、それを守る事が忠義につながると思っているよ」
ジンは感心していた。王族しか知り得ない『王の力』の詳細は、その曖昧さゆえに軽視されつつあるが、セシルはそれを守ってこその信頼関係だと言い切ったからだ。
「ジンはどう思う?」
「俺は、殿下守るためなら選ばないですね」
「はは、流石の『タチバナ』だね」
ジンはどちらでもいい。貸与されていようがいまいが、王子を狙う時点でそれは『敵』であり、「タチバナ」からみた『王の力』は、打倒するべきものだからだ。
「もうちょっといいですか?」
「なんだい?」
「隊長は、殿下が狙われてるって言いたいんですよね?」
「そうだね。敵が『王の力』を盗み、それを足がかりにしようとしてるのかな?」
「全否定するみたいなんですけど、能力者は殿下のとこに来ないんじゃないかなって」
「それは?」
「殿下、取り返せるし……?」
セシルは、ジンの言葉に驚いた後、楽しそうな笑みを見せる。意表をつかれたように、ハンドルにもたれて笑っていた。
「なるほど、確かにその通りだ」
「せっかく盗んだものをわざわざ殿下のとこに持っていかないと思うんですよ」
「そうだね。その上で殿下は『タチバナ』もある程度は使える。そうか」
「?」
「ヴィンセントが殿下の前で【身体強化】を見せなかったのは、奪取されるとわかっていたからか。なるほどこれは『味方』の可能性もあるかな?」
「それはないんじゃ……」
「気絶した殿下を放置した時点で、少なくとも宮廷騎士の『敵』ではないよ。これは憶測だが、ヴィンセントはあくまで『騒ぎを起こせ』と指示を受けて居たのだろう。素人の考えなら宮廷騎士の目を引く為、王立の学校を選ぶのは想像しやすい。あの大学は、殿下がいて宮廷騎士も動かざる得ないからね。この大前提でヴィンセントが、殿下と関わらなかった場合を想像してみようか」
もし、ヴィンセントがキリヤナギと出会わなければ、暴力沙汰にはならず学園への無断侵入のみだった可能性もある。『生徒』へ危害を加えたことで、それに止まらなくなり逃亡したのなら、【身体強化】を使って逃れようとした辻褄が合う。
「殿下と出会うの事が想定外だったならヴィンセントは、目的も何も知らされて居ない。【身体強化】が欲しかった唯のチンピラだ。少し感情的なだけだね」
感情的なだけで王子を殴れるのかとジンは困惑してしまう。しかしセシルの話す『敵』が、念入りに準備をしていることへ、ジンは理解が追いつかない。
「宮廷騎士の意識を外部に向けようとしているのなら、『敵』はもう殿下の周辺にいる可能性がある。ジンの話を交えるなら警戒されない為に手持ちの異能を貸し切った【無能力】だろうと思うけど……」
「……」
「思い当たったかな?」
「……はい」
ジンの目線は下を向いて居た。躊躇うほどの相手なのだろうかと、セシルはジンの立場を憂う。
「隊長は、なんで俺に話したんですか?」
「私はこの宮廷騎士団で、君以上の殿下の味方は居ないと評価している。アカツキ騎士長すら降ろされた近衛兵をどんな時も止めなかった君をね」
「近衛兵になったのは、去年からなんですけど……」
「はは、そういえばそうか」
ジンが特殊親衛隊へ抜擢されたのは、このセシルの任命があってこそだ。それまでのジンは、どこの隊にも配属されないまま外国へ送られ、カナトの元で護衛任務へついていた。しかしその間も、王宮を抜け出してきた王子へ手を貸して居た事は、宮廷騎士団の周知の事実でもある。
「ここで話せば、君は私が何も言わなくても、殿下を守る為に動くだろう?」
「……」
なるほどと、ジンは納得してしまった。セシルは、その大隊長の肩書きにより王子周辺の細かい警護にまで手が届きづらくなっているのだ。親衛隊を総括するとはいえ、宮廷騎士団の幹部であり、『王の力』周りの事件に手を取られている。つまりこれは、「方法は問わない。王子を守ってくれ」と言う遠回しな頼み事だ。
「信頼していいんです?」
「私に対してなら判断は任せるよ。信頼は勝ち取るものだと思っているしね。全て嘘だと思うならそれでもいいさ」
へぇーとジンは感心していた。確かに信頼してくれと懇願される方が疑ってしまうからだ。
「分かりました」
「頼りにしているよ」
セシルはその後、ジンへコンビニ弁当を渡すとアークヴィーチェ邸まで送迎してくれた。
夜も更けゆくオウカの首都は、眠らないまま朝を迎え人々はまた新しい日を迎えてゆく。
*
刻々と迫り来る誕生祭の為、首都が徐々に飾りつけされてゆく中、金曜日の朝を迎えたキリヤナギは、憂鬱な気持ちでリビングへと出てきた。
「おはよう御座います。殿下」
「……おはよう」
目線が下を向き、明らかに元気はないが体調は悪くなさそうにも見える。今日はセオも止めるつもりはなく、お弁当も準備もできていた。
「いかがされましたか?」
「ちょっと、ショックな事があっただけ、セオは関係ないから……」
セオは冷静に言葉を理解し、王子の「聞いて欲しくない」と言う意思を受け取った。あまり見せるべきではない態度にはみえるが、キリヤナギの場合、信頼があるが故の態度とも言える。
「そうですか。お力になれそうならばご相談ください」
「……ありがとう」
グランジは無口で、今日も何も言わず後へついてきてくれる。普段通りを装う王子だが、やはり目線がぼーっとしていて考え事をしているようだった。
「グランジってさ」
「……?」
「信頼の基準ってある?」
唐突な質問に戸惑いつつグランジは真面目に考えて答えた。
「相手の性格への理解に重きを置いている」
「性格への理解?」
「行動にブレがないのなら、信頼ができる」
「な、なるほど?」
「ブレない人物に思い当たる人は?」
「セオとジンは、グランジの基準ならすごく信頼できるかも……」
話していて帰ってくる返答が即座に想像ができてしまう。気がつくとグランジは自分を指差していて申し訳ない気持ちになってしまった。
「グランジも信頼してるよ」
「……」
とってつけたようだが、グランジはそもそも無口でどう表現すれば良いか分からない。それでも、でてくる言葉は常に核心をついてくる為とても頼りにしていた。少しだけしゅんとしたグランジの目線に、思わず焦ってしまう。そう言う態度も「信頼」していた通りで言葉にできないのがもどかしい。うーんと悩んだキリヤナギを、グランジは何かを察したように撫でてくれて居た。
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