第12話 もうすぐ誕生祭、もうすぐ選挙
次の日はキリヤナギは寝巻きのままリビングに現れ、そのままずっとリビングのソファでくつろぎ本を読んだり、自室に戻って勉強をしていた。
ジンは、午後からの誕生祭の会議に行くと言うセオを見送った後キリヤナギの見張りをしていたが、ソファで寛いでいた彼はいつのまにか眠っていることに気づく。
元気に見えても体調は改善していないと言い聞かせ、ジンはタオルケットだけをかけて見張り続けていた。
そして夕方に差し掛かった頃、リビングの入り口へノックされ、扉が開く。
現れた相手にジンはしばらく釘付けになった。
「グランジさん」
グランジは、ジンを見て笑ってくれた。
ソファで眠っているキリヤナギも見て、目の前のテーブルに小さな袋だけを置くとリビングを出てゆく。
そんな気配を察知したのか。午後から熟睡していたキリヤナギがようやく体をおこした。
そして目の前の袋に首を傾げ、中を除いた時、彼の虚な目が一気に冴える。
「僕のデバイス!!」
「へぇー」
グランジが持ってきたのは、それだったのか。夢中でみていたキリヤナギだが、頬杖をつくジンへようやく気づく。
「グランジも?」
「はい、さっき戻ってて……」
話していると彼が戻ってきた。。
キリヤナギは少し泣きそうになっていて言葉も出ない。
「グランジ、おかえり」
「グランジ・シャープブルーム。ここへ戻りました。明日より常勤に戻ります」
「一日早まった?」
「セオから、ジンでは無理だとの懇願が通ったらしい」
「そう言う……」
しかしこの謹慎も結論としてはほぼ必要なかったと言っても過言ではない。問題視されたのは行動ではなく、報告書の虚偽申告だからだ。
「報告書はセシル隊長が全てやり直してくれた。頭が上がらない」
「普通なら口頭注意ぐらいなのに」
「隊長に、建前は必要だからと反省室が減給か選べと」
「な、なるほど……」
「セシル、グランジも守ってくれたんだ……」
うんうんとグランジはうなづいていた。たしかにジンもその2択なら反省室を選ぶと思う。
虚偽報告はおそらく常習で、口頭注意では守りきれなくなったと言うことだろう。あえて重くする事でグランジへの風当たりが悪くならないようにしたのだ。
「でも、巻き込んでごめん」
「抜け出す前に相談してくれると助かるが……」
「ど、努力する」
2人とも半信半疑だ。
しかし、今日一日、キリヤナギは自分の言った通りおとなしくしていて感心もする。
セオも特に気にも止めず出て行き、おそらくその「信頼」はあったのだ。言った事は守るならおそらくこの努力は期待できるのだろうと思う。
@
「はー、疲れた……」
「セオ、お疲れ」
夜21時を回った頃だろうか。セオが会議から戻り、リビングのテーブルでぐったりしてしまう。
王子はすでに入浴も終えて休んでいた。
「やっと一週間が終わった……」
「会議そんなやばい?」
「やばいってもんじゃないよ。誕生祭でやる事が山積みでもう戦争、大通りの交通整備とか大会の企画とか、式典の準備とか今日やっとやることが決まって、役割決まったから進んだ感じ」
「セオは何すんの?」
「主に殿下周りかなぁ、あと会食のメニュー決め? 食材手配もかな、この辺は役割分担はするけど」
話を聞いていると言葉にも困ってしまう。セオはそんなジンの心情を察したのか、楽しそうに笑っていた。
「ま、お祝い事だし、殿下に楽しんでもらえるよう。頑張るよ」
「お、おう」
国として政略的な意味はもちろんあるが、純粋な祝いの祭典でもある。
望まれて生まれた王子が居ることは、国の未来が保障されている事へ同義するからだ。
デバイスが手元に戻った王子は、早速部屋へ戻り、数日ぶりに電源をいれた。
表示されたアークヴィーチェの家紋に、ワクワクしながら待機画面を表示させると、突然膨大な通知が一気に押し寄せパニックになる。
その殆どは、入ったばかりのグループ通信のものだった。
ヴァルサスとアレックス、ククリールが居るというテキストの画面は、かなり沢山の文章ながれていて、キリヤナギが登校してこない事にも言及されている。
「みんなごめん。今外出禁止になってて」
『外出禁止?? 今時?』
『何をしたんだ??』
アレックスのテキストに返事へ迷ってしまう。正直には話せないなと思い恐る恐る続けた。
「色々あって……。月曜日から学校にいくね」
『王子の家庭って厳しいんだな』
『あまりよその家庭に口を出すものでもないぞ』
ヴァルサスはそう言うが、よその家庭でも同じぐらいは叱られそうな事をやっている自覚はあって何も言えなかった。
「僕が悪いから明日まで大人しくしてる」
『明日までなのか、まぁ頑張れ』
『デバイスは壊れていたのか?』
そこからキリヤナギは、誘拐事件の事を伏せつつ経緯を話していると、いつの間にか眠くなって、返事を返せないまま朝になってしまう。
目が覚めて画面を見るとテキスト画面は、夜間外出とボヤ騒ぎについて話した所で、2人からも『それはどう見ても王子が悪い』と満場一致で叱られていた。
熱が下がりほぼ体調が改善したキリヤナギだが、一応謹慎中でその日も大人しく部屋で過ごす。
途中、セスナが差し入れを持ってきてくれたり、リュウドも様子を見にきてくれて、退屈しない一日を終えた。
「ジン、もうアークヴィーチェもどるんだっけ?」
「はい。今日で最終日で……」
荷物をまとめているジンの居室を、キリヤナギは覗きに来ていた。元々そこまで多くはなく、カバン一つに全て収まっている。
18時の定時を過ぎた時点で、その日の王宮の勤務は終わり、明日からはまたアークヴィーチェだ。
慌ただしくも見えるが、明日は勤務地が変わりながらも一応は振替え休日扱いらしい。
「再来週にまた来ます」
「なんで?」
「誕生祭の警護?」
「ふーん」
反応が薄いのは今更なのだろうか。
戻った時は嬉しそうにしていた手前、微妙な気持ちにもなってしまう。
「では、殿下。数日間ありがとうございました」
「うん。またね、ジン、ありがとう」
キリヤナギはまだ謹慎中だ。王宮の入り口まで付き添ってくれるセオも、どこか表情が柔らかく見える。
「殿下、元気になったし、助かった。ありがとう」
「そんな変わった?」
「僕が強く叱っても大丈夫なぐらいには?」
「へぇー」
「まだ、復帰して一年経ってないからね」
キリヤナギが復帰したのは、去年の秋だと言う。数年かかる可能性も聞かされていたが、まわりの後押しでここまでこれたのだ。
「どこで無理してるのがわからないから過保護みたいになっちゃうんだけど、それも良くないし、匙加減が難しいよ」
「嫌って言ってたし、大丈夫じゃね?」
「それもそうかな」
小さく笑うセオに、ジンは懐かしい気持ちになりつつ、王宮を後にした。
迎えた月曜日は、晴天で心地よい春の気候が、オウカ国のオウカ町を包んでいる。その日は一限と二限でヴァルサスと合流し、昼に屋内テラスへと向かったキリヤナギは、そこにいるアレックスとククリールへ驚きを隠せない。
「なんでいるの?」
「ここが定位置なのでは?」
「人があんまりこないから気楽だなって……、ククは?」
「私も騒がしいのは好きではないので、使わせてもらう事にしました」
「ご、強引……」
少しだけ嬉しそうなキリヤナギに、ヴァルサスは困惑していた。皆がお昼を広げ憩いの時間を楽しんでいる中で、アレックスが改めて口を開く。
「王子は、選挙戦はどうするつもりなんだ」
「選挙戦?」
「生徒会の選挙だよ。役員を選ぶやつ」
「投票するんだっけ? よくわかってなくて」
「投票じゃない」
「え?」
「立候補しないのか?」
何を言われたかわからなかった。アレックスに会誌のようなものを渡されて確認すると、そこには各役職の立候補者の名前と共に、生徒からの推薦枠としてキリヤナギの名前が乗っている。
「え……、僕、何もしてないよ?」
「人の派閥を解体した奴が何を言っている」
「えっえっ」
「流れたのではなくて? アレックスは嫌だけど王子ならいいって事でしょう」
「その通りだ。私の思想に賛成するものは少なからずともいたが、一般層の大半は、シルフィ・ハイドランジア公爵令嬢の保守派支持層で、ほぼ選択肢がなかった。だが王子が我々を解体したことで、また別の考えをもっているのと言う期待により、ここに名前が上がっているのだろう」
「えぇ……」
「どんな大学にしたいかというのないのか?」
「うーん、今が好きかなぁ。ヴァルも話しかけてくれたし」
「こいつは一般ではあるがーー」
「とりあえず、立候補しないならそういわねぇと、また目をつけられるぜ?」
改めて会誌を読むと、シルフィの一人勝ちがほぼ確定であると言う記事と隅にその思想が書かれていた。「平等である大学の伝統を守り抜く」と書かれていて安心していると、入り口から新しい気配を得る。
「こんな所におられたのですね、王子」
聞き慣れた優しい声は、噂の彼女のものだ。入り口へ数名の生徒と共に現れたシルフィ・ハイドランジアへ、キリヤナギは言葉に詰まりながら苦笑する。そしてヴァルサスに声をかけられた時の言葉を思い出して全てが繋がった。ヴァルサスは彼女の事を「生徒会長候補」と話していたのだ。
「シルフィ……」
「ご機嫌よう。王子」
数人の生徒達と現れたシルフィ・ハイドランジアは、4人の話を聞いていたように楽しそうに笑っている。
「選挙のお話をされていたようですが、立候補されるのですか?」
「そんなつもりは……」
「それにしては、とても素敵なお友達を作られていますね」
ヴァルサスは、この屋内テラスへ学園に通う公爵家の全てがそろっていることに思わず尻込みする。
西の領地を治める、『王の力』、【読心】を与えられていたアレックス・マグノリア。
北西の領地を治める、『王の力』、【細胞促進】を与えられる、シルフィ・ハイドランジア。
そして、北東の緩衝地帯を治める。『王の力』、【身体強化】を与えられた、ククリール・カレンデュラだ。
全員キリヤナギにとっては顔見知りだが、ヴァルサスからすれば全員がほぼ対立していて壮観だとすら思う。
「私は自分の言った事を果たしているだけだ」
「あら、アレックス。貴方が辞退してとても残念です。てっきり王子派として再編成するものかと」
「こいつにそんな気ねぇって……」
「興味もってるかも怪しいですね」
「そ、そんな事ないし!」
否定したら、シルフィが詰め寄ってくる。何も考えておらず、期待されても困ってしまう。
「まって、ぼ、僕、立候補しないよ。シルフィの考え、いいなって思ってるし……」
「そうでしたか。ならせめて私の派閥へ参加しませんか?」
「えっ??」
「支持してくださるのなら、同じ事だと思うのですが……」
アレックスと同じことを言われ、キリヤナギは困惑しかできない。シルフィはそんな様子にニコニコと表情を崩さずこちらに応じている。
「アレックスが辞退したなら、貴方の一人勝ちじゃない。何故わざわざ王子を誘うのかしら?」
後ろからのククリールの言葉に皆が顔を上げる。会誌をみれば、確かに一人勝ちは間違いなく、声をかける意味がないようにも思えるからだ。
「これは過去の選挙のお話ですが、学生達の間で自身の意見に合う立候補者が居ない場合。この推薦枠の彼らに票が行くことがしばしばあるそうです」
「そんなことあるの?」
「推薦枠は、デバイスの学生用のアプリから、立候補してほしい候補者を全生徒から募るものだ。名前がある時点でほぼ支持を得ているに等しい」
「一人勝ちであるのはそうですが、この平等である学校において、立候補者よりも無効票が多くなってしまった場合、やり直しは避けられません。支持してくださるなら、私が生徒会長になるために王子のお力添えをいただけませんか?」
断る理由がなく、キリヤナギは何も返せなかった。どうにもならない空気感の中、1人雑誌を読んでいたククリールがぼやく。
「あら、ハイドランジア公爵令嬢様は王子を大変お慕いしておられるですね」
「我がハイドランジアは、現国王の王妃たるヒイラギを排出し、代々で王子の婚約者候補となる名家です。よってこの学生生活を通して王子と更に親交を深める事ができればとお声をかけさせて頂いた次第ですわ」
「えっえっ??」
「あら、立派なお家ですこと」
「王子の将来が、貴方だけと言うわけではありませんのよ、カレンデュラ公爵令嬢」
振り返ればククリールはシルフィと火花を散らしていて入り込めない空気となっていた。シルフィの婚約者候補であると言う宣言に、とても事実を飲み込めない。
「し、シルフィは僕の従姉弟だよ……?」
「ええ、私は王妃ヒイラギの兄、クロガネの娘です。御心配なくもたとえ従姉弟でも将来を約束した実績はございますから安心して下さい」
「ぼ、僕はまだそこまで考えてなくて……」
首を振るキリヤナギを、三人はじっと睨んでいる。シルフィはずっと微笑んでいたが、キリヤナギはその場で結論を出すことができなかった。
彼女は返事は急がなくて良いとその場を後にし、残された四人はテーブルへ項垂れるキリヤナギの言葉を待っている。
「どうするんだよ……」
「わかんない……」
「シルフィが話した事は本当だ。本来なら二つ以上の派閥で争う選挙で、私の派閥が解体されたからな。本来私に入るはずのものが、王子にながれても不思議ではない」
「なんで解体したの……」
「誰のせいだ!!」
「でも確かに、何も知らなかったらそりゃ王子にいれるわ俺も」
「なんで……?」
「こいつの悪業なかなか酷かったし、俺だけじゃなくてみんな迷惑してた上、『王の力』のせいで、誰も逆らえなかったからな」
「じゃあヴァルの言ってた後ろ盾っていうのも?」
「おう、こいつから距離とりたかったんだ。でもまさか力を取り上げるとこまでは想像してなかったし、やっぱり王子なんだな」
「うん。あんまり見せちゃダメだけど、ヴァルが困ってそうだったから……」
「王子が味方につけば『王の力』で迷惑を被ることはないと判断した層がいるということか……」
「そう言うことだろ、ハイドランジアの姫が本気出すわけだぜ」
うーんと悩むキリヤナギは、ふとククリールをみた。彼女は「話しかけるな」と言う雰囲気を出し、雑誌を見ている。
シルフィが入れてくれた選挙アプリを開くと確かに会誌と同じく、生徒会長の推薦枠にキリヤナギの名前があった。簡単なコメント欄もあって、「王子だから」とか「一般の英雄だから」などが書かれている。
「なんで悩むんだよ。立候補しないんだろ?」
「うーん、まだ勇気が出ないけど、みんなの『理想』が一人歩きするのもやだなって」
「理想?」
「これみたら、みんな僕のこと『王子』とか『英雄』って書いてるけどそんなんじゃないし……」
「俺からしたら、よくやってると思うけど」
「ヴァル……」
「姫もアレックスも、俺ら一般じゃどうしようもなかったし? 会長やってくれるなら余裕で推せるわ」
「ほんと?」
「俺ら一般の味方してくれるんだろ?」
味方と言えるのか、キリヤナギは断言はできなかった。ククリールに注意したのも貴族であるからで、ヴァルサスを助けたのも感情論でしかないからだ。
「行動に伴ってでた結果が、一般の味方であったことは間違いはない。しかしそれは、ハイドランジア嬢の派閥とほぼ同じ考えでもある。立候補する意味はない」
「でもそれだと、やり直しの可能性あるってことだよね?」
「そうだな」
「別にそれはどうでもよくね?」
「一般生徒からみればそうだが、生徒会からみればスケジュールがずれ込んで地獄になる。王子の勧誘はそう言う生徒会結成後の都合もあるのだろうな」
「僕、去年の春は休学してて、秋もあんまり登校できてなかったから、どんな運営だったか知らないんだよね」
「見かけなかったのはそのせいか……」
「どんな感じだった?」
アレックスは去年、生徒会の役員として参加し、学園の風紀委員として学園の治安維持に努めていたらしい。シルフィもまた書記委員であったことを聞かされた。
「現体勢は、シルフィ・ハイドランジアの兄、ツバサ・ハイドランジアが作り上げたものだ」
「ツバサ兄さん……」
「あのめちゃくちゃ怖い生徒会長だろ。あいつのせいで、コイツが好き勝手やってたんだよ」
「貴方、本当に何も考えておられないのね」
「は?」
ククリールが話してくれたと、キリヤナギは少し嬉しかった。
ツバサ・ハイドランジアは、シルフィの兄にあたり、同じくキリヤナギの従兄弟だ。年齢的にはおそらく四回生だろう。
「ツバサ兄さんってそんなに怖い?」
「従兄弟なのにしらねぇの……?」
「あの会長は、貴様のような一般が大嫌いだからな」
「僕は尊敬してるかな? 賢くて僕じゃ何も相手にならなくて」
「確かに、かつてないほど有能な会長だと私も評価している、だが甘すぎるとも思っていた」
「はー??」
ヴァルサスの反応にククリールはため息をついていた。一通り話をきいたキリヤナギは、徐々にこの学園の秩序の話が見えてきているらしく、頷きながらか聞いている。
「僕、生徒会に必要かな?」
「それはどう言う意味だ?」
「シルフィのこと、それなりに知ってるんだよね」
アレックスは少し考えた。王子の言葉は、単純に自分の意思を他者に投げているものではない。この学園のことを知らず、以前の体制から鑑みて、シルフィへサポートは必要かと聞いているものだ。
ツバサとシルフィ、2人の兄弟で維持された体制からシルフィが1人になる事で、皆に不安があるか? と聞いている。
「いらないんじゃね……取り巻きめっちゃ居たじゃん」
「必要だと思う。私は不安しかない」
「ククは?」
「不安ですね。あの方、思想がブレブレですから」
「おまえら……」
なるほどと王子はしばらく考えていた。誰もが王子の言葉を注視する中で、彼はぼやくように述べる。
「ツバサ兄さんの代わりになれるかわかんないけど……」
「あいつの後継?? 完璧してくれよ……」
「その考えは良くないとは思うが……」
「あら、王子殿下はそんな半端な意志で立候補されるのかしら?」
「ううん。そうじゃなくて……シルフィの思想は、多分一般のヴァルと貴族の先輩がうまく仲良くできるようにって体制じゃないかなって思ってて、僕も生徒会でその努力ができれば、多分悪い方向には行かないかなって」
「なるほど、それは悪くはない。逆もしかりだろう。お互いに努力ができるのなら立候補する価値はある」
「結局でんの……」
「うん。ヴァルが困ってたみたいに、そう言う生徒多いなら助けたいかな」
「私はそちらに偏りすぎるのもどうかとは思うが……」
「いい提案ができるかはわからないけど、その時は先輩に意見もらうよ」
「勘弁してくれよ……」
ククリールはまるで何も聞こえないように振る舞い、そもそも選挙などに興味は無さそうにも見える。
「なら立候補だな、締切は明日なのですぐに動いた方がいいと思うが……」
「えーっと……、先輩、立候補ってどうやるの?」
三人はしばらく固まっていた。
アレックスに、丁寧に流れを聞いたキリヤナギは、少し緊張しながらも選挙本部へと向かう。初めての書類に戸惑いつつ名前を記した王子は、その日から生徒会員候補として選挙へと動き出す。
*
日が落ちた夜の繁華街は、未だ多くの店のライトによって明るく、仕事を終えた人々や飲み屋へ客引きをする人々で溢れかえっていた。
歩行者のみの通路の脇には、自動車が走る車道があり、今そこを白と黒でペイントされた特殊な自動車が走り抜けてゆく。ボンネットへシンプルな桜紋を掲げるその自動車は、クランリリー騎士団が管理する専用車両だった。
運転する人間は、車内へ常備されている通信デバイスの音声には応えず、ただアクセルを踏み込んでスピードを上げてゆく。
後ろからは同じペイントの自動車が追走し、僅かなサイレンの音が聞こえてきて居た。
先頭を走る自動車は前の座席の窓を開けつつ、流れゆく景色を気にせず走り続ける。先の道路には橋があり、その脇には河川へ落下しないよう金網の柵が建てられているが、自動車はスピードを落とさないまま、ハンドルを捻って柵へと突っ込んだ。
古く錆切っていた金網は、自動車の速度に耐えきれず突き破られ、車両は無防備に水面へと落下する。夜の街に響いた爆音は、周りの歩行者の目線を一気に引き寄せ、数秒後、追ってきた車両達が取り囲んでいた。
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