第一章:誕生祭編
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第5話 スマホを手に入れた!
宮殿の王子の居室フロアへ集う彼らは、緊張した様子で1人の貴族を迎えていた。
その日迎えられた貴族はカナト・アークヴィーチェ。隣国ガーデニアより現れた外交大使の嫡男だ。
彼は自身のトランクケースともう一つ、銀の重厚なケースを自身の護衛をするジン・タチバナへと持たせ、堂々とリビングへと参上する。それを迎えるために集った騎士は3名。眼帯の騎士、グランジ・シャープブルーム。金髪の騎士、リュウド・ローズ。バトラーの役割を担う、セオ・ツバキだ。
キリヤナギの向かいの席を勧められたカナトは、挨拶を交え銀のケースを丁寧に応接テーブルへと置く。
今日、カナトが王子の居室へ招かれたのは、他ならぬ「商談」のためでもあった。ガーデニアの貴族が信頼を獲得し、隣国の王子へ直に商品を提供できるのは、この上ない光栄だが、周りの騎士達の表情は固くなぜか物々しい空気に包まれている。
「では、開けさせて頂く」
カナトは自分の言葉に合わせるようにケースのロックを外しキリヤナギに見せる形でそれを丁寧に解放した。シルクの土台におかれたそれに、王子は目を輝かせる。
現れたのは、フレームに桜紋が彫られたシルバーとブルーの通信デバイスだった。誰にも使われていない新品のもので、キリヤナギはゆっくりとそれを手に取ってみる。
「僕の通信デバイス……!」
「やっと!! やっと!! よかったですね!!」
「よかったな……」
「本当、今更すぎるけどよかった……!」
周りの騎士達が、キリヤナギよりも喜んでいて、カナトとジンは思わず身じろいでしまった。セオは座り込んで安堵し、グランジはため息を落とし、リュウドもまた満面の笑顔でそれを見ている。
「そこまで切望していたのですか?」
「ほんっと! 本当、勘弁してほしくて、シダレ陛下が『デバイスは二十歳になってから』っていう今どき時代錯誤の言いつけで、どれだけ苦労させられたか……」
「どこにいるかわからない上、補講で遅くなっただけなのに、門限に帰らないだけで大騒ぎとか、いま何処にいるかって連絡もいちいち必要で労力が半端なくてさぁ」
「た、大変っすね……」
「みんなごめんね、大事にするよ」
「ちゃんと肌身離さず持ってください。それだけで私達は救われるので……」
「切実だな」とカナトが言葉に迷う反面、確かにキリヤナギは、王宮を抜け出す前科が後を立たず、想像するだけでも過酷で返す言葉もなかった。
王子の誕生祭が1ヶ月前に迫り、首都が祝いの雰囲気になる中でカナト・アークヴィーチェもまた、王子の二十歳の誕生日を祝うための贈り物を考えていた。王子の近衛兵、宮廷特殊親衛隊の彼等と相談する上で、今回ようやく王からも許しが出ることとなり、少し早いが通信デバイスの本体を贈ることとなった。
「本当は、去年の誕生日に購入するはずだったのですが、陛下がまた妃殿下と大喧嘩されて、それが殿下に向いて怒鳴りつけて叱るから、結局要らないってなって……」
「地獄ですね……」
「王としては有能な陛下だけど、親としては結構な毒はいってるよねってみんな話してる……」
「そのせいで去年の誕生祭が中止になったんだよな……」
そんなキリヤナギは、ジンとグランジに説明書を見ながら操作を教わっている。キリヤナギは両親に対してかなり臆病な面があるが、それはこの日常からきているのだと納得せざる得なかった。カナトは一呼吸おいて今日の「商談」となる、デバイスのプランの説明を目の前のセオとリュウドへ行う。
「一応、ツバキ殿から頂いた書面のファミリープランをそのまま適応しておきました。使い放題で、容量にも困る事はないでしょう」
「ありがとうございます。どこまで使うかわかりませんが、初めてなので沢山遊ぶと思うので」
「一応オプションに子供向けの防犯のアラートや、迷子防止用の位置情報を常時参照するプランなどもありますが……」
セオとリュウドが、一度キリヤナギを見る。彼は早速ウェブを参照したり、動画をみたりして遊んでいた。
「つけておいて下さい」
「わかりました」
もはや誰も意を解さず、ジンは聞かなかったことにした。
「すごいな。ガーデニアの技術は、まるで魔法みたいだ」
「リュウド殿。極限まで発達した科学は、もう魔法とはそう違わないともいいます。お褒め頂き光栄です」
「このデバイスの通信もアークヴィーチェ家が絡んでるって聞いてるし」
「えぇ、我が家アークヴィーチェは、ガーデニアより、全国規模の通信システム『アストライア』の開発、維持、運用を手掛け、それを外国へ輸出する事を事業としております。このオウカでの通信も規模を拡大し、ここ十年でようやく全国へと拡張できました」
「噂には聞いてたけど、いつもありがとう、助かってる」
「我がガーデニアにとって、このオウカの国は古より歴史を共にする家族のようなもの、そして私もまたこの首都の住民でもありこの貢献は当然のことであると考えています」
「カナト、スイッチ入ってる?」
ジンの言葉にカナトは、ハッとして咳払いをする。しかし今日は、キリヤナギの通信デバイスの契約にきたので間違ってはいない。
「これカナトの家が作ったの?」
「語弊はあるが、このデバイスの管理システム『アストライア』は、私の父と本国のミスタリア卿が共同開発したものだ。デバイスの製造や通信アンテナなども管轄はしているが、設置や製造に至っては外注している」
「アンテナ?」
「首都の至る所に景観に合わせた柱が立ってるでしょう?」
セオの話す柱は等間隔に立てられ、それぞれが座標として機能しながら、電波での通信を行われていた。
「町中に地下ケーブルを張り巡らすことで、都市内で安定した通信を提供でき、また都市から都市へも繋ぐ。これにより首都から他の町への通信も可能だ。我がアークヴィーチェ家は、数十年前よりこのプロジェクトを始め、今月ようやく全ての都市を繋ぎ終えた。よってもう何処の街でも通信が可能だ」
「すごい、けど全然わかんない……」
「簡単に言えばその端末で、カレンデュラ領にいるククリール嬢とも連絡を取れるという意味だ」
「距離関係ないの?」
「そうだ。キリヤナギの誕生祭に、全都市の回線解放の祝賀会も同時にやろうと思っている。ガーデニアとは違い土地の所有権が市民ではなく国にあった為に、工事は思いの外スムーズだった」
「オウカの土地は基本貸出しだしですからね。でも都市はアンテナで平原や森は有線なので、農業とかやってない限りは邪魔にはなりませんし」
「えぇ、その通りです」
各端末はシークレットコードで管理され、ユーザーにIDアドレスを割り当てる。ユーザーはIDアドレスを登録し合うことで、通信が行えると言う仕様だ。
「カナトもアドレスおしえて」
「かまわないが、ほかに質問はないか? 今でなくてもいいが、一応好きにプランが弄れるぞ」
「あ、じゃあこれ……」
キリヤナギは勉強机から数枚のレジェメのようなものを取り出して、カナトへと渡す。文房具で止められているそれは、箇条書きで大量の約束事が書かれていた。
「なんだこれは……」
「父さんがデバイス使うならこれをつけてもらえって……」
セオとカナトが一緒に読むと、使用時間は朝九時から二十一時までとか連絡をやりとりする相手は一日五人までとか、夜二十三時には電源を落とすようにとか、まるで小学生に向けるような約束事が大量にかかれていた。カナトが困惑する中、セオは徐にそれを手に取ると全力で縦に破っていく。
「節度を守れば大丈夫ですよ。これは見なかった事にしましょうか」
「えっえっえっ……」
「いいのか……」
「セオは王妃派だからな……」
よその家庭の事情に口出しをするのも野暮だが、この国の王室は臣下の苦労が多いとカナトは同情しかできなかった。
カナトが、持ち込んだ資料とプラン設定用のデバイスを片付けていると、ふとジンがリュウドの事をじっと見ている事に気づいた。リュウドはそれに気づいてにっと笑ってくれる。
「どうかした?」
「リュウド君って、事務できたんだって思って」
「うん、ある程度はかな。うちは母さんがそっち系で知識だけはあるんだ」
「へぇー」
「なんで従兄弟なの知らないの……?」
セオの言葉にカナトは顔を上げた。ジンの血縁の話は初耳で思わず興味が湧いてしまう。
「リュウド殿も『タチバナ』なのですか?」
「一応? 父さんが『タチバナ』で、母さんの姓を名乗ってるんだ。分家扱いで正式名はリュウド・T・ローズ」
「それは婿養子という意味でしょうか?」
「父さん的には、母さんが一般平民で独立? って感じかな。でも『タチバナ』が複雑だから、俺らに苦労させたくなかったみたい?」
なるほどと、カナトは納得した。「王の力」を否定する「タチバナ」が、騎士団で立場が悪くなるのは理解ができる。彼の両親が子供に苦労をさせない為、あえて違う名を名乗るのは親から子供への気遣いなのだろう。
「その割にリュウド君。学校で思いっきり名乗ったような」
「うん、だって隠してもしかたないし? ジンさんよりは目立ってなかったけど」
「俺そんな目立ってた?」
「自覚ないの??」
カナトは、ジンをしばらくジト目で睨んでいた。この男は普段飄々とした態度を取るものの、その本心は極限的に他人へ無関心なところがあるからだ。
ふとキリヤナギを見ると、とても機嫌がよく取り扱い説明書を熱心に読んでいる。ここ数年はコスト削減で、通常ブックタイプの説明書は同封しないが、通信デバイスを持った事がないキリヤナギは、そもそもウェブでの調べ方も分からない為、必要だと判断して持ち込んだ。結果的に読み物になっていてカナトは安心する。
「では、私はこれで失礼します。何かあればデバイスで連絡を」
「うん、カナトありがとう。気をつけてね」
「今日は俺が外までおくるよ」
リュウドが立ち上がり、王宮の中へ付き添ってくれる。従兄弟ではあるがジンは、リュウドとこうして話すのはとても久しぶりだった。騎士学校に入学する前は、ガーデニアへ留学したとも聞いていたし、入学してからも3歳差でそこまで関わることもなかったからだ。
「アークヴィーチェ邸ってガーデニアの騎士がいるんだよね? まだ剣つかってる?」
「え、うーん。みんな銃と両刀かな、ガーデニアでも最近は剣も儀礼用と言うか……」
「……そっか。俺が剣習ったとこなんだけどな……」
「オウカだと、まだ訓練はしてるし?」
「でも、あくまで予備というか本気度がちがって物足りなくてさ……俺、剣士になりたくて留学もしたのに」
しゅんとしたリュウドに、カナトは言葉に迷ってしまった。武器の近代化に伴い、剣の使用は銃の普及とともに数が減り、ジンも支給はされてはいるが式典の時ぐらいしか腰に刺す事はない。
当然使用する騎士もいるが、大半が狙撃の苦手な騎士が代用しているだけで、常時腰に刺す騎士は殆ど見かけなかった。しかしそれでも、訓練は週に数回行われ、キリヤナギも参加していると聞いている。
「我が国へ留学をされたのですね」
「うん。子供の頃に旅行にいってさ。剣の名門を見学に行ってめちゃくちゃハマったんだ。6年ぐらい留学して、騎士学校に入るために帰ってきた」
アクティブだと、ジンとカナトは感心しかできなかった。ジンは、個人的な趣味と本家「タチバナ」として遅れを取らないよう「銃」を選ぶ事へ抵抗はなかったが、分家のリュウドは、自身のロマンを求め「剣」を選んだのだ。本家と分家で、趣向が真逆なことへ、カナトは面白くも思う。
「また宜しければ、我がアークヴィーチェ邸へお越しください。我が家の自慢の騎士を紹介いたしましょう」
「ほんとに! ありがとうカナトさん!」
リュウドは、去年騎士学校を卒業したばかりだ。分家タチバナでキリヤナギと年が近く、彼と友達になれればと王妃によって親衛隊へ抜粋された。
ジンにとっては、従兄弟で身内でもあるが、キリヤナギからすると幼少期に数年だけ顔を合わせただけでジンほど馴染みは無いとも言える。
「それじゃ、またね。ジン兄さん」
「それは恥ずかしいから、ジンで……」
「はは、ジンさん! お疲れ」
言い直してくれたリュウドに、ジンも手を振って応え今日もカナトと王宮を後にする。
*
そんなジンとカナトがアークヴィーチェ邸へ戻ってゆく王宮で、キリヤナギは新品のデバイスが嬉しくて仕方なかった。
連絡先は、未だ騎士しか居ないが、明日大学でククリールと交換できればいいと思っていたからだ。しかし、彼女とは事件以降、夜に別れてから話してはいない。登校初日は見たが、履修登録や教科書探しに忙しく、話しかける余裕がなかったのだ。
あの時、騎士に見つからない為とは言え、泣き出してしまった彼女を置き、早々に立ち去ってしまったのが悔やまれる。本当なら最後まで付き添うべきだったのだろう。だが、もしあの場で見つかっていたら間違いなく叱られ、グランジやジンまでも巻き込みそうで、とても留まる選択肢は取れなかった。
明日からは授業が始まり、話しかけるタイミングはきっとある。事件の事は話せないが、少しでも距離を縮めたいとキリヤナギは期待を膨らませていた。
そして次の日の早朝。キリヤナギはグランジと共に登校し、一限目の教室へと向かう。
2回生となった生徒達は、未だ卒業に必要な単位が多く残っているため、沢山の生徒が登校していた。ククリールもまた窓際の席に座っていて、キリヤナギも話しかける覚悟をきめる。
ポケットの時計からまだ授業まで時間がある事を確認し、少しだけ緊張をしながら歩み寄った。
「クク、おはよう」
彼女は、こちらを向いてくれた。挨拶が帰ってくるだろうと期待して返答をまっていると、想定外の言葉がかえってくる。
「あら、誰ですか? 貴方」
「えっ」
賑やかだった教室は一気に静まり返り、その場の空気が凍りついていた。
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