第2話 「生霊さん、名前はまだない」

 初夏の心地よい日差しが窓から差し込み、小鳥達のさえずりが優しく私の眠りを覚ましていく。


 私はこの季節の朝が好きだ。


 この穏やかな陽気の中、ベッドの中でまどろみながらゆっくりと覚醒していく至福の時間……



『朝だよ〜!! 起っきろぉ〜〜〜!!!!!』


「@#☆¥$€○△〜〜〜〜っっ!?!?!?」



 いきなり耳元ゼロ距離から響いてきた大声に、私は声にならない絶叫をあげて飛び起きた。



……ドッドッドッドッドッドッドッドッ……



 つい先程まで穏やかな旋律を奏でていた私の心臓が突然の出来事に激しいビートを刻んでいる。



『おはよ〜由香ゆか♪』



 我に返り、開けてきた視界の先数10cmにあぐらをかいて逆さまに浮いている私の姿があった。




……


……話は昨夜まで遡る……



『よっ! お三方、お久しぶり〜♪』


「な……な、な、な、な、な、な、なぁーーーっっ!?!?!?!?」



……私達の女子会の場でコイツは再び私達の前に突然現れた。



「きゃぁぁーーーっ!!! こ、こ、こむちゃん護ってーーーっ!!!」


「あわわわわ……あ、悪霊退散っーーー!!!」



 腰砕けになりながら、こむちゃんにしがみつく瑞樹みずきに、見えない祓い串を振りながら必死にエアお祓いを敢行する陽菜はるな



『ちょっとちょっとちょっと〜! 失礼だなぁ……誰が悪霊よぉ!! ……まぁ、確かに前は悪霊みたいな事しちゃったけど……』


「ちょっと! なんであんたがここにいるのよ!? あんた"あの時"消えたんじゃなかったの!?」



 あまりに突然な上に、あまりに予想外な生霊の振る舞いに思考がぶっ飛んでいた私は何とか我に帰り、2人を庇うように生霊の前に立ちはだかった。



 もしもの時は、私が2人を護らなきゃ……




『3人とも、とりあえず落ち着きなよ〜』


「そんな事言って、また私に取り憑いて瑞樹を襲うつもりなんでしょ!? 今度はそうはさせないからねっ!!」


『はぁ!? だから何でそうなるの!? そもそも前にあたしにそうさせたのも、元はと言えばあんたのつまんない嫉妬が原因じゃん!! 自分の心の弱さを棚に上げて、人に責任押し付けないでよね!!』


「うぐっ……」



……コイツ、痛いところを。



「ね、ねぇ、このオバケ、何だか前と違わなくない?」


「うん、何だかオバケってより由香がそのまま2人になったような……」



 こむちゃんを抱きしめたままの瑞樹とエア祓い串を握りしめたままの陽菜が、恐る恐る同じ顔、同じ声同士の異様な言い争いに入ってきた。



「……コホン……わかったわよ。とりあえず話だけは聞こうじゃない。あんた、そもそもあの時消えたんじゃなかったの? ホントにあの時の私の生霊なの?」



 自分を落ち着かせる為に咳払いをひとつして、私はこの場の誰もが感じでいるであろう疑問を投げかけた。



『やれやれ……やっと話を聞いてくれる気になったか。えぇと、何から話したもんか……』



……


……話を要約すると、あの時私に憑依し瑞樹を殺そうとした生霊は、瑞樹と陽菜の心からの呼び掛けによって彼女を形作っていた嫉妬、劣等感、自己嫌悪の心が浄化され、私が目覚めると同時に確かに一度消滅したらしい。



『でもね、どうやらあたしを形成していたのはそんな暗い心だけじゃなかったみたいなんだよ。瑞樹と陽菜を大切に思う心……それもちゃんとあたしの中にあったんだね』



 そして、そのプラスの感情エネルギーだけが消えずにその場に残り、あの時と同じ女子会というシチュエーションの中で、今度はプラスの感情で満たされていた私の感情エネルギーを触媒として再び形になったのだそうだ。



『あの時、このプラスの感情エネルギーが抗体になってなかったら、きっとあんたは戻れてなかったし、あたしとあんたは確実に瑞樹を殺してたと思うよ……』



……私は改めて自分の中にあった負の感情の恐ろしさにゾクリとした。



『ほんのひと欠片だけだったんだよ。でもそのプラスの感情エネルギーが、あたし等の暴走を止めたんだ』



 そうして生霊は、私に優しく微笑みかけたかと思うとニヤリと笑い




『でもさぁ、あたしがこうしてまた形になるどころか自我まで芽生えちゃったくらいだし、いや〜、愛の力は偉大だねぇ! 言うなれば、今のあたしは正に2人への愛の結晶ってワケだ♪』



「バ、バ、バカ! ちょっとあんた、何言ってんのよ!?」


『ん? なんかおかしい事言った!? ホントの事でしょ〜♪』



 ……いや、そうかも知れませんけど、そんなあんた、臆面もなくそんなハズカシイ事を……



『そんな事より女子会女子会! さっ、はっじめるよ〜!』


「だから何であんたが仕切るのよ〜!!」


『まずはあたし秘蔵の由香ちゃん過去の失恋暴露話、行っちゃうよ〜!』


「やめーーーーっ!!!」


「すご〜い! あの由香が完全に圧倒されちゃってるよ〜」


「あ……あははは……生霊さん、元気良すぎだね……」


『生霊!? あたしを呼ぶなら活霊いきりょうって呼びなさい♪』



 ……こうして昨夜の女子会は混沌を極め、会がお開きになると生霊(本人いわく活霊)は「まったね〜♪』と言い残し、どこかへ消えていった。



…………


………


……そして今朝、コイツはいつの間にか私の部屋へと侵入し、私の快適な目覚めの邪魔をしたのだ……



「ちょっと! なんであんたがここにいるのよっ!?」


『なんでって、ここが由香の家って事は生霊ぶんしんであるあたしの家でもあるワケでしょ?』



 さも当たり前のように、私と同じ声で言ってのける私と同じ顔。



「どんな理屈よっ! 迷惑だから出てって!!」


『え〜!? そんな事言っていいのかな〜? あの2人への愛の結晶であるあたしをないがしろにするって事は、あの達を蔑ろにするって事だよ〜?』



 またそれか……コイツが昨夜言った事は嘘じゃないと思う。だけどそれどけじゃなく本当の原因は別にある事を私は知っている。

 昨夜は瑞樹達の前だから黙ってたけど……



「あんたが生まれた理由……別にあるでしょ? 気付いてないとでも思ってるの?」


『ですよね〜さすがにわかってたか。でもあたしの言った事も、嘘じゃないよ?』


『あの達に黙っといてあげたんだから、これで貸しひとつね♪ ねっ、ここにいてもいいでしょ〜? 野良浮遊霊になんかなったらまた悪霊化するかも知れないよ〜?』


「うっ……少し考えさせて……」



……貸りはともかく、確かにコイツを野放しにしとくと悪霊化はないにしても何をしでかすかわからない……でも、こんな奴がいたら、私の生活がめちゃくちゃに……



「ああ……これからどうなっちゃうのよぉ……」


『気にしない気にしない♪ あんま悩むとハゲるよ〜?』



……もうこうなったら背に腹は変えられない。お爺ちゃんに相談するしかないかぁ。うぅっ……怒られるだけで済めばいいけど……



 そして私はこの後、瑞樹達を呼び出し、これまで2人に隠していた私の秘密をカミングアウトした上で実家について来てもらう事にしたのだった。

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