第12話 薬草の在り処

 中は本当に真っ暗で、獣の臭いが立ち込めている。松明の明かりを頼りに、恐る恐る進んでいく。

 魔物は光が苦手だと言うから、不意をつかれて襲ってくることはないと思うが、この炎を消されてしまえばもう終わりだ。それに外にいた魔物が戻ってきて出口を塞がれてしまえば、もう逃げ場はない。

 随分と歩いた気がするが、どれくらい進んだだろうか。恐怖で歩幅が狭くなり、思っているよりも進んでいないかもしれない。

 ヘレナと僕は、はぐれないようにしっかりと手を繋いでいた。

 しばらくすると、少し広めの空間に出た。獣臭とは別に、なんだか肉が腐ったような臭いがした。

 歩いていると、僕は固いものを踏んでしまった。何かと思い、地面を火で照らす。

 それは、骨だった。僕は慌てて周りを見渡した。明かりに照らされるのは、数々の骨。動物の骨……いや、違う。僕は見てしまった。地面に転がる、人間の頭蓋骨を。


「っ!」


 ヘレナが悲鳴をあげそうになるのを、慌てて口を塞いで止める。


「ヘレナは見ない方がいい。目をつぶってて」


 僕はヘレナが目を閉じたのを確認すると、もう一度松明をかかげて辺りを照らした。そこら中に骨が散らばっている。きっと、魔物の餌食になってしまった人達なのだ。大人の骨から、まだ幼い子どもの小さな骨まで。こんなに小さな子どもも、魔物に食われてしまったのかと思うと、僕は胸が苦しくなった。森に迷い込んだ人々を魔物は襲い、ここへ持ち帰って、そして喰ったのだ。


「酷いよ、こんな……」


 そんな時だった。水滴が滴り落ちる音。それと同時に聞こえた唸り声。


「まずい!」


 僕が振り返ったと同時に、魔物が襲いかかってきた。僕は咄嗟にヘレナを抱えて攻撃をかわした。

 全く気が付かなかった。魔物は忍足で僕たちの背後から近づいていたのだ。

 一体……いや、前にも二体いる。合計で三体。


「ヘレナ、これ持ってて」


 僕はヘレナにをおろしたあと、松明を渡した。そして、ベルトに挟んでいたナイフを取り出す。魔物だって所詮は犬だ。急所を一突きすれば死ぬはず。あの爪や牙さえくらわなければ、どうにかなる。

 魔物は明かりが苦手。松明がある限り、近づいては来ない。しかし、そうなると背後から襲われてしまう。魔物が三体いるともなれば、どうしても隙ができてしまう。


「ヘレナ、ここは僕が何とかするから先へ行って」

「え? でも……」

「僕が魔物たちをひきつける。大丈夫、その松明を持っていれば、魔物は近づいてこないよ」


 僕は声をひそめて言った。


「信じて。僕が必ず守るから。さあ、行って。なるべく遠くに」


 僕が犠牲になっても、せめてヘレナだけは。姉との約束を、果たして欲しかった。

 

「大丈夫。僕は絶対に死なないよ」

「わ、わかった」


 そう言うと、ヘレナは松明を握りしめて走り出した。一体の魔物がヘレナを追いかけようとする。僕は即座にその魔物にしがみついた。魔物が体勢を崩したところで、僕はナイフを魔物の背中に刺した。魔物は悲鳴のようなものをあげたが、まだ死にはしない。僕はすぐさまナイフを抜き、その場を離れる。

 松明の明かりが無くなってしまったため、もうほとんど何も見えない。気配だけでどうにかするしかない。

 大丈夫、僕は死なない。僕は不死身だ。

 僕は神経を集中させる。


「そこだ!」


 僕はすぐさまナイフを右側に突き出した。すると、魔物の悲鳴が聞こえた。上手く魔物の腹に刺さったらしい。しかし、僕は別の魔物の突進をくらってしまい、その場に尻もちをつく。ナイフは魔物に刺さったままだ。立ち上がろうとしたが、すぐに魔物が僕の足に噛み付いた。


「ああっ!」


 魔物の頑強な顎と牙よって、またしても僕の骨は砕ける。地面には血溜まりができていた。出血多量でこのまま死んでしまえたら、どれだか楽か。

 しかしここで諦める訳にはいかない。ヘレナの命に比べたら、痛みなんて僕が我慢すればいいことだ。

 僕はポケットからライターを取り出し火をつけて、前と同じように魔物の目を眩ませる。そして少し緩んだすきに、まだ生きている方の足で魔物の頭を蹴り飛ばした。体を起こし、近くに落ちていた骨を掴んで、魔物のみぞおちに食い込ませた。魔物は泡を吹いて倒れた。

 ようやく二体だ。

 僕は足に力を入れた。やばい、立てない。あと一体なのに。

 魔物は仇を打つかのように容赦なく僕に近づき、そして牙を光らせた。

 どうしよう。逃げようにも逃げられない。

 僕は思わず目をつむった。

 ああ、ここまでなのか……

 しかし、聞こえたのは僕の骨を砕く音ではなく、ガンッという鈍い音だった。

 僕はハッとして目を開ける。するとそこには、松明で魔物の頭を殴るヘレナの姿があった。魔物はその場に倒れた。どうやら気絶してしまったようだ。

 

「ルディお兄さん!」


 ヘレナが駆け寄ってくる。


「どうしてヘレナが……」

「ルディお兄さんの悲鳴が聞こえてきたから……大丈夫?」

「た、助かったよヘレナ」


 驚きと同時に、僕は安堵した。ヘレナがいなかったら、僕はどうなっていたことやら。また助けられてしまった。やっぱり無理はしない方がいいと感じた。あれだけヘレナの前でカッコつけていたのに、なんだか情けない。

 するとヘレナはその場にへにゃへにゃと座り込んだ。


「ああ、怖かった……でも、ルディお兄さんが無事でよかった……」

「……最初から君の手を借りていればよかったね」


 とにかく、見張りの魔物は倒した。これで先へ進める。


「さあ、魔物たちが目を覚ます前に、薬草を探しに行こう」

「それなんだけどね!」


 ヘレナが目を輝かせる。


「私、見つけたの! 銀色の花を咲かせた薬草を!」

「それ、本当?」

「うん! このすぐ先にあったの! ルディお兄さん、早く行こう!」


 興奮気味のヘレナにつられて、僕もテンションがあがる。足が使えないことも忘れて、立ち上がろうとした瞬間激痛が走る。


「ぎゃあああああっ!」

「ル、ルディお兄さん!?」


 情けない叫び声をあげる僕は、ヘレナに支えてもらいながら何とか立ち上がった。そして、彼女が見つけたと言う場所まで連れて行ってもらった。

 洞窟の最深部。真っ暗な洞窟の中で、銀色の花々が辺り一面に輝いていた。


「凄い、綺麗だ……」


 そこは幻想的な空間だった。これがイヤシノクサ。本にのっていた絵とは比べ物にならないくらい実物は美しかった。

 これを魔物たちが守っていたのだ。


「やっと、やっと見つけた」


 ヘレナは目を潤ませている。


「私一人じゃ絶対ここまで来れなかった。ルディお兄さんに出会えて良かった」


 ヘレナは僕の目を見つめていった。


「本当にありがとう」


 僕は微笑んだ。その一言だけで、今までの苦労も怪我の痛みも全部どうでも良くなった。

 ヘレナが喜んでいる顔が見れただけで、僕も嬉しかった。

 僕がこれで女性の息子さんを救えるように、へレナは、姉との約束を果たせるんだ。

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