第4話 異能の話

 ジンに敵の揺動を任せたキリヤナギとグランジは、大きく迂回して公園へ入り、ククリールをさがしていた。ジンと衣服を交換し、ほぼ初めて着用した騎士服は、キリヤナギの想像以上に動きやすく、少しだけ羨ましくなってしまう。


「マント思ったより軽い」

「有事でも邪魔しない設計をされている」


 よく考えられていると、キリヤナギは感心していた。

 森は広く、奥にゆけばゆくほど灯りは無くなって視界が悪い。僅かな月明かりを頼りに進むと、人が走り抜けてゆく音が聞こえ息を潜める。

 キリヤナギが周りに警戒しながら歩いていると、グランジがじっとこちらを見ている事に気づいた。その心配そうな目に思わず反応に困ってしまう。


「僕は大丈夫」


 グランジは一瞬だけ呆れた表現をみせるが、前を見て覚悟を決めたようだった。

 逸れないよう、また音を立てないよう進むと「立ち入り禁止」と書かれた小さな小屋を発見する。ぼろぼろの道具が置かれているのは、おそらく公園の掃除用具の倉庫だろう。入り口には銃を持った人間がいて、キリヤナギは持ってきた武器を確認した。

 桜の装飾が施された鞘へ収まる、片刃のサーベル。ブレードの反りは浅く持ち手もシンプルだが王族に相応しく金の装飾が施されていた。

 平和とされるこのオウカ国では、キリヤナギも滅多に抜く事はないが、今日は手加減できないと鞘のロックを外す。そんなキリヤナギの動作をグランジが確認している最中、耳の小型音声出力機器、イヤホンから音声が響く。


『こちらジン。敵を確認しました。応戦します』

「わかった。こちらも動く」


 通信デバイスを介したグループ通信は、大人数での同時通話に対応し、騎士団では専用の回線を使って利用されている。キリヤナギはデバイスを持ってはいないが、グランジの応答をきいて身を引き締めたようだった。


「行けるか?」

「いける。やろう」


 筒へ弾丸を装填したグランジは、オープンサイトを除き、撃つ。敵のヘルメットに弾かれたが、弾圧で吹っ飛ばされ、中にいた敵が外へと出てきた。

 キリヤナギは、グランジが突っ込んでいくのを見送り、彼の背中をとろうとする敵へ飛び込む。完璧なタイミングの筈が左手のストッパーでガードされ、短剣で反撃がくる。敵はこちらの顔に驚きながらも、キリヤナギの剣戟を的確にガードしつつ応戦してきた。


 打ち合いの最中、グランジは敵の動きに違和感を覚える。不意の攻撃が完璧にガードされ回避されるそれは、まるで【未来が見えている】ようだからだ。そんな2人の違和感を肯定するように、ジンの声がグランジのイヤホンへ響く。


『グランジさん、こいつら【持ってます】ね』

「あぁ、【見えている】」


 グランジは敵へ隙を与えぬよう動くが、攻撃が入る気配がなく、まるで空を切るようだと思う。敵のこの力は、神より下された7つの「王の力」の一つ【未来視】。この異能は現在、南東の領地を収めるウェスタリア公爵に与えられ、その騎士へ付与されているはずだが、それを今、敵がもっているのは想定外だった。グランジは、ジンが3人の敵を相手にしていることを思い出し懸念を得る。


「倒せるか?」

『大丈夫です。俺、【専門】なんで』


 グランジは、自分がジンを甘く見ていたことを反省する。ジンは「タチバナ」の血を引く正当な騎士であり、その名は『王の力』を抑制する。

 かつて『王の力』が天より下された頃、異能による支配を嫌った民が「王の力」を打倒する為に生み出した武道「タチバナ」。

 その考え方故に、存在そのものが神の否定として忌み嫌われる。しかしその時、かつての王は、自身の異能を打倒した「タチバナ」を受け入れ、それを武器とする決断をした。異能を持つ貴族達を監視する第三者として、またかつての裏切り者として業を背負った「タチバナ」は、たとえ大衆が否定しようとも国を守る。グランジは、そんなジンの存在を思い、目の前の敵へと向かった。

 その動きは同じだった。未来を見る敵に、未来を見る動き。敵が混乱しているのが分かり、グランジはあえて言葉を紡ぐ。


「まだ慣れていないか?」

「お前もか……」

「そうだ。俺も【未来視】を持つ」


 ウェスタリア公爵より、宮廷近衛兵として与えられている力をグランジは振るう。洗練され極められた動きは、【素人】の追従を許さない。


「俺が『タチバナ』では無いことが幸いだったな」


 グランジは合わせていた動きをやめ、国家の敵を掃討する為に動き出した。



 王子の服を着たジンは、敵の【未来視】への適正を見ながら分析へと移っていた。1人は倒したが、不意の発砲を回避された為、すぐさま銃をしまい打てないように近接へ切り替える。ナイフを抜いてきた敵を掴み、もう1人の盾にしながら投げ込んだが、奥の1人に回避されて発砲を許し、髪を掠める。腰を落としながら足を引っ掛け、低い位置で対応した。反応は早いが、この敵は付与されて間もない【素人】だとジンは確信する。

 神が降ろした7つの異能の一つ【未来視】。この力には、与えられる個人によってかなり「ムラ」がある。それは、どんなに先が見えていても、まず体が追いつかなればそもそも対応ができないからだ。また視界がほぼ【未来】で占領される為に、【今】が見えなくなる。そして見える【未来】には限界がある。

 ジンは未来を見ている敵を観察しながら、敵の攻撃の挙動をみていた。向かってくる敵の攻撃は、普通に避ければ当てられるが、ジンは右へ【振り】を決め、左から殴り込んで吹っ飛ばした。【未来視】により観測できる【未来】は、個人差あれど【約2秒先】。つまり、【未来】から【今】にくるまでのこの僅かな【ラグ】こそ、この力の弱点でもある。2人目を倒したジンは、残された最後の敵へと向き合った。敵は身構えながら、銃をおろして止まっていた。それは先が見えるあまり、それを凝視して【今】が止まる。この異能を初めて付与された人間が陥りやすい挙動だ。先を見ている為に対応はできるが、後ろからなど視界に入らない動きに対応ができなくなる。

 だが今、ジンは1人だ。慣れている自分を信じ、ジンが動くと、敵の引き金が引かれる。2秒先に頭へ当たる筈の弾丸は、ジンのこめかみを掠めたが、回避後の2秒以内に銃を抜き、横から狙撃。両腕を一気に貫通し、敵が横転するように倒れる。悲鳴を聞きながら足を打ち抜き、ジンは大きく息をついた。自身の技術が安定して刺さった事に安堵し、また平和であれば必要でないとされたそれに、複雑な感情を抱く。そして、ジンは何も言わず、グランジへ連絡を飛ばした。


 *


 「敵が強い」とキリヤナギは感想を思う。明らかに人並み以上の反応力でこちらの隙をつき、達人にも近いとキリヤナギは賞賛していた。

 あるタイミングで銃をぬかれ、キリヤナギは射線からそれ、剣先で銃身を弾き飛ばす。これで安心できると思ったが、短剣だけでもやはり強い。回避と応戦を続けていたら、グランジと背中合わせになった。


「敵が未来を見ている」

「え、ほんとに?」


 思わず疑いかけたが、攻めにこられて観察へ移った。打ち合いが続く中で分析すると、確かにこちらに合わせる動きで狙いを取っている。何故かガッカリしてしまい、キリヤナギは気持ちを切り替えた。


「その力、どこで手に入れたの?」

「話す必要ない」


 裏切りだろうか。だがあり得ないことではないと、キリヤナギは事実を受け入れる。この異能は、公爵から付与されることでさらにもう一度、又貸しをする事ができるからだ。

 公爵から回数にして2回。人数は貸主に左右される。また回数分の貸与が行われれば、一つ以上返されない限り貸主は力を使えない。つまり、公爵クラスでなければかなり制限がある。しかしそれを踏まえても国を守る力をその根源をもつ王族へ使うのは、れっきとした裏切りであり反逆だ。

 キリヤナギは、戦いながらジンの存在を憂う。平和であれば必要のない力を、ジンは幼い頃から極め、不要だとされながらもそれを磨いて生きてきた。王族を守りながら、王族を否定するそのあり方は、矛盾していて大衆には受け入れがたいものでもある。しかしだからこそ王族は、「タチバナ」を捨てなかった。抑止力としてそばに置き「宮廷近衛騎士」として、共に生きてゆく道を選んだ。

 キリヤナギは打ち合いをする事で敵の体力を削り、一気に攻め込んで押し込む。ジンの父、アカツキ・タチバナによる稽古により、キリヤナギもまた「タチバナ」の力をある程度会得していた。つい先程まで互角だったものが、「タチバナ」のそれによって圧倒されたことに、キリヤナギは更に悲しくなる。

 見えていた未来が敗北に変わり、敵は絶句しながらキリヤナギを見上げていた。『王の力』をもつ能力者に対して、王族は「タチバナ」以上に絶対的な有利がある。

 キリヤナギは、仰向けに倒れこんだ敵へ剣を突きつけて唱えた。


「-オウカの王子、キリヤナギの名の下に、貴殿のもつ【未来視】の力を返却せよ!-」


 目を合わせ言い放った言霊に敵は、逆らうことができなかった。

 この異能は、元は神から王へ、王から公爵へ授けられた力であり、付与される事でその大元となる王族には逆らえなくなる。つまり「返せ」と言われれば、それは返さねばならない。

 敵の胸から淡い光が抜けてゆき、それは空を飛んでどこかへ消えてゆく。本人の意思に関係なく「王の力」を奪取できるのは王族のみで、これはキリヤナギと現王しか行うことができない。厄介なのは、この国の王族の数が極端に少ないことと、直に命令しなければそれは成されないことだ。つまり付与は一度に大勢へできるのに対し、キリヤナギは対面しなければ取り返すことができない。だからこそ「タチバナ」は必要とされた。振り返ればグランジも戦闘を終え、キリヤナギの元へ敵を引き摺り出してくる。彼は少し辛そうな表情でその異能を奪取し、ようやく森へ静寂がもどった。


「ククは……」


 あたりを見回し、古びた建物の中を見ると泥だらけのククリールがカビだらけの床へ座らされていた。気を失っているのか意識はなく、キリヤナギは彼女を抱き上げて一度明るい場所へと連れてゆく。揺れに気づいたのか、ククリールはゆっくりと目を開け、驚くようにキリヤナギの腕から飛び降りてしまった。


「は、え、騎士? 王子殿下、なんで……」

「クク、怪我してない? 大丈夫?」


 何が起こったかわからずククリールは、座り込んでしまった。そして徐々に戻ってくる記憶に、最後に感じた恐怖のみが込み上げくる。突然泣き出してしまったククリールに、キリヤナギは騎士服を羽織らせ、横に座った。


「家に、連絡できる?」


 キリヤナギに言われ、ククリールは通信デバイスを確認していた。使用人からの大量の通話履歴がきているが、まだ混乱していて何を話せばいいかわからない。


「殿下!」


 後ろから聞こえた声はジンだった。白いクロークを纏う彼は、髪色が同じで遠目で見れば確かに王子にみえなくもない。


「騎士団に連絡したので、服だけ……」

「わかった」

「貴方達、何をしたの……」

「ごめん。今は説明する時間なくて……僕がいた事は秘密にしてくれると嬉しい」

「あっちにトイレあったので、早く」

「本当、ごめん。あとはジンに任せるから」


 そう言ってキリヤナギは、ジンと衣服を戻し1人で王宮へと戻る。

 巡回騎士に見つからないよう。立ち入り禁止の芝生を抜け、ベランダから自室に戻った王子は、ようやく安堵の溜息をおとしベッドへと潜った。

 そうして公爵令嬢が誘拐された事件は、大事に至る前に解決し、メディアにも載ることはなくひっそりと終わってゆく。巻き込まれたククリールは、聴取の時点で気絶していて何が起こったのかわからないと話し、王子がいたことは伏せてくれていた。グランジはそれを聞いて、アークヴィーチェ邸に勤める友人とたまたま夜に出かけていたら誘拐の現場に遭遇し、2人で颯爽と解決したとまとめる。



「ま、た??」


 朝、王宮のキッチンでグランジから報告をきいたセオが、キリヤナギのお弁当を詰めながら口にする。カレンデュラ嬢が拉致された事件から1週間が経過し、報告書が承認された後、グランジはその全てを同僚のセオに報告していた。


「抜け出し今月何回目?」

「3回目だな」


 返す言葉もない。しかしこれでもかなり減った方で、セオは項垂れるしかなかった。

 王宮では、王子が夜に1人で外出することは厳禁で破られれば謹慎以上は免れないばかりか、見逃した騎士までも処分をうける。またその動機が、ただ遊んでいる訳ではなく、自身を狙う敵に倒しに行ったなど、立場を理解していないと受け取られかねず、セオはもうどこから突っ込めばいいかわからなかった。


「王子がいた事は書かず、アークヴィーチェの騎士と共闘したと報告した」

「どうせジンでしょう? 全く、そんなんだから喧嘩が終わらないんですよ」


 王と王妃の喧嘩は、ここ数ヶ月、ずっと王子のことばかりだ。大学での成績不振だけでなく、王宮からの無断外出もそうだが、数年前からジンと共に危険な場所へ赴くいわゆる「火遊び」もやり始め、騎士達は散々な目に遭っている。


「悪いことはしていない」

「しってます!」


 王子の行動は、全て正義感に溢れたものだ。それこそ迷子の犬さがしや、落とし物の捜索だけに止まらず、暴力事件の捜査や違法な企業の摘発なども行ったこともある。市民からすれば、これ以上ないヒーローだが、護衛騎士にとってはとてつもなく「やりずらい王子」でもあり、誰もその仕事をやりたがらなかった。


「殿下が居なかったって聞いて安心していた僕の気持ちを返してほしい……」

「今更だな」


 セオが大きくため息をついた時、キリヤナギの自室からバタバタと騒がしい音が響く。春休みは昨日で終わり、今日から春学期だ。キリヤナギは無事進学し2回生として登校する予定だが、朝食の時間はとっくに過ぎて「寝坊」したのだろうと察する。

 間も無くして着替えて出てきたキリヤナギは、少しだけ衣服が乱れつつもギリギリ大丈夫な状態で飛び出してきた。


「セオ! お弁当ある?」

「ありますけど、間に合います?」

「走ればまだ大丈夫、朝ごはんは……ごめん!」

「だと思って多めに詰めときました」

「本当! 助かる」

「今日はグランジと行って下さい。最近物騒なので」

「えぇー……」

「何が問題でも?」


 睨まれキリヤナギは諦めたようだった。何も言わず飛び出してゆく2人をセオは「気をつけて」と見送る。

 新しい年度が始まり、使用人達は目前に迫る誕生祭にむけて準備を始め、騎士達もまた王宮と国の安全のために新しい仲間を迎える。誰しも争いを望まず平和であってほしいと願う世界は、この王子の20歳を区切りとして始まって行くのだった。


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