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第9話 謹慎になった……。
「迂闊だったね……」
セオの言葉にグランジは脱力した思いだった。彼は差し入れを持ち込み、反省室の中にいるグランジへ壁越しに会話をする。
報告書を偽造する形で提出した事で、それは重大過失として認められたことから、グランジはキリヤナギと同じく、1週間の隔離謹慎処分とされた。
セオは話を聞いた際、怒りすら覚えたものだが、ここ数日のキリヤナギを見ていて、今は悔しい気持ちが込み上げてくる。
「誕生祭は……?」
「まだ日はあるから変更は無しだって……でも、20歳の区切りだから、最悪強行しそうで……」
「意味がないな……」
主役が不在のまま開催するのではと、騎士や使用人達は困惑していた。19歳になる時も、デバイスの件でひどく叱られ、王子のメンタルが祭どころではなくなってしまい中止となったからだ。
20歳は成人の区切りでもあり、ガーデニアを含めた周辺各国にも王子の存在を誇示しなければならず、なんとしても開催したいのが国の本心だが、酷く落ち込みやつれつつある王子を見せたところで、それは期待通りの結果にはならない。
だから周囲の使用人や騎士は、普段以上に王子へ気遣っていたのに、このタイミングで同じ事が起こるとは誰も予想できなかった。
「数日前まで、あんなにも、生き生きしていた殿下が……もう2日も部屋からでてこなくて……」
「……」
「僕は殿下を守るために、おそばにいるのにどうしてこんなことしか……」
「セオ……」
「……!」
「しばらくは任せる」
グランジの言葉に、セオは言葉を噤む。これ以上は意味のない言葉だからだ。
セオは管理者に一礼だけして、その場を後にする。
@
「バレたぞ」
それは前日の夜だった。
オウカ国、ガーデニア大使館、アークヴィーチェ邸にて、オウカ国宮廷騎士団所属のジン・タチバナは、夕方に今日の日誌を描いて業務を終えようとしていた。
しかし、使用人に呼ばれ戻ってきたカナトが第一声でそれを述べる。
「な、何が?」
「以前のククリール嬢の連れ去り事件に、キリヤナギが関与した事が王にバレたそうだ」
「マジ??」
「マジだぞ」
真っ青になるジンだが、更に数秒経ってハッとする。
「俺どうなる?」
「どうもならん。貴様の名前は聞いていないが、異能使いを畳める人材が限られているのなら、言及されないまでも察されているのでは?」
流石のジンも項垂れていて、カナトも何も言えなかった。最悪、反省室だが奇跡でも起これば、異能への対処に必要だったとして恩赦が得れるか。
どちらにせよ処分を受ける覚悟を決めなければならない。
必死に言い訳を考えていると、廊下からバタバタと騒々しい足音が聞こえて来る。
ジンもカナトも誰だか察し、足跡の主を待った。そしてノックされず音を立てて開かれた扉から、ガタイのいい長身の男性が入って来る。
「カナトいるか? いたな」
「ご機嫌よう。父上」
カナトが父と読んだ彼は、アークヴィーチェ家長。ガーデニア外交大使たるウォーレスハイム・アークヴィーチェだ。
彼はカナトとジンが揃っているのを確認し、手に持っていた書類をみる。
「お前ら、前の令嬢拉致事件に絡んだのか?」
「はい。事件を知ったキリヤナギに協力しました」
「(正直!?)」
「なら、ジンがやったんだな」
「はい」
「ご、ごめんなさい」
「何故だ?」
「敵がキリヤナギへ直接連絡を寄越し、騎士団を待っていては間に合わないと判断しました。よってジン、キリヤナギ、グランジの3名にて対処を」
「状況は?」
「結果的に敵は五名。全員【未来視】の異能をもっておりました。ジンがいて幸いであったと」
「なるほど。カナト、そう言う事なら最初からそう言え!」
「申し訳ございません。グランジとの口裏合わせにおいて、父上にも黙っていた方が良いと判断しました」
頭を掻くウォーレスハイムは、再び書面を見ながらジンを見る。彼は、何を言われるのかと不安そうな表情をしていた。
「キリヤナギは『タチバナ』使いだったか?」
「え、はい。真似事ですけど、それなりに上手かったような……」
「ならグランジとうちの騎士の一人だったって言えばどうにかなるか?」
「問題はないかと」
「じゃあそれでいくか……」
「いいんすか?」
「誕生祭が控えてんだ。ここで主役不在とか、周辺国家に現状を晒しちまう、そっちのが問題だ」
「父上は誕生祭を重視されておられるんですね」
「あ"? 当たり前だろ。連中が散々狙ってきた王子は『立派に大人になりました』って見せつけれるんだぜ。最高だろ?」
「確かに」
ジンはもはや口を挟めず固まっている。確かにこのオウカの国は、歴史的にも軍事力が『王の力』に集中し、その力の根源たる「王子」を手に入れることさえ出来れば、その全てを掌握する事が可能になる。
よって、このオウカの国で「王子」が無事であることは、諸外国への牽制にもつながるからだ。
「こっちはいいが、ジン。お前は一回王宮に帰れ」
「へ?」
「王子はペナルティで王宮に1週間閉じ込めだとさ」
「なかなか重いですね」
「今回はアイツも庇えなかったんだろうな……、ジンも共犯ならその責任はとってこい。お前なら王子のメンタルもマシになりそうだしな」
「……はい」
「今回だけだぜ? 次はないと思えよ」
そう言ってウォーレスハイムは颯爽と部屋を出ていってしまった。二人ともしばらく固まって、ようやくジンが口を開く。
「親父さんのあのセリフ。何回目?」
「最初からならもう数えてないが、今月なら3回目だな」
「いいのかそれ……」
「ガーデニア側から『厳重注意した』という建前は重要だ。オウカ人ではなく、ガーデニア人がやったなら、オウカの処分は与えられない。貴様ほど逃げやすい立場は他にないぞ」
確かにキリヤナギ関連なら毎回許されている。オウカの国とは違い、ガーデニアから見れば、王子は生きてさえいればそれで良く、深く関与しても意味がないと考えているからだ。
「こちらは気にしなくとも良い、貴様は自分の主君の心配だけしておけ」
「……助かる」
「ここでジンまで処分をうければ、もうここにすら来なくなりそうだからな……」
しかし、ジンは複雑だった。
グランジ、キリヤナギまでもがペナルティを受けているのに、自分だけ逃れても良いのだろうかと、だがキリヤナギはジンが責任から逃れられるのを知っている。
グランジは避けられないが、ジンは回避できる。だから助けを求めてここへくる。
ジンはその責任に応える為、その日のうちに荷物を纏め、次の日の朝には王宮へ戻った。
久しぶりで守衛にも忘れ去られていたが、戻ったその場所はとても静かだった。
廊下は定期的に見回りをする衛兵と、要人の世話をする使用人が行き交う。
また広い場所ゆえに音が響かず、外とはまるで別世界に感じた。
キリヤナギの部屋は、扉を介した西側のフロアにあり、その手前には親衛隊の個室がならぶ廊下の最奥にある。王子が生活をするリビングにはキッチンが備えられ、扉内で生活の全てが自己完結できるようになっていた。
厳重だとジンは来るたびに思う。
入り口には常に二人の衛兵がいて、ジンが声をかけにゆくと、キリヤナギもセオも今はおらず下の階の遊戯室へ言ったと話された。
不安になりながらそちらへ向かうと、置かれているトレーニング機器を使って全力で遊ぶキリヤナギがいる。
「あ、ジンさん」
「リュウド君」
入り口のベンチには、リュウドが座りキリヤナギは、現れたジンへ気を止めることなく、トランポリンで跳ねたり宙返りをしたりと、隅々まで走り回っている。
「めちゃくちゃ元気すね……」
「これでも、昨日まで引きこもってたんだ。でも自分で決めたから反省するって」
「へぇー」
リュウドはおそらく抜け出さないようにする見張りだ。外出禁止と言っても王宮の敷地は広大で庭を歩き回れるなら退屈もしない。
しかし、王子からすれば20年間生まれ育った場所でもあり、毎日見ていれば窮屈にも感じてしまうのだろう。
「ジン、おかえり」
「セオ……ただいま」
リュウドの横に座っていたらワゴンを押すセオが現れる。ティーセットではなく、タオルやスポーツ飲料水が並ぶそれを運び込み、セオもため息混じりにベンチに座った。
「グランジさんは?」
「殿下と一緒に謹慎で反省室。今朝会ってきたけど気にもしてなかった」
グランジのこの態度は「いつもどおり」だ。キリヤナギはこれを恐れ、いつも彼には頼らず、まずジンへ声をかけにくる。
「殿下、元気そうじゃん」
「昨日まで部屋からでてこなくて、今日になってどうにかかな……もう本当起きて来なかったらどうしようかと思った……」
項垂れているのは、去年の出来事があったからだ。
誰でも経験する不安定な時期を、王や王妃の圧力で抑え込まれ、誕生祭のことをきっかけに全てがはち切れたのだと皆は話す。
酷く傷つき誰とも会おうとしなくなった王子は、食事から拒否して衰弱していき、セオが気づいた頃には、自分で動けない程に弱っていた。点滴をする事で辛うじて命を繋いだが、あの時の彼は、心身が疲れ切っていたと聞いている。
そこから、それまでの王子の行動全てに調査が入ることとなり、彼の行動には一切の悪意がないと証明されたが、その時に受けた心の傷により、彼は護衛騎士を一切信用しなくなってしまった。
キリヤナギは疲れたのか床に座り込み、リュウドはそれを見て飲料を渡しにゆく。
「心配なのは分かるんだけどさ、もう少し違う方法ないのかなぁ……って」
「不服?」
「騎士や使用人に示しがつかないのは分かるんだけどね……」
ずっとそばに居るセオだからこその意見だろうと、ジンは察していた。騎士や使用人は、無礼を働いたり命令違反やルール違反があると、減給や謹慎などのペナルティがあるが、キリヤナギもまた同じペナルティを与えられてきたからだ。
子どもとして許される時期を終えたにしても、家族としてどうなのだろうとセオはずっとその狭間で悩んでいる。
「まぁ、殿下が悪いんだけど……」
「答えでてんじゃん」
キリヤナギに悪意はないのだ。
その行動の全ては、誰かの為でありそこに例外は存在しない。誰かに頼むのではなく、自分でやろうとする姿勢は賞賛されるべきなのに、周りはそれを危険だとして当たり前に否定してきた。
正しくとも許されないまま正義を貫いた王子は、結果的に19歳の悲劇を呼び生死を彷徨う事となる。
リュウドに付き添われるキリヤナギは、立ち上がる気配はなく、ジンも彼の元へ歩を進めた。
遠目で見ていたキリヤナギは元気そうだったが、顔をよく見ると少しだけ疲れているのが分かる。
「ジン……」
「殿下、大丈夫ですか?」
「うん……」
何か言いたげに目線を逸らす王子にジンは反応に困ってしまう。しばらく黙った彼は、ジンを前にして恐る恐る口を開いた。
「バレた時、いつも通りセシルが来て……」
「隊長が?」
「攻めないから全部聞かせてって言われて、ジンのことも話しちゃった。ごめん」
「別に庇わなくていいっすよ……。気にしてないし」
「……」
唖然としたキリヤナギにリュウドが吹き出した、彼はまるでわかっていたように指を指す。
「ほら殿下、セオさんの言った通りじゃん」
「むしろ話せてよかったぐらいなんじゃ……?」
「……ジンってなんでそんななの?」
何故かそっぽをむかれて困ってしまう。
「アークヴィーチェから追い出された?」
「いえ、様子見に来ただけです」
「ふーん」
「なんすか?」
「ならいいや」
唐突な不機嫌な態度に、ジンは反応困ってしまう。リュウドは目に溜まった涙を拭いて、息も切れ切れに述べた。
「殿下、この後セシル隊長が謁見? 調子悪いなら明日でもいいみたいで、どうする?」
「今日でいいや。そろそろもどる」
「潔いっすね」
「僕が悪いし……」
反省しているのか、ジンにはよくわからず困ってしまう。特殊親衛隊長のセシル・ストレリチアは、以前の隊長と比べかなり柔軟で優しいとは聞いているが、ジンはまだ彼と詳しく話をした事がなく、どう言う人物かわからない不安があった。
「ジンさん。戻ったなら事務所に報告してきなよ。殿下はこっちでどうにかするし」
「別に逃げないのに」
「違う違う。護衛だよ。殿下が捕まえた奴らに仲間いるみたいで、王宮にも侵入してるかもしれないとか」
「へぇー」
「リュウド君、地味にやばくねそれ」
「もう今年の誕生祭に備えたバイト? 大量採用しちゃって今更解雇できないみたいだから、ジンさんももしかしたらそのうち戻されるんじゃないかな」
「俺はムリじゃねえかなぁ……」
「なんで??」
話せば長くなるなぁとジンは答える事ができなかった。ジンは、キリヤナギをセオとリュウドへ任せ一人事務所へ手続きにゆく。
すると今日からグランジが復帰するまでの数日間と今月の半ばから誕生祭までの短期間、キリヤナギ周りの警護へ着く辞令がでていてリュウドの言うこともあながち間違っては居なかったのだと反省する。しかしそれでも、アークヴィーチェ邸管轄なのは変わらず、本部から「戻したくない」と言う確固たる意志を感じずにはいられなかった。
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