第3話 不良王子は今日も抜け出すようです

 夕暮れ時、間も無く日が暮れる王宮で、キリヤナギはフラフラになりながら、自身の自室のある居室フロアへ戻っていた。

 セオの話していた来月の誕生祭の準備は、衣装部屋で行われ、数名のデザイナーが何十種類ものデザインを掲示し、およそ50種類のデザインからどれを選ぶかと言う怒涛の会議が行われていたからだ。参加させられたキリヤナギが好みのデザインを選んでも、これは舞踏会向けではないとか、印象に残りにくいなどと文句を言われ、気がつくと目の前でデザイナー同士の喧嘩が始まり、終始帰りたい気分で眺めていた。会議は数時間にも及び、アドバイスを得ながらどうまとめようか考えていると、複数のデザインの混合した形がいいと言う話になり、どうにか数種類に決めて戻ってきた。


「疲れた……」

「お疲れ様です。いつもなかなか決まらないので助かりました」


 決めたと言うよりも、喧嘩の仲裁をした気分だった。しかしこの後すぐ夕食で億劫で仕方がない。

「自室で休まれますか?」

 時計を見れば母はもう料理を作ってくれているだろう。無駄にするのも申し訳ないと思い、キリヤナギはグランジと合流して、その日も夕食を終えた。


「殿下」


 唐突な女性の声に、ボーっとしていた意識が戻ってくる。自室へ戻る通路で声をかけてくれた彼女は、何も言わずキリヤナギへ封筒を差し出してくれた。


「ありがとう」


 使用人は一礼し持ち場に戻ってゆく。グランジは首を傾げていたが、キリヤナギは深く言及はせず居室フロアへともどる。先に戻っていたセオは、過労の表情をみせるキリヤナギへリラックスできるお茶を用意してくれていたが、すぐに飲む気は起こらず、自室へ運んでもらうことにした。女性の使用人から渡されたのは、時々王宮へ投げ込まれてくる手紙だった。大体は王政への批判やクレームなどだが、稀にファンレターが混ざっている時があり、使用人の彼女がこっそり持ってきてくれる。ファンレターは大体差出人が書かれているが、今回書かれていないのを見るとクレームだろうか。最近読んだ本には、呪いの手紙などもあるらしく、一度見てみたいと思っていた。

 一人でみたいと思い、キリヤナギはリビングのさらに奥の自室へと戻る。広い部屋は、大きなベッドや書棚、クローゼットやドレッサーもあるかなり生活感のある部屋で、王子は迷いなく勉強机に向かい、慎重に封を切った。

 出てきたのは白い厚紙と明日の日付。0時と書かれていて、なんだろうと首を傾げる。裏返した時、キリヤナギは言葉を失い即座に外出用の服に着替え、窓から自室を抜け出した。



 ジンは、自室でリラックスしていた。

 今日はガーデニアの騎士達との訓練の日で早朝から動き回り、体が程よく疲れている。演習とは違うが、オウカの騎士学校で習った立ち回りとは違っていて面白く、楽しくなってじゃれていたら気がつくと夕方になっていた。年上の彼らは、未だ若いジンに対しても驕らず威厳を見せたいと本気で相手をしてくれて、ジンもそれに応えるように挑みにゆく。今日は調子が良くて全勝した為に、ジンは機嫌が良かった。

 ベッドに横になり通信デバイスから耳栓タイプの音響機器、イヤホンをつけ音楽を楽しんでいると、小さく何かを叩くような音が聞こえてくる。なんだろうと体を起こすと、窓の外に人影がみえ、カーテンを開けて絶句した。

 壁際に隠れているのは、昨日の午後に顔を合わせたキリヤナギだ。時刻は20時半を回っていて、思わず混乱する。


「殿下……」

「ジン、助けて」


 大急ぎでロックを外し、ジンは窓から一旦王子を招き入れた。久しぶりに抜け出してきた王子へお茶をだすが、彼は手をつけることもせず深刻な表情を見せる。


「こんな時間にどうしたんですか?」


 キリヤナギがこうしてジンの元へ来るのは、ジンの所属がアークヴィーチェ邸、外国になる事から、そこへ報告の業務は発生しないからにある。王子を囲う親衛隊は、あくまで騎士団員であるため、王子の元でどう動いたかを報告する義務があるからだ。しかし、外出制限の厳しい夜にでてきて、かつ騎士団に言えない事にジンは戦々恐々としながら返事を待つ。


「これ……」


 王子の懐から、宛名だけの封筒がでてきて、ジンはさらに嫌な予感がする。促されるように中身を見ると、明日の日付と地図、0時と書かれた表面に気絶しククリールの写真があったからだ。


「これ……」

「今日、敷地に落ちてたみたいで」

「報告しないとまずくないですか……?」

「……騎士団がでるとどうなるか分からないと思って」

「それはそうだけど……」

「……」


 流石に手が余ると思い、ジンはカナトを私室から呼び出した。現れたカナトは、ジンの部屋にいたキリヤナギへ驚きつつ、見せられた写真に絶句する。


「なるほど、騎士団ならただのイタズラと認識する可能性はあるな」

「そっち?」

「斥候は出るだろうが、もし事実なら対策を練る時間も厳しく見える」


 時刻は二十一時。事実確認のため騎士団が斥候を派遣するとすれば、三時間など一瞬で過ぎてしまうだろう。だがそれ以前にククリールを浚えたにも関わらず、あえて王子へ手紙が届けられたのは、敵の目的が別にあるからだろうと察する。


「どこで拾ったんだ?」

「敷地内に投げ込まれたのかな? メイドさんが届けてくれて」

「……」


 カナトはしばらくキリヤナギをみつつ、考察を続ける。騎士団の汎用的な対応は、斥候によるイタズラかどうかの確認作業から始まる。イタズラならば無視、事実なら敵の人数によって対応が変わるが、この手紙の待ち合わせは0時。現時刻が二十一時十五分なら、動き出すのは最短で二十二時からだろう。斥候の捜索にかかる時間が三十分から一時間とみるなら、同時進行で対策を練らなければ間に合わないと見る。

 この場で王子が、騎士団に頼らずあえてここへきたのは恐らく間に合わないことを見越していたのだ。そしてその上で、この手紙が王子へ届く前提で用意された可能性をみると、この手紙のコンセプトがみえてくる。


「招待状だな……」

「……」


 出てこいと、キリヤナギは誘われている。しかし、狙われた相手がククリールである理由が、カナトには考察ができなかった。人質は身分が高ければ高いほど扱いづらくリスクも高まる。公爵令嬢と言う高嶺の花は、失えば国家損失にもつながる為に、国の最高峰の機関が動くのは目に見えているからだ。


「カナト、僕、ククを助けに行く」

「殿下……」


 王子も考えが山ほどあるのだろう。何が目的かはわからないが、今は時間がない。何をされるかわからないまま、見捨てる事はできないと王子は言っている。


「十中八九、罠だぞ?」

「ククは僕の婚約者だから僕が助ける」


 ジンは項垂れていた。こうなった王子は、誰の警告も聞かない。決めた事は最後までやり切る様をジンは幾度となくみてきたからだ。


「ならせめてグランジさんに連絡していいです?」

「え、うん。グランジなら……」


 妥協するキリヤナギに、カナトは安堵していた。

 ジンが通信デバイスでグランジへ連絡すると、彼はものの数秒で出てくれて、すぐに来てくれることになる。正面玄関はセキュリティ機器があるため、ジンが裏口から招き入れると、案内された部屋へキリヤナギがいることにグランジは思わず腕を組んで呆れていた。


「ご、ごめん」

「やけに静かだとは思っていた」

「セオは……?」

「俺がいると見越してもう休んでいる」


 ほっとしつつあるが、全てが問題である事にもはや誰も突っ込まない。


「取り急ぎ作戦を立てておいた。準備しろ」


 グランジが来るまでの間、カナトは手早く戦略をまとめてくれていた。出来るだけ王子の安全を確保する作戦に、キリヤナギを含めた騎士の2人も感心する。


「やっぱりカナトってすごい」

「本音は行かせたくないがしょうがない。二人とも最悪の結末だけは避けるように頼む」


 カナトは戦う力は持たない。彼の言う最悪の結末は、王子の身に何かあり王族が途絶える事だろう。最悪ククリールを失っても、王子は守りきれと騎士の2人は言われている。


「僕も戦えるし……」

「そう言う所だぞ……」

 王子は不満そうに眉間に皺を寄せていた。



 王宮から約南西に位置する場所には、首都の住民達がよく立ち寄る公園がある。場所が広くとられているそこは、市民の憩いの場ともされているが、奥へ向かうほど山へと入り、人の手が届かない大自然となっていた。

 監視をする3名のうち1人は、木の上からガーデニア製の暗視スコープを除き、森へと走ってくるフードを被った白いクロークの影を確認する。写真の特徴との一致を確認し、5名の内3名がうごいた。森を走る彼を3人は追う。

 おもり付きロープで足を引っ掛けようとしても、前転で回避され、金属製の飛び道具もまた空を切る。前から攻めれば、右に飛んで空を切り、後ろに回ると、幹を足場にして空へ跳躍。

 一回転から着地して逆方向に走りだし、3名はさらに追った。

 とんでもない運動力だと3人は息を飲む。この国の王子の情報は、殆ど流される事はなく、分かるのは公共で流されている顔と身なりぐらいだったが、想像していたより手強いと三人は警戒を強めた。そして開けた場所にでて、行く手を囲った三名は、銃を抜いて弾丸を装填する。


「よく来てくれた。王子。一緒に来てもらおう」


 銃を構えながら【それ】は見えていた。

 前転による回避と攻撃。防ごうとしたが間に合わず、傍にいた1人がタックルをもらって倒され撃たれた。そして間を置くまでもなく二発目が撃たれ、僅かに体を掠める。直後の前転によってフードがめくれ、隠れていた顔が露わになり敵は叫んだ。


「替え玉か!」


 フードを脱いだジンは、敵を分析しながら向かってゆく。

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