第4話
そして今週、心臓の音も大分抑えられるようになり、彼女と同じテーブルで本も読めるようになり、俺の平穏な世界の形も一人用から二人用に変わってきているところだ。
彼女は読み終わった本をパタンと閉じ、新しい本を選びに席をスッと立った。
無意識のうちに目で追ってしまう。
本を真剣に選んでいる姿に見とれていると、入口からフラッと男性が入ってくるのが視界に入った。男の俺でも素直にかっこいいと思えるくらいかっこいい。その男性は、彼女と同じ列に入り本を選び出した。彼女は本を選ぶのに没頭していて周りの音が聞こえていないのだろう、男性の存在に気付いていないようだ。読みたい本が見つかったらしく彼女が一冊の本にスッと手を伸ばしたその瞬間、同じようにその男性も手を伸ばした。
そして、冒頭の様子である。
これはまずい。奇麗な女性とイケメンが図書館で同じ本に手を伸ばし、手が触れ合って見つめ合うなんてベタな展開過ぎるだろ。少女漫画か。ベタベタだ。
一人が好きだった俺でさえ一目惚れしたんだ。あの完璧な二人の間に、今恋が芽生えても全くおかしくはない。このままではせっかく築いた俺の新しい平穏が崩されてしまう。
彼女は物じゃないから取り合うという表現を使うのには気が引けるが、彼女を賭けてあの男と勝負するしか平穏を守る方法はない。どうしたものかと熟考していると、彼女と男性が並んでこちらに歩いてきた。
何でだ?
展開が早すぎて全く追いつけていない。思わず二人を凝視していると彼女が俺の視線に気づき、ニコッと笑って会釈してきた。男性も続いて爽やかな笑みを浮かべ、会釈してくる。俺も会釈を返したがおそらくひどい顔をしているのだろう。
そんな俺には目もくれず、彼女は机の上に残していた読み終わった本を手にした。
ふと、その手に目をやると左手薬指には光る指輪。
今まで全く気付かなかった。
右斜め前にいたから左手は本の影に隠れて見えていなかったとは言え、俺はどれだけ彼女の顔しか見ていなかったのだろう。自分の視野の狭さに哀しさが込み上げてきたが、まさかと思って男性の左手を恐る恐る見ると、同じように光る指輪があった。
二度目の衝撃である。
愕然とする俺の前を二人はギュッと手を繋ぎ帰って行く。通り過ぎていく彼女を、さっきのは何だったんだとか、俺がただ浮かれていただけなのかとか疑問を浮かべつつ横目で見る。
そこには、そんなことはどうでも良くなるほど明るく、美しく、今にも楽しそうな声が聞こえるような彼女の笑顔があった。
彼女にそんな顔をさせられる男と彼女を取り合おうとしていた自分の浅はかさに、思わず叫びたくなったがここは図書館だ。
音を立ててはならない。
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