第11話 魔物の住処
僕は薬草屋の店主に貸してもらった本を開き、目当ての薬草の絵を見る。
イヤシノクサ―――銀色に輝く花を咲かせる薬草。どんな病気でもたちまち良くなると言われている。現在は魔物の森でしか手に入らない。
説明には、それだけしか書かれていなかった。銀色の花なんて珍しいから、すぐに見つかりそうな気もするが、ヘレナはいくら探しても見つからないと言う。僕も、今通ってきた中では、そんな花は見かけなかった。
「私、ほんとに沢山探したんだよ。木の上も崖も、ちゃんと探したよ」
ヘレナは訴えるように言った。
「そうか……じゃあ一体、どこにあるんだろう。そんなに探しても見つからないってことは、少し特殊なところにあるのかもしれないね」
僕は考えを巡らせる。薬草は、魔物の森でしか手に入れることができない。そもそもなぜこの森に魔物はいるのか?
「ねえ、ヘレナが探したのは昼の間?」
「うん、そうだよ。夜は魔物がうろついているから、明るい時に探したよ」
ということは、もしかしたらその薬草は、夜にしか見つけられなかったりするのだろうか。
するとヘレナが、少し怯えた様子で言う。
「ルディお兄さん、実は私、一箇所だけ行けていない場所があるの……」
「行けてない場所?」
行ってないではなく行けてない。そこに引っかかった。
「魔物の住処だよ。森のずっと奥にある洞窟。昼間はずっと魔物たちが中にいるから、入れないの」
僕はポンッと手を打った。
「そこだよそこ! ほら、その薬草はどんな病気でも治す特別な薬草でしょ? そんなものが簡単に手に入ってしまってはいけない。色々悪用とかされそうだしね。だから、魔物たちが守っているんだよ」
全てが繋がったような気がした。魔物は無意味には存在しないとどこかで聞いたことがある。きっと、イヤシノクサが簡単に人々の手に渡らないよう、誰かが魔物を生み出し、そして守らせているんだ。それが誰なのかは分からない。人間、いや、人智を超えた存在かもしれない。
「でもそこ、すっごく怖いんだよ。薄暗くて、ゴオオオっていう低くて大きな音が鳴ってるの」
ヘレナはあまり乗り気ではなさそうだった。よっぽど恐ろしい場所なのだろう。
「無理しなくていいよ。僕が一人で行ったっていいんだから」
「うん……」
ヘレナは迷うような素振りを見せた。彼女の中では、様々な葛藤なあるようだ。
「……私できればそこには行きたくない。でも、薬草を見つけないと私はいつまでたってもお姉ちゃんに会いに行けない。約束……したんだから」
ヘレナはしばらく下を向いていたが、やがて意を決したように顔を上げた。
「ルディお兄さん、私も行く!」
「本当に大丈夫かい?」
「うん!」
ヘレナは力強く頷いた。
彼女の姉を思う気持ちは壮大だ。僕はその思いは繊細で、美しいと思った。僕は今まで、そんな儚く美しい人々の繋がりを、殺すという形でいとも簡単に蔑ろにし、崩してきた。僕は本当に、取り返しのつかないことをやってきてしまったのだ。だから今は、目の前の幼い少女の純粋な思いを守りたかった。
僕はヘレナに、魔物の住処へと案内してもらった。そこまでの道のりは長く、数日かかった。夜の間は魔物に見つからないよう、枝で作った松明に火を灯し、魔物が登ってこられない高い所を探して眠った。
魔物の住処は本当に森の奥深くにあり、昼間なのに暗かった。とにかく不気味で、風が木々の間を吹き抜けていく音は、まるで女の人の悲鳴のようだった。
ヘレナは僕の後ろに隠れる。目の前に現れたのは、大きな洞窟だった。薄暗いため、中はよく見えない。確かに、ヘレナが言っていたようにゴオオオという地響きのような音が聞こえている。きっと魔物のいびきだ。複数体のいびきが重なり合って、轟音になっているのだ。流石に僕でも足がすくんだ。
「中には魔物が沢山いるようだね」
「うん……」
ヘレナは震える手で僕の腕をぎゅっと握りしめる。
「大丈夫かい?」
「わ、私、怖い……」
魔物の森に一人っきりでも、寂しく思いつつどこか平気そうな顔をしていたヘレナ。だけど、この場所だけは、本当に無理なのだろう。それだけヘレナにとって恐ろしい場所なのだ。
「今から入るわけではないさ。夜になって、魔物が外へ出た時を狙って侵入するつもりだよ。それまでゆっくり考えてみて。どうしても無理だったら、僕が一人で何とかしてみせるから」
僕は安心させるために、ヘレナの頭を撫でた。
「ルディお兄さんは、怖くないの?」
「怖いよ。だけど僕は、君の力になりたいんだ」
「私まだ、ルディお兄さんと会ったばかりだよ? どうしてそんなに私のために危険を犯そうとするの?」
少女は不思議そうに尋ねる。
「人助けだよ」
僕は答えた。
「僕の大事な人は、目の前に困っている人がいたら必ず手を差し伸べるんだ。見返りなんて、一切求めない。僕はそんな彼女の生き方に、少しでも近づきたい。そのためなら、僕はどうなったっていいんだ」
「ルディお兄さんは、その人のことが本当に大好きなんだね」
テイラーおばさんのことは大好きだが、他人に改めて言われると、少し気恥ずかしかった。
「それに、ヘレナのお姉さんへの思いを聞いていたら、なんだか感動しちゃってね。どちらにしろ、街には僕が薬草を持ち帰ることを待っている人がいる。だから君は、僕のことを気にする必要はないよ」
そう言うと、ヘレナは照れたように頬を赤らめる。
「私、お姉ちゃんのこと大好きなんだ」
「うん、知ってる」
僕は微笑む。聞いていれば、それは十分に伝わってくる。
「私、なんだか勇気が湧いてきた。ルディお兄さん、私もやっぱり行く!」
ヘレナはそう宣言した。
何かあったら、必ず僕が守ってみせる。
「それじゃあ、一緒に薬草を見つけよう!」
「おー!」
僕達は片手を上に高くあげ、そして笑いあった。
***
僕たちは洞窟の近くの茂みに身を隠し、夜になるのを待った。絶対に音を立てないよう気配を消し、魔物たちが出てくるのを待った。
しばらくすると、赤い目を光らせた沢山の魔物たちが続々と現れた。これから狩りへと向かうのだ。
息を潜め、草木と一体化する。うるさい心臓の音も、何とか抑え込む。
「……もうみんな出ていったかな?」
「そうみたいだね」
魔物が全て外へ出ていったと信じて、僕とヘレナは茂みから出る。見張りがいたとしても、せいぜい一、二体だろう。
松明に火をつけて、洞窟の前に立つ。僕たちは顔を見合せた。
「準備はいい?」
僕は低い声で尋ねる。
ヘレナは大きく深呼吸をして、頷いた。
「うん、大丈夫」
僕たちは真っ暗な洞窟の中へと、足を踏み入れた。
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