第16話 親衛隊出動!
目が覚めたそこは見慣れない場所だった。視界に入る殆どのものが白で統一され、ベットを囲むようにカーテンが下ろされている。
消毒液の匂いは医務室だろうと安心していたら、視界へ1人の騎士が顔を出した。
「起きたか?」
「殿下……!」
覗き込んできたグランジとセオがいて、理解が追いつかなくなる。
医務室だと思ったそこは病院だった。意識がもどると、抑えられていた後頭部へ一気に痛みがきて思わずうめいてしまう。
「痛い……」
「お元気そうですね」
「僕、どうなった……?」
「頭から出血していて運ばれた」
自分でも困惑してしまった。起き上がってみると、セオはまるで現実から逃避するように項垂れている。
「ご、ごめん」
「もう、何もいいません。本当ご無事でよかった……」
鏡をみれば頭には包帯が巻かれ、側から見るとどう観ても大怪我だ。セオは、もはや何も言わないが、誕生祭と繰り返されていたのを思い出して何から話せばいいか分からない。
「何があった?」
グランジの唐突な問いに、キリヤナギは顔を上げた。記憶がぼやけていて上手く表現できないが、部外者らしき男に胸ぐらを掴まれ、言い合いになったのは覚えている。
「生徒っぽくない人に捕まって、殴られた? 投げられた?」
「何故?」
「部室を取り返したくて……」
セオが理解不能という表情でこちらを見ている。どう説明すべきか迷っていると、個室の扉の向こうから人の気配がして、ノックからセスナが顔を見せた。
「殿下、おはよう御座います。お加減は如何です?」
「セスナ……」
「こちら通報してくださった生徒さんとの聞き取りが終わったので、お迎えに上がりましたが、王宮へ戻られますか?」
「帰っていいの?」
「そこまで深くなかったので、手当てだけで十分だそうです。意識次第で帰宅でいいと」
「じゃあ帰る。迷惑かかるだろうし……」
「迷惑と言うよりかは、大所帯は避けられませんからね……」
セスナは優しい笑みを見せ、キリヤナギを自動車まで誘導してくれた。グランジが運転する帰路の最中、少しずつ記憶が整理されてきて思わずセスナに問いただしてしまう。
「ヴィンセント? どうなった?」
「加害者の男性ですね、現在総力をあげて捜索中です」
「約束してて……」
「約束とは?」
「伺っていますよ。ですがそれ以前の問題です。殿下」
普段から物腰の柔らかいセスナのはっきりした言葉にキリヤナギは少し驚いてしまう。
「まず、加害者は『生徒』ではなく。外部の人間であったこと、そして『生徒』へと理不尽な危害を加えたこと、殿下が殿下であると理解しながら危害を加えた事は、国家への反逆にも等しい」
「だけど、あくまで学校で起こった事でーー」
「もう一度言います。敵は『学生』ではない。これは学生間の問題ではなく、殿下と言う『生徒』の被害者と、危害を加えた『侵入者』の事件です。また加害者は殿下を殴らなかった」
「……!」
「かの生徒さんのお話で、殿下が結ばれた契約は、あくまで『殿下へ直接暴力を加える』こと、しかし加害者は殴ることはせず殿下を跳ね除けました。我々騎士は、これを契約不成立とし現在捜索中です」
「これは……?」
「そのお怪我は、床へ倒された時にぶつかったものだそうです。つまり事故と解釈もできますが、我々は騎士として殿下を傷つけられたことは見過ごす事はできません」
「……セスナ」
「はい」
「君は僕を言いくるめていないと誓える?」
聞いていたグランジとセオが息を詰める。自動車が信号でとまり静寂が訪れる車内で、セスナははっきりと述べた。
「はい。騎士・セスナ・ベルガモットは、殿下の親衛隊として真実のみをお伝えしております。必要とあらば、目撃生徒たるオリバー殿へ確認をして頂いても構いません」
「オリバー……?」
「殿下と加害者の出来事を目撃され、我々騎士へ通報してくださった生徒です。陛下より借り受けたこの【読心】を使いつつの聞き取りでしたが、真摯に応じてくださいました」
「そっか、わかった。セスナ、変なこと聞いてごめん、ありがとう」
「光栄です」
その後キリヤナギは無事王宮へ送り届けられ、待っていた王妃ヒイラギに迎えられていた。彼女は怪我をした王子を酷く心配しており、無事に帰宅した事へ心から安堵を得ていた。
王子が無事に王宮へと戻り、仕える人々も一日を終えてゆく中で、同じく王宮へと戻ったセオ・ツバキは、1人宮殿の屋上へ上がっていた。首都に立つどの建物よりも高い宮殿は、頂上へ鐘が据えられ首都へ住む人々へ正午を知らせる場所でもある。
そんな街全体が見下ろせる場所へ、セオ・ツバキは業務用の階段を登り桜紋がついたメイスを掲げていた。宮廷特殊親衛隊の1人、セオ・ツバキは、昨年度より騎士の称号を持たずとも親衛隊へ抜擢されたバトラーでもある。
「たった1人にここまでの戦力が出るのは、大人気なく思うのですが……」
『悪いね。人手が足りないんだ』
「独り言です。お気になさらず、セシル隊長」
『みんな、こんばんは! 殿下殴られたってマジ?』
「リュウド君、遅いですよ。今更ですか?」
『はは、妹の宿題に付き合ってたんだよ。許せって』
王宮の屋上から、セオは夜の城下を見渡してため息をついた。今ここ親衛隊が動くことをキリヤナギは望んで居ないのだろう。だが、彼らは近衛騎士なのだ。国家存続の為に支障が出ることがあれば王命に従い動かなければならない。
セオはしばらく心身を落ち着かせ、自身が借り受けている「王の力」を解放する。開かれた目【千里眼】は、明るく広大な首都を見回して「敵」を探した。
特徴はサングラスに派手なジャケット、粗悪なシャツ、しっかりした体つき。逃げるならば鉄道を使うだろうと、そちらへ視野を広げた時、駅前で特徴と一致する男が路上で酒を飲んでいるのを発見した。
伝えようとしたら、すでにヒナギクが駅の周辺で探していて、セシルの推察力に感心する。
「首都の駅前にそれらしき男がいる。もうヒナギクさんが近くに」
『へぇー、セシル隊長。流石!』
『我々の隊長ですよ。当然です!』
『セスナちゃん、仕事中だからあとにしてくれませんか??』
『ヒナギクさんこそ「ちゃん」はやめて下さい! 僕は男ですよ!』
『みんな真面目に仕事しようか』
『隊長! 殿下の送り迎え終えましたので、僕、今からそっちに向かいますね』
『もう間に合ってるから、セスナは来なくていいよ』
『そん……』
グループ通信が喧しくてイライラするが、普段通りだとも思い、ため息しか出ない。先程別れたグランジもすでにヒナギクと合流して、ターゲットを探していた。
遅れてきたリュウドが、敵が鉄道へ逃げ切るのを防ぐため、駅前で待機する。
そんな夜も更けて、首都が騒がしくなる中、キリヤナギは、宮殿で使用人と共に自室へと戻ってきていた。
リビングには、普段常駐していない銀髪の女性がおり、敬意を示すように礼をしてくれる。
「ラグドール……」
「ごきげんよう、殿下。ラグドール・ベルガモット。ここへ参りました」
宮廷騎士団、ストレリチア隊。特殊親衛隊のラグドール・ベルガモットだ。美しい銀髪を二つに束ねて下ろす彼女は、副隊長たるセスナ・ベルガモットの妹であり、おっとりとした印象をうける。
「他のみんなは?」
「皆さん。本日は任務へ出ているようです。私は殿下の治癒も兼ねてここへ」
「そっか、ありがとう」
「お茶をお持ちしますから、先にお部屋でおやすみください」
ラグドールは、七つの『王の力』の一つ、【細胞促進】を預けられた騎士の1人だ。この異能は、人体を構成する細胞分裂を促す事で、体に受けた怪我の治癒を高速化できる。
「お加減は如何ですか?」
「……まだ、ちょっと痛い」
「傷は浅いですが、出血もありましたし、あまり無茶はされないでください」
「うん……」
「本当は自然治癒がいいのですが、お誕生祭が迫っているのと、跡が残っては行けないので、ある程度治癒させて頂きますね」
触られるとまだビリビリと痛む。手を添えられるとじんわり浸透するような熱を感じて、痛みがおさまるように消えていった。まるで何事もなかったかのように違和感も無くなって新鮮にも思う。
「後ろは髪があるので目立ちませんが、完治したわけではないので、シャワーを浴びる時は擦らないように気をつけてください」
「……ありがとう」
「ご無事でよかったです」
ラグドールの入れてくれたお茶は何故かひどくしょっぱくて飲めなかった。彼女が気遣いで入れてくれた砂糖が塩だったらしく、キリヤナギは何故か自分で入れ直したお茶をラグドールへとだしていた。
そして日付が変わりかけ、ようやく男が動き出す。身を隠しやすい路地裏から駅前の広場へと出てきた男は、目の前の銀髪の若い美女へため息を落とした。
「ご機嫌よう。最後の晩酌は如何でしたか?」
「出国してやろうと考えていた時に、こんな美人に話しかけてもらえるとは、人生捨てたものではないな」
「大変光栄ですね。ですがお会いできるのこれが最初で最後でしょう」
「たかが王子1人の為に、騎士団はえらくご立腹だな」
「あら、誤解されないで、今回の貴方の元に我々が現れた理由は二つ。一つは我が王立の学園への無断侵入。学生でない貴方の中に入れた事は、我々騎士団の落ち度です。そしてもう一つ。無抵抗な『学生』への理不尽な暴力。侵入だけなら厳重注意で済んだでしょう。でも貴方は手を出した。『学生』へ」
「なるほど、『王子でなくても動いた』と言い訳するんだな」
「いいえ。これは我々の『プライド』です。このオウカの国の首都に属する宮廷騎士団が、たかがチンピラ相手に舐められているなど、あってはならない。どうか我々の有能さを示す『見せしめ』になって下さいな」
「侵入されてる時点で、間抜けだと気づいた方がいいぜお嬢さん」
途端、ヴィンセントの筋肉が膨張しヒナギクがはっとする。床を殴りつけ、駅前のタイルが砕け散ったことでヒナギクもまた動いた。そして、視界から見えなくなるその力にヴィンセントの口角がわずかに上がる。
「ねぇちゃんも異能使いか」
「その力をどこで……!」
「実は昨日『買った』ばかりなんだ。試させてもらうぜ!」
ヴィンセントの見せた力は、一時的に体の筋力を一気に高める、七つの「王の力」の一つ【身体強化】の物だ。「王の力」は、この国では本来騎士にしか与えられず、それは厳重に管理されている筈なのにヴィンセントが持っているのは想定外でもある。
しかし、ヒナギクは冷静だった。またヴィンセントは、見えそうで見えないヒナギクへ狙いが定まらず、こちらも驚く。
「なるほど、こりゃ厄介だな」
「無知な貴方へ、特別に解説しましょうか。私が借り受ける『王の力』、【認識阻害】です。どうか楽しんでくださいな」
敵の意識から姿を隠す異能、【認識阻害】。まるで透明になるように見えなくなり攻撃が当てにくくなる力だ。どんなに早く、どんなに強い攻撃でも、当てられなければ意味がない。
ヒナギクは、ヴィンセントの攻撃を異能を小刻みに使う事で回避しつつ、銃を抜いて狙撃する。足元の威嚇狙撃に後退し、距離を取らせるヴィンセントにヒナギクは【認識阻害】を継続しながら狙った。【身体強化】は、その筋力を強化できる時間に制限がある。それは異能による急激な強化に体力が追いつかないこと、また筋力の膨張によって繊維が一気に破壊されるからだ。
これは人々が普段よく経験する「筋肉痛」を呼び、それは異能を使った後の反動として術者へと帰ってくる。反動の出方は個人差だが、持続時間は体力のある騎士で約5分、平均は3分前後が長い方で、【素人】ならばそれ以下と見ていい。
【素人】のヴィンセントは、未だヒナギクへ攻撃を当てる為に突っ込んでくるが、その場所へ既に彼女はおらず、当てることはできなかった。
「そろそろ限界でしょう? お体に触りますよ」
このまま時間切れを待つべきかと、考察した時、再びヴィンセントの口角があがり動いた。見えていない筈のヒナギクの足元を狙われ、驚いてしまう。
「なるほど、そっちは万能じゃねぇんだなぁ……」
気づかれたと、ヒナギクは認識を改めた。この男は馬鹿ではないと再評価もする。ヒナギクの持つ【認識阻害】は、一つ致命的な欠陥が存在する。それは、姿が見えなくとも影を消すことは出来ないからだ。人の目は騙せても、光は欺くことはできない。
狙撃のため、無意識に街頭のある場所へ移動していた自分に反省し、ヒナギクは闇夜へ逃げ込んだ。この力は、夜こそその致命的な欠陥を補える絶好の機会だからだ。影が消え、再びヒナギクを見失うヴィンセントは、徐々に【身体強化】の時間が削がれ、動きも鈍くなる。
「意外と頭がキレる方で嬉しい限りですわ。でもーー」
街頭の下へ走り込むのは確かに正しい対応であると、ヒナギクはヴィンセントを静観し、彼女は両腰のサーベルを抜いて駆け出した。
ヒナギクの姿が見え、即座に突っ込んできた敵に彼女は、まるで踊るように背後を取る。
「影を見られることぐらい、我々にとっては当たり前なのです」
騎士は『王の力』の【プロ】だ。王より借り受けたその力を極め、応用して勝ちにゆく。それは【素人】の追従を許さず圧倒的な結果を出してゆく。後ろをとったヒナギクは、二刀のサーベルでヴィンセントを殴りつけ意識を奪った。途端周りへ待機していた応援の騎士も姿を見せ、全員が「敵」を抑えにゆく。
ヴィンセントが【身体強化】を使用したことで、無関係な人々が巻き込まれないよう。騎士団は周辺に包囲網をつくり通行にも制限をかけていたのだ。
その場へ集合した親衛隊達は、連行されるヴィンセントを見送り、王宮へと戻ってゆく。深夜に行われた戦闘は、朝のニュースとして数秒だけメディアに報道されるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます