願いが魔法になる世界(3)

 紫色の葉が茂る森の道を、四人が歩いている。三きょうだいとリナだ。

 木漏れ日が足元に落とす薄桃色の影が、そよ風でゆらゆらと揺れている。


「この道をずっと行くと、大きな街があるわ。貴方たちと同じ、あの世界から来た沢山の人が暮らしてるの」


 小さなお茶会を終えて、三人はリナと共に花畑の外へと向かっていた。


「そこには魔法学校があって、この世界に来たばかりの人に無償で魔法を教えているわ。私も、最初はそこで魔法を勉強したのよ?」

「魔法学校!」


 なんと胸躍る響きでしょう、とユイは思った。魔法が使えたら、どんなことができるかな? 想像しただけで、わくわくが止まらない。……態度に現れるくらいに。


「お姉ちゃん、わくわくしてる……?」

「それはもう!」

「やっぱり……実は、僕も」


 イツキも、遠慮がちにささやく。そのくらいのことならもっと大きく言えばいいのに、とユイはいつも思うが、口には出さない。

 

「……しかし、これからどうすれば良いのか、てんで想像ができないなぁ」

そうつぶやいたのは、シュウだ。


「その……魔法学校? 以外に行くあてもないし、働いたらどうにかなる世界かどうかも分からん。俺、長男として家族を守ってやれるかなぁ」


 女の子を口説いたり、チャラそうな格好をしている割に、根は真面目で家族思いなのがシュウなのだ。時々、その思いが行き過ぎてしまうきらいはあるけれど。


 「きっと大丈夫だよ、お兄ちゃん。学校でそのあたりのことは教えてくれるだろうし……それに、街があるなら、そこで暮らす人だっているんだから」

「それはそうだけど……。うーむ、悩んでも仕方ないか……」



 しばらく歩いているうちに日が傾き、辺りは薄暗くなっていた。

 この世界の夕焼けの色は、まるで青とオレンジとピンクの絵具をぐちゃぐちゃにかき混ぜたような……とても、不思議な色をしていた。


「私も、この夕焼けの色が好きなの」と、リナが話す。

 

 その夕日が落ちていく、道のずっと向こうのほうに、かすかに灯りと建物が見えてきた。


「見えてきたわね。あれが、魔法学校のある街よ」

「おお、あれが……」


 目を凝らすと、大きな時計塔のような建物が見える。リナ曰く、あれが魔法学校の校舎になっているのだとか。


「それじゃあ、私はこの辺りで家に戻ろうかしら。貴方たちの第二の人生が、幸せなものになりますように」

「はい、リナさんもお元気で。お茶、ご馳走さまでしたっ」

「ええ、あのお花畑を通ることがあれば、またお茶しましょうね♪」


 手を振って、彼女と別れる。リナは元来た道を戻り、三人は街のほうへ。


「いい人だったね、リナさん」

「うん。へんてこな世界だけど、あんな人に会えてよかったね」


 ちょっと名残惜しいけど、きっと、また逢えるよね?

 ほんのり切ない気持ちと、未来への希望を胸に、ユイは顔を上げる。




 瞬間。

 巨大なフォークを振り上げる、少女の姿が目に入ってきた。


「危ない、っ!!」

 突き飛ばされ、視界が揺らぐ。

「……え……っ?」


 とすっ。

 誰かの体に、フォークが突き刺さる音。

 凶器は、リナの身体を貫いていた。


「……あ、ああああああ、ッ」

 さっきまで優しく微笑んでいた少女の、絶叫。


彼女の身体からフォークを引き抜いて、その少女は甲高い声で笑った。


「キャハハハ、あーらら、ちょっと外しちゃったかしら? まあいいや、この『お菓子の魔女』サマの舌を満足させられるなら、誰でもいいわ」


「……っ、ユイ、イツキ、隠れてろ!」


 突然現れた少女の害意に気づき、シュウが二人に警告を飛ばす。


「……リサさん、なん、で?」


 態勢を起こしたユイが、膝をついてうなだれるリナを見る。きっと、庇ってくれたのだろう。でも、そのせいで、彼女は。


 赤い血は流れなかった。傷口から代わりに漏れるのは、きらきらとした魔法の光。その光が、ゆるりと彼女を包み込む。


「さ、これでアンタは私と『』ね♪ ほら、私の望むこと、分かってるんでしょう?」


 ぐい、と少女がリナの髪を掴む。リナは抵抗する様子を見せない。


 そして。


「はい、魔女様、私を……、ください……っ」


 リナが、恍惚とした視線で、魔女を、見上げる。


 愛しい相手を見るかのように、頬を紅く染め、うっとりとした声をもらして。

 


「いいわ♡ ちゃんと味わって、アゲル」


 刹那、光が全身を包んで、リナの身体が、消失した。


 弾けたその光が集まり、くるくると渦を巻いて……。

 小さなケーキになって、魔女の手に収まる。


「Eat Me」と書かれたそのケーキを頬張って、「お菓子の魔女」と名乗った少女は幸せそうな声を上げた。


「はぁ……、やっぱり美味しいわ。私をもっと、もっと強くしてくれるモノ……」

チョコレート色をした少女趣味なドレスの袖で口を拭い、その魔女は満足げな笑みを浮かべた。



 目を疑うような光景だった。ユイの背筋に、ぞくりと冷たいものが伝う。

 三人ともが、絶望とともにその様子を見つめていた。


「……ッ、逃げるぞ!」


 静寂を破ったのはシュウ。足がすくんで動けないユイとイツキの腕をつかみ、一目散に街の方向へと駆けだした。


「で、でも、リナさん、が」

「……やっぱり、ちょっとおかしいと思ってたんだ。嫌な予感はしてたけど、さ」


 シュウが続ける。


「この世界の『魔法』ってのは、『こういう』ものなんだな、やっぱり!」


 願ったことが魔法となって、世界を書き換える。

 モノも、生き物も、すべてが心でできている世界。

 

 つまり。


「リナさん、は、……。」

「死ぬよりもタチが悪いじゃねぇか……!」


 吐き捨てるようにシュウが叫ぶ。息を切らしながら、イツキも顔を青くしている。


 恐る恐る、ユイが振り返る。

 魔女は獲物一人で満足したのか、こちらを追おうとする気配はない。


 それどころか、「食べられたくなったらおいで」と言わんばかりに、満面の笑みでこちらに手を振っている。


「こんなに怖い世界、だったんだ、ここ」

 さっきまで美しいと思っていた夕焼けが、不気味なものにすら見えてくる。


 常識が、正気が通用しない、不思議の国。

 

 三人は、半ば助けを求めるかのように、その夕日が落ちる……街のあるほうへと、走っていった。

 

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なかよしの魔法 鏡国ダイナ/のあー @Dinah_Mikuni

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