第8話 異能を取り返す!

 次の日も、朝からグランジと登校していたキリヤナギは、こちらに気づいた女性に足を止めた。合流したのは、昨日声をかけてくれたマリー・ゴールド。


「マリー、おはよう」

「おはようございます。殿下、騎士様も」

「……」

「グランジって言うんだ。無口だけど、許して」


 グランジは礼だけして、キリヤナギの後ろを歩く。マリーは、レンゲ町に住居がありそこで家族と暮らしているらしい。


「マリーは僕の同期?」

「はい、二回生です」

「この時間だと今日の一限からとってる?」

「いえ、私は三限からなのですが、測定テストがある授業らしいので勉強しようかと」

「えっ、それ本当??」

「はい、先輩のお話で今年もあるかどうかは分からないですけど……」


 初耳すぎて不安になってしまう。当然のように勉強も何もしていないからだ。


「ありがとう、マリー」

「い、いえ、その、お役に立てたなら……。一応抜き打ちなので、告知もないですから、わからなくも仕方ないと思います」


 掲示板をチェックし損ねたと思っていたが、思わず意表をつかれてしまう。抜き打ちなのに彼女は知っていたからだ。


「なんで、マリーは知ってるの?」

「私、ハイドランジア嬢の派閥にいて、グループ通信に参加しているのです、そこで先輩に色々教えて頂いてて」

「シルフィの?」

「はい、ハイドランジア嬢はとてもお優しくて、周りの方々も支えてくださるので頭が上がりません」


 派閥の話は、昨日ヴァルサスに聞いたばかりだ。彼は関わるのが「面倒」だと話してもいたが、情報収集として機能しているならそれは悪いものではないと認識する。

「派閥ってよくわかってなかったけど、悪いものでもないんだね」

「生徒同士で助け合ってるチームのようなものです。一回生だとわからない事は沢山ありますから」

 王宮での王派と王妃の派閥分裂をみると何処にでもあるのだなぁと興味深くも思い、優しいシルフィらしいと納得もできた。


「確か2つあるって聞いたけど、もう一つは?」

「マグノリア卿派閥ですね。実はあまりよくは知らないのですが、実力主義と言うか、かなり規律に厳しくていい噂は聞きません……。貧しくも必死で学校へ通っているのに、派閥から容赦なく追い出したとか、新しく派閥を作ろうとした貴族さんを無理矢理解体したとも聞いたことがあります」

「ちょっと乱暴だね……」

「王子殿下はどちらを支持されますか?」


 聞かれると迷ってしまう。話だけを聞くならシルフィだが、まだ決めるには情報が足りないとも思うからだ。


「まだ決めきれないかな? 選挙できまるんだっけ?」

「はい。今期の学生選挙でこの大学が、どの派閥で運営されていくか決まります。それまでに決めておくのがいいかもしれません」

「わかった。ありがとうマリー」

「お役に立てて嬉しいです……!」


 その後、学園についたキリヤナギは正門でグランジと分かれ、勉強すると言うマリーを見送った。

 一限を終えたその日の二限目は、護身術や武道の授業で、キリヤナギはこの授業をとても楽しみにしていた。

 元々体を動かす事が好きで、騎士達の訓練にも参加し、幼い頃からある程度の訓練を受けて育ったからだ。王族を囲う大人の騎士達から実践レベルの訓練を受けてきた為に、騎士にも引けを取らないとも言われている。

 年齢が上がり、本格的に才能があるとされてからは、騎士長のアカツキに「タチバナ」を教わるようになったが、キリヤナギはまだそれは名乗れず真似事とされていた。

 「タチバナ」はその言葉通り「家」に伝わる流派とされているが、このオウカの国では、その言葉へ畏怖を与える為にその名を示すことへ強さを求めた。

 ただ使うだけでは「タチバナ」とはされず、強くあってこそ「タチバナ」とされる。

 つまり正当にそれを名乗るジンは、そこに在るだけで「盾」となる騎士と言える。

 キリヤナギは一時、その重さを想像して辛くなったが、ジンはそんな事を感じさせないほどに優しく、救われた気持ちになっていた。

「やるじゃん、王子!」

 模造刀を片手にキリヤナギの動きを見ていたヴァルサスが、声を張り上げる。彼もまた体を動かすのが好きらしく、キリヤナギと同じくしてこの授業を履修していた。

 ヴァルサスも上手くてキリヤナギの機転のきいた立ち回りに遅かれど対応してくる。


「元々やってんの?」

「うん、子供の頃から騎士の皆に教えてもらってて」

「へぇー、いいじゃん! 俺も父さんが傭兵でさ、剣は腐らないからって叩き込まれた」

「傭兵なんだ。すごいね」

「あんまり帰ってこないけど、尊敬はしてるかな」


 話しながら撃ち合うのは、とても楽しくて夢中になる。そんな彼らが武器を扱う様子を、ククリールは女性側のフロアで見ていた。

 同じホールで行われているこの授業は、半分を女性、半分を男性で分けられている。元々生徒が少ない上、女性は更に少ないが、ククリールは、ほかに取る授業がなく声をかけられるのも面倒で不人気な授業から履修していた。

 一通り動いてベンチで休んでいると、入り口から人の気配がして見学者が多数いるのがわかる。彼らはホールを囲うように集まり受講生徒を困惑させていた。

 そして唐突に更衣室の扉が開き、白ジャージの金髪男性がでてくる。黄色い歓声があがり、彼はそれに手を振って応じた。

 ククリールは現れた彼に思わず固まる。ジャージ姿のアレックス・マグノリアは、担当教授に授業へ参加したいという旨を伝え、ヴァルサスと夢中で打ち合うキリヤナギをみていた。向かいにいたヴァルサスは、そんな入り口から現れたアレックスに驚いて動きを止める。


「マグノリア先輩……」

「ヴァルサス、まさか王子と連んでるなんて驚いたよ」

「……」


 ヴァルサスが口籠もっている様子に、キリヤナギもまたマグノリアと呼ばれた彼を見た。彼は模造刀を握り、素振りを始める。


「何しにきたんすか?」

「体を動かしたくなったんだ。ついでに勧誘かな?」

「俺、断りましたよね」

「君じゃないよ」


 向けられた目線に、ヴァルサスは言葉が無かった。隣にいたキリヤナギは戸惑いながらも応じる。


「ご機嫌よう、殿下」

「こんにちは、キリヤナギです」

「はは、知ってるよ。私はアレックス・マグノリア。十八歳の誕生祭以来だね。久しぶりだ」


 あ、とキリヤナギは思い出した。毎年開かれていた誕生祭には、各公爵家の家族が王宮へと集い、挨拶会と夜会が開かれる。

 マグノリア公爵家は、王室とも古くから付き合いがあり、それなりに親しい間柄とも言える。


「ここでもお会いできて光栄です、殿下」

「えっと、ここだと先輩ですよね。よろしくお願いします」


 少し反応に困ってしまう。ヴァルサスの呼び方を真似したら、アレックスはまた声を上げて笑った。ホールに響く声に皆の視線が集中する。


「失礼だった?」

「いえ、申し訳ない。むしろこちらが失礼だった。今日は殿下を勧誘にきたんだ」

「勧誘?」

「王子、乗せられんなよ。コイツ差別主義者だぜ?」

「え、どう言う意味??」

「人聞きの悪いこといわないでくれ、私は『区別』してるだけだ。それにせっかく声をかけたのに、君は断った」

「仲間になったところで、結局俺らを奴隷にしたいだけじゃねーか! ふざけんな!」

「奴隷?」

「黙っててくれないか? 私は王子と話をしたいんだ」


 ヴァルサスはアレックスが連れてきた学生に抑えられ、キリヤナギは驚いた。連れて行かれそうになり、思わず止める。


「ごめん、ヴァル。話をさせて……」

「くっそ!」

「僕を勧誘しにきたって?」

「そう、今季の学生選挙に備えて、殿下の支持が欲しい」

「どうして?」

「殿下が僕を支持してくれるなら、少なからず影響は大きいと見ている。選挙に協力してくれるなら快適な学生生活を保障しよう」


 キリヤナギは一度ヴァルサスをみた。彼の態度は、まるでアレックスを敵のように睨みつけていて、只事ではないことを悟る。


「こいつ、一般の連中つかって自分の派閥にいないやつへ陰湿な嫌がらせを繰り返してんだ。そのせいで皆……」

「鬱陶しいな、ヴァルサス。一般の癖に口を挟むな!」

「なんでそんなことするの?」

「この国の為だよ、王子」

「!」

「この学校は甘すぎる。王立の機関であるにも関わらず一般と貴族は同列に扱われ、一般の者たちはその傲慢さを持ったまま社会へと出てゆく。そして権利ばかりを主張し、貴族は配慮すべきだと暴徒化する。だからこそ、この学生のうちで学ばなければならない。お前達は、我々の領地に住む労働者であるのだと」

「だったら給料払えよ! 税金納めてんだろうが!!」

「管理してやってるんだ。当然のことを言うな」


 ヴァルサスは座らされ、キリヤナギは絶句していた。突然の政治の話に理解が追いつかないがこれだけは分かる。

 アレックス・マグノリアは、国の為と言っているが、それは学生のためではない。マリーから聞いた事が、ほぼ事実なのだろうと理解したキリヤナギは冷静に彼へと向き合った。


「どうしたら、ヴァルを離してくれる?」

「おい、王子!」

「私の仲間になって宣言してくれ、王子はアレックス・マグノリアを支持すると」

「でもそれだけじゃ、いじめと嫌がらせ、辞めないよね」

「……それは私の知ることでは」

「どうしたら、やめてくれる?」


 冷静に問う。二人の話の問題は、アレックスが一般学生に危害を加える事だと分かった。だからそれを止めなければ、意味がないと判断する。

 彼は少し考え、口を開いた。


「どうかな、私が殿下の部下になるとかなら、みんな止めるんじゃないか? 殿下がここ派閥の頂点になるなら、言うことを聞いてくれるだろうしね」

「ならどうすれば部下になってくれる?」

「ははは、本気かい、王子」

「……」


 キリヤナギは、真剣な表情でアレックスを見つめ、ヴァルサスもククリールも黙ってその現場を凝視する。彼はそんな空気を察したのか、続けて口を開いた。


「じゃあ今この場で、私に武道で勝てればそれを受けよう。代わりに私が勝てば、殿下の地位名声の全てを存分に使わせてもらう。私の卒業までね」

「分かった」

「やめろ、王子!」


 アレックス・マグノリアは三回生だ。時期はまだ進級したばかりで、負ければほぼ二年間、彼に付き添うことになる。二年あればこの学校の方向性が変わるには十分な時間だ。


「マグノリア公爵家を継ぐものとして、また貴族として先輩の私が、殿下へ支配の現実を教えよう」


 模擬戦は、教授によってお互いに怪我のリスクを考慮し、先に打撃を入れた方が勝ちとされた。模造刀を構え教授すらも呆れてそれを見つめる。

 合図をもって先に動いたのは、アレックスだった。彼は、受けの構えを取るキリヤナギに打ち込むフェイント。脇に入りかけたそれを、キリヤナギは後退して回避する。またこちらへ攻めにくるアレックスへ、カウンターを入れようとした時、彼は下がって構え直した。

 おかしい。と思った時、キリヤナギは思い出した。

 マグノリア公爵家に預けられた「王の力」は【読心】。敵の心を読むことで、相手の次の動きを読む異能だ。


「正解だよ。王子」


 読まれている事にキリヤナギは大きく息を吸う。ギャラリーは突然口をひらいたアレックスに首を傾げていた。【読心】は、まずその能力に気づきにくく「タチバナ」でも対応しにくい異能に分類される。よって対面から想定しなければならず、キリヤナギは一度反省した。そしてアレックスが、キリヤナギから「反省」の感情を感じ取った直後。

 先程まで手にとるようにわかっていたものが突然聞こえなくなった。

 まるで息が止まるように、「声」が途切れ、アレックスは混乱する。

 人の心は複雑だ。だから止まることはなく常に何かしらの声を発している。言葉にはならない感情で、戦いになればそれは顕著に現れ、その動きをわかりやすく読み取れる。

 はずだった。が、今は聞こえない。

 何故だ? と思った時、キリヤナギが動いた。

 どう来るかわからない攻撃に迷い、対応できる構えをとる。

 どちらにくる? とギリギリまで耐えていたら、『右!』と止まっていた声が聞こえた。

 即座に右へ防御した時、打撃が左に来た。回避もガードもされず打ち込まれたそれに、アレックスは横転するように倒れ、全員が絶句する。そして、痛みに悶える彼に模造刀を突きつけた。


「その力でずっと人を支配してた……?」

「くっ」

「『王の力』は、皆を守るための力だから、返して」

「な……」

「-オウカの王子、キリヤナギの名の元に……」


 紡がれてゆく言霊は誰も遮る事ができなかった。それはこの国の頂点に立つ、王族の勅命でもある。


「貴殿の【読心】の力の返却せよ-」


 アレックスの体から、光が抜けてゆく。それがまるで飛び去るようにどこかへ消えてゆき、彼はがっくりと膝を落とした。

 まるで絶望を絵にしたような表情に、辛くなりながらもほっとする。

 キリヤナギは、呆けているアレックスとは話ができないと判断し、ずっとこちらを観戦していた彼らをみた。


「これでもう一般のみんなをいじめるの、やめてくれる?」

「え……はい」

「ヴァルも放して」

 生徒はヴァルサスを放してくれた。終業の鐘が聞こえて授業が終わってゆく。

「王子、もういいの?」

「教授、何がですか?」

「アレックス」


 彼はまだ動かない。すぐに動けそうな気配はなく、キリヤナギはついてきた生徒に頼んで、彼を医務室へ連れて行ってもらった。

 授業は解散し、二限を終えたニ人はテラスに戻ってお弁当を広げる。


「王子やるじゃねーか!」

「ヴァルも放してもらえてよかった。これで平和になるかな?」

「なると思うぜ、マグノリア先輩が部下だろ? 流石に逆らえねぇよ」

「そう言われたけど、嫌がらせ無くなればいいなって思ってただけだし、別にいいかなって」


 キリヤナギはあくまで条件として提示しただけで、実際に実行するかはどちらでも良かった。本当に王子と貴族のやりとりならば、その実現力へ信憑性を問われるが、今はお互いに学生でそこに義務は無いからだ。


「なんだよ、欲がねぇなぁ……」

「僕は、ヴァルみたいな友達がいれば十分だよ」

「は? き、キモい事いうなよ……」

「えっ」


 一瞬、言動にショックを受けかけたが、彼は少し照れていて、満更でもないのだと理解する。

 ヴァルサスの言う「後ろ盾」になれているのかは分からないが、彼の言っていた「面倒」事が、マグノリアの派閥だったのだと思うと、それは「友達」として約束を果たしているとも言えるからだ。

 お昼を終え、三限にあると言う測定テストについて話していると、隣接する廊下から足音が聞こえてくる。入り口が一つしかないここは、足音が聞こえれば他に行ける場所もなく、ニ人は誰だろうと視線をよせた。するとそこには、大きめのバッグを抱えるククリールがおり、ヴァルサスが「げっ」と声を上げる。


「姫じゃねーか」

「ご機嫌よう」

「挨拶したぞ??」

「無礼な言動はやめてくださる?」


 キリヤナギは、声をかけられた事へ呆然とするしかなかった。先日「もう話しかけるな」と言われ、会話すら諦めて気にしないようにしていたのに、彼女の方から現れたからだ。


「こんにちは……」

「ニ日ぶりですね」

「……」

「私と話したかったのではないんです?」

「え、うん。話したかったけど、どうしたのかなって」

「なんでそこ素直なんだよ……」


 本音なのだから仕方ない。ククリールは得意げに笑い、優雅に目の前の席へと腰掛けた。


「アレックスの『王の力』を奪取されてどうされるおつもりなの?」

「別に何もしないけど……」

「は? 貴方、何をしたのか理解できてます?」

「何か文句あるのかよ」

「呆れた。本当に何も考えておられないの?」


 明らかに混乱しているキリヤナギに、ククリールはため息をついてしまった。彼女もまた自身が持ち込んだ昼食、パンとボトルの飲料を取り出して頬張っている。


「なんか勝手に居座ってるぞ……」

「あら、ここは貴方の領地なの?」

「ち、違うけど……、僕、まずい事した?」

「マグノリア卿は、この学園で『王の力』を持つハイドランジア令嬢と並ぶ巨大派閥を率いていた。彼らは両親という絶大な後ろ盾の証として『王の力』を与えられていたのに、貴方はそれを奪ったのよ」

「え……」

「わかる? 生徒と公爵家の間にあった信頼を奪ったの。どうされるおつもり?」


 淡々と口にされた言葉に、キリヤナギは何を返せばいいかわからなくなった。ヴァルサスは一般平民で、まるでわからないと首を傾げているが、ククリールは、アレックス・マグノリアの学生としての立場を奪ったとも言っている。


「それ以上はいい。ククリール嬢」


 また新しく響いた声に、三人の目線が一気にそちらへと向いた。そこには、先程の体育館での登場とは違い、誰もつれずたった一人のアレックス・マグノリアがいる。


「王子の実力を見誤り、負けたのは私だ。貴方に擁護されるほど私は落ちぶれたくはない」

「……アレックス」

「先輩……大丈夫?」

「心配なんていらん。王子は何故、私を倒そうと思った?」

「それは、いじめをやめて欲しかったから……」

「ならそれを突き通せ、私の負けを棒に振るな」

「何様だよ。負けたくせに」

「五月蝿い。これから私が部下になる相手だぞ。文句は言わせてもらう」

「僕は嫌がらせをやめてくれるなら、それでよくて」

「ふざけるな、私は誇り高きマグノリア公爵家の人間だぞ、言ったことぐらい守らせろ」

「……律儀ね」


 堂々と言い切られた言葉に、ククリールは呆れていた。しかしそれは、まるで見慣れたような当たり前を目撃したような態度にも見える。


「『王の力』を奪われて、私には何もなくなった。後ろ盾を無くした私に付いてくるものはもう誰もいない」

「自業自得だよ。バーカ」

「ヴァル! 可哀想じゃん。やめてよ!」

「なんでこんな奴に同情すんだよ。いじめの主犯だぜ!」

「だってもう十分、辛い思いしてる」

「……!」

「やめろ王子。そんなもの嬉しくない。でももし許されるなら、誇り高き公爵家の息子として言った事は守らせて欲しい。それが私のせめての償いだと思う」


 キリヤナギは返す言葉に迷った。ただ目の前の「友人」を救いたくてやった事が、誰かの世界を変えてしまったのだろう。皆が平等だと言う言葉を、そのまま理解していた事が恥ずかしくもなってしまう。


「……友達でいい?」

「なんだと……」

「先輩が部下って変だし?」


 キリヤナギの提案に、アレックスは暫く絶句していた。ヴァルサスはそんな様子を見て思わず叫ぶ。


「俺は絶対嫌だ!」

「あら、貴方と感情と王子は関係ないのではなくて?」


 ククリールの言動にキリヤナギは思わず彼女をみた。アレックスとキリヤナギが「友達」になることは、ククリールにとっても悪い事ではなさそうだからだ。

 恐る恐るキリヤナギがヴァルサスの顔色を伺うと、彼は何かに堪えた表情をみせ渋々口を開く。


「しょうがねぇな、でもまた同じことやろうとしたら、許さねぇぞ」

「君に許しを乞うようなことをした覚えはないが……?」

「うるせー、部下のくせにイキってんじゃねぇ!」

「ヴァル、酷いこと言わないでよ!」

「同情するなと言っている!」


 騒ぎ出した三人を見ていたら、ククリールはなぜか笑いが込み上げてきた。馬鹿みたいな、くだらないことで騒ぎあってうるさくて、賑やかだ。でも悪い気はしなかった。小さく笑い出した彼女に三人は思わずそちらを見る


「本当、お馬鹿さんね」

「クク……」

「ククリール嬢。貴方はどうする?」

「そうね、貴方達といればしばらくは退屈しなさそうだし、しばらくはここへ通わせてもらおうかしら」

「へ?」

「改めてご機嫌よう。私はククリール・カレンデュラ。オウカ国北東領地を収めるカレンデュラ公爵家の長女です。以後よろしくお願いします」

「それって『友達』でいいの?」

「ええ、よしなに」


 キリヤナギの目が輝き、ヴァルサスは衝撃を受けている。アレックスは嬉しそうにデバイスを取り出す王子をみていた。


「アドレス交換しよ」

「構わないわよ」

「おい、王子はアレでいいのか?」

「しらねぇ……」


 その日は結局、全員のアドレスを交換しヴァルサスは、四人のグループメッセージを作ってくれた。全員で同時にやり取りができることが便利で感動し、キリヤナギは休憩が終わるまで皆から操作を教わっていた。



「王子殿下、お疲れ様です」


 その日も授業を終えた皆が帰宅してゆき、キリヤナギが1人屋内テラスでデバイスを眺めていると、入り口から見覚えのある女性が現れて声をかけてくれる。彼女はここ最近知り合ったマリー・ゴールド。


「マリーもお疲れ様。今日はどうしたの?」

「あ、いえ、今朝お話した派閥なのですが、ちょっと大きく状況がうごいたのでお知らせに来ました」

「それは……?」

「殿下にお伝えする為に、私色々調べていたのですが、マグノリア卿の派閥がいつのまにかなくなっていて、ごめんなさい。私間違った事を……」

「……」


 キリヤナギが真っ青になっていて、マリーは首を傾げていた。事情を知らない彼女へ、キリヤナギが今日のことを説明すると、彼女は声を上げて驚く。


「王子殿下の行いだったのですね」

「うん……。でも、ちょっと行動が早すぎて申し訳ないことしたなって」

「そんな事はありません。当然、影響もあると思いますが、救われた人も必ずいるはずです」

「……ありがとう」

「どうか、気を落とされないでください。私は応援していますから」


 彼女の言葉はとても優して救われてしまう。しかしキリヤナギは、心のどこかでそれに甘えてはいけないとも思っていた。


「あの殿下、この学校の最上階にカフェテラスがあるのはご存知ですか?」

「カフェ?」

「はい。貴族さん向けなのですが、お時間があるなら、よかったら、ご一緒したいと……」


 照れながら話すマリーに、キリヤナギもつられてしまった。しかし、その日はもう門限が近くあまりゆっくりもしていられない。


「ごめん。今日はもうそろそろ帰らないとで……」

「そうですか。突然お誘いしてすみません」

「誘ってくれてありがとう。今は少し忙しいけど、また落ち着いたら僕から声をかけるね」

「はい! とても楽しみにしています!」


 その日も、マリーと共に帰路へつき、一人王宮へと戻ったキリヤナギは、普段とは違う空気感に嫌な予感を得ていた。

 使用人に見つかり、着替える間も無く連れてこられたのは、母の元だった。

 父が呼んでいると言われて、少しだけ怖くて震えていたら母が後ろから抱きしめていて動けない。

 現れた父には、全てがバレていた。

 数週間前のククリールの拉致事件にて、捉えた敵が、王子に力を奪われたことを証言したと言う。

 キリヤナギは謝ったが、母も泣いてもっと辛くなった。キリヤナギはデバイスを取り上げられ、1週間の謹慎として王宮からの外出を禁じられる事になる。

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