第10話 探し物
「私のお姉ちゃん、病気なんだ。すっごく重い病気で、この森で採れる薬草でしか治らないんだって」
少女は悲しそうに言う。
これはもしかしなくても、僕たちが探しているものは一緒のものなのではないか。まあ、わざわざこの危険な魔物の森に入る時点で、目的は同じような気はするが。
「約束したんだ。絶対に私がその薬草を採ってきてあげるって。だから、見つけるまで帰れないの」
健気だな、と思った。姉との約束を果たすまでは、帰らない覚悟なのだ。たった一人でこんなに恐ろしい森に入るなんて、相当勇気がいるだろう。
「もし見つけられずに帰ったら、お姉ちゃんきっと悲しむ。それに、私が薬草を持って帰られなかったら、お姉ちゃん死んじゃうんだよ。そんなの耐えられない。だから早く見つけないといけない。でも、薬草はなかなか見つからなくて。結構探しているんだけど……」
「ここにはどれくらいいるの?」
僕の問いに、ヘレナは考える。
「分かんない。でも結構長くいるよ」
だから魔物について色々と詳しいのか。しかし、よく今まで死ななかったな。運が良いのか、それとも彼女の力なのか。
「魔物は平気だったの?」
「うん。森に入った時、ランプを持ってたから魔物は近づいて来なかったよ。でもそのランプが、この間割れちゃって……」
ヘレナはしょんぼりとした声で言う。
「でも、高い所に居れば安全だよ。魔物は登れないから」
幼いながらも魔物の弱点をきちんと理解している。どれだけ薬草が見つからなくても逃げようとしない。危険を犯してでも誰かのために行動しようとする姿に、僕は心を打たれた。
「ヘレナのお父さんやお母さんは、心配してないの?」
まだ幼い娘を一人送り出すなんて、きっと気が気でないだろう。その上、なかなか帰ってこないのだから。
しかしヘレナは、重苦しく息をつく。
「……私には、お父さんもお母さんもいないよ。私の家族はお姉ちゃんだけだもん」
深い事情までは、彼女は言わなかったし、僕も聞かなかった。
でも、だから、なのだろうか。こんなにも一途に熱心に姉のことを思えるのは。それとも、そもそも姉妹というものが固い絆で結ばれているのだろうか。
そんなことは、僕には分からない。だけどヘレナには、なぜだか親近感が湧いた。同じような孤独の匂いがしたのだ。
「僕にも、親はいないよ」
僕は言った。
「ルディお兄さんも?」
「うん。捨てられたんだ。赤ん坊の頃に」
親の顔なんて知らないし、見たくもない。僕の人生は、親が僕を捨てたあの瞬間から壊れてしまったのだから。テイラーおばさんに出会うまで、僕は優しさとか愛情とか、そういうものを何一つ知らなかった。
「じゃあ私たち、似たもの同士なんだね」
ヘレナの声色が少しだけ明るくなる。
「そうだね」
似たもの同士。その響きがなんだか心地よかった。僕が抱えてきたものを、全部分かってくれるような気がした。
「実はさ、僕もその薬草を探しているんだ」
「そうなの? ということは、お姉ちゃんと同じ病気で苦しんでいる人がいるっていうことだね?」
「そうだよ。だから、これからは二人で探そう。きっとそっちの方が、早く見つかるよ」
そう提案すると、ヘレナは暗がりの中で僕の手を探し出し、そしてぎゅっと握った。
「うん! 一緒に探す!」
彼女の手は、氷のように冷たかった。きっと、ずっと一人っきりで心細かったのだろう。
その夜、僕とヘレナは肩を寄せあって、狭い岩の隙間で眠りについた。
***
朝がやって来た。
僕の腕の骨はもう綺麗にくっついていた。しかし、傷口はまだ塞がっていない。これがまたグロいので、僕はタオルを巻いて見ないようにした。痛みはまだあるが、昨日よりは遥かに良くなっている。
「ヘレナ、食事はどうしてるの?」
昨日から何も食べていないため、お腹が減った。まだ我慢はできるが、せめて水は欲しかった。今までテイラーおばさんの家で、何不自由なく暮らしていたせいか、ご飯を満足に食べられないという感覚をすっかり忘れてしまっていた。昔の僕なら、それが当たり前だったのに。
お金ならレストランで働いて貯めたものがまだ沢山残っている。しかし、この森の中じゃ、お金なんてただの固体にすぎない。
「食べ物ならあるよ!」
ヘレナは元気よく答える。
「ついてきて!」
ヘレナは迷いなく森の中を進んでいく。僕はそんな彼女に感心しながらついて行った。
ヘレナが案内した場所は、この森で一番標高が高く、よく日の当たる場所だった。たどり着くまで苦労はしたが、そんなことどうでも良くなるくらいに素敵な場所だった。そこには小さな池があり、木には果実がなっていた。
「すごい。よくこんなところを見つけたね」
僕は周りを見渡しながら言う。そこはまるで、砂漠の中のオアシスのようだった。
ヘレナは「えへへ」と照れたように笑う。
「ここには魔物も来ないから、安心なんだ」
ヘレナはそう言いながら、近くの木に近づいた。そして、なっている実を背伸びをしてもぎ取る。
「ほら、これ。美味しいよ」
戻ってきて、僕へ差し出す。それは、初めて見る、手のひらほどの艶やかな深紅の実だった。僕はそれにかぶりつく。思っていたよりも柔らかく、口の中に甘酸っぱい風味が広がる。これでジャムを作ったら、美味しそうだ。
「美味しい。これ、なんていう名前なの?」
「さあ、分かんない。私もここへ来て、初めて食べたから」
ヘレナは首を振った。
「そんなことより!」
ヘレナは急に大きな声を出す。僕は驚いてむせる。口の中に入っているものを吹き出しそうになった。
「作戦会議をしましょう!」
やけにご機嫌なヘレナは、僕の前で仁王立ちをして言う。
「作戦会議?」
「うん! 薬草、早く見つけないとでしょ?」
「そうだね」
ヘレナはニコニコしながら言う。朝からずっと、ヘレナのテンションが高い。
「なんだか楽しそうだね」
「楽しいよ!」
そう言うとヘレナは僕に抱きついてきた。そしてしばらくの間僕の腹に顔を埋めた後、顔を上げて上目遣いで言う。
「だって、これからは一人じゃないんだもん。ルディお兄さんと一緒だもん」
ああ、寂しかったんだな、と僕はヘレナの頭を撫でた。彼女は嬉しそうに笑う。度胸があって冷静で、どこか大人っぽいけれど、やっぱり彼女はまだ小さな子どもなんだ。
これから先は僕が守ってあげなくては、と強く思った。
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