第29話 異変

 リドウィンで過ごした夜はあっという間に更けていき――朝が来た。

 ……思えば、宿屋に泊まったのっていつ以来だったかな。


 朝食は宿屋に併設された食堂で済ませた。

 もちろん、この場にはリリアンとヴィッキーの姿もある。


 俺たちは今日の午前中にも魔境村へ戻るのだが、イベーラたちもそれに同行する手筈になっていた。なので、朝食後にゴーテルさんやディエニさんと合流し、それからイベーラの実家であるドリトス家の屋敷へと向かう。


 支度を整えて、待ち合わせ場所に指定されている王都中央通りにある大きな噴水前へと移動する――と、すでにゴーテルさんたち調査団のメンバーが集まっていた。


「すいません。遅くなりました」

「いえいえ、こちらも今来たところですよ」


 笑顔で手を振るゴーテルさん。

 さらに他の調査団も――って、あれ?


「あの、ゴーテルさん」

「なんでしょうか?」

「最初に来た時より……メンバーが増えていませんか?」


 魔境で初めて顔を合わせた時よりも、確実に十人以上は増えている。この件について、ゴーテルさんはこう説明した。


「ダンジョンを探索し、魔鉱石を手に入れるためには人手が必要と思いまして、かき集めてまいりました」

「それは大助かりなのですが……しかし、よくあの短期間で集められましたね」

「もともと、我々先行部隊が結果を持ち帰れば、増援としてともに魔境へ入るよう待機させていた者たちでもあるんです。本来、イベーラ様も彼らと同じように、魔境での状況がハッキリと分かってから同行してもらうつもりでいたのですが……」


 そこから先は皆まで言わなくても分かる。

 どれだけ説得しても、あのイベーラの性格を考慮したら……無理やりにでもついてくるだろう。

 きっと、最初のうちは反対したのだろうが、結果として押し切られて同行を許可したって形になったのかな。


「まあ、イベーラですからね」


 苦笑いで伝えると、ゴーテルさんも察したようで、あっちも苦笑いで応えた。

 さて、新しく俺たちと一緒に魔境へと戻る調査団のメンバーだが――平均年齢は二十代半ばとかなり若いメンツだ。


 と、なると、魔境村では彼らが寝泊まりする家も確保しなくちゃいけないな。

 今のところはまだリドウィンから増援が来ていないため、しばらくの間はテント生活になるだろうけど。

 そのことを彼らに伝えると、


「準備はできています!」

「我らはいつでもどこでも寝られますので問題ありません!」

「どんとこいです!」


 全員、野宿にも前向きだった。

 野宿と言っても安全は確保されているし、食事だって普通にできる。

 それだけ聞くと、こっちでの生活とあまり大差ないような……いやでも、モンスターが出てくるから、一概にそうとも言えないか。


 モンスターといえば……魔境に住む、アル以外のヌシとも顔を合わせなくてはいけないな。

 アルを除けば、残りは三体。

【ホーリー・ナイト・フロンティア】の中では、いずれもかなりの強敵に属する。おまけにそれぞれ一筋縄ではいかない性格の持ち主だ。アルがそれとなく接触しない方がいいと話していたが……それは本当なんだよな。


 俺が最初に三つ目の魔犬アルベロスと接触を試みた理由は、彼が一番話の通じる相手だったからだ。


 次に接触して話を聞くなら、三体のうち誰にすべきか。

 正直……誰にしても困難な道のりになることは確定しているんだよなぁ……


「エルカ様、大丈夫ですか?」


 ヌシのことを考えていたら、リリアンに声をかけられた。


「ど、どうかしたか?」

「いえ……何か思い詰めた顔をしていらっしゃったので……何か、嫌な予言でも?」


 俺の表情から、よろしくない予言が舞い降りてきたと勘違いしたリリアンが不安そうに尋ねてくる。彼女はグローム城で何度も俺の予言を聞き、時には一緒にその問題を解決するために奔走した。


 だからこそ、他の人より俺の変化に敏感なのかもしれないな。

 ――ただ、今回はハズレだった。


「大丈夫だよ、リリアン。俺が気にしていたのは……今後の魔境での生活についてさ」

「それでしたら、リドウィン王国からの協力も得られたし、悩むようなことなどないのでは?」


 普通に考えれば、リリアンの言う通りだ。

 ハッキリ言って、順風満帆すぎると言っていい。


 ……けど、やっぱりヌシたちの問題を乗り越えないことには、真の意味であの魔境が安全とは言えないと俺は考えていた。


 戻ってすぐに作戦を立てて、明日にでも周辺を調べてみるか。

 イベーラたちはきっとあのダンジョンの調査に力を入れるだろうから、俺とリリアンでヌシ対策を進めていくことになりそうだ。


「……なあ、リリアン」

「なんでしょうか?」

「君ってさ――クモって平気?」

「クモ? それは昆虫のクモですか?」

「あぁ」

「でしたら……ご安心ください」

「お?」

「死ぬほど苦手です」

「…………」

 

 平静を装って入るが……たぶん、俺がクモって言ったからその姿を想像してしまったのだろうな。めちゃくちゃ青ざめて今にも倒れそうだ。


「クモ……苦手なんだね」

「というか、昆虫全般が好きではありません」

「そ、そうなんだ」


 ……まずいな。

 次に接触するモンスターはそいつにしようと思っていたんだけど……うちで数少ない戦闘分野のスペシャリストがこのザマでは無茶できない。


 思い返してみると、うちには戦闘が得意分野という人材が不足しているな。

 今のところは目立った戦闘に発展してはいないものの、これから先は何が起こるか分からないからな。


 そっちの人材を確保していくことも、今後の課題のひとつとなりそうだ。



 全メンバーが揃ったところで、いよいよドリトス家に向かって出発。

 魔境から来た時とは真逆の方向へ進み、王都を出てから数分ほど経つと目的地である屋敷が見えてきた。


「あそこが……ドリトス家の屋敷か」


 リドウィン王国の規模は、グロームに比べると小さい――が、さすがに貴族の屋敷となるとかなり大きいな。遠くからでも立派な庭園が見えるし、門の前には兵士がふたり立っている。


 その兵士たちはゴーテルさんの知り合いらしく、フレンドリーに話しかけていた。


「やあ、おはよう」


 ニコニコと笑顔で近づいていくゴーテルさんに対し、兵士たちはどこかバツが悪そうな顔をしている。

 ……なんだか、雲行きが怪しくなってきたぞ?


「ど、どうかしたのか?」

「いや、その……」


 どうにも歯切れの悪い兵士は、ゴーテルさんの質問に対して明確な答えを口に使用とはしない――だが、その態度で誰に何があったかは大体察しがついた。


「イベーラに何かあったんですね?」

「「っ!?」」


 分かりやすく、兵士たちの表情が変わった。


「そ、そうなのか!? 何があったんだ!?」


 ゴーテルさんは金髪の方の兵士に詰め寄り、胸倉を掴む。興奮する彼をディエニさんやヴィッキーがなだめているが、そのうち、


「なんの騒ぎですかな?」


 ひとりの老紳士が屋敷から出てきた俺たちのもとへとやってくる。

 その身なりからして、この屋敷に仕える執事だろう。


「おぉ! ラブレー殿か! ちょうどいいところに!」


 今度はラブレーと呼んだ執事へと詰め寄るゴーテルさん。だが、彼は慌てる様子を微塵も見せず、冷静に対処する。


「落ち着いてください、ゴーテル様。その態度から……お嬢様のことについて門番たちから話を聞いたのですね?」

「詳細はまだ聞いちゃいんだがな」

「そうですか。――では、単刀直入に伝えます」


 ラブレーさんは一度大きく息を吸い、それを吐きだしてからこう告げる。


「お嬢様は魔境へは戻りません」


 考えられる限り、最悪の言葉が俺たちを待っていた。

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