ゼロから作文技術を身につけた経緯(るさんちまん味)

// やっぱりカクヨムに絵の話はどうなのよなので、文の話で流してごまかすのだ!


「技術なんて必要ない。面白さが大事だ」


 そう言える人間は、最低限の技術があるから言えるだけ。いくら面白いネタがあっても、伝わらなかったら意味がない。


「でも日本語話者なら日本語書けるでしょ?」


 それはな、お前が向上心ある人生を送ってきたか、環境的に恵まれてたからだよ。こういうこと言うとカッコ悪くて嫌だが、マジでまともな文章書けない人間っているから。これは皮肉でもなんでもなくて、俺がそれだったから。


 俺はろくに本のない家庭で育った。


 普通の家庭は、子供が小学校に上がる前に文字を教えるのだろうか。

 五歳の頃、俺は近所の高校生のおねーさんのことが好きだった。これがどういう感情だったかは定かではない。


 おねーさんの部屋にはあしべゆうほの悪魔の花嫁があった。きっと俺はよくわからないまま、それを眺めていた。

 そう知ったのは、成人してから古本屋で悪魔の花嫁を見つけて思い出したからだ。あの、おねーさんの部屋で見たものを。もう一つ覚えているのは、鮮やかな緑色のバッジをもらったことだ。いつのまにか無くしてしまったが。


 何を考えたか五歳の俺は、このおねーさんに手紙を書きたくなった。紙にぐちゃぐちゃとわけのわからないものを書いて、おねーさんの家の郵便受けに入れた。

 このことを俺自身は覚えてないのだが、周囲の人間から聞いたので事実として知っている。

 おねーさんの家ではこれを何かの悪戯かと思ったらしい。すぐに俺の仕業だと判明して、親にめちゃくちゃ叱られた。俺はただ手紙を書きたかっただけだと、必死に訴えたのは覚えているのだが、親がそれに取り合うことはなかった。


 少しして、そのおねーさんが俺にこっそり文字を教えてくれることになった。手紙を書くために。

 そのおかげで、俺は学校に上がるまでに辛うじてひらがなの読み書きを習得した。手紙はおそらく書いたのだろう。何を書いたのかは全く覚えていないが。結局、親は文字を教えてはくれなかった。


 しばらくの間、教科書以外で俺が能動的に触れたことのある物語は、あの悪魔の花嫁だったのではないかと思う。

 小説どころか週刊ジャンプの一冊でさえ高いからと許されなかった。TV は夕食後の限られた時間しか見れず、チャンネル権は父親にあった。その殆どは全く興味のない野球中継で終わる。

 土曜に学校から帰ってきて親が仕事から帰宅するまでは、再放送のアニメを見れるチャンスだったがチャンネル権は妹にあった。

 唯一のリテラシーの命綱は父親が何故か定期購読していた Newton という科学雑誌で、正直これがなかったら俺は相当にやばい人間になってた自信がある。


 居間で勉強などしようものなら「当てつけがましい」とぶたれて玄関で寒風に吹かれながら宿題をやるはめになる。

 なんで居間でやるかって?

 子供の部屋なんてあるわけねぇだろ。

 新聞を読んでてもめんどくさそうな態度とられる。居間の床で広げるしかないし。

 まぁ、だから家で勉強は一切しなくなった。教科書は学校に置きっぱだ。重いしな。


 中学のときだったかなぁ。クラスメイトが漫画雑誌を教室にもってきて、多分バスタードだと思うんだが、全く漫画を知らない俺にも絵が上手く見えてえっちだったので「すごいなー」と思った記憶がある。

 が、とにかく読書習慣というものがなかったので、農家の手伝いとかで辛うじて得た収入のうち手元に残った分は大体ゲーセンに消えていった。


 図書室や図書館に行くという発想は当然ない。

 高校の時、図書室の委員? だかにやけに俺を構ってきた女がいて図書室に行くようになったが、借りたのは美大受験のための本だった。平面構成とかデッサンとかのやつな。

 高校卒業したらすぐ金稼ぎ決定で、大学行く金も奨学金受けるような学力もなかったから、美大なんていくわけない。なのに何故それを借りたかというと、美術室には雀卓があって麻雀を打ちに通ってたのだ。

 美術部の顧問は顧問らしいことは全然していなくて、夏になると延々プールで遠泳しているようわからん大人だった。


 たまに水から上がってくる美術部の顧問に「通うなら部員になれ」と言われて、年に何回かある何だったかに作品も作らないといけなくなった。

 で、俺から見て絵の上手い部員が一人いたんだが、そいつは美大を目指してるらしい。なら、絵を描くにはそういう本を借りればいいかと思った。美大ってどういうところなのか知らなかったが。というか、今でもよく知らない。

 俺は高卒で、母親は中卒で、父親は高卒で。俺にとって大学というのは未だに、クソでかい土地を占有しているよくわからないファンタジーな場所なのだ。


 私服高だったので、美術室で麻雀したあとはそのままゲーセンへ。触れる唯一の詩的な文章は先輩に連れられていくカラオケで知る歌の歌詞。初めてカラオケで歌ったのは B’z。平成だねぇ。

 義務教育のお陰で文盲にはならずに済んだが、大人になりネットで無料で読めるようになってから小説を読み始めたような人間に、文の素養などあるわけがなかった。


 あ、中3〜高1 の時に、菊地秀行の魔界都市シリーズを貸してくれた友人がいたな。ゲーセンの常連の女。ろくに小説読んだこと無いところにこの洗礼食らって影響をもろに受けた。

 ダークファンタジー好きも、美形主人公好きも、人外好きも、末弥純のイラストも。末弥純は絵を描くきっかけにもなったし、今でも大好き。大先生だ。


 同じ奴から銀英伝を借りて……借りてというか押し付けられた。

 初めは登場人物を覚えられてなくて頭がヒヨコになった。そしたらそいつがキャラクター一覧(推しポイントとイラスト入り)を薄ピンク色のルーズリーフに作ってきてな。今考えたら、あの解説はどう考えても腐ってるんだけど!!

 そんなこと知らない文化的に初心な俺はなんも知らずにそれをありがてぇと思って、腐れコメント入りのチートシート片手に「銀英伝、わかれば超面白いな……」とか思ってた。

 この友人がいなかったら、読解力結構やばかったかもな。


 最初に文書けなくてやべー思ったのは、UltimaOnline (以下 UO)というネトゲを始めて暫くしてから。

 UO ではギルド War というのがあった。敵対宣言をしたギルド同士が戦場や時間を大体決めて入り乱れて戦う。システム上の明確な勝利条件はない。日々、技術的な向上や連携の訓練を行うが、その結果の解釈は参加者の自主性に委ねられている。


 そのような環境であるから、報告日記が必要になる。確か当時エンピツというシンプルなブログ的なサービスがあって、War 関係者は大体それ使ってた。

 まだ PC 性能は低く動画など撮れる人は少ない時代だ。戦いの後、今日何被して何 kill したか。どういうことが上手くいってどこがダメだったか。そういうのを書く。


 日記でさえない。報告書だ。反省文と呼ぶ人もいた記憶がある。

 そんなものでも、人に読ませる文を書くというのが初めてだった俺は、これが猛烈に恥ずかしかった。未だに小説を書くのは恥ずかしい。周囲の人間には言ってない。言ってたらこんなん書けるわけがない。

 書くべきことは単純なはずなのに上手くいかない。ギルドメンバーや敵対ギルドの日記も読むわけだが、明らかにわかりやすい奴とそうでない奴がいて「文、書けないの、やばくね?」そう、人生で初めて実感した。


 UO 以外のネトゲもやるようになる頃、ネトゲの wiki を有志で編集する文化が花開いて、何かとゲーマー気質だった俺は wiki の編集に手を出すようになり、基本的な文章力を身につけた。


 攻略 wiki では、複雑なシステムや攻略法を誤解なく過不足なく、万人が理解できる文章で平易に、私情や極端な視点に偏ることなく、できるだけコンパクトな文章にしなければならない。

 良くない文章には他人の手が入る。親切な人だと変更理由をコメントに残してくれる。時に編集合戦になるが「何かを書き記すのにどの文が最良か」を真剣にやりあうからこその編集合戦なので学ぶことは多かった。

 文章だけでなく構成も大事だ。ダラダラと説明したら何万字にもなりそうなやつを、どんなアホが読んでもわかるように構成する必要がある。


 後から知ったがこのような方向性の文章は、テクニカルライティングと呼ばれるものに近い。


 この頃に必要に駆られて、ホンカツの日本語の作文技術というあの有名な本を買った。作文技術のための本というのは、未だにこの一冊しか買ったことがない。

 あれの作者は記者としては問題も多かったらしく非難されているが、俺にとってはそんなことはどうでもよく、日本語の作文技術は良書だった。当時の俺のようなガチの底辺にもわかるように、センスといった曖昧なものではなく、ひたすらに技術を説明しているからだ。


 一言で表すなら、あれは〈とにかく悪文を書かないための技術〉がまとめられた本だ。

 これは攻略 wiki の〈複雑なものを誤解なく過不足なく、万人が理解できる文章で平易に、私情や極端な視点に偏ることなく、できるだけコンパクトな文章にする〉という方向性に合致していた。


 そうして俺は、社会人として最低限必要な日本語作文能力を、ゲームの攻略 wiki に集う名も知らぬ同志たちのお陰で身につけることができた。

 しかし、創作のための文章を紡ぐまでには、そこから想像を絶する壁があったのである。


(続きは気が向いたら)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る