第46話 朝の騒動

 翌朝。

 まずはみんなで町の中を見て回ろうということになった。

 思えば、この王都へたどり着いた時にはすでに暗くなり始めていた。こうして、明るい状態で町を見渡すのは初めてのこと――その第一印象は、


「おぉ……」


 思っていたよりもずっといい町並みというものだった。

 さらに俺を驚かせたのはエクルド鉱山であった。昨日はすでに暗くなっていたということもあってしっかりとその姿を拝めなかったが、明るい日中ではハッキリと映しだされる。


 その山は荘厳というか……とにかくとんでもない迫力だった。


「あんなに大きな山がこんなに近くにあったなんて……」

「全然気がつきませんでした……」


 リリアンとイベーラは山を見上げながら呟く。

 魔境にも山はあるが、ここまで大きくはないからな。ただ見ているだけでも吸い込まれそうになる、不思議な魅力に満ちている山だった。


 そんなエクルド鉱山から視線を離すと、今度は町の様子に釘付けとなる。

 リドウィン王都と同じく、朝市の影響で中央通りは活気に満ち溢れていたが、その中でも目を引くのはひと際屈強な肉体をした男たちだ。

 彼らは冒険者ではない。

 なぜなら、冒険者にとって必需品とも言える武器を一切手に持たず、穏やかな表情で職場である鉱山へと向かっている――彼らは鉱夫だ。


 あれだけ大きな鉱山だ。

 きっと、その麓付近には巨大な採掘場があるのだろう。

 彼らはキッチリとした出勤と退勤の時間が決められているため、こうして朝早くから動きだしている。だが、冒険者は基本的に生活が不規則なので、このような早朝に活動を始めている者は少ない。


 しかし、働きに向かう者たちの表情……みんな、晴れ晴れとしている。

 仕事に対する憂鬱感というものがないように映った。


「みなさん、エクルド鉱山で仕事をすることに楽しみを見出しているようですね」

「楽しみもそうだし、きっと誇りを持っているんだよ」


 イベーラの言葉に、俺は自分の意見を重ねた。そうでなくちゃ、あれだけの人数があそこまでいい顔で仕事をしようって気にならないだろうし。

 魔境村で働いている人たちにも、彼らのような表情で日々を過ごしてもらえるように頑張らないと。


 気持ちを新たに、王都を見て回ろうとした俺たち――だが、その時、


「おいおい! なんだよ、これは!」


 男の叫び声がした。

振り返ると、そこには二メートル近い強面の大男が、屋台で働いている初老の男性に詰め寄っていた。何やらトラブルの気配がする……けど、放っておくわけにもいかなかった。店主の方は今にも倒れそうなくらい青ざめた表情をしているし。

せめて事情を聞いてみないと。


「あの、何かあったんですか?」

「うるせぇ!」


 大男は問答無用といった感じに殴りかかってくる。

 咄嗟に回避し、体勢を立て直す。

 その際、俺は大男と目が合った。


「っ! ガ、ガフリー・マイルズ?」


 思わず、大男の名前を口走る。


 ガフリー・マイルズ――彼は【ホーリー・ナイト・フロンティア】において、登場初期は主人公サイドの味方キャラであったが、後半になるとその主人公たちの情報を手土産にして敵勢力へと寝返った。

 すべては自身を高い地位につかせ、富を得るため。

 ヤツはそのためならば仲間でさえ平気で裏切る男なのだ。


 ――だが、この世界で俺とガフリーは初対面。

 そうなると、


「あ? なんでおまえが俺の名前を知っているんだ?」


 当然、そういった反応になる。

 

「……これでも予言者って言われている者でね」

「よ、予言者だと!?」


 ガフリーのリアクションを見る限り、俺の存在は知っているようだ。

 ……というか、確かヤツの出身はグローム王国だったはず。だったら、俺の予言について知っていても何ひとつ不思議なところはない。

 けど……待てよ。

 なんでヤツがエクルド王国にいるんだ?

 主人公たちを裏切った時はまだグロームの国民だったはず。それがどうしてエクルド王国にいるんだ?

 そりゃあ、偶然出かけた先がここだったという可能性もあるが……もともとはあの教会の関係者であるガフリーが、国外にまで出て何をするというのか。


「……教会?」


 そうだ。

 ガフリーのいた教会は、あの聖女カタリナやパジル枢機卿がいる教会。

 そこの関係者だったガフリー・マイルズが遠く離れたエクルドの地にいる――なんとも言えない、奇妙な感覚だ。


 少し、探りを入れてみるとしよう。


「あなた……教会にいた人ですよね?」

「えっ!?」


 ガフリーは細い目をカッと見開いて驚いた。

 無理もない。

 本来、俺たちは面識がない。正直、ここで顔を見るまでは存在すら忘れていたほどだ。ゆえに、ヤツにとってもこの反応は想定外だろう。


「お話をしたことはなかったですが、教会でお見かけしたので」

「い、いや、グロームの教会に出入りなんて――」

「おや? 俺はグロームの教会とは言っていませんよ?」

「あっ――」


 しまった、とでも叫びたいような顔で固まるガフリー。グローム王国の人間であることが露呈した瞬間だ。

 この発言により、周りから漏れ聞こえる声にも変化が出始める。


「グローム王国の教会関係者?」

「あそこって、最近なんだか評判が悪いって聞いたが……」

「王都から人が離れているって噂だぜ?」

「国政がうまくいっていないのか?」

 

 飛び交う疑いの声に、ガフリーは耐えきれなくなったらしく、何もせずにその場を走り去った。

 

「大丈夫ですか、店主」

「あ、ありがとうございます」


 尻もちをつく店主に手を差し伸べると、周囲から歓声があがる。


「いいぞ、兄ちゃん!」

「よくやった!」

「スカッとしたぜ!」

「さすがです、エルカ様!」

「お見事でした!」

 

 町の人たちだけでなく、リリアンやイベーラ、さらには同行している魔境村の面々からの拍手を送られる。


 ……参ったな。

 なんだか大事になってきたぞ。

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