ルディと森の少女
第8話 魔物の森
レオンさんに手紙を届ける旅路の途中の話。
僕は今、魔物の森と呼ばれるところにいる。薄暗く不気味な雰囲気が漂う森。ここには鋭い牙と爪を持った、犬型の魔物が沢山生息しているらしい。危険だから近づいてはいけないと、周辺の住人たちは忠告していた。
そんな森の中に、今僕はいる。そして、すっかり迷子になってしまっている。
「あー、最悪だよ」
僕はその場に頭を抱えて座り込む。どうしよう。このまま魔物がいる森で夜を越さなければいけないなんて、絶対に嫌だ。
もう日は傾き始めている。遠くから遠吠えが聞こえる。きっと魔物だ。夜になると活発に動き出すんだ。そして噛みつかれて皮膚が裂けて内臓を抉り出されても僕は死ねないんだ。考えただけでも恐ろしい。
そもそもなぜ、僕がこんな森の中にいるのか。
それは、数時間前のこと。
レオンさんの情報収集のために立ち寄った町で、僕は色々な人に話しかけていた。
「あの、すみません。この人を見かけたことはありませんか?」
僕はテイラーおばさんの家から持ってきたレオンさんの写真を見せる。しかし、皆は首を振るばかり。有力な情報は一切得られなかった。
そんな時、何やら言い争う声がした。僕は興味本位で、声がした方へ行ってみる。
「お願いです。息子を助けてください」
「私だってできることなら手を貸したいんだよ。だけど、肝心な息子さんの病気を治すための薬草は、この店にはないんだ」
「そこをなんとか……」
薬屋の前で、店主に女性が縋り付いていた。
「お金ならいくらでも払いますから」
女性は泣きながら訴えている。随分と痩せ細っている。身なりも良くはないため、きっとそんなに裕福ではないのだろう。
「そう言われても、ないものはないんだよ。この薬草は貴重でね、魔物の森でしか手に入らないんだ」
「だったら私がその森へ行きます」
「馬鹿言わないでくれ。どれだけの人がその森へ行って命を落としていると思っているんだ」
店主はため息をついた。
「どうしたんですか?」
気づけば僕は、声をかけていた。店主と女性は驚いたように振り向く。
「あ……いや、この方の息子さんが重い病気にかかってしまってね。その病気は、魔物の森の奥にある薬草でしか治すことができないんだ。でも、あいにくその薬草はこの店には無くて、どうしようもないんだよ」
と、店主は説明してくれた。
「この薬草を取り扱ってる店はほとんどなくてね。何しろ取りに行くのは命がけだから。さっき近隣の町にも連絡してみたんだが、どこもダメだったよ」
店主は残念そうに下を向いた。女性はその場に崩れ、おいおいと泣いている。
これは、もしかしなくても、ユーリの言っていた「人助け」のチャンスなのではないかと、咄嗟に思った。見ず知らずの人を助ける義務なんて僕には無い。だけど、僕はテイラーおばさんのようになりたかった。困っている人がいたら手を差し伸べる。彼女の意志を、受け継いでいたかった。
「それなら、僕が取ってきてあげましょうか?」
「お前までそんな馬鹿なことを言うのか。いいかい、魔物の森には、鋭い牙と爪を持った犬の魔物達がそこら中にいるんだ。夜になると奴らは活発に動き出すんだよ」
「それなら、昼間に行けば安全ですよね?」
「まあ、そうだが……でも森は広い。迷ったら一貫の終わりだ。それに、薬草があるのは森のずっと奥らしいんだよ」
日が出ているうちにとって帰ってくるというのは、どうやら難しい話のようだった。だけど、僕はどこか楽観的だった。だって、どうせ死なないし。
「大丈夫です。僕に任せてください」
僕は自信満々に言った。店主は顔をしかめたまま、「俺は止めたからな」と呆れたように言う。
「……本当に、本当に息子を助けてくださるのですか?」
女性は膝をついたまま僕の方を向く。
「ええ、もちろんです。僕が薬草を取ってきますよ」
「ああ、本当に、なんとお礼を申し上げればいいか……」
「お礼なら、無事に僕が帰ってきた時に言ってください」
と僕は微笑む。
大切な人が死んでしまうのは辛い。その気持ち、今の僕ならよく分かる。助けられるのなら助けたい。
「安心してください。僕は死にませんから」
なんて呑気な冗談を言っているのだろうと、彼らは呆れたと思う。本来ならば、これはきっと盛大なフラグだ。まあ実際は死にたくても死ねないけれど。
僕は店主に、目当ての薬草の絵が書かれた本と森までの地図を貸してもらい、早速出発した。
というように、軽い気持ちで魔物の森まで来てしまったわけだ。いざ森に入ると、なんとまあ、その不気味さと恐ろしさは異常だった。いくら死なないとはいえ、少し甘く見すぎていたようだ。
もう日は暮れる。魔物たちが活発に動き始める。僕は身を潜められる所を探した。
しかし、なかなか隠れられる場所は見つからない。これはかなり、ピンチなのではないか。
すると、周りでガサガサと、葉の触れ合う音がした。草むらの中に何かがいる。それも、沢山。
「いやぁ、困ったなぁ……」
僕は頭をかいた。どうやらもうすぐ近くに、魔物がやってきてしまったようだ。こんなにも素早く音を消して近づけるなんて、すごい。
こんな時はもう……
「逃げるしかないね!」
僕は全速力で走り出す。チラリと後ろを見ると、後ろには何十頭もの狼のような魔物がいた。犬たちは目を光らせ、ものすごい速さで追ってくる。足の速さには自信がある方だったが、流石にこのままでは追いつかれてしまう。
僕は自分が奴らに喰われる所を想像してみる。嫌だ。絶対に嫌だ。でも、体を引き裂かれて魔物に喰われてしまったら僕はどうなるのだろう。それでも再生するのだろうか。気になるところだが、試してみるのはごめんだ。
そんな時、前方に人影が見えた。こんなところに人がいるなんて、一体何をしているのだろう。
近づくにつれて、それはまだ幼い少女だということが分かった。
「おーい!」
僕は走りながら声をかける。
長い黒髪に白いワンピースの少女。少女は僕の方を向く。
「こんなところにいたら危ないよ。早くこっちへ」
僕は少女の手をひく。彼女の手は酷く冷たかった。
「お、お兄さんは?」
「通りすがりの迷子だよ。とにかく今は逃げよう」
僕と少女は、真っ暗な森の中を全速力で走る。しかし、少女の足は僕よりも遥かに遅い。僕は途中で彼女を抱えて走った。
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