第14話 タチバナ的には②
セシル・ストレリチアは、その日発生した「自動車の河川落下事故」の現場へと赴いていた。
昨晩、クランリリー騎士団で管理する自動車が一台盗まれ、そのまま首都の河川へと突っ込んだのだ。首都を流れる川は大きく深いことから、周辺には人が落下しないよう柵が存在するものの、今回それは無惨にも突き破られ、金網がひしゃげた現場となっている。
潜水の得意な騎士が、特殊な器具を用いて潜るものの、繁華街の周辺で濁りがひどく、車内は確認することができなかった。
「ストレリチア卿。どうだ?」
「ご機嫌よう、閣下」
「今はもう同格だ。ミレットでいい」
クラーク・ミレット。宮廷騎士団大隊長の1人である彼は、かつてセシルが下へついていた王族からの信頼の厚い騎士の1人だ。
本来、首都で起こった事件や事故は、地元の騎士団であるクランリリー騎士団の管轄でもあるが、事件へ関与した騎士へ「王の力」が貸与されていた報告あり、宮廷騎士にあたるセシル・ストレリチアが現場へ赴く事となった。
クラーク・ミレットもまた誕生祭が近いことを踏まえ、様子を見にきたのだろうとセシルは察する。
「恐縮です。ミレット卿。今はまだ中の確認はできず……」
「運転していたのは?」
「先日、カレンデュラより赴任してきたクランリリー騎士団所属のアロイス・フュリー卿です。【身体強化】を貸与されていたと……」
「そうか。厄介だな……」
騎士団の自動車は、ルーフと側面へ桜紋がペイントされており、走っていればすぐわかるものだが、水没した自動車は、濁った水に覆われて殆ど姿を確認ができない。その上で引きあげる為には重機を手配する必要があり、すくなくとも数日は時間を要する。
「ここから先は、クランリリー騎士団の協力を得ながら、目撃情報を元に調査を続ける予定です」
「ふ、若い殿下の警護との両立は骨が折れるな」
「任された身である以上は、光栄として尽くす限りですよ」
苦笑まじりのストレリチアに、ミレットは笑いながら去っていった。
王宮では先日のボヤ騒ぎなど小規模な問題も起こっており、セシルは関連性を疑わずにはいられなかった。
そんな様子を、ジンはセシルに見つからない様に遠目でみていた。昼休憩でカナトに買い物を頼まれ、首都を歩いていたら遭遇し、何が起こっているのか興味が湧いてしまったのだ。
宮廷騎士の制服でウロウロしていると、こちらを歩いてきたセスナに発見されてしまう。
「ジンさん、ご機嫌よう!」
「ふ、副隊長……」
「セスナでいいですよ」
ニコニコする彼に、ジンは戸惑ってしまう。野次馬に紛れるつもりで見にきてみると、クランリリー騎士団の管轄かと思えば宮廷騎士がそれなりにいて驚いた。
近くに張られた臨時テントへ引き込まれたジンは、セスナに座らせられてお茶をだされる。
「い、いいっすよ。すぐ帰るんで……」
「そう言って気になるから来られたんじゃないんですかー?」
「え、まぁ、でも俺の仕事じゃないんで……」
「おっしゃる通りですけど、隊長。ジンさんに知らせるべきかなと迷っておられたので、知りたいならちょっとだけお話しますよ」
「い、いいんすか?」
「ジンさん、殿下周辺の最後の砦なのでこの辺共有しときたいんですよね」
最後の砦と言う言葉に、逆に不安を得てしまう。確かに的を得ているとも思うからだ。
「先日のボヤ騒ぎ覚えてます?」
「はい。火元がタバコだとはグランジさんから聞きましたけど……」
「実はそれ、あり得ないんですよ」
「え……」
セスナが、後ろから来た騎士に聞こえないよう。ジンを奥へと誘導する。この事実は、宮廷騎士団にも伏せられているのか。
「僕らの調査で、一応出火地点から問題のタバコが見つかったんですけど、あそこにいる使用人の皆さん。タバコ吸われると思います?」
数秒考えて、ジンはハッとした。
動物の餌は、穀物や専用のミールフードで燃えやすいことは当たり前なのだ。何年も勤める使用人が、そんな場所でタバコを吸うなどあり得ず、ましてや小屋の中は動物への健康被害がでる可能性もあり、たしかに「あり得ない」。
「自然出火の可能性ももちろんありますが、それだと吸い殻が出てくる訳ないですからね」
「誰かが、あえて燃やした?」
「その可能性をみて考えていたのですが、この自動車事故もあって後回しになってしまって困ってます。動物担当の皆さん、みんな喫煙者じゃなかったのと、みんな無事だったのに犯人探しもよくないみたいにいわれてしまって……」
項垂れているセスナにジンは同情しかできなかった。確かに動物も人も無事に済んだ事件よりも、自動車が水没した事件の方が人命がかかる問題で後回しにされてしまうのもわかるからだ。
「そんな感じなので、ジンさん。また殿下がそちらへ向かわれたら頼みます」
「い、いいんすか?」
「隊長曰く、今の殿下は外でうろうろしてる方が一周回って安全な可能性もありますから」
排他的だとジンは言葉が出なかった。しかし、王宮の敷地内でボヤが起こる時点で、それはすでに王宮へ侵入されていると言うことになる。
宮殿におしこめられるより、広い外に居る方が、探す必要もあって事件も起こりにくいと言う意味だろう。
「すいません。じゃあ俺、そろそろ休憩おわるので」
「はい。ジンさん、殿下をよろしくお願いしますね」
そもそも管轄が違うのをセスナは理解しているのだろうか。そうしてジンは足早にテントをでて、アークヴィーチェ邸へと戻ってゆく。
*
午後の授業を終えたキリヤナギとヴァルサスは、その日も二人で屋内テラスへ戻ってきていた。その日の三、四限は、頭をフルで使う授業でヴァルサスと二人でぐったりしてしまう。
「時間割、間違ってるだろ」
「つかれた……」
四限の授業にククリールの姿は見えなかった。昼休み、距離を詰められていたククリールへ何を言われていたのかわからなかったが、彼女の顔が恐怖で引き攣っていたのが見え、手を出さすにはいられなかった。
「クク、大丈夫かなぁ」
「かわいいし、モテるんだろ?」
「怖がってたよ?」
「そこまで見えなかったわ」
テラスに来てくれると聞いて、放課後に話せると思っていたのに残念にも思う。
「帰るかな……」
「お疲れ様?」
「王子は?」
「寝る」
「……」
テーブルにカバンを置いて枕にするのも悪くはない。見送るべきかと目を開けると、帰ろうとしていたヴァルサスが足を止めていた。
「こ、こんにちは」
「誰?」
「マリー……」
数日ぶりの再会だった。彼女はヴァルサスに自己紹介したため、彼は帰路を諦めて再び座る。
「へぇ、王宮メイド……」
「はい。飼育員をさせていただいてます。はじめまして」
「学生でもバイトできんだ。俺もできんのかなぁ」
「ヴァル……」
「それはそうと、殿下。今朝の事故はご存知ですか?」
「事故?」
「騎士団の自動車が河川に突っ込んだって報道が……」
キリヤナギが即座にデバイスで検索すると確かにウェブでは、トップニュースとして報道されていた。映像や写真には、セシルやセスナの姿もみえ、クランリリー騎士団が交通整理を行なっている。
「これ、今日?」
「はい。殿下の親衛隊の方だったので、私気になって……」
「なんだよ、親衛隊って」
「この赤い服の人、僕の護衛騎士なんだ」
「ドレッド? 濃すぎね……?」
ヴァルサスの突っ込みは最もだが、先日の誘拐事件もセシルが調査に絡んでいると聞いていて、キリヤナギは申し訳なさを感じていた。
「セシル、大丈夫かな……」
「騎士なら普通じゃねぇの?」
「本当ならクランリリー騎士団の管轄なのになって」
情報を検索してもニュース以上の情報はなく、騎士の誰かが巻き込まれたと思うと心配も込み上げてきた。
「王子きになんの?」
「え、うん」
「なら見に行ってみるか」
「でも邪魔になりそうだし」
「見つからなければ良いんじゃね? どうせ他にも人いるだろうしさ」
少し楽しそうなヴァルサスに、キリヤナギは迷った。マリーも困っているが、遊びにいこうと言ってくれた彼の気持ちに答えられておらず、観に行くだけなら問題はないと判断する。
「じゃあ騎士の友達も呼んでもいいかな?」
「護衛? 別にいいけど……」
キリヤナギは、ジンへと連絡を取り彼を近場の公園へと呼び出した。三人でしばらく待っていると、赤いサー・マントを下ろす騎士が駆け足で姿をみせる。
「マジな騎士さんじゃん」
「どうも……」
「ジン、このニ人は僕の学校での友達」
「はじめまして、宮廷騎士団所属。アークヴィーチェ邸管轄のジン・タチバナです。お見知り置きを」
「タチバナさん……」
「マリーは知ってる?」
「はい。少しだけなら……」
「何だっけ? でてこねぇ……」
「お二人は……?」
「俺は、ヴァルサスです」
「マリー・ゴールドです。王宮でメイドを……」
ヴァルサスは宮廷騎士に固いイメージがあったが、ジンの飄々とした雰囲気にギャップを感じている様にも見える。
「殿下、一応これ持ってきましたけど……」
ジンは、自身の腰に刺していたサーベルを鞘ごと抜き、跪いてキリヤナギへと渡した。彼は一旦鞘から抜いてブレードを確認する。
「武器じゃん、ヤバくね?」
「護身用? ジンいるから良いかなとは思ったけど念の為」
「事故があったので」
マリーが一歩引いて見ていて、キリヤナギは申し訳なくなってしまう。
「ごめんね。マリー。僕、街歩く時は一応持っといた方がいいっていわれてて……」
「え、いえ、大丈夫です」
「物騒すぎね?」
「牽制になるんです」
なるほどとヴァルサスは困惑しながら納得していた。
「今日はどこ行くんです?」
「今日の事故現場?」
「マジ??」
「なんかすんません……」
ヴァルサスの言葉にジンは首を傾げていた。
ジンから受け取ったサーベルを腰に刺したキリヤナギは、早速四人で首都へと繰り出す。平日でも人が行き交う街は、自動車も多く走り、買い物をする親子連れともすれ違う。サー・マントを下ろすジンは、道中では当然目立ち、歩道で道を開けられたり市民に礼をされたりしていた。
「流石の騎士さんですね」
「殿下のがすごいんですけど……」
「と言うか、仕事大丈夫なんですか?」
「俺は『これ』が仕事みたいなものなんで」
「これ……?」
「アークヴィーチェには、ガーデニアの騎士がいるしジンは居なくてもいいんだって」
「じゃあアークヴィーチェ邸管轄って?」
「わかんないっす」
しれっと話すジンに、ヴァルサスもマリーも困惑していた。
辿り着いた事故現場は、立ち入り禁止のテープが巻かれ、クランリリー騎士団の警備兵がそこを囲っている。4人は見つからないよう大通りを回り込み、裏手から河川を覗くことにした。しかし、河が深いためか、落下した自動車の姿は見えず船の上から潜水を始める騎士しか見えない。
「大変そうだな……」
「遺体も上がってないみたいなので、犠牲者はいないかもしれないですね」
「そうなんだ?」
「ニュースで言ってる事しか、わかってないみたいですけど……」
車だけ河に突っ込んだと言うことだろうか。しかし誰も運転せず河へ落ちた自動車も謎だと思う。
「誰かが故意に河に落としたのかな?」
「何の為に?」
「うーん……」
分からない。自動車を盗みたかったなら、落とす意味がないからだ。
「証拠隠滅?」
「違う事件のってことです?」
「何の推理ゲーム……?」
ヴァルサスは冷静に突っ込んでいた。キリヤナギは、興味深く事件を見てしまう。
「なんで騎士団の自動車なんだろって思って、管理厳重なのに」
「たしかに使用記録とられますね。盗まれたなら第三者の可能性もありますけど……」
犠牲者がいない可能性があるなら、推理は楽しくなってくる。聞いてもらっていたら、いつの間にか後ろにいたの マリーの姿がないことにきづいた。
「あれ、マリーは?」
「え、さっきまで隣にいたぜ?」
ジンも見つけられず個人メッセージを送っても既読がつかない。辺りを見回すと路地へチラつく赤髪がみえ、キリヤナギは駆け出した。
住宅街の裏手にあたる路地は、建物の通用口が多く並び、ゴミ箱や資材が置かれて歩きにくい。ヴァルサスは、そんなものだらけの道をまるでステップを踏むようにすり抜けるキリヤナギに絶句するしかなかった。
「ヴァルサスさん、無理せず待ってても……」
「追いつくんで先に……」
キリヤナギは振り返らず、突き当たりの路地を曲がりさらに奥へと進んだ。そして、何者かに手を引かれるマリーを見つけて飛び出す。
「マリー!」
「殿下……?!」
途端、マリーが抱え込まれ、周辺から顔を隠した人間が三名でてきた。全員がサングラスにネックウォーマーで顔を隠している様は異様で、キリヤナギは直感で「敵」だと判断し、飛びかかってきた敵と対峙する。
こちらの動きを封じる為か、抱え込むように突っ込んできた敵を後退して避け、横からきた敵も前転ですり抜けて回避。三人と距離をとったところで、左手で鞘をもってサーベルを抜いた。
ブレードがあらわになり、尻込みした三人にむけて、キリヤナギは突っ込むように持ち手で殴りにゆく。手前の敵から腹部を殴っておしこみ。更にブレードの背面で敵を切れないまま押し付け、最後の敵は鞘で殴った。
その無駄のない動作に、マリーを抱え込む敵は呆然と目の前の王子へと向き合う。
「マリーを離して」
誰だろうとキリヤナギは考察するが、彼女は解放されることはなく、後ろの建物からさらに同じ格好の人間が七名姿をみせ、間をおかず突っ込んできた。多勢に無勢と覚悟を決めた時、後ろから銃声が聞こえ、向かってくる敵が次々に撃ち落とされる。
「せめて先行させてくださいよ……」
「ジン……」
「前!」
はっとすると敵は再びつかみかかってくる。キリヤナギはやむ終えず、ブレードで敵の足をわずかに切り、動きを封じながら応戦した。刃物を持った王子を諦め、ジンへ突っ込んできた敵は、その騎士のわずかに見せた笑みに背筋が冷える。
敵は、まるで死闘を楽しむようなその笑みが見えた瞬間、世界が反転し銃声ともに床へ転がる。そして全ての敵が伸されかけた時、マリーを抑えていた敵が、彼女を解放して逃げ出した。キリヤナギは震える彼女を抱える中で、ジンは狙撃して相手の退路を塞ぎ、足を止めた敵の腿を狙撃する。
全員が動かなくなった事を確認し、ジンはセシルへと繋がる緊急用の回線を開いた。
「こちらジン。襲撃犯を抑えました。応援お願いします」
『ジンか? 唐突だね。すぐ向かうよ』
話が早いと、ジンは感心すらしていた。以前は連絡をいれれば悪態が飛んできて、以後はグランジ経由でしか応援を要請しなくなったが、この隊長は確かに話がわかると思う。
「殿下。面倒なら先に戻ります?」
「ううん。セシルならいいや。今日は学校帰りだし」
聞いていなかったが抜け出しではなかったのかと、ジンはなぜかほっとしていた。
「ヴァルサスさんは、そこの突き当たりで隠れてもらってます」
「ならちょっとそっちに行くね」
キリヤナギは、腰が抜けたマリーを抱き上げ息を切らすヴァルサスの元へと戻った。彼の隣にマリーを座らせて、キリヤナギもほっと息をつく。
「めっちゃ銃声きこえてたんだけどーー」
「うん、ちょっと事件っぽくて……」
「は……」
「もうすぐ応援くるから、それまで待ってて」
震えているマリーへ、キリヤナギは自身のクロークをかけていた。しばらくしてセシルが到着し、襲いかかってきた敵はみな王子を襲撃したとして連行されてゆく。
現場から離れていたヴァルサスは返され、マリーのみに聴取が入ることとなった。
*
「ま、た⁉ お怪我はーー」
「大丈夫だってば……」
その後、セシルの聞き取りへ応じていたら気がつくと門限をとっくに過ぎて食卓の時間にも間に合わなかった。リビングへもどると案の定、セオが変な声をあげて動揺している。
「何故ですか? 誕生祭の為にも危険なことは控えてくださいとあれほど……」
「ジンもいたし、今回は僕もこんな事になるとは思わなくて」
「そう言う問題ではーー」
咳払いをして、セオがようやく落ち着きを取り戻す。
「逃げるとか、助けを呼ぶと言う選択肢はないのですか……」
「敵が早くて、そんな暇なかったし……」
セオが頭を抱えている。間に合わなかった夕食は自室で出され、キリヤナギが落ち着いて夕食を楽しんでいる中、リビングにいるグランジは、顔を見せたジンと合流していた。
「お疲れ様です」
「ジン、今回の敵は?」
グランジのこの問いは、自分が戦闘へ参加できなかった際に敵がどのレベルの強さにあったかを確認するものだ。ジンの評価でいうならば、以前の誘拐事件のものは下の上。今回はどうだろうと考え、合致した基準をはなす。
「中の下ぐらい? 前よりは人数いてそこそこかな。殿下が伸してたので」
「そうか。狙いは?」
「女の子に見せかけた殿下です。間違いなく」
グランジの目が鋭くなる。この事案は今に始まった事ではなく、定期的にあるものだ。
「銃使って来なかったんで、多分殺すつもりは無かったのかなって感じですね」
「……また来そうか?」
「どうも言えないですけどーー」
話していると、新たに人が入ってくる。現れたのは赤の騎士服のセシル・ストレリチアとセスナ・ベルガモットだ。
「隊長……」
「やぁ、さっきぶりだね、ジン」
「謁見です?」
「あぁ、今回はアポなしだけど、応じてくれるかな?」
セシルはそう言って、キリヤナギ部屋へと向かおうとするが、ジンは興味本位で口を開く。
「隊長は、どこまで掴んでおられます?」
「まだ勘でしかないさ。でも、敵は想像以上にこちらに食い込んでいる。ジン、さっき私に話した事は、この王宮の誰にも話してはいけないよ」
目を合わさず真剣なセシルの言葉に、ジンは背筋が冷えるのを感じた。彼の言葉は王宮に味方はいないとも取れてしまうからだ。
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