最終話 審判のとき
「これで契約は更新となります。東条様」
「やめてくれよ月子ちゃん。他人行儀な対応」
「いえ先輩。いくら学生時代の先輩とはいえ、先輩は当社の取引先の社長です。ここはしっかりと立場上の関係で話しを進めるべきかと」
「おいおい、御宅は秘書になんて教育してるんだ。………御使社長」
「そういうお前もかしこまってるじゃないか。東条」
「冷やかしだよ。まぁそんなことより順調そうだな会社の方」
「お陰様でな」
「『多重人格者の就労支援』が目的の人材派遣会社………学生時代それに悩んでたお前らしい会社コンセプトだよ」
「ここまで軌道に乗れたのはお前のお陰だよ東条。お前の会社がパートナー企業として積極的に人材を契約してくれるお陰で認知されて今会社として成り立ってるからな。ありがとう」
「いや多重人格の人って大変そうだけど、まぁ実際大変なんだけど、1人の人間から複数の意見が出るから面白いんだよな。1人で複数人雇った気がして。でも多重人格の人って案外多いんだな」
「それを隠して生活する人や自覚してて敢えて社会から距離を置いてる人もいるからな。しかし社長になって10年か………大分大きな企業になったな東条の会社」
「よせよ、ちっぽけな零細企業が中小企業に片足突っ込んだだけだ」
「町の片隅の町工場が隣県にまで工場を抱えるまでになったんだ。凄いことだろ。それは」
「はい。この世の中が停滞気味の状況でそれだけの成長は立派な業績です」
「この国トップクラスの大学卒の月子ちゃんにそう言ってもらえると自信が持てるよ。しかし面白いもんだよな〜月子ちゃんが、お前の秘書してて、お嬢………じゃなくて西宮が俺の会社の顧問弁護士だなんて」
「その傍らで民事、刑事問わず実績を積み重ねてますよね西宮先輩」
「そういえば、この前言ってた訴訟は大丈夫なのか?」
「あぁ、お嬢………西宮のお陰でこちらに有利な形で示談成立したよ」
「そうか、それは良かったなしかしお前よくそういうの巻き込まれるな」
「東条先輩の場合。発想が突拍子かつ斜め上に行き過ぎてついていけない人多そうですもんね」
「それって褒められてる?」
「褒めてますよ?」
「西宮が愚痴ってたぞ?“あいつがどんどんトラブル持ってくるから、やりたいことが出来ない”って」
「と言われても、別に悪いことしてる訳じゃないんだけどな〜」
「社長が全てじゃないんだ。妥協出来る事は妥協して従業員の意見を尊重したらいいんじゃないか?」
「そうですね、社長の仰る通り。部下でもやれることは部下に振っていいと思います。先輩が1人抱え込む必要はありません。」
「そういうものか」
「抱え込むなんて、らしくないぞ東条」
「…………お前に言われたくねーよ琢磨」
「…………ふん」
「あっ!月子ちゃん。ちょっとの時間外してもらえる?」
「?」
「仕事とは関係の無い。プライベートな話しでさ。頼むよ」
「………わかりました。終わったら御知らせ下さい」
「ありがとう。月子ちゃん!」
「では社長。一旦失礼します」
「あぁ………」
「………なんだよ?プライベートな話しって?」
いつもの顔つきからは想像出来ない神妙な面持ちになる東条。
「琢磨………お前。いつにするんだ?」
「なんの話しだ?」
「とぼけるなよ!いつまで待たせるんだって聞いてるんだよ!?」
「……………」
「もう8年くらい経つんだろ?そろそろ決断してやれよ」
「お前には関係無いだろ?その話。」
「確かにな。でもよ共に過ごした仲間として今のままは絶対に良くない。それだけは言える」
「まだ…………ダメなんだよ」
「まだってお前。」
「東条。お前のお陰でようやくこの会社は軌道に乗った。でもそれだけじゃダメだ。安定した地盤を固めないと。………あいつを幸せには出来ない。」
「そういうのを共に歩み、一緒に乗り越えるのがパートナーじゃないのか?」
「……………」
「さっきの言葉。そっくりそのままお返しだぜ!全くよ」
「それは…………」
「全く。お前は昔から人付き合い下手くそな癖に、変な処で義理堅いんだよな」
「人付き合いが苦手だからこそ、今ある絆を大切にしたいんだよ。」
「…………」
「…………」
「…………はぁ〜わかった、わかった俺の負けだ」
一気に表情を緩める東条。
「あまりこれ以上待たせるなよ?お前は前科がありありだからな?」
「うるせー。余計なお世話だ」
「へっ。俺からは以上だ。お前からは?」
「大丈夫だ」
「じゃあ、まだ見ぬ人材の提供宜しくな。御使社長♪」
「あぁ。こちらこそ頼むよ。東条社長」
お互いしっかりと握り合い、東条は席を経った。
「先輩帰られましたけど、終わったんですか?社長」
「今し方終わったよ」
「…………その件。私も東条先輩に賛成です」
「なんだよ。盗み聞きか?」
「すみません」
「ったく」
「盗み聞きとはいただけませんね。御使琢磨。」
急に月子(?)の口調が変わる。
「月子は貴方の秘書だ。秘書が社長の心配をするのは至極真っ当なことだと認識しているが」
「お前は………久しぶりだな」
「ふん。馴れ馴れしい話しかけないでくれたまえ御使琢磨。私はお前の罪を許してなどいない」
「…………あんたらに許されるとは思って無い」
「…………まあその話しはまた別の機会にしましょう」
「でっ、あんたの意見をだが、秘書にプライベートなことまで干渉される気は少なくとも俺は無い」
「……………」
「なかにはそういう奴等もいるだろうが、少なくとも俺は仕事のことだけコントロールしてくれたら充分だ」
「そうですか。なら下手にあれこれ言うのは止めましょう。ただ私から見ても貴方とあの方は充分その資格に値すると認識していることをお伝えしておきますよ」
「………ありがとう」
「では、月子を頼みます」
「…………!?先輩。」
「お帰り」
「………あいつ勝手なことを」
「不思議なもので、日笠が羨ましいよ」
「先輩…………」
「これも自分で下した決断だ。今更歎いたところで戻りはしないんだけどな」
「………ですが彼等が我々の元を離れる事。それは即ち憑依者が成功を治めていると、聞いていますよ?」
「例え成功してたとしても、やはり素直に喜べない自分がいるのさ」
「…………」
「今日もお疲れ様な日笠。上がってくれ」
「先輩は?」
「もう少しやり残した仕事を終えてから上がるよ」
「わかりました。では御言葉に甘えて、お先に失礼します。」
「また明日な」
「はい。」
(起きろ…………起きろ!御使琢磨)
(!?………ここは?俺は確か会社で仕事をしていたはず…………!?)
真っ暗な空間…………琢磨は懐かしさを感じた。
久しぶりに見るその姿が思い出と哀しさを助長する。
(あの………なにか?俺忙しいんだけど)
(私は天使長。)
(俺は悪魔長。)
(“あれ?天使長と悪魔長ってあいつらの父親じゃ………そうか20年周期で世代交代するって言ってたか”)
天使長と悪魔長を名乗る存在。琢磨が知る2体より随分若くまた天使長は性別も異なっていた。
(ここがどこかご存知ですか?御使琢磨さん)
(えぇ、まあ…………昔そんな話しを聞きました。)
(なら、手っ取り早い。貴様は今人生の岐路に立っている)
(そうなんですね)
(はい。)
(ここでの貴方の決断が今後の貴方の人生を大きく変えます。…………覚悟はよろしいですか?)
(…………。)
(まぁ、ここに呼ばれた以上答えを出すまでここから出られないからな、さっさと覚悟を決めろ)
(悪魔さん。そう急かしてはいけません。重大な決断をするのです。腹を括るまで待ちましょう)
(天使よ。こういうのはさっさと決めさせた方が楽なんだよ。さっさと終わらせようぜ、次々に控えてるんだからよ)
(全く。これだから悪魔は)
(なんか言ったか?偽善者)
(あら?今ここでやりますか?)
(上等だ後で吠え面かくなよ?)
(あの………俺が決めなきゃいけない決断って、なんですか?)
(オホン!失礼しました。御使琢磨さん貴方が決めるべき事についてですが………)
(北川美波と結婚するか、しないのか今決めろ)
(!?。そんな個人的な事も貴方達の裁量で決める事が決めるのか?)
(大なり小なり。対象者の人生の重大な影響をあたえる事柄は全て我々の仕事の対象なのです)
(だから次がつかえてるんだ。早く決めてくれ)
(悪魔さん!)
(さぁどうする?御使琢磨)
(……………)
(……………)
(……………)
(琢磨よ〜お前の腹は決まってるんだろ?)
(えっ!?)
突然天使の口調が変わる。
(あの方は………美波さんは待ってますよ。貴方からの言葉を)
(!?!?)
悪魔の口調も変わる。突然の変化に戸惑う琢磨。
(あの娘を幸せに出来るか不安だ?馬鹿言うな。お前にとっての幸せの価値観をあの娘に押し付けるな。それは琢磨。お前の不安を誤魔化す言い訳でしかねーぞ)
(お前………アクなのか?)
(まぁ、結婚するというのは、相手の人生にも多大な影響を与えることですので、安易な気持ちで答えてはならないという貴方の考えもわからなくはありませんわ)
(それに…………テンなのか?)
(お調子者も言ってたろ?共に幸せを共有し悩みや苦しみを一緒に乗り越えるのがパートナーだって)
(なんで………お前達ここにいるんだ?)
(あと何年。美波さんを待たせるおつもりですか?その気が無いのならさっさと別れるべきです。)
(…………相変わらず身勝手な事ばかり言いたい放題言いやがって)
(…………へっ)
(あら、それが私達だと言うことお忘れですか?琢磨さん?)
(お前達………消えたんじゃ、無かったのか?)
(いや〜実際は本当に危なかったんだぜ?職務放棄で親父達からこっ酷く怒られたし)
(危うく仕来り通り本当に存在が消えてしまうところでしたわ)
(でも、ギリギリのところで琢磨が持ち直したから辛うじて存在の消失は間逃れて)
(其々が各界で監禁されていた………というのが我々のこれまでですわ)
(そうだったのか…………お前達。ごめん)
(!?)(!?)
深々と頭を下げる琢磨に驚く2体。
(あの日。お前達が俺の元を去って。俺はようやくお前達が俺の一部だってことに、気がつけた)
(それはこっちのセリフだぜ琢磨)
(貴方の元を初めて離れた事で、私達はあなたを導く存在であると同時に貴方から教わっていた事に気がつきましたわ)
(俺から教わる?)
(両極端な思考しか持ち合わせて無かった俺達がこうして様々な点を考慮して考えを纏めることが出来るようになったのは、琢磨。お前が俺達の提示から更に発展した意見を提供し続けてくれたお陰だ)
(発展って………俺はお前達の意見が苦しくてそのどちらにも当てはまらない道を探しただけだ)
(それがむしろ、私達には刺激となったのです。【善悪】だけでなく【善悪を併せ持つ】道が存在するということ。それに気がつけたのは琢磨さん。貴方のお陰です。)
(琢磨。俺達こそごめんな)
(!?)
(俺達は憑依者に憑依した以上憑依者の人生に責任を持たなきゃいけない。でも俺達はそこから背を向けお前に責任を押し付けた)
(これは俺の人生だ。お前達が責任を感じる必要は無い)
(三位一体なのでしょ?琢磨さん)
(!?)
(ならば、それは貴方の人生であると同時に私達の人生でもあります。私達は私達の人生を貴方に丸投げしたのです。誠に申し訳ありませんでした)
(アク…………テン…………)
(でもよ、スゲーじゃねーか琢磨。)
(何がだ?)
(お前1人になっても。独りで道をここまで切り開いて来た。憑依した当初からは想像出来ない事だぜ)
(…………)
(よく。頑張ったな)
(!?…………)
(あら?琢磨さんもしかして)
(泣いてんのか〜琢磨!)
(!?泣いてない)
(本当か〜)
(目は潤んでますわよ〜?)
(うるせー)
(…………さぁ。感度の再会はここまでにして、そろそろ審判と行こうか)
(さぁどうしますか琢磨さん?)
(俺は……………)
「ハッ!」
気がつくと外の街灯に灯りが灯っていた。
(あれは…………夢?俺は寝てたのか?)
こめかみを抑えると夢(?)の内容が鮮明に蘇る。
「これが、あいつらの言う審判だったのか?」
じっと時計を見つめる琢磨。
(…………)
PCの電源を落とすと琢磨は会社を出た。
「先生!お疲れ様です」
「はい。お疲れ様。気をつけて帰りなよ」
「わかってますよ、じゃあまた明日」
「また明日ね」
「北川先生お疲れ様です。どうですか?今年のバスケ部は」
「そうですね。皆の覇気が活き活きしてて期待が持てますね」
「…………」
「校長?」
「感慨深いですね。かつて我が校バスケ部に新たな歴史を刻んだ世代の主将が今度は顧問として、新しい歴史に挑もうとしている」
「出来過ぎですよね」
「貴女の人としての良さが結果としてこのような因果を生み出したんだと思いますよ。北川先生」
「人が良いだなんて、身に余ります」
「では決勝戦楽しみに応援させていただきます。北川先生」
「お疲れ様でした。校長先生」
ゆっくりとした足取りで体育館を離れた校長。美波は見送るとすぐに職員室に戻った。
(テストの採点とB組のトスの試験の評価。これは今日中に終わらせないとな)
「終わった〜」
気がつくと他の教員の姿は無かった。
(私が最後か………メッセージ。琢磨?珍しい”原点で待ってる“…………なんのことだ?)
「原点って、誰の?…………」
校内を確認すると一部屋灯りが灯っていることに気がついた。
(あそこは…………)
ガラガラガラガラ
唯一灯りの灯った部屋の扉をゆっくりと開ける。
「原点ってお前。またボッチに逆戻りでもするのか?…………琢磨。」
一室で置いてある書物をじっと読み込む琢磨。
「美波お疲れ様」
「お疲れ様じゃないよ。関係者以外立ち入り禁止だぞ我が校は」
「卒業生だろ?」
「卒業生だとしても、こんな時間までいていい訳ないだろ?」
「こんな時間って…………あれ?もうこんな時間か」
「ったく。でっ何してるんだよ琢磨。」
「待ってたんだよ。美波を」
「そりゃあ嬉しいけど、なんでここなんだよ?待ち合わせなら他にいくらでもあるだろ?」
「ここじゃなきゃ………いやここがいいんだ」
「ふ〜ん。なんでそんなに拘るのかが、よくわからないけどな」
読んでいた書物を閉じじっと美波を見つめる琢磨。
「なっなんだよ琢磨。」
「ここは、俺にとって大切な思い出の詰まった大事な居場所だからさ」
「それは、琢磨だけじゃない。私にとっても大事な場所だよ」
「よくお前はここに篭もってた俺の様子見に来たよな」
「なんだよ、突然昔話か?確かによく様子を見に来たな」
「そして気がついたら一緒に『ディベート同好会』なんて作って活動もしたな」
「身体動かすことしか脳が無かったからね私。楽しかったよ?『ディベート同好会』」
「そのかたわらでバスケ部主将として県大会準優勝か今更だけどやっぱり凄いな美波。」
「なんだよ急に」
「聞くところによると、今年のバスケ部県大会決勝進出したんだろ?」
「そうだよ。」
「一生徒として部の歴史に名を刻み、今度は顧問として歴史を刻むのか」
「それに関しては、生徒達が精一杯やった結果だよ。私はそのサポートをしたに過ぎない」
「なぁ美波?お前にとっての幸せってなんだ?」
「なっなんだよ突然。今も充分幸せだぞ?可愛い教え子たちがいて、私を育ててくれた学校の元で働けて。そしてなにより琢磨。お前が隣に居てくれる。それが私にとって何より一番の幸せさ」
「そうか。」
「なんだよ琢磨。態々こんな場所に呼び出して勿体振って、らしくない」
「俺は今でも不安な時がある」
「えっ?」
「美波………お前の存在に何年も気がつけず、過去の思い出に舞い上がって傷つけ、自分探しを理由に2年お前を待たせ続け、そして………」
「琢磨…………」
「俺は、またお前を傷つけてしまうのでは無いかと考えると。不安で堪らなくなる」
「…………」
「それも言い訳かもしれない。自分を守る為のそう考えてしまう自分がいる」
「琢磨?」
「なんだ?」
「人を傷つけることを恐れたら、誰も前には進めないよ?」
「!?」
「仮に傷つくけることになったとしても、琢磨みたいに人の痛みをわかる人ならそして琢磨の事を信頼することの出来る人なら他人からみたら酷い事でも当人にとっては痛みをでも傷でもなんでもないかもしれないよ?少なくとも私はそうだ。」
「美波………。」
「仮にこれからどんなに傷つこうとも、琢磨と一緒ならどんな困難とも向き合い乗り越えられる。私はそう確信してる。だって琢磨はそれ以上に私を私にしてくれた………私を救ってくれた存在だから」
「そうか。」
「琢磨はどうだ?」
「俺もお前に救われた。何度も何度も………俺を信じて、信じ続けてくれた美波がいたから、こうして今の俺がいる」
「…………」
「美波。」
「なんだ?」
「手を前に出してくれないか?」
「…………うん」
左手をゆっくりと差し出す美波。琢磨は膝を床につくと、その手を両手で優しく包み込み薬指に誓いの証を通す。
「琢磨…………」
「随分待たせちゃったな。」
「…………本当だよ、記録更新だ。」
「これからも、俺の隣でその笑顔を魅せ続けてくれるか?」
「うん。」
2人と親しい者達が待ち望んだ瞬間を、2体は微笑ましく見守った。
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