第11話 相変わらずの王子
部屋の消耗品が足りず、再び売店へ足を伸ばしたジンは、休憩から戻ってきたリュウドと鉢合わせしていた。彼は、少しだけ付き合いたいと言って売店までついてきてくれる。
「グランジさんが反省室いったの相当ショックだったみたいでさ、起こしても虚ろで去年思い出したよ」
「俺、去年っていっても週一ぐらいしかきてなくて……」
「そうだっけ? 何というか一日のほとんどを寝て過ごしてた感じかな?」
「それどんな生活?」
「そのまんま? 起こされたら起きるけど、自由時間は全部寝てる感じ?」
「食卓は……?」
「もう殆ど食べれなくて、大変だったとはきいてるよ。昨日はそれに近くてセオさんが気が気じゃなかったみたいだね。昨日は妃殿下も見にきてたけど変わらなかったし、だからジンさんに連絡いったのかも」
ふと昨日のウォーレスハイムの言動を思い出すと、去年の事実は当時配属されていた親衛隊にしか知らされていない筈なのに、彼はそれを当たり前のように知っていたのだ。
辞令はセシルからだったが、地位の高い人物から圧力があったのだろうかと勘繰ってしまう。
「ま、数日間よろしく」
リュウドは、明日からは自身の隊の仕事へ戻るらしい。僅か2日ではあったが、起き上がれない王子へ何も出来なかったのは歯がゆいとも話してくれた。
休憩時間が終わり、ジンとリュウドがリビングへと戻るとセオが慌てた様子でお湯を沸かし、何かを準備している。
「どうかした?」
「殿下、案の定熱出されて」
「えぇ……」
「やっぱり……?」
リュウドの呆れた表情に、ジンは言葉もない。2日殆ど何もたべず、突然過度な運動をして体が持たなかったのだろうと話された。
「さっきの元気は……?」
「ジンがきてテンションあがっただけ、今日はもう動かしたらダメだね」
セオはそう言って、掛け足で王子の自室へと駆け込んで行った。
王子のフロアでの仕事は、王子がいる時間にリビングで待機し、必要な時は同行する事だが、待機場所に制約はなく仕事があれば事務所でも構わないらしい。
「入り口には衛兵がいるしね。殿下出てきたら知らせてくれるし、用事あれば事務所にきてくれるさ」
「ふーん」
少し心配になりつつも、ジンはリュウドから居室フロアの脇にある事務所へも案内され、その日は一通り説明を受けていた。
事務所の設備もどれも最新で驚いたが、スペースはあっても机が7つしかなく微妙にショックを受けてしまう。
「ごめん、隊長から明日運び込むことになってるから、空いてるとこ使って」
「……と言うか、みんな常時いるわけじゃないんだ?」
「うん。隊長は普段騎士棟にいて、俺もだけど、ここの常勤はグランジさんとセオさんだけかな。みんな普段は自分の持ち場にいるよ」
「それで回る?」
「余裕余裕。殿下、大学にいって昼間いない事が増えたからね」
平和だとジンは安堵していた。
一通り仕事の仕方を教わっていると、気がつくと夕方にもなり、王宮で騎士としての初めての一日が終わってゆく。
次の日。ジンは朝礼へと出席しリビングへと戻るとセオが朝食をつくり、足早にキリヤナギの自室へと消えてゆく。30分ほど出てきた彼は、会議にゆくと言って出て行ってしまった。
隔離された空間だとは思っていたが、思っていたよりも開放感があり、居心地も悪くはない。
歩き回ると書棚には小説ばかりが並び、本の入れ替えのリクエストボードは、グランジばかりが希望を書いていた。
ジンはふざけた気持ちで読んでほしい漫画を書き、そっと戻しておく。
「ジン、本読むの?」
思わず体が震えた。気がつくとキリヤナギが自室からこちらを除いていて、軽装の彼が出てくる。
「殿下、体調大丈夫です?」
「ちょっと疲れただけ、セオは大袈裟だし」
「でも熱出たって……」
「微熱? もう治った」
「えぇ……」
困惑しているジンを、キリヤナギは得意気に笑っている。しかし、昨日よりも元気そうでほっとしていた。
「良い天気だし、外行こうよ」
「謹慎中じゃないすか」
「敷地内なら別に良いし? 着替えてくるね」
返事を聞く事なくキリヤナギは早足で自室へ戻ってしまった。そして10分ほどで出てきて、手を引かれるままリビングから出てゆく。
久しぶりの王宮は、たしかに全てのものの見え方が変わっていて、懐かしさと新鮮な気持ちになる。キリヤナギは、すれ違う使用人や巡回騎士へ挨拶をされながら、ジンを中庭へと連れていった。
よく見ると肩にケースをかけており、そこから出てきたのは模造刀だ。
「やろう!」
「昨日寝込んでたじゃないっすか!!」
キリヤナギは問答無用だった。
踏み込み当てにくる王子に、ジンは後退しながら距離を取って回避を続ける。あまり動かすのは良くないと、足を引っ掛けにゆくが、うまく足を浮かせてきて感心した。
上手いとジンは感想を得ながら、彼の攻撃を全回避してゆく。そして、ある程度疲れが見えたところで、服の中につけるストッパーでガードし、キリヤナギの腕掴んで投げた。
芝生が柔らかく音もなく仰向けに倒れた王子は、汗だくでジンを見あげて笑う。
「休憩しません?」
「する」
使用人に頼み、水を用意してもらった2人はしばらく休憩することにした。春の穏やかな気候は、自然と気持ちも前向きになる。
「大分強いですね」
「え、そう?」
「これ無かったら止めれませんでした」
騎士服の袖を捲ると、ジンの両腕には刃物を通さないストッパーが装備されている。これは騎士全員がつけているもので、近代化した盾にも近い。
「これ軽いけど硬いやつ?」
「はい。弾丸でもある程度弾けるぽい?」
「へぇー、これもガーデニア製?」
「これはオウカ製? みたいで、加工技術はまだまだオウカのが強いってカナトが」
「そうなんだ?」
文明機器の殆どがガーデニア製に取って代わられているが、貴金属や布などの加工技術は強く、それらの産業はガーデニアへと輸出されているという。
「デバイスとかアンテナとかケーブル? 外注してるって言ってたの覚えてます?」
「うん。デバイスの?」
「あの辺の製品はオウカ製なんです。カナトは自分の国の宣伝したいから言わないんですけど……」
「へぇー」
ジンはカナトがそれらの外注契約を行う場へ同行したことがあり、思っていたものと違って驚いたのを覚えている。
必要な貴金属をオウカ国で仕入れそのまま加工業者へ下ろし、全ての部品をガーデニアへ持ち帰ったあと組み立て、オウカへ輸出する。
カナトはガーデニアの技術だと話すが、それを作るために必要なもの全ては、オウカで生産されていたのだ。
「僕のデバイスも?」
「部品はそうですね。この小さな画面はガーデニアじゃないと無理みたいですけど」
「嬉しい……」
「ガーデニア製、たしかにめちゃくちゃ多いですけど、オウカと仲良くなったから出来た事だって言ってました、なんで全然強いです。この国」
キリヤナギは嬉しそうに聞いていた。取り出したジンのデバイスを覗き込み、その画面の国章に思わず笑いが込み上げてくる。
「ジンもそのまんまじゃん」
「な、何が!?」
「なんで国章なの?」
「良い画像ないんですよ……」
個人的な趣味の銃にしていたら、カナトに物騒すぎると文句を言われ、苦し紛れ選んだのがこれだった。
誰にも文句は言われないだろうと思っていたのに、キリヤナギに突っ込まれるのは想定外だ。
「ジンって意外と愛国心あるよね」
「まぁ、市民感覚ですけど……」
ジンは、カナトからオウカの技術力に関して自分から話すものではないと聞かされていた。カナトはオウカの産業には詳しいが、ガーデニア人である自分はそれをキリヤナギへ伝える役目ではないと、伝えたいのならジンから話せば良いと様々な産業の見学に同行を許した。
加工業だけでなく林業、農業、畜産など物の基礎となる第一産業は、ガーデニアもオウカへ頼り、持ちつ持たれつの関係であると学んだ。
ジンからすれば回りくどいとも思ったが、おそらくカナトは、キリヤナギとそれ以上の関係になることができないからなのだろうとジンは2人の間を憂う。
ふとジンのデバイスを覗き込んでいたキリヤナギが、中庭の空を見上げた。
中庭といっても宮殿は巨大で、ひらけた空の開放感へ浸る。
「なんか焦げ臭くない?」
「え……」
キリヤナギに言われ注意するとたしかに焦げた匂いが漂っている。さらに耳を澄ますと、犬の吠える声などの騒がしい動物の鳴き声が聞こえ、キリヤナギは何かに気づいたように駆け出した。
そして中庭から外庭へでると、敷地内の動物の宿舎から煙が上がっているのに気付く。
「火事?」
「殿下、俺、消火器持ってきます」
「わかった」
現場では、使用人が近くの蛇口から水を運んでいるが、動物の餌となる穀物や牧草などへ引火したのか間に合っていない。
キリヤナギは、脇の園芸施設から水やりホースを持ち出して、それを蛇口へ繋いで消火をはじめる。
「皆避難して!」
「殿下、まだ中に動物がーー」
話を聞くと逃げ遅れた動物がいるらしく、キリヤナギは入り口から火を抑えようと水を拡散する。
水をかけた場所は、わずかに火がおさまり、よく見ると奥に路頭に迷う小さなブタがいた。このままでは火傷してしまうと、キリヤナギはホースを使用人へ預ける。
「これ、持っておける?」
「はい。殿下は何を?」
キリヤナギは息を止め、宿舎の中へ滑り込んでゆく。使用人から悲鳴が上がる中で、子ブタを抱え込み。床を蹴って飛び出した。
それと入れ違いに、応援を読んだジンが数名がかりで消火器をもって火を消してゆく。
「殿下、何やって……」
「ジン! ありがとう!」
子ブタは、キリヤナギを蹴って広い敷地へ走り抜けて行った。
「何かあったらどうするんすか!」
「水かけて貰えば良いかなって」
「そう言う問題じゃ……」
「殿下」
はっきりとした声に、キリヤナギはそちらを向く。声の主は学校で良くあっていたマリーだった。
彼女は、子ブタを抱きあげぼろぼろと涙をこぼしている。
「ごめんなさい。ごめんなさい。私、気をつけてたのに、この子、置き去りに」
「ま、マリー」
「ありがとうございました」
ジンはそれ以上何も言えなくなってしまった。それから宿舎は立ち入り禁止となり、騎士団で火元の調査が始まることになる。
「はぁーー?? ジンがついていながらなんてことーー」
「ご、ごめん……」
「誕生祭前ですよ?? 火傷でもしたらどうするんですか!」
「なんとかなったんだけど……」
「そう言う問題でもないでしょう!! 今日は一日療養すると約束したではないですか!」
「セオが押し付けてきただけじゃん!」
「謹慎中! 反省されてるなら、ちゃんと態度で示してください!」
「おとなしくしてたし……」
「どこがーー」
「せ、セオ……」
セオが机に突っ伏してしまい、ジンは何も言えず固まっている。王子はどこ吹く風で夕食の時間を気にしているようだった。
「今回のボヤは我々の不手際の可能性が高く、殿下がおられた事は両陛下に伏せさせていただいておりますが……」
「?」
「本日は大変ご活躍でしたので、お伝えさせていただきますね」
「え"っ」
キリヤナギの顔色が変わり、ジンは何も言えなくなった。
本来ならバレないわけは無いが、使用人からみてキリヤナギのこの手の事案はもはや「日常」で、それが王と王妃に伝わるたびに喧嘩が激化するのは目に見えている。
よって使用人達はその衝突を防ぐ為に、伝えるかどうかを一度幹部へ相談することが定例となっているらしい。
「だ、だめ、やめ……ご、ごめん」
「どうされますか?」
「も、もう無茶しないから……、ごめんなさい」
「明日は?」
「宮殿からでないから……」
「ダメです」
「リビングから出ないから……」
「それで手を打ちましょう」
「重くね?」
「ジン、大前提を忘れてるよ。殿下、風邪引いてる」
あ、とジンはさらに何も言えなくなった。元気に見えて忘れていたが、昨日熱を出したと言っていたからだ。
「微熱で、もう下がったのに……」
「ダメです。反省中なのですから態度を見せてください」
「ご、ごめんなさい……」
擁護できないと、ジンは遠目で見るしか無かった。キリヤナギは、消沈した様子で自室へと戻る。
夕食も1人で取りたいとセオも入れてもらえず篭ってしまった。
「いつもこんなん?」
「大体、苦労理解してくれた?」
「ある程度は……」
王子は馬鹿ではないのだ。
ジンが押しに弱いことを知り、周りの使用人も強く出れないことを知り、王と王妃の喧嘩が使用人にとってもデメリットで、あえて伝えないことを知っている。
その全てを知った上でのこの行動は、たしかに王子としては、域を抜いてタチが悪い。
「グランジなら抑え込めるんだけど」
「殿下が俺に頼るってそう言う?」
「そう言う事」
知らなかったと、ジンは項垂れるしかなかった。しかし「正しい」とも思ってしまう。
あの時、子ブタはキリヤナギの行動がなければおそらく助けることはできなかった。宿舎が崩壊していた可能性もあり、消火剤を撒いた後に生死を確かめればいいと言う結論にもなっていただろう。
王子もおそらくそれもわかっていた。
幸いにも火はそこまで大きくはなく、崩壊も起こらずに済んだが、動物を守りたかったと言う気持ちは、これ以上の正解はないとすらも思う。
「殿下、あーみえて自己肯定感が低いんだよ」
「自己肯定?」
「自分の価値を理解できてないんだよね。僕らはそれをわかって欲しくて再三伝えてるんだけどさ……」
「……」
「殿下が一番認めてほしいのは、やっぱり両親なんだろうなって」
ジンには、うまく理解ができなかった。が、言いたい事はわかる。
両親の仲が悪く対立を続ける2人の間で育ち、キリヤナギはどちらを信じればいいかわからなくなっているのだ。
父の言葉を母は否定し、母の言葉は父を否定する。片方に褒められてもそれが正しいのか分からないまま、自分の正義を貫いてきたのだろう。
思い描く正しいことは、自己犠牲が伴うものばかりでジンはある意味納得もしてしまった。
「認めてほしい?」
「それはもう諦めてるんじゃないかな」
「それって?」
「自分にしか出来ない事をさがしてるように見えるよ」
なるほどとジンは返す言葉が見当たらなかった。
王の「王子として恥じないように」と言う言葉と、王妃の「あるがままに生きてほしい」と言う二つの言葉を両立するなら、たしかにそうならざる得ない。
キリヤナギの思う、王子のあるべき形は自己犠牲を持っても人を救い続ける、本当の意味でのヒーローだったのだ。
「なんか、よく謹慎になる理由わかった気がする」
「わかったら今度から止めてね」
しかし、ジンはセオの言うことは少し違うとも思っていた。
正しい行いは止められるべきではない。
むしろ執行されるべきで、キリヤナギはその裁量を本当の意味で正しく理解している。
今回の件の問題は、キリヤナギだったからこそでジンが飛び込めば問題はなかったのだ。
「と、め、て、ね??」
「お、おう……」
セオの目が怖いなと、ジンは夕食を済ませ、その日も休む。
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