第4話 金色の髪の青年
初めて食べたパンケーキは、頬が落ちそうなほど美味しかった。上にかかった生クリームも、テイラーおばさんの手作りで、飾られているブルーベリーやラズベリーは、庭で育てているものなのだそうだ。
それ以来、僕の好物はベリーのパンケーキになった。
「あんたは本当に美味しそうに食べるねぇ」
テイラーおばさんは嬉しそうに言った。
「今度作り方を教えてあげるよ」
「僕でも作れる?」
「ああ、もちろんさ」
それから、僕とテイラーおばさんの二人暮しが始まった。テイラーおばさんは、僕のことを本当の家族のように可愛がってくれた。
「ルディ、その長い髪、鬱陶しくはないかい?」
ある時、テイラーおばさんが尋ねた。僕の金色の髪はしばらく手入れされておらず、背中の辺りまで伸びていた。前髪も顔にかかって、邪魔だった。
「私が切ってあげようか」
僕はテイラーおばさんの言葉に甘えることにした。
僕は鏡の前に座る。テイラーおばさんは僕の肩に大きなタオルを巻き、髪をクシでとく。
「綺麗な髪だねぇ」
「そうかな?」
「ああ、羨ましいよ」
僕は褒められて素直に嬉しかった。
「あんたは顔立ちも整っているから、きちんとすれば、かっこよくなるんじゃないかい?」
顔を褒められることは、以前にもあった。でも所詮、顔だけだ。僕に悪意を持って寄ってくる人は、僕の容姿を利用して金儲けをしようとしている人がほとんどだ。
「それじゃあ、切るよ」
テイラーおばさんは僕の髪を迷いなく切っていく。もう僕の一部ではなくなった金色の毛が床に散らばる。
背中まであった髪は、顎の辺りまで短くなった。顔にかかっていた前髪も切ってもらい、なんだか世界が広く見えた。
「どうだい? いいんじゃないかい?」
僕は鏡越しに色々な角度から見てみる。さっぱりして、頭も軽くなった。
「いいと思う」
僕は大変満足だった。テイラーおばさんも満足そうにしていた。
「あ、そうだ」
テイラーおばさんは思い立ったように言う。
「あんたにあれをあげよう」
テイラーおばさんは一度鏡の前を離れ、小さな箱を持って戻ってきた。彼女はそれを開き、中身を取り出す。
それは、エメラルドのイヤリングだった。
「これは私が若い頃、おじいさんに貰ったものなんだ」
テイラーおばさんは懐かしそうに言う。
「ほら、ルディの瞳と同じ色」
そう言うと、テイラーおばさんは僕の耳にその美しい翡翠色のイヤリングをつけてくれた。
「思った通り。あんたによく似合っているよ」
「大事なものなんじゃないの?」
僕は耳元で輝くイヤリングを見ながら尋ねた。
「いいんだよ。私ももう、先は長くないからねぇ。おじいさんも、誰かが身につけてくれた方がきっと嬉しいだろう」
そういうものなのだろうか。僕は何となく聞き流していた。
テイラーおばさんも、遠くないうちに死んでしまう。だけど僕は、特に何とも思わなかった。
「分かった。大切にする。ありがとう」
僕はお礼を言った。テイラーおばさんには、なるべく沢山「ありがとう」と言うようにしている。彼女は僕が「ありがとう」と言うと、嬉しそうにするからだ。この言葉には、どうやら不思議な力があるようだ。
***
「ほら、ルディ、こっちへ来てみなさい」
晴れた日の朝、僕とテイラーおばさんは庭へ出て、ブルーベリーの収穫をした。テイラーおばさんの庭はとても広く、様々な植物が育てられていた。
「沢山なっているだろう? 実を摘んで軽くひねると……ほら、簡単に採れる」
テイラーおばさんは実際にやって見せてくれた。それを真似して、僕もやってみる。テイラーおばさんの言う通り、簡単に採ることができた。みずみずしいブルーベリーたちに、僕はテンションが上がる。
あっという間に、カゴはブルーベリーでいっぱいになった。
「こうやって植物と向き合っている時間が一番幸せなんだよ。この庭の植物たちは、おじいさんがいなくなった後もずっと、私のそばにいて、寂しさを紛らわしてくれたからね」
テイラーおばさんは嬉しそうに語った。テイラーおばさんは本当に、おじいさんのことを大事に思っていたことが伝わってくる。
僕は急に、悲しくなった。僕には、そんな風に思ってくれる人なんて、一人もいなかった。今までずっと孤独だったはずなのに、改めて孤独を実感した。
「さあ、ブルーベリーも収穫したことだし、家に戻ろう。採れたてのブルーベリーで作るジャムは、とても美味しいんだ」
「うん、楽しみ」
と答えたものの、胸の中はぽっかりと穴が空いたようだった。僕は上手く、笑えていただろうか。
僕はテイラーおばさんにジャムの作り方を教わった。他にも、パンケーキやクッキーなどのお菓子の作り方も教えてもらった。最初は焦がしてしまったり不味かったりしたが、回を重ねるにつれて上手く作れるようになった。
もちろん、ご飯の作り方も教わった。テイラーおばさんは料理上手だから、なんでも美味しく作ることができる。
僕の料理の腕は日に日に上達し、村のレストランで雇ってもらえる程になった。テイラーおばさんは村の皆から愛されており、顔も広く信用されている。彼女がレストランのオーナーに僕を推薦してくれたので、スムーズに職に就くことが出来たのだ。
生まれて初めて、僕は働いた。初めて働いて、初めて給料をもらう。達成感があった。真っ当に生きている感じがした。
このお金は、綺麗なお金だ。決して汚れてはいない。僕のものである。その事実が、ものすごく嬉しかった。
ある程度お金が溜まった時、いつまでも居候していてはテイラーおばさんには申し訳ないので一人暮らしをすると申し出たが、彼女は僕に「ここにいて欲しい」と言った。
それを聞いて、生まれて初めて自分を必要とされたような気がして、泣きそうなほど嬉しかった。
***
僕は随分と変わった気がする。テイラーおばさんのおかげで、心が穏やかになった。性格も言葉遣いも柔らかくなったと、自分でも感じる。
ある日、テイラーおばさんの部屋の掃除をしていた時、僕は机と棚の隙間に、あるものを見つけた。それは、僕によく似た、金色の髪の青年の写真だった。こちらに向かって、満面の笑みを浮かべている。人の良さそうな青年だ。
「誰だろう?」
僕は首を傾げる。
後でテイラーおばさんに聞いてみよう、なんて、呑気なことを考えながら、僕はその写真を持って部屋を後にした。
数十年後、彼に関する見るに堪えない事実を目の当たりにすることも知らずに……
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