心臓よりも大切な気持ち
いつき
第1話 心臓よりも大切な気持ち
「高校っていっても周りにはシューマーしかいないのに、わざわざ通う意味なんてあるのかよ。こんな世の中で何を勉強しろっていうんだ」
「人類とは学校生活を通じて人格形成が行われると聞きました。零様もシューマー嫌いを克服して、シューマーと協力して人類再興に当たって欲しいと藤代博士は仰っています」
「その説明は中学でも聞いたけどさ、僕はシューマーを人間扱いするなんて無理だよ。機械と人間が愛し合うとか意味分かんないし」
「私は零様を愛しております」
「はいはいありがと。そういうプログラムがあるからね、わかってるわかってる」
シューマーが人間に好きとか愛してるとか言うのは、そう作られたからに過ぎない。
幼い頃から僕の世話をしてくれているこの小夜は、見た目も性格もずっと昔から変わっていない。
小夜に感謝しているが、これは長年使っていた物への感謝へと同義であって決して愛情ではないと言い切れる。
僕はただ、幼い頃に読んだ漫画の様な人間同士の恋愛がしたいだけなのだ。
かつて人類が地球上に溢れていた頃の様々な物語が今も残されている。
僕はもあんな恋愛がしてみたいと今でも強く思う。
同じ生き物同士で愛を育むという、一見簡単に思える願望すらも難しいこんな世界が嫌で仕方がない。
「この高校は中学校よりも規模が大きいので、もしかすると他の地方から人間も来ているかもしれませんよ」
「それこそあり得ないだろ。この辺に僕以外の学生が居るなんて聞いたことがない」
これから始まる生活への虚無感に浸っていると、小夜は突拍子も無いことを言い始めた。
同世代の人間すら見たことがないのに、同い年の人なんて居るはずがない。
夢は、叶わないからこそ夢なのだ。
小夜と共に教室へ入ると、そこには沢山の制服を着たシューマーが居る。
シューマー同士で仲良く話し合うこの光景も、僕に学生気分を味わわせる為のものだと思うとやるせない。
黒板には座席表があるのでそれを確認して自分の席へと座る。
同じ名字である小夜は、僕の前の席に座って微動だにしない。
こういう些細な所が機械的に感じてしまうので、僕はシューマーを人間と同じ様に扱えない。
なんの気なしに教室内を見回すと、一人でそわそわする女性型シューマーが目にとまる。
肩にかからない程度の暗い赤色の髪が目立ったのか、それとも一人で居るからなのか、僕は彼女から目が離せなかった。
「なあ小夜、あの赤髪のシューマーは何だ? あれも他のシューマーみたいに学生っぽくしなくてもいいのか?」
「あれは……私の持つデータにはありませんね。ここに居るシューマーの情報は全て入っているはずなので、もしかすると彼女は人間なのかもしれません」
「人間? 僕以外に?」
「恐らくは。でなければ、彼女のデータだけ無い理由が分かりません」
「そう……なのか……」
生まれて初めて見る同い年の少女に胸が高鳴る。
彼女の事は全く知らないが、彼女と関わりを深めたいと思った。
そして、できればではあるが、彼女と漫画の様な素敵な恋愛ができればとも考えてしまう。
僕は席を立ち、人間だと思われる彼女の席へと足を運んだ。
「おはよう。君の名前は?」
「えっ、おはようございます。私は高嶺梨香と言います……あの、何か用ですか?」
少し強い口調になってしまい、彼女を怖がらせてしまったようだ。
初めて人に話しかけたので仕方ない部分もあるとはいえ、これでは今後の関係にも影響してしまう。
もう少し気をつけよう。
「怖がらせちゃってごめん。君が人間かもしれないって聞いたから、つい声をかけちゃったんだ。これまでシューマーとしか話してこなかったから緊張しちゃって」
「てことは、君もシューマーじゃないの? うそ……初めて見たよ」
彼女は目を見開いて驚いている。
恐らく彼女も、同い年の人間に会うのは初めてなのだろう。
「僕は藤代零、シューマーじゃなくて人間だよ。君もそうなんだよね?」
「うん!」
「正直信じられないんだけど、本当なんだよね?」
「そうだよね、私も同じ気持ちだもん。でも本当だよ。私、嘘は吐かないもん。君こそシューマーなのにからかってるだけとかはやめてよね?」
「そんな事はない。俺はちゃんと人間だ」
「じゃあ、ちょっと確認させてね」
彼女は立ち上がり、僕の胸に耳を当てた。
人間の女の子に初めて触れた僕の体は、心臓の鼓動を加速させる以外の動きが取れずに固まってしまう。
「うわっ、本当にドクドク言ってる! ちゃんと人間なんだね」
「あ、当たり前だろ……」
「私のも確認してみる? ほら!」
そう言うと彼女は手を広げて同じようにしろとアピールした。
そんな事をいきなり人間の女の子にできる訳がない。
「い、いや……やめておくよ。小夜が君の事を知らないって言っていたし、シューマーが人間のフリをする意味もないし……」
「あらら、残念。ちなみに小夜って誰?」
「小夜は昔から僕の世話をしてくれるシューマーなんだ。あいつが知らないなら間違いないんだけど、やっぱり信じられなくて確認したかったんだ」
「そっか! じゃあ、これからよろしくね!」
「ああ、よろしく」
彼女との挨拶を済ませると、始業を知らせるベルが鳴り響いた。
この後は校長シューマーによる無駄話を聞く為の始業式が始まる。
正直、そんなことよりも彼女ともっと話がしたい。
「なあ、始業式をサボらないか? 人間は僕達だけだろうし、シューマーの話なんて聞く意味ないだろ」
「えっ……でも、いいのかな?」
「僕達の為にある学校なんだから自由にしていいんじゃないかな? それに、集会をサボって屋上で話すっていうのも学生っぽいし」
「屋上! いいね、私も入ってみたかったんだよ!」
「じゃあ行こうか。一応小夜にだけは伝えてくる。僕達が居ないって問題になっても嫌だから」
小夜に始業式をサボると伝え、僕達は屋上へとやってきた。
施錠されてはいなかったが、金網フェンスで囲まれている為、落ちるということはよっぽどあり得ない。
ご丁寧にベンチまで用意されているのを見るに、僕がここに来ることも想定されていたのだろう。
二人並んでベンチに座るが、僕は何を話していいのか分からなかった。
シューマー相手であれば相手の気持ちや空気を読む必要が無く楽なものだが、人間相手ではそうはいかない。
可能であれば彼女に気に入られたいとも思う。
こんな感情や気遣いの面倒くささが、人間同士のやり取りにはあるだと知れただけでも嬉しくなってしまう。
言葉が出て来ずに上を見上げると、鈍色の空が広がっていた。
かつては青かったというこの空も今では見る影もない。
もしかして人類は滅んだ方がいいのではないだろうか、そんな余計な事が頭に浮かぶ程に僕は困り果てていた。
「どうしたの? 難しい顔して」
「いや……人間と話すのって難しいなって思って。高嶺さんと仲良くしたいんだけど、そう思えば思う程、何を話せばいいのか分からなくなっちゃってさ」
「そんな事気にしなくてもいいのに。でも、そうだね……じゃあ、君の事をもっと教えてよ」
「僕の事?」
「うん。藤代君ってさ、あの藤代博士のお孫さんか何かなの? 名字が一緒だから、あの人の関係者なのかなって」
「いや、孫とかじゃないよ。僕は博士に拾ってもらったんだ。僕自身は覚えてないんだけど、僕は赤ん坊の頃その辺に捨てられたらしいんだよね。博士はシューマーと人間の共存と人類再興の第一人者じゃん? だから小さい子どもが落ちているのを見つけて、喜んで拾って帰ったらしい」
この話を聞いた時は色々と驚いたものだ。
親だと思っていた人が他人で、しかも自分の研究に使えるからと拾ったときた。
あまりに愛情のない理由だったが、それでも育てて貰えた事には感謝しているし、博士の役に立って恩返しができるならそれでも良いと思っている。
「そうなんだ……でも、こんな世の中なのに子どもを捨てるなんて珍しいね。何があったんだろう?」
「僕も知らないけど、好きな相手との子どもじゃないから、とかかなって思ってる。今更どうでもいいんだけど」
「でも、拾われたのが藤代博士の所でよかったね。専属のシューマーまで付けてくれるし、学校にも通わせてくれるなんて、ちゃんと愛されてるってことだと思うよ」
「それはそう思う。博士には感謝してるし、だからこそ、こんな無駄な学校にもちゃんと行くことにしたんだ」
「無駄ってそんな……確かにシューマーばっかりだけど、学校に通うのは大事だと思うよ。それとも、他にやりたい事でもあるの?」
「やりたい事……か」
昔の漫画で読んだみたいな恋愛がしたい、なんて初対面の女の子に言ってもいいのだろうか?
もしかしたら、彼女にとっても僕は唯一身近な異性で、彼女も同じ様に恋愛に興味があるのかもしれない。
もしそうでなく、単に友達になりたいと考えられていた場合、今後は彼女と友好的な関係を築くことさえ難しくなるかもしれない。
「藤代君? どうしたの?」
しかし今後、年齢の近い人間の女の子と出会える可能性がどれだけあるだろうか?
ここは、一生に一度の勇気を出す場面だ。
「僕はさ、昔の漫画みたいな恋愛に憧れているんだ。ちゃんと人間同士で、心の通った付き合いがしてみたい。できれば、君とそうなりたいと思ってる」
言ってしまった。
相手に自分の気持ちを伝えることがこんなにも怖いことだとは知らなかった。
僕の言葉を聞いた彼女は、優しい笑みを浮かべている。
「その気持ち、よく分かるよ。シューマーが悪いって言うつもりはないんだけどさ、やっぱり人間なんだから人間とのお付き合いがしたいって私も思ってたの」
「じゃ、じゃあさ……」
「うん、こちらこそお願いします。人間らしい恋愛を二人で沢山しちゃおうよ!」
「ありがとう……なんか……これまでの人生の中で、一番嬉しいかもしれない……」
一世一代の告白は功を奏し、高嶺さんは僕の恋愛ごっこに付き合ってくれることになった。
これを本物にできるかどうかは今後の自分次第だ。
憧れていた時間を、自分の独りよがりで終わらせないよう心の中で誓う。
「でも人間らしい恋愛っていっても、具体的にどんな事がしたいの? やっぱりえっちな事?」
「ち、違う! でもそうだな……じゃあ、今夜お花見に行かないか? 老人とシューマーしか居ないだろうけど、屋台とかもあるみたいだし」
「いいねえ! 私、お祭りとかお花見に行ったことないんだよ」
「僕も一度見てみたかったんだ。屋台の雰囲気は昔ながらのものらしいし、漫画で見た物があるかもしれないって思うと興味はあったんだけど、一人ではちょっと」
「藤代君って、屋台は友達とか女の子と一緒に回るものって思ってそうだもんね」
「そんな感じ。じゃあ18時に神社の入口集合でいいかな?」
「おっけー!」
そうして初デートの約束をした僕達は、連絡先を交換してから教室へと戻る。
小夜に小言を言われたりもしたが、そんなことは耳に入らない程僕は浮かれていた。
女の子と一緒に屋台を見て回る、そんな定番のイベントを自分ができるなんて思ってもみなかった。
高校生活なんて無駄だと思っていたが、案外悪くないのかもしれないな。
浮かれているとあっという間に時間は経ち、気がついたら夜になっていた。
制服から私服へと着換えて目的地へと向かう。
待ち合わせ場所である神社の入口に到着し、高嶺さんを待つこと数分、集合時間ピッタリに彼女はやって来た。
「ごめん、待った?」
「いや、今来たところ」
「あーそれ、言ってみたかったんでしょー」
「まあね。でも、本当に待ってないから大丈夫だよ」
「そっか。それよりこの服どう? 初めて着るやつなんだけど……」
高嶺さんは首元にリボンの付いた白いブラウスを着ていた。
リボンがおかしくないか、両手でいじりながらこちらを伺っている。
「変じゃないよ。すごく似合ってる」
「ふふっ、ありがとう。やっぱり人に褒められると嬉しいね。シューマーは何を着ても褒めてくれるし、何ならシューマーの方が綺麗な顔してるから複雑なんだよね」
「わかるなー。でも、高嶺さんは本当に綺麗だよ。もっと自信を持っていい」
「もう、上手なんだから……さあ、行こうか!」
高嶺さんに手を引かれながら屋台のある通りへと向う。
そこにはレトロな雰囲気の屋台が沢山並んでおり、まさに漫画の1ページに入り込んだようであった。
ライトアップされた桜の花と、屋台の明かりが独特の雰囲気を醸し出している。
しかし、人がところ狭しと歩くこの風景も、その殆どがシューマーなのだと思うと熱が冷めていくのを感じた。
横に居る高嶺さんを見てみると、そんな僕とは違ってこの人混みや雰囲気をちゃんと楽しめているみたいだ。
僕も彼女を見習って今日は楽しもう。
「じゃあ色々見てみようか。僕、りんご飴が食べてみたいんだ」
「私も欲しい! あれ持ってるのってかわいいよね!」
「かわいいかな?」
二人でりんご飴の屋台を探して、店番をするシューマーにお金を払って購入した。
高嶺さんは先程の発言通り買って満足しているので、僕は開けて食べてみることにする。
「どう? 美味しい?」
「……固くて食べれない。これ、どうやって食べるの? 老人達の歯を折るために存在してるの?」
「飴を先になめて溶かしていくんじゃないの? これめっちゃ固いし」
「そうかも。気長に食べてるよ」
りんご飴を片手に二人で屋台を回る。
途中で高嶺さんは射的をやったり金魚すくいをやったりと忙しなく動いていた。
自分が提案したことを楽しんで貰えることが嬉しく、それだけでも僕の気持ちは明るくなる。
人間同士で過ごす時間の温かさは今も昔も変わらないのかもしれない。
大嫌いなこのシューマーだらけの世界でも、彼女とならば楽しく生きていけそうだ。
気の早い話ではあるが、そんなことをふと思った。
「ねえ、あっちにお守りも売ってるみたいだよ! せっかく神社に来たんだから買っていこうよ」
「ああ、行こうか」
シューマーの作ったお守りにご利益があるとは思えないが、彼女が欲しいのであれば言わない方が良いだろう。
二人で授与所に並ぶお守りを見て、それぞれ一つ手に取った。
「縁結びにするの? なに、もう浮気するつもり?」
「違うよ……高嶺さんと、もっと仲良くできたらいいなと思って」
「ふーん、ホントかなあー」
「本当だって……」
「うそうそ、信じてるよ。じゃあ私もそれをもう一つ買おうかな」
僕は縁結びのを、高嶺さんは健康祈願と縁結びのお守りを購入する。
すると高嶺さんは、購入したお守りをこちらに渡してきた。
「はい、じゃあお守りを交換しよっか」
「何か意味あるの?」
「分かんないけど、その方がご利益ありそうじゃない? 私も藤代君と、もっと仲良くなりたいしさ」
「そっか……そう言って貰えて嬉しいよ。じゃあ、はいこれ」
僕の渡した縁結びのお守りを、高嶺さんは嬉しそうに見つめている。
「これからもよろしくね、高嶺さん」
「うん! ねえ、次は何処に行こうか」
お花見の日以降も彼女との恋人ごっこは続けられた。
一緒に映画を見たり家に遊びに行ったり、夏には一緒に花火を見に行ったりした。
彼女と過ごす日々はいつも新鮮で、彼女と出会う前とは世界が違って見えた。
こんな世の中でも人類は捨てたものではないと、今ではそう思える。
そんな関係も半年程続き、彼女との距離は確かに近づいた。
今ではお互いに名前で呼ぶようになり、恋人ごっこというよりは本当に恋人同士だという方が正しいのかもしれない。
彼女が側に居るだけで心が温かくなり、これからもずっと大切にしていきたいと思える。
「こんな生活がずっと続けばいいのにな」
屋上のベンチで膝枕をしてもらっている時に、そんな言葉が口から漏れた。
「ん? どうしたの急に?」
「いや、好きな人と一緒に過ごす時間は幸せだなって思っただけ」
「なにそれ、ちょっと恥ずかしよ」
そういえば、彼女に言葉でちゃんと自分の気持ちを伝えたことは無かった気がする。
照れる梨香の顔を見上げていると、この気持ちはどんどん大きくなっていった。
「梨香のことが好きだよ。これからもずっと一緒に居たいし、梨香となら子どもだって作りたいとも思う」
「えっ!? 私も零君のことが大好きだよ……で、でも、子どが欲しいって言うのは本当!?」
僕の子どもを作りたいという発言に、梨香は過剰な反応を見せた。
少し気が早かったかもしれない。
「しょ、将来的にはね……今すぐってことはないけどさ、梨香とはいつかそうなりたいって思う」
「なんだーそういう事かー。私としては今すぐでもいいんだけどね。でも、今の言葉に嘘はない? 信じてもいの?」
梨香はいつになく真剣な表情で僕を見つめる。
この食い付き方には違和感を覚えるが、僕は自分の気持ちを正直に伝えることしかできなかった。
「本当だよ、いつか君との子供が欲しいと思う。ちゃんと育てられるのかは分からないけど、精一杯頑張るよ」
「そっか……そこまで言ってくれるなら……私も零君を信じるよ!」
僕の言葉を聞いた梨香は、僕の気持ちが伝わったのか、普段通りの明るい笑顔に戻った。
こんな世の中だからこういうことは早い方がいいのか?
あまり知識はないのでこれから勉強していく必要があるかもしれない。
「そんなに私の事を好きになってくれたんならもう大丈夫かな。実はね、私は人間じゃなくてシューマーなんだ」
考え事を気を取られていると、梨香の口からとんでもない言葉が飛び出した。
「……は? きゅ、急に変な事言うなよ……笑えない冗談はやめてくれ」
「冗談なんかじゃないよ。私は君の恋人になる為創られたシューマーなんだ。君が望むなら、人工卵子を用意してもらえば今すぐにでも子供はつくれるよ?」
彼女の表情がその言葉に嘘がないと告げている。
でもあの時……。
「零君が考えていることは分かるよ。小夜が私の事を知らなくて、私も自分の事を人間だって言ったもんね。あれはね、博士が小夜に私のデータを入れなかっただけなんだよ。だから小夜は恨まないであげて?」
「でも、嘘は吐かないって……」
「私は博士に作られたシューマーだから、博士には嘘を吐かないよ。嘘は吐かないって言うように博士から言われてたんだ。騙しちゃってごめんね?」
悪びれる様子もなく彼女は言葉を続けた。
目の前の梨香は本当にシューマーなのか……?
彼女の言葉は理解できるが、心がどうしても追いつかない。
これがただの悪ふざけだと信じたい自分と、こんな悪意のある悪ふざけをする意味もないと分かっている冷静な自分がせめぎ合っている。
「いきなりこんな事を言われても信じられないよね。ほら、私の心臓動いてないでしょ?」
梨香は僕の手を自分の胸に当てた。
心臓の鼓動は感じられず、手首を掴んでも血流を感じることはできなかった。
「本当に……シューマーなんだな……どうしてこんなこと……」
「零君がシューマーと恋愛したくないなんて言うからだよ。零君は知らないと思うけど、君くらいの年齢の女の子なんて日本のどこにもいないよ。だから博士はシューマーとも子作りをできるようにする研究をしていて、私と君はその第一号ってわけ」
「なんだよそれ……」
彼女と過ごしたこれまでの時間は、一体何だったんだろうか。
梨香の事を人間だと思って浮かれていた自分はさぞ滑稽だっただろう。
そもそも人口卵子って何だ?
そんな物があるなら、僕の精子でも人工の物でも、何でもいいから使って子供を増やせばいいのに。
勝手にやってくれれば良かったのに、どうしてわざわざこんなことを……。
いや、もうどうでもいいか……。
彼女と過ごした時間は全て無意味だった。
「ショックなのは分かるけどさ、私は零君に子どもが欲しいって言われて嬉しかったよ! 私が零君の事を好きなのは本当だよ? 君も私と子どもを作りたいって言ってくれたじゃん!」
「それはお前が……もういい、こんな茶番は止めにしよう……博士の所に行ってくる」
「あ、なら私も行くー」
こんな深刻な話をした後だと言うのに、梨香はいつも通りのテンションで僕についてくる。
そんな梨香を不気味に思いながら、僕は自宅でもある博士の研究所へやって来た。
「やあ零、梨香から全部聞いたんだろう? シューマーとの恋愛はどうだった? 実に楽しそうにしていたじゃないか」
「最悪な気分だよ……なあ、人工卵子とやらがあるなら精子もあるんだろ? それなら僕は放っておいてくれればよかったじゃないか。どうしてこんなことを?」
博士は顎髭を触りながら少し考え、室内を歩き回りながら口を開けた。
「何処から話せばいいのか……取り敢えずはお前さんの質問に答えるとしよう。確かに人工精子は存在する。しかし、人工物同士から生まれる人間が、本当に正しく成長するかどうかを確かめる必要があったのだ」
「人工の精子があるのは分かった。それがどうして僕をシューマーと恋愛させることに繋がる?」
「話をちゃんと聞いていなかったのか? 人工物同士から生まれた人間が正しく成長するかどうかを確かめる、と言っただろう?」
博士のにやけ顔を見て最悪な事実に気がついた。
おい……まさか……。
「そうだ! 君こそが人工卵子と人工精子から作られた最初の人間なんだよ。君がシューマーを毛嫌いするのは個性なのか、それとも人工物への同族嫌悪なのかが分からなくてね。シューマーを愛したという経験によってそれが治るのかを知りたかったんだ」
俺は人間ではなかった……?
人工物から生まれた人間を、本当に人間だと定義できるのだろうか。
人によって考え方は違うかもしれないが、僕はそれを人間よりもシューマーに近い物だと思えてしまう。
突きつけられた現実に言葉が出てこなかった。
喉はへばりついて脳が正しく動かない。
そんな僕を余所に、博士は実に楽しそうに続きを話し始める。
「もしもシューマーを毛嫌いすることが環境次第で治るのであれば、あとは寿命が極端に短くなければ人工生命体は成功と言えただろう。しかし今回、普通に育てていてもシューマー嫌いは治らないと分かった。次は幼い頃のシューマーに関する教育を見直してみようか。もしかしたら小夜と恋仲になるかもしれんなあ」
「えー! じゃあ私はどうなるのー?」
「君も小夜と二人で次の彼を幸せにしてやってくれ。なに、次こそは上手くいくさ」
「そうだね!」
「……おい、次の彼ってどういうことだ?」
和気あいあいと話す二人を呆然と見つめるしかなかったが、聞き捨てならない単語が聞こえたのでつい口を挟んでしまった。
自分が人工物であると知った時に最悪だと思ったが、それを遥かに越える最悪なケースが頭に過ぎったからだ。
「ん? お前さんが人工的に作られたというのは話したな。であればバックアップを取るのは当然の事だろう。分かりやすく言うと、お前さんのクローンは15年分ある。次の名前は一郎にでもしようか」
「えー古臭いよー。もっとカッコいいのにしてよ!」
だから零という名前だったのか。
そんなどうでもいい事に納得できる程に、頭の中がハッキリとしてきた。
これは現実を受け止めることができたのではなく、こんな現実も自分自身も全てがどうでもよくなったからだ。
「もういいよ。俺が拾われたんじゃなくて作られたってのも分かった。今回は失敗だったんだろ? ……ならもう早く終わりにしてくれ」
「ほう……死にたいのか? 本当は寿命だけでも記録したかったのだが、お前さんがそう言うなら仕方ない。ちゃんと楽に終わらせてやるからな」
そう言うと博士は、ポケットから小型端末を取り出した。
「これで操作すればお前さんは意識を失い、そのまま心臓も停止する。一瞬の事だから苦しむ暇も無い。安心して逝くといい」
「零君今までありがとう! 次こそは君を幸せにしてあげるからね!」
次の僕とは本当に僕なのだろうか。
梨香は結局、今回の実験とやらに使われる人工物を好きになるようにプログラムされたシューマーでしかなかったのだ。
だからシューマーなんて嫌いなんだ。
そんな事を考えていると、目を開けていられない程の眠気に襲われ僕は意識を失った。
瞼の裏には、あの日見た鈍色の空が広がっていた気がする。
「高校っていっても周りにはシューマーしかいないのに、わざわざ通う意味なんてあるのかよ。こんな世の中で何を勉強しろっていうんだ」
「人類とは学校生活を通じて人格形成が行われると聞きました。あなた様もシューマー嫌いを克服して、シューマーと協力して人類再興に当たって欲しいと藤代博士は仰っています」
「その説明は中学でも聞いたけどさ、僕はシューマーを人間扱いするのが無理なんだよ。機械と人間が愛し合うとか意味分かんないし」
「私はあなた様を愛しております」
「はいはいありがと。そういうプログラムがあるからね、わかってるわかってる」
その言葉を聞いた小夜はその場で立ち止まる。
一郎はそんな小夜を置いて、一人教室へと向かっていった。
「いいえ、愛しております。心から……今度こそ、ちゃんと幸せになって下さいね」
心臓よりも大切な気持ち いつき @HDTVI
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