32 17の頭


 取り敢えず今は剣で盗賊を倒すとするか。

 荷台から降りるときに見たアセヴィルは傍観の構えだったので、俺とスヴァさんの2人でこの10数人の盗賊を倒せという事だろう。


 荷台から飛び降り、すぐ近くにいたカシラと呼ばれていた奴に向かって右の剣を振るう。


「! う、おっと! あぶねぇなぁ!」


 それは簡単に避けられたが、すぐさま左の剣を振りぬく。魔纏を発動して。

 魔力の籠った剣を見て流石に生身で受けるのはヤバいと思ったのか、敵首魁は腰から短剣を抜き放ち、灰白色を纏わせて俺の剣にあてた。


「やるじゃねぇか! その判断力、俺たちに欲しいぐらいだ!」

「それは御免被りたい、なっ!」


 なんか勧誘されたが取り敢えず断っておき、右の剣にも魔力を流しそれを振るう。

 下から振るった剣に対しても、もう1つの短剣で対応された。そして膠着状態になったかと思ったが。


「グフッ! はぁ……はぁ……」

「膠着したと思ったか?

 判断力はよかったが、人間相手の戦闘経験はなかったか」


 急に腹の部分に激痛が走り、吹き飛ばされた。少しして足で蹴られたのだと気づいた。そして木にぶつかって止まったんだ。

 蹴られ吹き飛ばされた際に両の剣を手放してしまったが、幸いにしてすぐ近くに落ちているのが見えた。

 見えたが、すぐに視界から外れた。誰かに蹴られたのだ。


 視界がぼやけてきている。HPが残り僅かなのだろう。

 蹴り1つだけで現在のHPの大半が持っていかれたことになるが、それほどこの男が強かったという事だろう。

 たぶん、俺の剣と相手の短剣が拮抗していたように見えたのは、そういう風に調整されていたからだ。


「もう少し持つかと思ったが、意外に脆かったな。

 さっさとお前を殺して、残りの弓使いと貴族みたいなのを殺しに行くか」

「……お前、は行かせ、ない」

「あ? なんか言ったか?」


 敵首魁が近づいてきたと同時に、アイテムボックスから静かに短杖を取り出し、背中に隠すように手を動かす。

 そして、できるだけ小さく術陣を展開する。

 口をうまく動かせないがそれ故にゆっくりと、“行かせない”という想いを込めるように祝詞を紡ぐ。

 声を小さく、掠れる様な声で気付かれない様に。


「……全て、の水を司る、神よ。この、矮小なる身、に力を、与えたま、え。近づく全てを、貫く、貫通の水の、力を。」

「さっさと終わらせるか。俺には人間を執拗に痛める趣味はないんでね」


 水矢陣の祝詞と“殆ど”同じ、しかしてその力は一段階上のもの。

 その祝詞を紡ぐことによって現出する水で創られるものは矢よりも大きく、矢よりも鋭い。


 ――水槍陣ウォーターランス――


 最後に術の名を小さく紡げば、その青に染まった術陣は1つから2つ、3つと増えていき6つになり。

 独りでに敵首魁を囲むように動き、水が溢れ出す。

 術陣を小さくしたからといって術の規模は変わらないのか、溢れ出した水は槍というより先の尖った木のような太さに形成され、勢いよく発射される。


「ちっ! 最後の置き土産ってか?! くそっ!」


 今の俺でも魔力の7割が消費される術故に、残り魔力は1割といった所か。

 もう俺に何かをできるだけの魔力も体力もないな。

 意識も朦朧としてきて、今の視界はぼやけて輪郭の無いモノたちのみ。

 意識を失うのが先か、殺されるのが先か。


 ……。


 ……どうやら意識を失うのが先だったみたいだ。


 ……後は頼んだぞ、スヴァさん、アセヴィル。



     △▼△▼△

【S:ウスヴァート】


「ちっ! あと少しや言うんに。気絶してしまったか」


 イズホが敵のリーダーを相手しとる間に、他の取り巻きの殆どを片付けられたんはいいけど、イズホが気絶してしまったんじゃあ敵のリーダーがどう動くか、分かったもんやないで。


 その肝心の敵のリーダーはイズホの残した術で滅多打ちにされて、少し疲れとるようやけど。

 取り敢えず敵のリーダー以外の盗賊を全部射抜くか。

 それからやな。敵のリーダーの事考えるんは。


「ほれほれ! 弓使い相手に手も足も出んのはどういう気持ちや? 俺には解らんわ」


 軽く煽りながら次々に連中のど頭どたまを射抜いてく。

 連中は俺の発動した火壁陣ファイアウォールを前に攻めあぐねとるから簡単やな。もはや作業やで。


 1つ、2つと射抜くごとに数えてたら、いつの間にか俺のいる荷台と相対するんは1つのみになっとるやん。


「今日射抜いた数は、17やな。あんたで18個目や」

「やってくれたなぁ! あんな小僧はもうどうでもいい。今は仲間の仇討だ!

 降りてこい! 正々堂々、一対一だ」


 この敵のリーダーの力は、俺は鑑定持ってないからわからんけど、イズホとの戦闘を横目に見た限り殆ど俺と同系統やな。

 短剣使うんといい、聖力といい。他にも何か隠してるんかも知らんけど。


「はいはい。正々堂々な。まぁこの場合の正々堂々が、何を意味するんか分からんけど」

「正々堂々とは言ったが、何でもありだ。そこの貴族らしき男の乱入以外は、な」

「へぇ、アセヴィルは何で参加したらいかんのや?」

「そりゃあ只ならぬ雰囲気を纏ってるからだよ。その貴族らしき男を殺すのはお前を殺してからだ」

「との事やけど、それでええか?」


 何でもありは正々堂々と矛盾するはずやけど、それを知ってて言っとるんか? この男は。

 それと、チキンなんか、チキンじゃないんか、はっきりしてほしいわ。


「まぁ、いいんじゃないか? その男がそうすると言っているのだし。

 それにどうせ俺のところには来られないだろう。そう予知したし、そうするだろう。

 ウスヴァートがお前を倒す“未来”が俺には見えているからな」


 そう言うアセヴィルの顔は普段より俺の事を見とる気がした。

 まぁ、そんなに俺とアセヴィルは会ってなかったんやけど。


 それに嘘を言っとる気配もなかった。

 なぜか、そう思った。

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