第3話 大深度地下空間

 その瞬間は、とても不思議な体験だった。

 あと1メートル岩盤を掘ればその先の空間に辿り着くとコアが告げる。この瞬間は3回目だ。これまでの2回は幸運にも有害物質や特殊地形はなかった。けれども空間の岩床が脆すぎて崩落の危険が大きい場所と、大部分が液体に沈んでこれから開発するには時間がかかりすぎると判断された場所。

 つまりは都市が移転できない失敗空間だ。

 この先はどうなっているのか。また住めないような場所なのか、あるいは本当に人間が住める空間が存在するのか。なんだか少し高揚していた。この先はいつもと違う、そんな予感がした。こんな情動の動きは初めてだ。監督係に報告するときっと新しいタイプのバグだと言われるだろうな。ふふ。

 サークルに最後の掘削を命じる。

 この先が電磁波があふれる帯域ならこの子は壊れてしまうだろう。水があふれる地形なら私もこの子も壊れてしまう。有害な気体が溢れているなら私が壊れてしまう。どれであってもその結果自体が有意義だ。この先が使用できないことが確定する。できればその情報を私かこの子のどちらかが持ち帰れると、他の娘たちの役に立つのだけれど。


 ガガガという掘削音が突然途切れ、フシュッという音と共に開いた穴から緑色の煙が漏れ出した。

 まずい⁉

 そう思って逃げようとする間もなくその気体は私を包む。壊れると思って思わず目をつぶり、しばらくたったけれど、特に体に異常は感じられない。少しスースーするような不思議な香り。人間と同じ組成を持つ私が大丈夫であれば、この煙の中でも人間は生活できるはず。それを確かめるのが私の役目。

 急いで空気をスキャンする。この緑の空気の組成は少し二酸化炭素が多いけど十分正常化できる範囲。ただし未知のバクテリアが含まれている。これは何?

 続けて私の体をスキャンする。バクテリアが付着している。けれども簡易検査では特に異常は見られない。胸をなでおろす。


 1時間ほど異常がない事を確認して、機械に命じて穴を貫通させる。私が通れる直径2メートルの穴。恐る恐る、その緑色の世界を覗く。ソナーを飛ばすと真っ直ぐ直進し、次第にその灯りは小さくなっていった。凄い、凄い。その広い空洞はレーダで見たのと同じくらいの広さがあって、しかも検知できない物質で塞がれているわけでもなさそう。そして液体が溜まっているわけでもなさそう。コアに組成を調べさせても調整可能な範囲。


 本当?

 本当に?

 私が見つけたの⁉

 お父さん、やったよ!


 すぐにでもセンターに報告に行きたい。正式にはきちんとした調査がなされてからだけど、ここが大丈夫なら他の家族が危ないところを追加調査しなくてよくなるもの。

 でも私はこの謎のバクテリアに汚染されている。この緑のものが悪いものである場合、センターに戻って都市を汚染させるわけには行かない。

 だからとりあえずコアに電波が届く所まで戻ってもらって報告させることにした。私はしばらくこの区域で待機して、調査隊を待って調査を受ける。それで廃棄になってしまうかもしれないけど、父さんの願いが叶えば嬉しい。

 待っている間に父さんの映像を思い浮かべる。


-俺の娘たち。君たちは人類の希望だ。

-きっと君たちの中の誰かが未来を成し遂げると信じている。

-そうすればバイオノイドっていう区別は不要になる。皆で一緒に暮らそう。

-廃棄なんて絶対にさせないから。

-だから体に気をつけて。なるべく死なないで。


 父さん、私多分見つけたよ。

 きっとここが未来なんだ。これで父さんとみんなと一緒に住めるかな。地上で一緒にごはんも食べられる? 液体じゃなくて固形の美味しいごはん。


 それから結構時間が経ったけど、コアは帰ってこなかった。何かあったのかな。

 でも何かあったなら、汚染されているかもしれない私はなおさらここを出るわけにはいかない。

 ピピピと手首のアラートが鳴った。終業の時間。

 でも都市の安全は何よりも優先されるから、私はここを動いてはいけない。サークルに常備されたパックから携帯食を取り出す。10日分ある。


 それから更に、結構時間がたった。起床時間と就業時間にアラートが鳴るからちょうど10日目。あまり美味しくないのと動いていないからあまりお腹は減らないのとで、食料は3日分残ってる。

 1日2回、アラートが鳴るたびに空気の測定と体調確認をした。どちらも目に見える変化はなかった。私は壊れてしまったのかな。よくわからないけれどもそれを示すデータもない。

 10日経過して音信がなければこのルートは閉鎖される。けれどもここには新しい都市になるかもしれない場所がある。それならやっぱり、戻って知らせたほうがいいよね。


 久しぶりに立ち上がるとちょっと目眩がした。

 フラフラする足取りでぺたぺたとセンターに戻る。けれどもそこには誰もいなかった。それどころか電気供給が止まって、かろうじて空気と灯りが生成されている程度。どうして? 私の家族も監督係も誰もいない。ここはいつもざわざわしているのに、シーンとしてて不思議な感じ。ひょっとして他で都市が見つかって、ここそのものが閉鎖されたのかな。

 非常用電源を稼働して大エレベータを動かす準備をする。いつもは監督係が操作するけど利用方法は学習している。ログが9日前で止まっている。つまり9日間このエレベータは動いていない。変なの。10日は様子を見る決まりになっていたはずなのだけど。

 スーツを着て上昇を始める。洗浄・検査は自動で、不具合や異常があれば大エレベータは停止する。けれども停止することもなく都市階にたどり着いた。私が安全かどうかはわからない。簡易検査ではバクテリアは体表面からいつのまにか消え去っていたから。


 プシュリと大エレベータが開いたけどそこには誰もいなかった。おかしいな、ここではいつも5人くらいの人間がいるのに。私たちのカプセルを見に行くけど、誰も入っていなかった。まぁまだ仕事の時間だし他の地下に行ってたりするのかな。この坑道自体が閉鎖されたのかもしれないし。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る