ミモザ

 丸いドームの中の、小さな星。

 南十字星、べクルックス。別名ミモザ。小さいのに明るくて、まるであの子みたいだ。


 星オタクの香月かづきから、南十字星の話を聞いた時、オレはすぐに中山なかやま芽衣めいさんのことを思い出した。

 ふわふわした明るい色の髪に、大きな目、小さな体。明るくて優しくて、春先に咲き誇る黄色いミモザの花みたいな女の子。


 高校の仲いいやつらで集まって遊ぶ時も、オレみたいな鈍くさい男にまで気を遣ってくれる。図体ばかりデカくて運動神経皆無なオレのことを笑わないでいてくれる数少ない貴重な友達だ。


 実家である「フラワーショップISOGAI」は、オレの通う高校のすぐ近くにあるから、帰ったらすぐ家の手伝いをする。

 まあでも顔が怖いって言われるから、店番は誰も代わりがいない時以外やらないけど。女性客が多いし、怖がられてお客さん来なくなっても迷惑掛かる。

 水替えや掃除、鉢植えの状態をチェックしたりする地味な仕事の他に、奥でフラワーアレンジメントやミニブーケ作りなんかをやっている。


 切花は、根から水を吸い上げることが出来ないから、弱りやすい。細菌や空気が入り込んで弱らないように切り口を切り戻したり、時には割ったり叩いたりして水を吸い上げやすい状態にする……なんてことを高校出たら本格的に勉強したいと思うくらいには好きだ。


崇嗣たかし~、お母さんちょっと配達行ってくるで店番お願いね~」

「おー」

「なんその返事。熊みたい」

「がお」

「ふふふ」


 お母さんは笑いながら胡蝶蘭の鉢を抱えて出て行った。別にいいだろ。大きいのはオレのせいじゃない。

 エプロンを着けてレジのところで剪定ばさみの手入れをしていたら、店の自動ドアが開いてお客さんが入って来た。


「すみません、ミモザはありますか?」

「はい、あ……中山さん?」


 声を掛けてきた女の子を見て、オレは一瞬固まる。別に内緒にしてる訳じゃないし、同級生が来ないこともないけど、いつもは店の奥に引っ込んでるからあまり会うこともない。


「ここでバイトしとるの?磯貝いそがいくん」

「うん、ここオレの家」

「そうなんや。あ、そうかISOGAIだもんね。いいなあ、お花屋さん」


 中山さんはにこにこしながら店内を見回している。花が好きなのかな?


「ミモザやったっけ?」

「そう」

「花束にする?」

「ううん、ドライフラワーにして、アクセサリー作るの」

「アクセサリー?」

「こういうの」


 そう言って首を横に曲げて、背伸びするようにオレに見せてくれた耳に、小さなガラスドームに閉じ込められた黄色い花のイヤリング。髪と一緒にふわりと揺れて、甘くナチュラルな香りが漂う。

 わ、首細、耳小さ。というか、手も足も全部小さい。多分オレとは40cmくらい身長差がある。

 でもオレが大きいって言われるとあまり気分が良くないように、彼女も同じかもしれないと思ってそのことには触れないでおいた。


「綺麗やね」

「うん。私ミモザが大好きなの」

「ちょっと待っとってね」


 ミモザの束を持っていったん奥に引っ込み、緑の紙とセロファンで丁寧に包む。贈り物じゃないからリボンはいらないかと思ったけど、少し迷って黄色と緑の細いサテンリボンを組み合わせて結んだ。

 店の中をキョロキョロ見渡している中山さんは、こう言っちゃ難だけど花に埋もれた妖精みたいで可愛い。いや何考えてんだ、オレは。


「いつもはドライのもの買うんやけど、自分で作ってみようかなって」

「それなら麻紐で茎縛って日の当たらない風通しの良いところで1〜2週間吊るしておくとええよ」

「すごい!詳しいね!」

「オレ、花が好きなんだ………引いた?」

「ううん、ちゃんと勉強しててえらいよ。良かったら色々教えてね」

「うん。はいこれ」


 少しドキドキしながら花束を差し出すと、彼女は花開くミモザのようにその顔を綻ばせた。


「ありがとう!包装まで」

「切り花の命は短いから。少しでも綺麗にしてあげたい」

「そうだね。私も綺麗な状態で長持ちさせたいな~って始めたの」


 少し花の話をして、他のお客さんが来たので中山さんは帰って行った。

 ふわふわして落ち着かない気持ちになっていたオレは、お釣りを間違えそうになって、丁度帰ってきたお母さんに叱られた。



 それから中山さんとは花の情報交換をするようになった。

 他にドライフラワーに向いてる花とか、色を綺麗に残す方法。レジンや専用のオイルに漬けるアレンジ。花のことでこんなに話せる友達は初めてで嬉しくて夢中になる。


 黄色のミモザはフサアカシアで、本当のミモザはオジギソウの学名だから、ほわほわしたピンクの花をつける。オレの頭の中はまさにピンクの小花が咲き乱れていた。


「最近楽しそうだな」

「え、そう?」


 冬休みに入る前、昼にみんなで集まった時に理系クラスの行森ゆきもりと話していたら、急にそんなことを言われた。

 あまり顔色の変わらない無表情な奴だけど、皆のことを良く見てる。そんな行森が珍しく頬を染めて、こっそり相談を持ち掛けてきた。


「彼女にクリスマスプレゼントと一緒に花を贈りたいんやけど。何がいいと思う?」

「彼女おったんか……お前の好きな花にしたら?」


 オレの提案に行森はしばし考え込む。こいつも大概秘密主義だな。彼女どころか好きな子がいたことも知らなかった。


「ジャスミン」

「うーん……他の花との兼ね合い難しいな。ラウンドだとウエディングブーケみたいだし」

「ウエディング……」


 バスケ部で割と背の高い部類に入る行森がもじもじしているのを見るのは新鮮だけど微妙に気持ち悪い。


「いやそこ照れんな。花は堂々と贈れ」

「お前、花のことになると強気やな」

「お茶とかにするのもありやぞ」

「それやと華やかさに欠ける」


 こいつめんどくさい……。結局グリーンローズと濃いオレンジのミニ薔薇を合わせてクリスマスっぽいムードを出すことでまとまった。


 


 クリスマスに限らずイベントの季節の花屋は忙しい。

 人の恋路を応援してるのも虚しいなと思いつつ、冬休みは友達からのクリスマスの誘いも断って店を手伝っていたら、休憩時間に中山さんが訪ねて来てくれた。


 白いコートに黄色のマフラーとミトンを着けた中山さんは雪の中に咲くミモザの花みたいだった。小さくて可愛いのに鮮やかな色を目に焼きつける。

 エプロンを着けたまま店の裏に出ていったオレに、寒そうに白い息を吐きながら笑いかけてくれる。


「お仕事忙しいね」

「うん。ごめんね、こんなとこで。すぐ戻らんといかんくて……」

「あらあらあら、崇嗣。気が利かないわね。女の子こんな寒いとこ立たせてぇ」


 後ろから現れたお母さんがにやにや笑いながら小突いてくる。うわ、見つかった。


「夕方までなら少し余裕あるから2人でお茶でも飲んできなさいよ〜」


 余計なお節介だとは思ったけど、ぐいぐいくる勢いで彼女の好きな花を聞き出したお母さんは、ミモザとかすみ草のミニブーケを作ってくれ、俺達を追い出した。




「あの、これ、いつもお花のこと教えて貰ってるお礼。私が作ったの」


 2人で入ったカフェのテーブルに落ち着くと、彼女は小さな包みをオレに差し出した。赤と緑の箱に金色のリボン。

 女の子と2人でお茶するなんて初めてで緊張していたオレはきちんとお礼が言えたかも定かじゃなかった。

 今日の彼女の恰好も可愛すぎて直視できない。


「あ、今日クリスマス……ごめん、オレ何も用意しとらん……」

「いいの。さっきミモザもらったし」

「そ、それは母親からだし……ちゃんとお返ししたいっていうか」

「……じゃあ、時間あったら初詣2人で行こ?」


 しどろもどろになるオレに、頬を染めた彼女が明るい表情を向ける。

 その瞳の中に煌めく小さな星。胸がいっぱいになって無言で頷くと、嬉しそうに微笑んだ彼女を取り巻く甘く控えめなミモザの雰囲気。


 

 年末は正月飾りや角松の配達で死ぬほど忙しかった。

 でも一緒に出掛けた初詣では、振袖を着た彼女の髪に揺れる黄色の小さな花の簪に癒やされ、お揃いの小花のキーホルダーをバッグにつけたオレは、この上なく幸せな新年を迎えたのだった。



◇◇◇◇◇



【後記】


フローラルなお2人。


イルミネーション見ながらバックハグくらいしてほしかったのですが、純情すぎたのでほわほわしててもらいました。(来年頑張れ)

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