第5話

「そんなこと?」


 彼女は今日初めてその青白い顔を上げ、口元をフッと上げてそう呟いた。彼女から俺は見えないのだが、まるでこちらが見えているかのように、冷たい怒りを宿した眼で俺の方をじっと見て続けた。


「貴方にとってはそんなことかもしれませんが、想像してみてくださいよ、毎日毎日何百人といる局員分のオオイヌノフグリを一人で管理するんです。局員の出勤前に全てのバッチの質をチェックをして、出勤した人にバッチを手渡す。そして、局員達が帰る頃にバッチを回収して、また全てのチェックをする。そんな毎日です。厳しくチェックはしています。花が弱っている様子があれば、局員に手渡す前に新しいものと取り替えたり。でも、少しでも弱っている様子があると[私の忠実な心を失わせる気か]とクレームが来るんですよ。……おかしいと思いませんか? 花は本来その人に備わっている力を助長させる目的で育てるから意味があるのに、花に頼らなければ何もできないなんて。それこそ検査官の仕事をしているとよく分かります。適性検査が必要な花を買う人は、皆さん華々しい経歴や地位を持ってらっしゃる方がほとんどです。知性があり、威厳があり、愛嬌があり……素晴らしい方々です。でも身辺調査をしていくと、大量の花を自分名義で周囲の人間に育てさせているんです。

一概に悪いこととは言えませんが、結局はお金に物を言わせて自分の人となりや信念を高額で買って、育てさせて、枯れたらまた高額を出して新しい物を買って、どうにか理想の自分を維持しているんです。

そんな人たちを毎日見ていたら、私の人生は何なんだろうと思って……、両親にも局員にもこの世界にも……自分にも腹が立って、何もかも壊してしまいたくなったんです。

……すみませんでした……」


そう一気に捲し立てると、彼女は額に滲んだ汗を拭き再び俯いた。動機も分かった、自白もとれている。


取調べは終わりだ。

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