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第13話 いざ、選挙活動

 火曜日の朝。キリヤナギは緊張していた。学生選挙の立候補者の募集がおわり、王立桜花大学は新たな生徒会長を選びに活気で溢れている。

 ハイドランジア公爵令嬢、シルフィ・ハイドランジアの派閥へ参加する事を決めたキリヤナギも、正門の付近にて活動を開始し、学生と握手をしたり拍手に笑顔で応じていた。

 キリヤナギは、登校する学生達をみていて自分が想像していた何倍もの生徒が通っていた事に驚いていた。彼らは時々キリヤナギをみて何かを話したり、目が合うと逸らしてしまう。


「王子も何かお話されますか?」

「え、うーん」


 立候補した昨日から突然朝から来るように言われ、何を話せばいいか分からない。メガホンを渡されて困っていたら、メモを持った女性が声をかけてくれた。「どんな学校にしたいのか」を聞かれて恥ずかしいと思いながらも、素直に気持ちを言葉にする。


「貴族も一般も関係なく、みんなが充実した学生生活を送れればいいと思ってます」


 シルフィはそれを聞いて、1人拍手をしてくれていた。握手を求めてきた生徒に応じていたら、いつの間にか一限目の時間になり、一度解散して教室へと急ぐ。

 二限まで授業が終わるとヴァルサスは既にテラスにいて、ベンチへ横になりデバイスを見ていた。


「王子ってさ、放課後いつも残ってるけど何してんの?」

「寝てる」

「は?」

「暇だし?」

「帰らねぇの?」


 一瞬、口籠る王子にヴァルサスが戸惑っている。


「お、王宮は退屈だから……」

「ふーん、ならこの後さ、どっか遊びにいかね?」

「遊び?」

「ゲーセン? カラオケとか王子何歌うのか気になるし」

「カラオケ?? げーせん??」


 キョトンとしていて、ヴァルサスがさらに困惑している。その反応はまるで初めて聞いたような態度だからだ。


「もしかして知らねぇの?」

「歌なら分かるけど……」


 カラオケボックスという店を説明され、王子は感心するしかなかった。王宮にも音楽室があり、聖歌隊や音楽隊が来ることはあるが、歌を歌うための小規模な施設があることは知らなかったからだ。


「そんな場所あるんだ!」

「マジでしらねぇのかよ。確かに庶民向けだけどさ」

「僕、歌えるの童謡とか国歌ぐらいしかないけどいいかな?」

「は?」

「え?」


 反応に困られ、キリヤナギも困ってしまう。王宮での音楽はクラシックや民謡ばかりで、それ以外は殆ど知らないからだ。


「テレビとか見ないのか……?」

「朝しか付けなくて……、あ、でも、ドラマの最初にながれるのは知ってる」


 レパートリーが乏しすぎると、ヴァルサスはそれ以上言及はしなかった。


「……王子って外に出かけねぇの?」

「普通に出かけるけど、僕、電子通貨カードしか持ってなくて」

「マジ?」

「うん。買い物は大体騎士のみんなと一緒だから」


 電子通貨は未だ近年に導入されたばかりの政策であり、未だ浸透しているとは言い難かった。しかし国で大々的に推進もしていて、その最先端のものを王子が使うのは確かに理にかなっている。


「無くしても安心安全だってカナトも言ってたし」

「誰だよカナトって……」


 ガーデニア外交大使と聞いてヴァルサスは呆れるしかなかった。電子通貨機器は確かにガーデニア産の機器で、宣伝して「あたりまえ」にも見えるからだ。


「騙されてないか不安になるぜ」

「カナトは騙したりしないし!」


 少し怒った王子にヴァルサスはそれ以上の言及はやめた。軽く調べてみると電子通貨を使える店は未だ殆どなく、ゲームセンターもカラオケボックスも当然のように使えない。

 逆引きしても、王宮周辺のチェーン店や高級店しかなく、王子の「行った事がない」と言う言動に裏づけが取れてしまう。


「逆にこんなんでどこに出かけてたんだ? 殆ど無理じゃん」

「大体の公園だけど……」

「小学生かよ……」

「カナトとはよく喫茶店にいくよ?」


 よく行くと言う店もやはりガーデニアの系列店だった。ここまで来ると政治的な何かすら感じてヴァルサスは怖くなってしまう。


「ガーデニアだと電子通貨が当たり前なだけだし!」

「本当なのか? 騙されてねぇ??」

「カナトはそんな事しない」


 感情的で不安にもなるが、喫茶店に行く程の仲であるのはヴァルサスも理解した。しかし、行ける店が少なくひたすら検索しているヴァルサスに、キリヤナギも徐々に怒りも冷めてくる。カナトが疑われて不本意ではあったが、悪気はないと理解すると彼も善意であったことも分かってきた。


「……ヴァル、ありがとう。カラオケは行けないけど、また現金持って来れるよう聞いてみるよ」

「バイト始めっかなぁ……」


 その気持ちだけで、キリヤナギは救われる想いだった。

 キリヤナギがヴァルサスとニ人だけの昼休みを過ごす中で、ククリールは1人三限からの授業の為に、その日は遅めに登校していた。普段通りの登校のはずなのに、何故か酷く緊張していて不安で体が小刻みに震えてしまう。

 以前の誘拐未遂事件は、公にならずその内容はニュースにもならなかったが、あれ以来、後ろへ酷く恐怖を感じるようになり、落ち着くことができなくなってしまったのだ。

 後ろに響く足音が、自分を追っているような感覚に襲われ恐怖を感じてしまう。1人が怖く、またプライドの所為で誰にも言い出せないまま、アレックスのいるあの場所に向かうしかなかったのだ。後ろから聞こえてくる足音は、敵ではないと言いきかせて気づかない振りをする。


「ククリール嬢!」

「きゃ……」


 思わず声を上げかけ、息をとめて声を殺した。背後にはメガネの学生らしき男性がいて見覚えがある。彼は想像以上に驚いた彼女に、申し訳なさそうな表情をみせながらメガネを直し、続けた。


「ご機嫌よう。驚かせて申し訳ない。私はルーカスと申します」

「……」


 一旦はほっとして、ククリールは力が抜けた。しかし驚きの余波で彼の言葉が全く頭に入ってこない。


「ーーと言うわけで、どうか許可を頂きたく!」

「怖いわ。もう話しかけないで」

「んなっ……!」


 ククリールは回れ右をして、早足でその場を去る。何の話だったのかも全く理解は出来てないが、これ以上面倒ごとは嫌だと、逃げ込むように登校した。それでも、後ろに人が歩くだけで不安になり、思わず屋外へと出てしまう。

 一度落ち着きたいと誰もいない校舎裏へ身を隠しほっとする。授業の開始まではもう少し時間があり、ギリギリまでここで落ち着ければ人が減った廊下を歩くことができるだろう。

 ゆっくり座り込み膝を抱えた。護衛はいた方がいいと注意されていたのに、煩わしいからと拒否していたのは自分だ。狙うことにデメリットしかないと信じ込み、鷹をくくっていた自分が悪いと、カレンデュラへ戻る打診も断って今に至る。しかし自分で思うほどククリールは強くなかった。悔しくて仕方がないが、誰かのせいにもしたくなく、今は静かに気持ちを落ち着ける。大きく深呼吸をしたとき、自分を覆う影に気づいた。見上げると見たことがない長身の男がいて、後ろにはさらに2人つれている。

「ご機嫌ようだっけ? カレンデュラ姫」

 無礼だなとストレスを感じる。『姫』と呼ばれるのはククリールにとっては、これ以上なく不本意だった。公爵家でも『姫』として扱われた事は一度もない。この学園で声をかけにくる面倒な生徒をあしらっていたら、いつの間にかそう呼ばれるようになっていただけだ。何も話さず、無視して立ち去ろうとしたら腕を掴まれて驚く。振り払おうとしても力が強く痛みすら感じた。


「無礼よ、放しなさい!」

「おー、こわ。でもこの学校じゃ平等なんですよ、知ってました?」

「……っ!」

「もうマグノリアの盾はないんだぜ」


 アレックスは、彼らのような不良の抑止力となっていた。学外で権力を振るう貴族は、学生となり平民と同じとなることで、その権力の盾を行使できなくなる。よってこのように「学生間での問題」を建前とした「報復」が度々起こることがあり、ククリールは支持しないまでも、彼と関わりを持つことで身を守っていたのだ。

 貴族と平民の分離を図るアレックスは、彼らのような「報復」を目論む生徒には天敵であり、生徒に「貴族だから手を出すべきではない」と言う暗黙の了解を浸透させることで、学園の治安を維持していた。しかし【読心】を奪われ、その威力が失われたことで、今まで抑えられてきたものが動き出した。

 暴れても手は緩まず、男はじりじりと詰め寄ってくる。


「顔はめちゃくちゃ可愛いんだからもっと媚びりゃいいのに」

「早速剥いちゃう?」

「下品すぎるでしょ、しとやかに行こうぜ、ロイヤルだし」


 ぞっとして、声すらも出なくなった。お気に入りのカーディガンに手を伸ばされると思った時、それを止める手があった。

 少し小柄で白のクロークを羽織る彼は、ククリールの衣服を掴む男の腕を強く握っている。


「嫌がってる。やめて」

「王子……」


 キリヤナギの目は真剣だった。授業へ向かう途中、教室とは逆方向へ走るククリールを見つけてヴァルサスと共に探すことにしたのだ。一度見失ったが、ようやく見つけた彼女は見知らぬ男性に囲われていた。


「ちっ、覚えたぜ」


 しばらく睨み合った後、男達はククリールの腕を放して去ってゆく。残されたククリールは息が荒いまま、言葉に迷っているようにもみえた。


「クク、大丈夫?」


 顔を見られたくないのか、彼女は背を向けてしまった。ヴァルサスも何も言えない中、小さな声でそれは発される。


「……ありがとう。またテラスに行きます」


 ククリールはそれだけ言って、立ち去ってしまった。直後に始業チャイムが聞こえ、ヴァルサスとキリヤナギは大急ぎで教室へと向かう。


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