第一章
ルディと親切な老婦人
第1話 最初の日
全ての出来事を話していては、千年かかってしまう。あいにく僕は、もうこれ以上生きようとは思っていないからね。まあ、仮に生きたいと思っても、それはユーリが許してくれないさ。
まずは、最初の百年の話をしようと思う。
地下牢で悪魔のユーリに呪いをかけられたあと、僕は裁判の結果、処刑されることが決まった。
一緒にテロを起こした仲間たちのほとんどは捕まった。数名は上手く逃げたようだが。しかも驚いたことに、捕まった仲間は口を揃えてこう言うんだ。
「ルディに命令されてやりました」
ってね。あくまで自分の意思ではないと。手のひらを返したように。
所詮、僕たちの絆はそれっぽっちだったというわけだ。
僕の仲間は、孤児だった人ばかりだった。そして僕も同様だ。皆、世間から追い出され、見捨てられた者ばかりだ。だから僕は、仲間になれると思った。
でも、僕と彼らの間には、明確な違いがあった。それは、僕はそんな世界への復讐のためなら死んでも構わないと思っていたこと。しかし彼らは、何があろうと生に必死にしがみつこうとしていたこと。
この時点で、僕は軽く絶望した。軽率に皆を殺してしまおうかと思った。
本当に僕は不死身になってしまったのか。
もしかしたら、ユーリとの出来事は夢だったのかもしれない。でも、処刑の日、僕は現実を思い知らされることになる。
僕は、不安とと期待が入り交じる中、断頭台に立たされた。別に、死への恐怖は無かったが、痛いのは嫌だった。
僕の首には、確実に刃が落とされたはずだった。今までに感じたことの無い、この世のものとは思えない痛みに苦しんだことも覚えている。でも、次に目を覚ました時、僕はなぜか、森の中にいた。月が綺麗な夜だった。周りには誰もいない。
僕はどうやら、ショックで気絶してしまっていたようだ。首元違和感があって気持ち悪かったが、僕の首はしっかりと胴体にくっついていた。
僕は、本当に死なないらしい。それを実感した。
服を見ると、土が沢山ついていた。僕はそれを払い落とす。
それにしても、どうして森の中にいるのだろう。
そんなことを考えていると、見た事のある黒い煙が、目の前に現れた。煙の中から、悪魔のユーリが姿を現す。
「やあ、ルディ。元気にしてる?」
ユーリは楽しそうに尋ねた。
「お陰様でね」
僕は皮肉を込めて答える。
「それは良かった。これで分かっただろ? お前は死ねないんだ」
「ああ、よく分かった。ていうか、痛みを感じること、聞いてないんだけど」
「当たり前だろ。お前は死なないだけで、痛みが消えるわけではないさ」
呆れたように言うユーリを、僕は睨む。
「なんだよ、その目は。ここまでお前を運んできてやったのは俺だぜ? 感謝しろよ」
「運んできた?」
ユーリは腰に手を当てて言う。
「ああ、そうだぜ。お前が首切られたショックで気絶している所を、俺が救ってやったんだよ。土の中に放り込まれた後にな」
他の人たちは、僕が死なないことを知っているはずがない。
「ちょっと待って。土に放り込まれたあと?」
そうなると、僕は一度、土に埋められたことになる。どうせなら、土に放り込まれる前に助けて欲しかった。
「処刑したはずの人間が目の前に現れたら、皆腰抜かすだろうが。お前を死んだことにしておいた方が、後々楽だ。考えろ」
そんなユーリの言い方に、僕は苛立ちを覚える。
「はいはい、そうですか。それはどうもありがとうございます。優しい優しい悪魔様」
「もっと褒めてくれてもいいんだぜ? まあ、なかなかグロかったけどな。血まみれの生首と胴体。吐き気がするぜ」
僕はその言葉に顔をしかめた。ユーリが嘔吐するフリをしたので、すっかり苛立ちは冷めてしまい、ため息をついた。想像しただけでも嫌だ。どうやら身体が再生するのにも、少し時間がかかるようだ。
「それで、君はいいのかい? テロリストを千年間も野放しにして」
僕は尋ねた。僕にはもう、殺人に抵抗はなかった。感覚が麻痺してしまい、一人殺すのも百人殺すのも変わらなかった。そんな僕が、千年間もこの世界に居座るのだ。再びテロを起こす可能性だってある。
「俺がなんのためにお前を不老不死にしたか覚えてるか?」
僕はしばらく考えたあと答える。
「罰?」
「馬鹿。それだけじゃねーし。罪を償うためだって言っただろ。もう忘れてんのか?」
今度はユーリが苛立ち始める。そういえば、そうなことを言っていた気がする。
「俺はお前に、改心の機会をあげてるんだ。それをどう使うかはお前次第。お前が再びテロリストになろうと、俺には関係ない。人間たちには申し訳ないが、千年間そのテロの脅威と戦ってもらう」
本当に自分勝手だ。やっぱり悪魔は、悪魔なんだ。でもどうして、彼は僕にそんな機会を与えてくれたのだろう。本当の悪魔ならきっと、こんなに生ぬるいことをしない。僕にチャンスなんてくれるはずがない。彼は一体、何者なのだろうか。
「……罪を償うって、具体的に何をすればいいの?」
僕は尋ねた。あくまでも参考程度に。
「そうだな……人助け、とか?」
「人助け?」
「そうだ。人助けだ。お前が奪った分だけ、人々を救うんだ」
僕は首を振った。
「冗談じゃない」
ユーリは驚いたように目を見開く。
「僕は散々、人々に殴られ、蔑まれ、酷い扱いを受け、そして見捨てられた。テロを起こしたのは、そんな無慈悲な人々に復讐をするためだ。同じ境遇の仲間を集めて、念入りに計画を練ったんだ」
話しているうちに、あの時の記憶が蘇ってくる。
僕は死ぬ覚悟で、命をかけてテロを起こした。皆も同じ気持ちだと思ってた。それなのに、僕だけがこんな目に遭って。なんというか、惨めだった。
それなのに、人助けをしろだなんて。僕は人々を恨んでいるのに。
「それなら、自分で考えろ。この先どう生きていくかはお前次第だ。俺ができるのは、ここまでだ」
ユーリは言った。彼の表情は、何故だか少しだけ悲しそうだった。
「まあ、俺も暇じゃねぇから、いつまでもお前のところにいられねぇ。後は一人でどうにかするんだな」
ユーリの周りに、黒いモヤが漂い始めた。
「あ、でも、お前がどうしても寂しくて寂しくて泣きそうになったら、会いに来てやるよ」
ユーリはニヤリと悪戯っぽく笑う。
「はは、そんな日は一生来ないよ」
なんて、僕は強がってみる。
「じゃあな」
ユーリは別れを告げると、黒いモヤの中に、一瞬にして姿を消した。
ユーリは多分、優しい悪魔だ。皮肉でも何でもなく。
しばらくの間、僕はユーリがいた場所を見つめていた。
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