第2話 テルジータ父さんと私たち
大エレベータの監督係と話したけど、こんなに自由に情報が与えられる娘たちは私たち、つまりテルジータ父さんの娘たちくらいのものらしい。他の家の娘たちは何をして過ごしているのか聞いてみたけど、何もしていないそうだ。監督係がいうには、他の娘たちは監督係とどころか同じ家族の娘と話をすること自体もほとんどないみたい。暇じゃないのかな。
私たちテルジータ父さんの娘たちはかなり特殊で、恐らく自由な情報が情動というバグを増加させているのだろうということだった。
自室に戻っていくつかの動画を見た後、最後に一番気に入っているテルジータ父さんのメッセージを聞く。私たちはテルジータ父さんに直接会ったことはない。けれどもテルジータ父さんは確かに私たちの父さんで、私は毎晩優しそうな父さんの声を聞いて眠るのが好き。テルジータ父さんが一度見てみたいと言っていた空と同じ色の瞳が優しそうに笑うのを見るのが好きだった。
-俺の娘たち。
-都市での生活は窮屈だろう? でも我慢して欲しい。
-メンテナンスや治療はやはり地下では難しいんだ。センターから離れると機材の調達が大変でね。
-バイオロイドの都市でのスーツ着用を義務付けているのは法律なんだ。でもその分みんなには美味しいご飯を用意するようにしておいた。少しでも喜んでくれると嬉しいんだけど。
-今は人間との接触と姿を晒すことを禁止されている。けれども本当は、人間が自分たちと同じものが危険な仕事についていることを直視したくないだけなんだよ。だから1人でも無事に仕事から帰ってきて欲しい。
-君たちの仕事が終わったらみんなで一緒にご飯を食べよう。約束だ。
小さなアラートが鳴った。晩ごはんの時間。今日は何かな。
チューブからグーラッシュの味がした。かつてハンガリーという国で作られた料理。牛肉とパプリカを始めとした野菜をトマトで煮込んだ料理。この間調べた。
トマトの酸味と野菜の甘味の優しい味が染みていて私の好きな晩ごはん第4位。美味しい。前に映画で見たグーラッシュの形を思い浮かべる。確か赤茶色の料理だったはず。
本当は映画と同じように料理を目の前にして食べるということをしてみたい。けれども私たちは都市ではヘルメットとスーツを外すことはできないから、ヘルメットに接続されたチューブで食事をとっている。地中で食べる食事は見ながら食べられるけれど、他の家の娘たちと同じ携帯食だから味にバリエーションがないんだよね。
いろいろなご飯を食べられるのもテルジータ父さんの娘たちだけみたい。
翌朝、大深度地下に降り、私たちはようやくヘルメットとスーツを脱いで身軽な姿に戻る。父さんの言うように都市は正直ちょっとだけ窮屈。
地下に降りて最初にすることは今日の仕事の予定確認。昨日の予定は消化できてる。想定外の硬い岩盤や物質はなかったし。今日はどうかな。予定を確認すると昨日掘った場所から少し直進したところに大きな空洞がある。そこが私の目的地。おそらく今日中にたどり着ける。そこで私は壊れるのかな。そればっかりはよくわからない。
『地下移転プロジェクト』。
新たな地下都市候補の発見が私たちの役目。
都市又は中継地点である『センター』に配備された大型地中レーダで地下空間を発見し、私たちはそこが次の都市として利用可能な場所かどうかの調査をする。それがこのプロジェクトの概要。ユフ毒が届かない更なる地下への移動計画。
地下に空洞があることがわかっても、そこは未知の大深度地下のこと。レーダに検知されない有毒ガスで満たされていたり高温だったり、何らかの異常が存在する可能性はある。近くまでいけば地熱の上昇や体調悪化でそれがわかるかもしれないけど、開けてようやく分かることもある。だから人と同じ組成を持つ私たちが調べに行く。
このプロジェクトは地下都市の複数の担当者がそれぞれチームを創成して遂行されている。その1人がテルジータ父さんで、私たちはテルジータ父さんの遺伝子情報を基礎として作られた1ユニットのバイオロイド。だから私たちはテルジータ父さんの娘たち。環境変化に強い女性型で全く同じ素体を基礎に姿も全く同じなのに、みんな少しずつ性格が違う。
最初は200人いたけど今は38人まで減った。みんな壊れてしまった。あと38人しかいない。でもその中の1人でも成功すれば、テルジータ父さんのプロジェクトが成功だ。それが私たちが存在する意味。
今日も頑張って掘り進む。途中でセンターとの通信が途切れた。近くに電波を吸着する物質でもあるのかもしれない。通信が途絶えたこと自体はセンターでも記録されているだろうから、私が戻らなければこのルートは危険ルートとして閉鎖され、別のルートから掘削がされる。
だからとりあえず進もう。あともう少しのはずだ。
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