16 腐人の行進-準備-2


 そういえばアセヴィルのワールドクエストちゃんと確認してなかったな、なんて思いながら、今回のワールドクエスト『腐人の行進』のアナウンスに添付されていた詳しい説明を見てみる。


――――――――――


ワールドクエスト『腐人の行進』概要


数日前、世界各地に存在する王都の付近にある森でゾンビが発生しました。

日に日に増えていっていたゾンビ。

ついにはゾンビのダムというべき森が決壊しそうになっています。

30分後には決壊し、森から行進が始まります。

貴方のいる街に滞在する全てのニンゲンで手を取り合い、この行進を食い止めてください。


――――――――――


 とのこと。正直、ゲーム的にはそんなに詳しくなかったが世界観的には少しは詳しかったようだ。


 まだゲームサービス開始して7時間30分ぐらいしか経ってないのにこんなことが起きようとは。

 事前クエストと思しき『南東の森の調査』や『ゾンビの討伐』があったが、その達成率をどちらも一定値を下回ったから、こんなに早く事が起きてしまったのか。はたまた初めからこの予定だったのか。いちプレイヤーである俺にはわからないけどな。


 それはそうと俺もゾンビを迎え撃つ準備をしないとな。取り敢えず師匠の店に行くか。

 そう思って出口に向かって振り返ると目の前に件のギルドマスターさんが居た。


「お前さん、ちょっといいか?」


 そう言われてちょっとならいいかと思い了承した後、ギルドマスター――サウェトールさんに付いて行くと少し豪華な部屋に案内された。


「よし、と。遠慮なく座ってくれ」

「ありがとうございます。それで話とは?」

「おう。お前さん、あのターラフェルの婆さんの弟子らしいな」


 と聞かれ、隠す意味もないので首肯する。


「そんなお前さんに頼みだ。あの婆さんの作れる最高品質の中級HP回復薬500本と、同じく最高品質の下級HP回復薬を1,000本頼むと伝言をお願いしたい。

 あと今回のゾンビの侵攻について何か知ってることがあれば教えてくれと訊いてくれ。あれでも長生きなんだ、何か知ってることがあるかもしれない」

「分かりました。ただ、師匠に伝言をするのは構わないのですが、残り30分ぐらいで作れる量ではないですよ?」

「んなもんあの婆さんのことだからどっかに隠し持ってんだろ。それも出すように言ってくれ。あの婆さんは焦りを態度には出さないが緊急時には淡々と作業をこなしてくれる。

 これは完全に伝言だけだから金は払えないが今後、何かあった時に俺を頼ってくれて構わない」

「了解しました。話は以上ですか?」

「あー、あとこれは街中の調薬師と錬金術師に頼み回っているが、作れるだけ回復薬を作ってくれと言っている。これはあの婆さんのような最高品質のもんじゃ無く完全に量産品として作ってくれというやつだ。だからお前さんもって言いたいがお前さん戦うんだろ? だったら出来るだけでいい」


 そう言って立ち、部屋を出る前に「頼んだぞ」と言って出ていった。

 用事が立て込んでいるが、移動時間を使い考えることにして、まずは師匠のところに行くか。急がないと準備不足でゾンビを迎え撃たないといけないことになるかもしれないからな。



     △▼△▼△


 そして、走って師匠の店に着くと、一直線に師匠がいると思われる作業部屋に直行。何らかの作業をしている師匠に最低限の挨拶だけをして、話し始める。


「お疲れ様です師匠。急ぎの仕事が入りました」

「……なんだい、急ぎの仕事ってのは」

「この街の南東の森からゾンビが溢れ出しそうになっています。それに伴って冒険者ギルドのギルドマスターさんから伝言を預かってます」

「……へぇー。そいつはやばいね。それであいつからの伝言は?」

「えーと、師匠の作れる最高品質の中級HP回復薬500本と、同じく最高品質の下級HP回復薬1,000本を作って、冒険者ギルドに卸してほしいそうです。それと街中の調薬師と錬金術師に量産品の下級HP回復薬の作成を頼んでいるらしいです。あ、あと今回のゾンビの侵攻で何か知ってることはあるか?と」

「……因みにいつまでに?」

「約30分後までにです」

「……そんなのできるわけないだろう。何を思ってあのバカはそんなこと言いだしたんだい」

「師匠ならどこかに隠してるだろって言っていましたよ」

「……ちっ。後で絞めに行こうかねぇ。

 はいはい。分かったよ、出してくればいいんだろう? 付いてきな。空間術を使うにも人手が居る。その作業の間にでも、知ってることは話してやるよ」


 その様にこの数分の出来事を説明すると、師匠に驚いた様子はなく、淡々と行動を開始して、サウェトールさんの言っていた通りになっていた。

 取り敢えず、師匠の協力は取り付けることができたな。それにしても、最後にさらっと言っていたけど師匠空間術も使えるのか。


 そう頭の中で考えつつ、師匠に付いて行くとHP回復薬の材料であるイムリル草などが置いてある倉庫に着いた。

 ここには回復薬とかは置いてなかったように記憶しているが。とか考えていると、師匠が壁際で何かをいじっていた。


 近くに行って見てみると、壁のレンガの位置を組み替えていた。よく見るとレンガには掴みやすくするためか、凹みが入っていた。

 やがて組み替え終わったのか、師匠が立ち上がるとその全体像が見え、模様が出来上がっているのが分かった。が、その模様が何を表しているのかは解らなかった。強いて言うなら術陣かな?

 立ち上がった師匠が壁に手を当て、聖魔力か何かを流すと壁の陣が端の方から白く光り始め、やがて全ての場所が均一に光ると師匠が壁から手を放し離れた。


「……少し左に避けた方がいいよ」

「因みにこれは何ですか?」

「……空間術の異空陣ディフラントスペースを発動するときの術陣を壁に刻印したんだよ。使うときだけ組み替えて聖魔力を流すんだ。そうしたら術が発動して異空間への門が開かれる」


 少し左に移動しながら質問すると、そのような答えが返ってきた。正直何をどうしたらその発想になるのかわからないが、凄いということだけは解った。


「……全ての空間を司る神よ。この矮小なる身に力を与えたまえ。異空間を開く力を。」


 ――異空陣ディフラントスペース――


 師匠が詠唱をし、術の名前を紡げば、壁の前には白い渦のようなものが出ていた。


「……あたしがもう1つ異空陣を発動するから、あんたは壁のやつの中から必要数取り出してあたしの方に入れてくれ」

「了解です」


 合計で1,500本移動させないといけないので、師匠がもう1つ異空陣を開けることに驚いている暇はないな。もう1つの異空陣が発動したのを確認し、倉庫から空の箱を持っていってそれにHP回復薬を入れて2つの異空間を往復する。それの繰り返し。



 10分弱で必要数、師匠の2つ目の異空陣に詰め替えることができた。

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