千年の罪滅ぼし

秋月未希

プロローグ

 

 そう、それは、ちょうど千年前の話。


 僕が目を覚ますと、僕の両腕は鎖につながれていた。そこは光の届かない真っ暗な石造りの地下牢だった。鎖を揺らしても、一向にはずれる気配がしない。鉄格子には、しっかりと鍵がかけられている。


「くそ!」


 僕は苛立ちながら言葉を吐き捨てた。

 荷物は全て没収されている。

 僕は薄いシャツにボロボロのズボンを身につけていた。履いていたはずの靴は脱がされている。

 地下牢は湿っていて、とても寒い。しばらく手入れをしていない長い金髪が、顔にかかってうっとうしい。

 手が使えないため、首を振って髪の毛をどかそうとしていると、急に目の前に、黒い煙が現れた。


「なんだ?」


 僕は眉をひそめる。

 

「やあ、ルディ」


 そこに現れたのは、頭に二本の角が生えた悪魔だった。彼は何故か、僕の名前を知っていた。色白の肌に、黒い服を身にまとい、背中には不気味な羽が生えている。悪魔は黄色い瞳を細めて、不敵な笑みを浮かべた。


「何だよ、お前は」

「俺はユーリだ」

「名前なんかどうでもいい。何しに来たんだって聞いてるんだ」


 僕は苛立ちながら言い返した。


「まるで子犬みたいな。そんなに吠えても無駄だぜ」

「は?」

「いい加減自分の立場を自覚しな」


 ユーリという悪魔は、呆れたように腕を組んだ。僕はユーリを翡翠色の瞳で睨む。


「俺は悪魔。お前の罪を裁きに来たんだ」


 いつの間にか、ユーリの手には漆黒の三叉槍が握られていた。その槍の先が、僕に向けられる。


「それで僕を殺そうっていうのかい?」


 僕はあざ笑うように言った。別に、殺されるのは怖くはなかった。今まで、僕は死にたいと思いながら生きてきたのだから。ここで殺されるなら本望だ。ちょうど、僕の野望も果たし終わったところだし。処刑されるのは覚悟していた。

 しかし、悪魔は鼻で笑った。


「そんな甘っちょろいことするわけねえだろ」


 悪魔は再び不適な笑みを浮かべる。


「お前は一夜にして千人もの命を奪ったテロの首謀者だ。その罪の重さが分かるか?」


 そう咎められる。

 このときの僕は、愛も、優しさも、人の命の儚さも、なにも知らなかった。世界に復讐するために、仲間を集めて、そして人々を無差別に殺していった。

 

「分からないね」


 僕はそっぽを向いた。

 手にかけた人の数も名前も顔も、覚えてなんていない。ただ、僕を苦しめた世界に対する復讐心のままに、行動に移したのだ。逃げ惑う人々の姿を見るのに、快楽すら覚えていた。


「罪の自覚がないのか? やばい奴だな」


 悪魔は困ったように頬を掻く。


「お前には反省する時間がたっぷりと必要だな」

「何? 終身刑? それとも一生奴隷として働かせるとか?」


 僕への罰はそんな浅はかなものではなかった。想像しているよりも遥かに長く苦しいものだった。


「俺はそこらの人間の断罪者とは違う。俺は悪魔だぜ。舐めてもらっちゃ困る」


 ユーリの言葉を聞いて、僕の全身に動揺が走った。


「お前には……そうだな……」


 ユーリは楽しそうに考える。


「不死身の体をあげようかな」

「不死身?」


 僕は耳を疑った。


「永遠っていうのはさすがに重すぎるな。うーん、そうだな、千年だ。千年間、お前は老いることも、死ぬこともできない!」


 ユーリはそう言うと、再び槍の先を僕に向けた。彼は目を見開き、口角を上げる。そして、興奮気味に言う。


「これは千年の呪いだ! 絶対に解けはしない! お前は千年かけて、罪を償うのだ!」


 すると、槍の先から、黒いモヤが放たれる。モヤは僕の身体を包み込む。

 僕の両腕は鎖に繋がれているため、逃げることはできない。抵抗することもできないまま、僕は闇に呑まれていく。

 最後に見たのは、まるで月のように輝く悪魔の黄色い瞳だった。



 不死身の体と言えば、誰もが少しは憧れたことがあるのではないだろうか。

 しかし、不死身というのは、思っているよりもずっと辛いものだ。

 僕はこの先千年間一人きりで、孤独という名の死よりも苦しい地獄と戦わなければいけない。

 逃げることは許されない。それだけの罪を、犯してしまったのだから。

 

 

 




 

 

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