プロローグ(2)

   ***


「あれが噂の占い師か……」

 加奈子から送られてきたラインを頼りに、噂の占い師の元へ来た。

 場所は駅前近くの薄暗いビルとビルの隙間。

 その場所で椅子とテーブルを並びて、ほそぼそと商売をしていた。

 お客は女子大生と思われる二人組がいて、占い師は彼女たちの手相を見ているようだ。

 楽しそうな言葉が飛び交っている。占い師が本当に不思議な力があるのか、ないのかはわからないけど、トーク力はかなり長けているみたいだ。

 人気だと聞いていたから、並ぶことも覚悟していたが、運がいい。

 素直に白状すると、十人以上の行列ができていたら、そのまま帰ろうと考えていたところだ。

 ボクは少し離れた場所で彼女たちを観察していた。

 占い師の動きを一挙手一投足、おかしな動きがないかをじっと見つめる。

 香奈子のラインに書かれていたメッセージによると、

『母親を病院へ連れて行けと助言をされて、連れて行くと、病気が見つかり、手術でなんとか助かった』

『姉の彼氏が詐欺師だったことを的中させた』

『行方不明になっていた犬の居場所を見事に言い当てた』

『誰にも言っていない秘密を知っていた』

 まあ、これが全て事実で、全部当てたというのなら、本当に大した占い師だ。

 ちなみに最後のメッセージに『死ね、アホっ!』とか『男女の残念王子!』などの罵詈雑言の言葉が送られていたりもした。どうやら、縄をほどくのに苦労したようだ。

 さて、ボクは基本的に占い師と呼ばれる人たちは嘘つき集団だと考えている。

 でも、占ってもらった人がそれで納得しているなら、特に問題はないとも思っている。

 数千円で相手が幸せになったり、今の自分自身と向き合うきっかけになるなら、それは立派な仕事だし、しっかり社会に貢献できている。

 もちろん、高額な壺や数珠やサイフを売りつけるような悪徳な霊感商法は論外だけど。

 そんなことを考えているうちに、先客の占いが終わる。

 二人組の女性は占いの結果に満足したようで、すっきりした表情で駅のある方向へ向かっていた

 ボクは空いたパイプ椅子にゆっくりと座り、占いのタダ券を差し出す。

「すみません、この券があれば無料で占ってくれると聞いたのですけど……」

「ええ、一度だけ、無料で占います」

 女性の占い師はこくりと頷き、タダ券を受け取る。もし仮に一円でも、お金が発生するような事態になるのなら、このまま回れ右するつもりだったのに……。

「占いは初めてですね」

「え? あ、はい」

 言われてみれば、本格的な占いってこれが初めてだな。ボクは占い師をまじまじと見つめる。深々と黒色のローブを頭からかぶり、顔も黒のフェイスローブで隠されていて、目元ぐらいしか彼女の素顔が見えない。

 だが、目元と声で予測はできる。占い師の年齢は七十歳前後といったところだろう。

 まあ、なんといか、ボクにとってはイメージ通りの占い師だ。

「どうかされましたか?」

「いえ、お婆さんの雰囲気が神秘的で、少し萎縮しただけです」

「気構える必要はありませんよ」

「……ところで、どんな占いができるんですか?」

「水晶、タロット、手相、星占い、風水、ありとあらゆる占いをマスターしております」

「……オススメはどの占いになりますか?」

「では、一番当たる占いをしましょう。お名前をお聞かせください」

「………………春川敬です」

 ボクは嘘をついた。嘘をついた理由は二つある。まず一つ目は老婆が嘘の情報だと看破できるのかを試すために偽の名前を教えた。そしてもう一つは初対面の相手に個人情報を言いたくなかったからだ。だから、クラスメイトの名前を告げた。そのことに関して、ボクは一切の呵責を覚えなかった。

「あなたは名前にコンプレックスを持っているのですね」

「――――っ!?」

「だから、私に名前を教えたくなかった。嘘はいけません。本当のお名前を聞かせてください」

 ど、どうして、う、嘘がばれた。ちなみに老婆の言う通り、単純に本名を名乗りたくなかったから、香奈子の彼氏の名を語った。

「………………お、おお、…………おうじ……はくま…………です」

 なんで、自分の名前を名乗るだけで、こんな羞恥心が芽生えてくるのだろうか?

 いや、わかっているよ。自分の名前が世間一般で言うキラキラネームだってことは。

 けど、この名前だって、メリットの一つや二つはある。

 一度聞けば、相手は絶対に忘れることができないぐらいインパクトがある名前だし。

 先週の自己紹介でも、みんなに笑いを届けたこともある。

 だからといって、気に入っているのかと尋ねられたら、全力でNOだと答えるし、将来的は改名するか、どこかの婿養子になりたいと考えている。

 ……もしかして、今日、姫城さんに振られたのも、この名前の所為なのか?

「いいお名前ですね」

「……本当にそう思う?」

「ええ、あなたにぴったりお名前です」

「すごいイケメンでも、普通に許されない名前だと個人的には思うんだけど……」

「私は好きですよ」

 とのことだ。老婆の赤い瞳には一点の曇りもなかった。

 どうやら、おべっかでボクの名前を褒めたわけではなさそうだ。

「お婆さんのような美しい人に褒められると悪い気はしません」

「あら、なら私と結婚します?」

「その前に、離婚しないといけませんね」

 ボクは老婆の左手の薬指を見つめる。その指にはキラリと指輪が輝いていた。

 その輝きは誰かを愛し、誰かに愛されている証そのものだ。

「よく、観察されております。では、姓名判断からいきましょう」

 老婆は黒の油性マーカーを取り出し、白紙にペンを走らせる。 

「――え!?」

 素直に驚いた。できる限り、ポーカーフェイスを装うつもりだったが、流石に動揺せざるを得ない。老婆はボクの名前を記入した。

 そう、白い紙に『王寺白馬』と綺麗な字で書かいてみせたのだ。

 ボクは自身の名を口頭でしか告げていない。

 つまり、どんな字を書くのかを一切教えていないということになる。

 なのに、この占い師、まったく悩むことなく、ボクの名前の漢字を書いてみせた。

 これが仮に『やまだたろう』と言う名前なら、誰もが迷うことなく『山田太郎」と漢字を連想して書けたと思う。

 けど、ボクの名字と名前は、簡単に漢字変換できる名字と名前ではないはず……。

「どうか、されましたか?」

「あ、いえ」

「ついでに、星座占いもしましょう。あなたの誕生日十一月十七日でしたね。なら、星座はサソリ座になりますね」

「…………へぇ?」  

 ボクはこの数分間の記憶を遡る。やはり、お婆さんに誕生日を教えた覚えがない。

 ちなみにボクの誕生日は正真正銘、十一月十七日になので、老婆の発言に間違いは一つもない。ボクの名前の漢字を書いて見せただけではなく、生まれた日まで当てるとは。

「……どうして、ボクの誕生日がわかったんですか?」

 信じたくはないが、この占い師――ホンモノなのか? 本当に不思議な力があるのか?

 頭がフリーズしかけているボクに、老婆はたたみかけるように告げてくる。

「私には全て見えるのです。あなたの過去も、未来も」

「…………そんなバカな話があるか。何かトリックがあるに違いない」

 例えばボクを騙すために香奈子たちと共謀しているなら、今までのことも全て納得ができる。

「幼馴染みのご友人を疑っておられるようですが、それは違います。本当に私にはあなた様の過去と未来が見ているのです」

「未来ね。なら、本日、王寺家の晩ご飯を予言してみせてよ」

朝、玄関を出る前に、母から『今日の夕ご飯は肉じゃがだから』と告げられた。

 つまり、不測の事態がなければ本日、王寺家の食卓には肉じゃがが並ぶことになっているはず。さて、この婆さんの口からどんなメニューが飛び出すやら。

「……商店街にある、すし丸の出前寿司。特上にぎり、四人前です」

 きっぱりと、自信をもって言い切る占い師。

「語るに落ちたましたね。我が家では特別なことでもない限り、出前の寿司なんて頼まない。ましてや、特上なんて……」

 ボクが今の高校に合格したときでも、頼んだ寿司のランクは中にぎりのコースだった。

 あのドケチの母が何もない日に特上コースのお寿司を頼むなんてことは絶対にないと断言できる。悲しいことだが、うちの経済力で、特上コースを頼む日があるのなら、それはボクの結婚や就職でも決まった時だろう。

「信じるも、信じないもあなた様しだいです。それと最後にもう一つ、未来を予言しましょう」

「もう一つ?」

「ええ、見えています。あなたは一時間と八分後に『はわわわ』と言いながら、腰を抜かすほど驚き、運命の人と出会う未来が、私には見えます」

「はい??? 一時間と八分後にボクが『はわわわ』って言いながら驚く?」

 なんだ、そのシチュエーション?

 よくわからない予言だが、一つだけ確信できた。

 それはこの老婆がペテン師以下のほら吹き婆さんってことだ。

 ボクは大きなため息を吐き、椅子から立ち上がる。

 すると老婆をボクの手をぎゅっと両手で握り、ボクを引き止める。

「な、なに?」

「あなたに素晴らしいものを差し上げます」

 そう言い、老婆は指輪がついた左の手のひらをボクに見せてくる。

「……なにもないけど……」

「よく見ておいてください」

 ぎゅっと手を握り、グーになった手をぐるぐると回す老婆。

「この空っぽの手から、面白いものが出てきますぅ~。何もないところから、すごいものがでてきますぅ……」

 これって、どう見ても……あれだよな……。

「――はいっ!」

 勢いのいい掛け声とともに、何もなかった手のひらから、手作りらしきお守りを出してきた。

「どうです。何もないところから、お守りが出てきました」

 顔が隠れていてよく見えないが、ローブの下では得意そうな顔をしているに違いない。

「……うわぁ~~。すごいですね。まさしく、不思議なパワーだぁ~」

 パチパチと手を叩き、老婆の芸を褒める。

「これこそハンドパワーです」

 ボクに嫌みを言われてことに気がついていないのか、えっへんと得意げにドヤっている老婆。

「それじゃあ」

 そう言い、ボクはこの場を後に――

「――五百円」と背後から声がし、ボクは足を止め、振り返る。

「はあ?」

「肌身離さずに持っていればいいことがありますよ」

 ……えっと、つまりなんだ、購入をすすめられているのか?

「五百円」

 にっこりと微笑む老婆。ボクはまたも嘆息を漏らす。

 そして、マジックテープのサイフから五百玉を取り出し、お守りと交換した。

 これで高額な壺でもすすめてきたら、警察に突き出してやるところだが……まあ、五百円ぐらいなら良心的な値段だろう。

 なによりも、このお守りがあれば、占いに行った証明になるはずだ。

「えっと、今から一時間と八分後にすごいことが起こるんだよね?」

「一時間と五分後になりました」

 とのことだ。ボクはポケットから白いスマホを取り出し、タイマーをセットした。

 これで一時間と五分後にアラームが鳴るはず。

 それにしても、最後に見せられたのは、どこからどう見ても手品だったな。

 うん、不思議な力などではなく、タネと仕掛けしかない、古典的なマジックだった。

 なんだったら、お婆さんが披露した手品を再現できる自信がある。

 まあ、大人げないから、そこまでするつもりはないけど。

 そしてボクは今度こそ、かわいく手を振る老婆の元から去った。

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