第7話 王子の家庭事情

 ククリールを見送り、先に帰ると言うヴァルサスも見送ったキリヤナギは、一人屋内テラスへと残って時間を潰していた。窓際のソファでデバイスをいじっていると、ヴァルサスからテキストでのメッセージが送られてきて面白い。グランジからも、帰宅時は連絡が欲しいとメッセージもきていて、本当に便利だと興味が尽きなかった。

 日が暮れてきているが時刻はまだ十七時を回ったばかりで、門限の十八時まではもう少し時間がある。少し寝ようかと体を倒した時、誰もいないテラスへ茶のワンピースをきた一人の女性が顔を見せた。

 短髪に赤髪の彼女は、学生らしくリュックを背負い、こちらへ礼をしてくれてキリヤナギも起き上がる。


「ご機嫌よう。王子殿下」

「こんにちは……」


 初対面だろうかと、キリヤナギは記憶を辿っていた。雰囲気に思い当る節があるが、名前が出てこない。


「ご、ごめんなさい。私、王宮でバイトをしているマリーです。マリー・ゴールドと申します」

「マリー? アルバイト?」

「はい。でも本当に下っ端でお庭整備とか、動物のお世話とかさせて頂いてて……」

「そうなんだ、いつもありがとう」

「はい。えっと、突然お声掛けしてすみません。私、カレンデュラ嬢の件でちょっと……」

「クク?」

「私、以前カレンデュラ嬢に色々いわれて、とてもショックだったのですが、王子殿下が注意してくださってとても救われました。ありがとうございます」


 頭を下げられ、キリヤナギは反応に困ってしまった。ククリールの件は誰の為でもなく、唯キリヤナギがよくはないと判断しての行動だったからだ。


「あれは僕の勝手な判断だから、そう言われても困るし、気にしないで」

「そうですか……。あの、よかったらデバイスのアドレスを……交換しませんか?」


 口ごもるマリーに、キリヤナギは反応に困った。そして彼女にとって、本題はこれだとも察する。


「僕のでよければ……、返事を返せる時間あるか分からないけど、いいかな?」

「はい! 私も最近は誕生祭の準備があって、バタバタしてるので……」

「王宮、この時期は忙しなくて申し訳ないな……」

「いえ、その、大丈夫です。殿下はよく宿舎にこられるので、そこでお見かけしていたと言うか……」


 記憶が一致して思わず手を叩いてしまう。春休みに動物の宿舎でちょくちょく見かけていた女性だからだ。

 キリヤナギは時々、気分転換にと王宮で飼われている動物達と戯れにゆく。そこで管理する使用人達と一緒に掃除をしたり餌の準備もする中、一際よく手伝ってくれていたのが彼女だったからだ。


「本当は、学校が始まるまでの契約だったのですが、誕生祭まで手伝って欲しいと言われて……」


 おそらくアルバイトでの評価が高かったのだろう。今期の誕生祭は、二十歳の区切りとしてかつてないほど大規模な催事になると言われている。

 すでに多くの人々が王宮を出入りしているが、人手が足りないとして元々雇っていたアルバイトを継続雇用するのはよくある話だからだ。


「マリー、ありがとう」


 キリヤナギはマリーとアドレスを交換し、しばらくは二人だけで談笑を楽しんでいた。

少しずつ増えてゆくアドレス帳に嬉しくなり、思わずリストを眺めていると、いつの間にか門限が近くなりキリヤナギは大急ぎで王宮へと帰宅する。


「デバイスは、使えているか?」


 食卓で、突然王から発された言葉にキリヤナギは一気に身が固くなった。母の夕食の味がわからなくなり、返す言葉を必死に考える。


「……はい。大変便利な機器に、驚いております」

「そうか。我が盟友、アークヴィーチェは素晴らしいものを開発してくれた。感謝しなければならない」

「はい」

「良きものと仰るなら、もっと早くに導入してもよかったのでは?」


 ヒイラギ王妃の水差しに、キリヤナギはさらに背筋が凍る。父は母を睨み何も聞かなかったように続けた。


「城下では、若者を中心に流行っているとも言う。くれぐれも王子として節度を――」

「そのようなお話は、起こった後にするものです。制限すべきでは――」

「それでは遅いからいっている!」


 父がテーブルを殴りつけグラスの水面が揺れる。ここからは「日常」の流れだ。キリヤナギは目を合わせないまま、食事だけ済ませ1人早々に食卓を後にする。

 父が気にしているのは、ここ最近、若者の間でデバイスの依存症がメディアで話題になっているからだとグランジは話してくれた。

 今までのキリヤナギは、人間関係や日常がほとんどが全て両親へ可視化されるのが当たり前だったが、大学へゆきデバイスを持ったことで、見えないやり取りが増えることを危惧したのだろう。見えていたものが見えなくなり、それが父の大きな不安要素になっている。


「典型的なダブルバインドだよね……」


 王子が自室へ戻り、リビングへ残されたグランジとセオは、自分達も夕食を済ませながら休憩をしていた。王と王妃の意見が食い違い、二つの矛盾した意見で縛られている王子は、どちらも無視できずずっと悩んで生きてきた。

 これでも臣下達のサポートを受け、うまく距離を取ってきたが、王の懸念は根深く未だにこうして圧力がかかる。それはかつて、王が自身の兄弟を2人も亡くしてしまったからにあった。兄は暗殺され、弟が行方不明となった現王は、王子を失うことを何よりも恐れ束縛へと繋がっている。


「気持ちはわかるけど、まぁ不憫だよ」

「……味方である事が重要だと思う」


 加えてこの国もキリヤナギを失うわけにはいかない。兄弟もおらず、親戚も僅かしか居ない王子は、もう数十年でたった1人の王族となってしまうからだ。

 現王と王妃は、そんな未来を見越し多くの味方を残す努力はしているが、異なる思想は一向に交わらず、衝突が絶えないのも実情にある。


「味方になれてるのかな、僕達」

「さぁな」


 セオとグランジは断言はできるが、キリヤナギがどう思っているかは良く分かってはいなかった。

 セオは食事を片付け、王子のためのティーセットを準備を始める。


「じゃあ、ちょっと様子みてくるね」

「……」


 グランジは少しだけ不満そうな目をしていた。王子の自室への出入りは、ここに常駐する親衛隊と使用人ならば王の権限で自由に出入りしていい事になっているからだ。

 建前は安否確認や体調管理だが、実際は抜け出しの抑制と確認で「監視」にも近い事だとも言える。


「あまりよくは無いと思う」

「居なかったらどうする?」

「……」


 グランジは、どちらかと言えば感情的だ。セオは、王子は無くしてはいけないと言う意思が強い。どちらも必要で片方では維持ができないと二人は理解していた。セオがティーセットをもち自室を見にゆくとキリヤナギはベッドで寛ぎ、デバイスで遊んでいた。

 彼はセオが来たことを気にも止めず、説明書を照らし合わせながら、熱心に調べている。


「楽しいですか?」

「うん。なんだっけ、好きな画像をメッセージの所に貼れるってきいて調べてる」

「よろしければ解説しましょうか?」

「教えて!」


 キリヤナギのアドレス帳にはすでに数名が登録されていて、セオは何故かとても嬉しくなった。今までわずかに交流のある貴族や騎士、使用人としか関わって居なかった王子が、自分で友達を作っていたことに感動すらしてしまう。


「よかったですね……」

「な、何が?」


 キリヤナギのデバイスでの問題は、新品で画像が一枚もない事が原因だった。写真を登録できると知り、部屋にある国章刺繍を撮影して設定すると、ヴァルサスから「そのまますぎる」と辛辣なコメントがきて、困ってしまう。


「僕、桜紋好きなんだけど、だめかな?」

「あくまで感想ですから、気にされなくていいと思います」


 プロフィール欄を埋め、キリヤナギは上機嫌のままその日を終えてゆく。

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