未来から来た花嫁の姫城さんが、また愛の告白をしてとおねだりしてきます。【増量試し読み】
ニャンコの穴/MF文庫J編集部
プロローグ(1)
桜が散るには少し早い季節、一人の少年の想いが儚く散った。
覆水盆に返らず。どんなに願っても人間は時間を戻すことができない。
それでも、戻れるなら戻りたい。できることなら、五分前に戻って――いや、昨日の夜に戻って、机でニヤニヤとラブレターを書いているボクに渾身の右ストレートをお見舞いしてやりたい。そう、浮かれていたんだ。冷静ではなかったんだ。
でも、仕方がないだろう。この学園に入学した日、ボクは目の前にいる彼女を見て、一目惚れってやつを経験してしまったんだ。今でも鮮明に覚えている。
ちょうど、今のように春の風にゆらゆらと美しい黒髪をなびかせて、桜道を威風堂々とした立ち振る舞いで歩む彼女を見て――ボクは目と心を奪われてしまった。
それが彼女との初めての出会いだった。これが初恋なのだと気づくのにそう時間は要らなかった。しかし、ボクにとってどれほど運命的に思えても、彼女にとっては何でもない出来事でしかなかった。なぜそれをもっと早く気づくけなかったのか……。
「さっきも言ったけど、別に王寺君が嫌いだとか、そんなのではないの。ただ、今は誰ともお付き合いとか考えていなくて……。とにかく、ごめんなさい。あなたの想いに、応えてあげることができないわ」
彼女は――姫城冬花さんはボクを見つめながら、透き通る声で、とても申し訳なさそうに頭を下げた。
「あ、頭を上げてください。こちらこそ、その……急にごめんなさい」
いまさらながら、ボクは自分のことしか考えていなかった。
自分の思慮のなさを痛感し、心から情けない気持ちなった。
「……私からこんな言葉をかけられても、面白くはないでしょうけど、あまり気を落とさないでね。それじゃあ、私、用事があるから、これで失礼するわ」
窓から差し込む、わずかな夕暮れの光に当てられ、オレンジ色に染まる彼女。
ああ、やっぱり、綺麗な人だと思った。
「あっ、用事があったのに、急に呼び出してごめん。ごめんなさい。姫城さん気にしないで。ボクも気にしないように努力するから……」
「ええ、それじゃあ、また来週」
深々と頭を下げて、彼女はこの空き教室から出て行った。
「また、来週か……」
果たして、来週、彼女を見て平静でいられるだろうか?
間違いなくよそよそしい態度で接するに決まっている。
そう考えると壁に頭を何度も打ち付けたくなってきた。
「はあ~~。やっぱり、昨日に戻りたい」
彼女と同じクラスになって、浮かれて、テンションに流され、深く考えずラブレターを書いて、放課後、空き教室へ呼び出して、わずか十秒で振られた事実は逆立ちしてもひっくり返ることはない。今にしては思えばどこに勝算があると思っていたのだろうか?
姫城冬花は高嶺の花だ。サラサラとした長い黒髪に、整った顔立ち。女子にしては高めの身長にすらっとした手足。
うちの母親とチビの幼馴染みが羨望の眼差しで見つめるであろう大きな胸。きゅっと引き締まったウエストとヒップ、控えめに言ってもスタイルはモデル級だと思う。
それでいて、性格も特に難がなく、運動神経もバツグンときている。
つまり、間違いなく美少女で、問題なく学園ナンバーワンのマドンナだ。
「……そんな子と少しでも、お付き合いできる可能性があるとよく思えたな」
アホなのか? やっぱり、ボクは度し難いほどの愚か者なのだろうか?
帰ろう。とにかく、今のボクを誰かに見られたくはない。
そう思い、扉に手を伸ばそうとしたら――。
「――見事な振られぷっりだったわね、残念王子」
もう一つの扉の方から、よく耳にする声が聞こえた。
振り返ると、どこからどう見ても中学生にしか見えない、幼馴染みの近田香奈子が苦笑いしてボクを見つめていた。
「見ていたのか?」
「掃除よ、掃除。新聞部の掃除当番がこの教室なの。白馬、あんた、あたしに感謝しなさいよ。部員たちに見られては、流石のあんたも落ち込むだろうと思って、あたしの命令であいつらを帰したんだから」
幼馴染みのありがたい配慮にじーんとした気持ちが芽生える。
コイツってこんなに優しかったのか? いつも心の中でチビ女とか、貧乳ガールとか悪態をつくようなことばかり思っていて、ごめんな。
「まあ、そのおかげで、面白い動画を独占で撮れたから、何でもいいんだけど……」
香奈子はポケットからスマホを取り出し、にんまり顔でボクに画面を向けてくる。
その画面には真っ赤な顔をした茶髪の男子生徒が、泣きぼくろが特徴的な黒髪の女の子に、頑張って告白をしている動画だった。
「しかし、あんたが姫城さんのことを好きだったとは初めて知ったわ」
「いけないかよ?」
「ダメとは思ってないわよ。それで、残念王子は姫城さんのどこが好きになったの?」
「ボクの夢を笑わなかった」
この前のクラス紹介でボクは『プロのマジシャンになって、ラスベガスや、手品を見たこともない子供たちにタダでマジックを披露したい』と語った。
その時、ボクの夢を笑う生徒が多数いたが、彼女だけはまっすぐな目でボクの言葉に耳を傾けてくれた。だから、この気持ちを姫城さんに伝えたくなった。
「あとは一目ぼれかな」
「結局、見た目かよ!」
「否定はしない」
「まずはその男なのか、女の子なのか、判断できない、見た目からどうかしたら?」
ボクは自身の名前と見た目をイジられるのが大嫌いだ。
故に幼馴染みであろうともこの禁忌を犯した奴は許さないと決めている。
「よし、次の特集のタイトルなんだけど『残念王子――無残に散る!』か『残念王子、無謀な告白!』のどっちがいい?」
「――さて、香奈子さん。このままボクに絞殺されるのと、その小さい身体でこの五階からダイブするの――どちらがお好みかな?」
個人的はありとあらゆる苦痛を与えてやりたい。
くそーっ、少しでもコイツをいい奴だと思った自分が恥ずかしい。
「それよりも、お願いがあるのよ」
「……相変わらず、人の話を聞かない奴だな」
「これ」
スカートのポケットから、名刺サイズの紙を一枚取り出し、その紙を机に置いた。
「うん? 占いのサービス券?」
「そう、占いのタダ券。白馬にプレゼント」
「香奈子がボクにプレゼントだとっ! 何が目的だ?」
コイツとは付き合いが長い。故に瞬時に理解できた。香奈子はボクに何かをさせたいと企んでいることを。ちなみに占いなどこれぽっちも興味がないので、まったくもって嬉しくないプレゼントだ。
「最近、女子生徒の間で、よく当たると有名なのよ、その占い師」
「よく当たる占い師ね。まあ、当たらないよりはいいことじゃないの?」
ボクはそう言い、机に置かれた、占いの券を手に取り香奈子に返す。
「……仮にもあんたはマジシャン研究部の副部長なんだから、占い師の不思議な力がホンモノなのか、それともただのペテン師なのか、相対すればわかるでしょう? だから、白馬に調査依頼。あ、ちなみに有効期限は本日までだから、今日中に調べてきなさいよ」
「なんで調べる前提で話を進めるんだよ」
「あたしはこれから、この空き教室を掃除しないといけないの。なら、あんたがあたしの代役として調査するのが通りでしょう」
悪びれることなく、言い放たれた言葉にボクの頭はクラクラする。
どんな教育を受ければこんな支離滅裂なロジックが出来上がるのだろうか。
「なら、掃除はボクが代わりにやってやるよ。君はその占い師へ会いにいけばいい」
「残念だけど、掃除が終わったら、彼氏とカラオケデートなの。だから、占い師へ会いに行く時間なんてない」
とのことだ。つまり、彼氏とのデートと部活動を天秤にかけて、彼氏とのデートを優先したということだ。
「あのさ、香奈子、去年の今頃を思い出してごらん。新聞部に入部したばかりの君は熱意に満ちあふれていた。『皆に色々な情報を提供したい』とよく言っていたじゃないか。なのに今の君ときたら、部活をサボり、彼氏とデートばかり。ああ、情けない! こんなのが幼馴染みだと思うと非常に悲しい気持ちになるよ」
「うちの彼氏が、白馬の欲しがっている未開封のプラモデル持っているわよ。今日、行ってくれるなら――」
「――行きます! 是非ともボクに調査させてください」
そんなご褒美があるのなら、最初に言ってほしい。欲しかったプラモデルが手に入るなら、よく当たる占い師どころか、カルト教団の団体施設でも乗り込んでみせるよ。
「相変わらず、物欲の塊ね。幼馴染みとして、心底情けない気持ちになるわ」
「なんとでも言うがいいさ。それよりも約束を反故にするなよ」
「わかっているわよ。ちゃんと記事になる程度には調べてきなさいよ」
「了解した。その占い師が、ペテン師なのか、ホンモノなのか、見極めてやる」
「まあ、一応は期待しておくわ」
「じゃあ、このまま、噂の占い師へ会いに行ってくる」
ボクは占いのタダ券をポケットに入れて、空き教室を出ようとした時――。
「――もう、入って大丈夫かな?」
廊下から、一人の男子生徒がこの空き教室に入ってきた。
彼は春川敬。ボクと同じ二年三組で、サッカー部に所属しているイケメン男子。
まだ、二年に進級して、数日だというのに、もう、クラス内では彼がリーダーのように扱われている。まあ、学力も運動神経も顔面偏差値も高いのだから当然と言えば当然のことだ。ちなみにこの彼、生意気にも彼女持ちでその相手が――。
「ごめぇ~ん、愛しのたかきゅんっ~」
と、春川君の恋人が甘い声を出しながら彼に抱きつく。
「…………」
ケチをつけるつもりはないが、ボクにとっては不思議な組み合わせだ。
まさか、うちの幼馴染みが、こんな高スペックの彼氏をものにするとは思わなかった。
あと、保育園からの付き合いだけど、香奈子の口から、こんなあまあまボイスを出せるとは想像もしなかった。
どうしよう、録音して、コイツら別れたときにでも大音量で流してやろうかな?
「ごめんね、愛しのたかきゅん、外で待たせて」
「大丈夫だよ」
「…………」
二人の世界に入られる前に退散しよう。これ以上ここにるのは精神衛生上よくない。
何が悲しくて、振れたその日に恋人同士の甘い場面を目にしなければならないんだ。
どうやら、自分が思っていたよりも、姫城さんに振られたことがダメージになっているらしい。
「じゃあ、ボクは失礼するよ。あとは二人でごゆるりと」
ボクは目がハートマークになっている香奈子とその彼氏に手を振り、帰る準備をする。
「あ、王寺君、ごめんね」
「気にしなくていいよ。香奈子、ラインでいいから、占い師の情報を送っておいてくれ」
「了解。ちゃんとやらないとタダじゃおかないから」
「……努力するよ」
ずいぶんと態度が違うな。まあ、アイツがボクに甘ったるい声で話しかけてきたら、胸焼けする自信があるので、全く気にはならないが。
「香奈子?」
「なによ?」
「手品師にはケンカを売らないほうがいいぞ」
そして、ボクは空き教室を出る。出たと同時に教室内から香奈子の焦る声が聞こえた。
「あれ? あれれ? い、いつの間にか、両足が縄で縛られている!」
ボクは自身の名前と容姿をバカにする奴を絶対に許さないと決めている。
故にこの禁忌を犯した者は誰であろうとも償ってもらう。
「はくま~~~~っっ!!!」
香奈子の怒り叫ぶ声が校内に響き渡るのだった。
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