第37話 カカオに想いを乗せて 

「よし出来た。」


とある真夜中。美波は夜が明けた時に始まるイベントに向けて甘い香りを漂わせながら自宅のキッチンに立っていた。


「準備よし!後は冷蔵庫で保管して忘れずに持って出るだけだ。………しっかし、あれだな世の中の女子は毎年こんなに苦労してるのか〜皆よくやるな」


彼がその日沢山の贈り物を貰う事を把握していた美波は、その年初めて作った。


ふと、目の前にある手の込んだ完成品の隣に少し離れて置いてあるシンプルで当たり障りのない品に目を向ける。


(なんでこれ作ったんだろう私………練習のつもりってのもあるんだけど。………まあ本命とは別のもあるって聞くし誰かにあげよっかな………東条辺りがいいかも)


「やば、そろそろ寝ないと朝練に遅刻する!」




通学中の電車に揺られる美波。


(なんか………もっとドキドキワクワクするものだと思ってたけど、至って普通だな~)


大学の最寄り駅を降り歩く美波。


「おはよう北川!」


「橘先輩!おはようございます。」


「どうした浮かない顔して」


「いやぁ〜、なんか思ったよりドキドキしないな〜って思いまして」


「ドキドキ?………あ〜!今日は大事な日だもんね!」


「先輩は誰かに挙げるんですか?」


「そうだね。一応部員分とサークル分は渡そうと思ってるよ」


「そんなに手作り作ったんですか?」


「そんな手のこんだ作りはしてないわよ。ほら北川に今年の私が渡す第一号」


「えっ、ありがとうございます!」


「皆に渡すのも全部こんな感じよ」


「こんな感じでいいんですか?」


「これは義理だからね。本命ならもっと力入れるわよ」


「本命も作ったんですか?」


「う〜ん。内緒」


「え〜、教えてくれてもいいじゃないですか〜」


「ふ〜ん。じゃあ北川は当然渡すんだよね?大谷に」


「ふぇ!?」


「どうなの?それを答えたら教えてあげる」


「渡しますよ…………」


「?どうしたの」


「ちゃんと受け取って貰えるか心配で」


「何言ってるの、貴女大谷の彼女でしょ?彼女からのプレゼントを蔑ろにするような男じゃないわよ大谷は」


「そうですよね」


「…………なに弱気になってるのよ、練習でボーッとしてたら罰走させるからね!」


「!!それは嫌です」


「よしよし、さっ行くわよ」


「はい!先輩」


朝練を終え講義に向かう美波。


(次はスポーツ心理学だから………あっ北川先輩。誰かと………!?)


そこには北川とあれ以来会うことが無いよう避けてきた人がいた。


(なんでこんな人目のつかないところで………やっぱりあの噂は本当なのかな?)


気にしないと自分に言い聞かせつつも、一部始終を覗いてしまう美波。


(先輩なにか渡してる………あれ!部活で皆に配ってたのと違う!!やっぱり2人が付き合ってるって本当だったんだ………でもそうだよね。付き合いでいったら、私と大谷先輩の方が早いだろうし、当然だよね…………てかなに残念がってるのよ私。大谷先輩は優しいし格好いいし性格も素敵だし文句つけようが無いじゃない。なにこれ以上の高望みしようとしてんのよ。私の馬鹿!!)


「美波どうした?こんなところで突っ立って」


「大谷先輩!?」


「なんだよ、驚くことでも無いだろ?」


「アハハハー。ちょっと落とし物に気づきまして、どこで落としたか考えていたんですよ」


「そうか」


「あの先輩!」


「どうした?」


「これ………先輩を想って作りました。受け取ってください!」


「美波からのプレゼントか。待ってたよありがとう。後で頂くよ」


「はい!感想も聞かせてくださいね!」


「わかった。じゃあまた午後練でな」


「はい!…………案外緊張せずに渡せるものね」


今日も変らぬ1日が過ぎていく、そう思っていた。


午後練を終え、自主練をする美波。


(ハァハァ、先輩待たせてるしそろそろ終わらせよう)


いつもの自主練を終わらせようとした時だった。


「やっぱりいないよな〜」


聞き覚えのある男性の声がする。


「体育館には…………よっよお」


「おっ、おう」


「自主練か?」


「そうだ」


「相変わらず熱心だな、彼氏待たせてんじゃないのか」


「!?。今終わって行くとこだったんだよ!彼氏だって承知の上だ」 


「そっそうか、ごめん。」


「あっ、いやごめん急にキツく当たって」


「…………」


「…………琢磨は」


「うん?」


「琢磨はどうしたんだ?こんな所に来て」


「みっ………橘先輩に用があったんだけど繋がらなくてさ、どこにいるか知らないか?」


「さぁ、上機嫌に帰って行ったけど」


「そうか。なんで繋がらないんだ?」


ブーブーブー


「えっ」「えっ」


部員が荷物置きにしている場所に携帯が落ちていた。


「だから繋がらなかったのか、時々こう抜けてるんだよな〜。………既に待ち合わせ場所に向かってる………か。悪かったな自主練の邪魔して」


「いや、別に邪魔なんて………」


「じゃあな、この後頑張れよ!」


「あっ!たっ琢磨!!」


「なんだ?」


「ちょっと待って」


急いでカバンから昨夜作ったプレゼントを持ってくる美波。


「北川………それ」


「勘違いすんなよ、それは先輩のを作る過程で出来た義理だ!先輩のはもっと………」


「…………お前。渡すの間違えてないか?」


「えっ、あ〜〜〜」


琢磨の言う通りそれが【本命】だった。


(先輩に渡すの間違えた〜)


「えっと、その、あの………それが本命な訳無いだろ!?」


「えっ、でも………」


「もっと凄いの先輩には用意してんだよ!せっ折角だからやるよ!このままだと溶けちゃうし」


「いいのか?」


「先輩のお溢れだけどな、柄にも無く私がつくった数少ない内の1つを琢磨に挙げるんだ。感謝しろよな!!」


「そうか………ありがとう。戴くよ」


「!?!?!?」


(待て待て待て琢磨〜なに言ってんだよ、嘘嘘だよ!それは大谷先輩に渡す予定のやつだよ〜)


パリッ!


「へっ!?」


「美味いな北川。料理とか好きなのか?」


「あっあっあ〜」


「北川が料理上手ってのはなんか意外だな、今更………いや登山の時に一度食べてるか、懐かしいな〜」


「琢磨の馬鹿〜!!」


「えっ?」


思わぬ返事に琢磨は唖然とする。


「こんなところで食うなよな!誰かに見られて誤解されたらどうしてくれるんだよ!」


「わっ悪い、悪かったよ北川。」


「そんなのいつでも作ってやるからさっさと去れ〜」


「ごっごめん。じゃあな」


急いで立ち去る琢磨。


(しまった〜琢磨にキツく当たってしまった。自分のミスなのに〜)


「でも…………初めて渡せたな。琢磨に」


疎遠になりかけていた2人の半年振りの会話。これが後にどれだけ影響があったのか、それは神のみぞ知る……………。

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