第30話 予言の効果

「イ、イベーラ様が魔境へ戻らない……?」


 ラブレーさんから告げられた衝撃の発言に、ゴーテルさんやディエニさんたちリドウィン調査団の面々は顔を強張らせる。

 俺たちも驚いた。

 何せ、イベーラにとってあの魔境での調査はもうライフワークと言っていいくらいの熱意を寄せていたからな。そんな彼女が、自ら望んで調査への同行を拒否したとは到底考えられなかった。


 となると……横槍を入れたのは、彼女の実家――つまり、ドリトス家の当主ってことになるのかな。


 そういえば、昨日イベーラはもう少し国王と話をすると言って残っていたな。あの時に国王から告げられたのか……それとも、最初から知っていた?

 いずれにせよ、確実に言えるのは――本人の意志によって決められたものではないってことかな。


「納得がいかない! それは当主様の指示なのか!」

「私の口からはなんとも……」

「だったらせめてイベーラ様に会わせてくれ! 本人の口から直接聞きたい!」

「私も!」

「ゴーテル様……」


 引き下がらないゴーテルさんとディエニさん。

 後ろで控える調査団の面々も抗議の言葉を口にする。


「なんだか、大事になってきましたね」

「本当に……このままイベーラ様は残るのでしょうか?」

「…………」


 ヴィッキーからの質問に、俺は返事ができなかった。

 俺としては、彼女となら良い協力関係を築けると思っていたし、これからも一緒に魔境を調べることができるのを今も望んでいる。これは本心だ。


 ――だが、同時にドリトス家当主が魔境へ向かうのを禁じていることも理解できる。

 貴族令嬢という立場もあるし、話に聞くとドリトス家の子どもはイベーラだけだという。

 こうなってくると、むしろ最初によく許可を出したなぁとも思う。


 ただ、今の魔境はこれまで認識されている魔境とまるで雰囲気が違うと言っていい。三つ目の魔犬アルベロスが味方となり、対モンスター用の戦力は豊富と言えないものの、質は高いと断言できる。

 

 それを証明できれば……そのためのキーポイントになるのは――俺の予言能力だ。


「ドリトス家、か」


 この名前……どこかで聞いた覚えがあるんだよな。

 もちろん、それは俺が開発に携わった【ホーリー・ナイト・フロンティア】の中での話だが、メインストーリーにガッツリ絡んでいるわけじゃなかったはず。


 どこだ?

 どの企画段階でドリトス家の名前を聞いたんだ?


 俺が思考を巡らせる間も、調査団の抗議は続いていた。


「ならば当主様に会わせてくれ!」

「旦那様は明日からの遠征に備えて書類を整理されております」

「遠征……?」


 ラブレーさんが口にしたその言葉を耳にした時、まるで全身を稲妻が貫いていくような感覚がした。

 その遠征って……もしかしたら、


「あの、ラブレーさん」

「なんですかな?」

「先ほどおっしゃられた遠征ですが……それは一体どちらへ?」

「シェーグル港に視察へ向かわれる予定となっております」

「っ!」


 シェーグル港――やっぱりそうだったか。


「どうかされましたか、エルカ様? その港に何かあるんですか?」

「エルカ?」


 リリアンが俺の名を口にすると、ラブレーさんの表情が変わる。どうやら、彼も俺の予言能力については知っているようだ。


「あなたがグロームの予言者……しかし、なぜこのリドウィンに?」

「いろいろと事情がありまして……今は魔境で暮らしています」

「ま、魔境で!?」

「イベーラ様からは何も聞いていないんですか?」

「え、えぇ……」


 俺が魔境で暮らしていると知った瞬間の反応を見たゴーテルさんがそう尋ねると、ラブレーさんは動揺しながらも肯定した。


「では、先ほどのシェーグル港への視察についても何か……」

「はい。――悪いことはいいません。ただちに中止してください」

「な、なぜです!?」


 ラブレーさんは大きく動揺する。

 門番ふたりも顔を見合わせて驚いていた。


 ――思い出したんだ。


 ドリトス家は【ホーリー・ナイト・フロンティア】の本編では顔グラはおろかそもそも主人公との絡みが一切ない。


 ただ、名前のみ登場する存在だ。


 その名前が出てくるのは二章の後半。

 ステージは海の近くにある港町からのスタートとなり、そこから船に乗ってモンスターが蔓延る離島へと移動するのだが――その際、海に潜む巨大モンスターに襲われたという情報が主人公サイドにもたらされるのが、その船の持ち主がドリトス家だったのだ。


 今の状況から考察するに、恐らく国王は魔境の他にその離島からも何か資源が手に入らないか調べようとしていたらしい。

 結果として、それがドリトス家当主を死に追いやってしまうのだが。

 こうなると、断固としてドリトス家当主をシェーグル港へ行かせるわけにはいかない。


「ドリトス家の当主は、シェーグル港から船に乗り、新しい資源を探すために離島を訪れる予定だったんじゃないですか?」

「っ! そ、その通りです」


 俺がドリトス家当主の狙いを言い当てると、ラブレーさんと門番ふたりは口をあんぐりと開いて茫然としていた。

 そこへ、畳みかけるように俺の予言を告げる。


「あなた方が向かおうとしている港町の近くには、まだ発見されていない巨大な海棲モンスターが存在しています。ドリトス家当主の乗った船はそのモンスターに襲われ、命を落とすことになるでしょう」

「「「っ!?」」」


 ラブレーさんとふたりの門番は絶句。

 さすがに当主が死ぬと聞かされては冷静でいられないだろう。


 動揺している三人に、俺は当主への面会を希望する――と、


「……旦那様へお伝えします」


 そう告げて、ラブレーさんは屋敷へと戻っていく。


 さて……あっちはどう出るかな?

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