ピオニー

「オラ、さっさと金出せよ」


 そんなベタな。その時僕は、入学式の帰りに同じ高校のちょっとガラの悪い奴ら3人に絡まれて、抵抗するのも面倒なので、ポケットに入っていた財布からお金を取り出そうとしていた。


「おい、君、助けは必要か?」

「……さあ、どうだろう」


 急に声を掛けてきた少女を怪訝に思いながらも返事をすると、彼女は不敵な笑みを浮かべた。ふわふわの長い黒髪、白くて小さな顔にはきらきらの大きな瞳と熟れた苺のような色の唇。え、可愛い。


「必要じゃなくても助ける。義を見てせざるは勇無きなり!いやほんとは今機嫌が悪いだけ!」


 そう叫んだ彼女は、僕と不良たちの間に立ち塞がる。っていうか、僕よりかなり背が低いし、手足だってすごく細い。

 黒地に白い縁取りのある金ボタンのブレザーは、隣の女子高「聖マリア女学院」のものだ。あんなお嬢様学校の子が僕を助けるだって?不良たちもニヤニヤしている。


「おいおい、冗談だろ?」

「お嬢様、俺達と遊んでくれんの~?」

「ふん、君ら果たして遊び相手になるかな!?」


 言うが早いか不良どもの懐に潜り込んだ彼女は、どこをどうしたのか僕には全く分からないうちに、全員を地面に転がしていた。そして最後の一人に関節技を決めながら高笑いしてる。えええ。


「なんだ、つまらん。もう終わり?」

「ちくしょう、覚えてろ!」

「記憶力が悪いから名前と連絡先を頼む!!」


 いかにもな捨て台詞を吐いて走り去る不良たちの背中に、手帳を振りながら叫ぶ彼女。なんなんだ、この子。呆気に取られてぼーっと見ていると、彼女が振り返って僕を見た。ニヤリと笑った顔は、少女というより……悪魔?

 そんなことを考えていたら、彼女は大きな声で僕に言った。


「どういたしまして!」

「……あ、ありがとう……」

「もっと大きな声で!」

「はい!ありがとう!」

「礼ならそこの自販機で飲み物買って。暴れたら喉乾いた」


 新手のたかり……?

 それが僕、藤田ふじた 朱李しゅりと佐藤 はなの出会いだった。


 

 どのみちお礼はしなきゃと思っていたから、お茶を買って近くの公園の四阿あずまやのベンチに腰を下ろす。

 春の日差しはぽかぽかと暖かくて、ほっとしたら少し眠くなってきた。掛けていたダサい黒縁眼鏡を外して目をこする。別になくても見えるけど、あまり自分の目を見られたくない。

 それにまだほっと出来なかった。隣に座った美少女が、僕の横顔を穴が開くほど見つめてくるからだ。


「な、なに?」

「ちょっといい?」


 嫌ともいいよとも言う間もなく正面に立った華は、その小さな両手を伸ばして僕の前髪を掻き上げた。いつも長めの前髪を下して顔を隠すように過ごしていたから、急に視界が明るくなって戸惑う。

 いや、ドキドキする。近くに寄ると薔薇よりももっと爽やかな感じの香りがする。甘いのにキリリとして、彼女そのものみたいな。華は僕の目を覗き込み、真剣な表情で顎から頬、こめかみ、額をさわさわと触っていく。色っぽい何かというより観察されてるみたいだ。


「やっぱり……」

「え?」

「奇跡だ。なんだこの骨格」

「骨格???」

「バランスがいい。左右対称、いや、限りなく左右対称に近いな。歪みがない。それに目も綺麗な色だし、ビスクドールみたい。なんで隠す?」

「……喧嘩になるから……」


 僕は自分の顔が好きじゃない。僕の曾祖母はフランス人で、先祖返りの僕の目は日本人にしては変わっている。虹彩の周りにスポーク状の筋が入った青の色味。

 なぜだか女の子達は皆、僕の目を見ると文字通り目の色を変えて僕に群がってくる。はっきり言って怖い。そして僕の意思を無視して喧嘩を始めるのだ。

 小学生の時は散々だった。クラスの女子は僕を巡って対立し、男子には何故か毛嫌いされる。それから中学校ではずっと隠れるように生きてたから、友達は1人もいなかった。

 僕は高校でもなるべく目立たないようにしようと決めていた。


「情けないよね」と、ボソボソ話す僕に彼女は言った。

「怖いのは人として健全だよ。でも怖さを切り取って眺めると、その正体が分かる。恐怖に名前をつけて楽しんでやるの」


 僕には彼女の言ってることの半分も理解できなかった。後から知ったことだけど、それは心理学的にも有効な方法らしい。

 どうしてそんな事に詳しいのかと尋ねたら、彼女の幼馴染が昔怖い目に遭った時に勉強したんだって。他にも色んな事がびっしり書いてある手帳を見せてくれながら、彼女は豪快に笑った。


「私は綺麗なものが大好き!そんなに素敵なもの隠しておくのもったいないじゃないか!」


 その瞬間に、世界が色を変えた。華が素敵だと言ってくれたから、僕は世界一素敵な人間になろうと思った。




 僕は恐怖に「ハナ」という名前をつけた。「ハナ、今日は何するの?」「ハナ、もっと面白い事言って」。今思うとちょっとキモいけど、確かにそれは恐怖を和らげる。

 

 いつしか僕は恐怖を忘れ、人間の華を追いかけるのに夢中になった。時々放課後会って遊ぶだけの関係なんて希薄すぎて心許ない。

 華は物知りで好奇心旺盛。怖いもの知らずに見えるけど、飼い慣らし方を知ってるだけ。

 すごく可愛いのに、どこかぶっ飛んでてジェットコースターみたいに僕を振り回す。

 何かに夢中になると脇目も振らず突っ走る彼女について行きたくて僕は必死だ。顔を上げてしっかり目を見開いていないと、あっという間に振り落とされる。



 そんなある日、いつもの四阿で待ち合わせていた彼女が泣いていた。しとしとと降る六月の雨のように、とても静かに。紫陽花から零れる雨の雫のような色のない涙。

 拭ってあげたかったけど、手を触れてはいけないような気がして黙って隣に腰を下ろした。


「……ようが、取られちゃった」


 葉というのは彼女の幼馴染だ。よく彼女の話題に上るし、学校帰りに一緒にいるのを何度か見た事がある。妖精みたいに儚げで、生命力に溢れた華とはまた別の意味で綺麗な子だった。後ろにすごく不機嫌そうなかっこいい男の子がついてたけど、華は幸せそうにその子と手を繋いで歩いていた。


「独りぼっちは怖い……」


 いつもの華らしくない弱気な呟きに胸が痛む。「僕がいるよ」と言いたいけれど、鼻で嗤われそうな気もする。きっと誰も彼女の代わりにはなれないのだろう。


「怖い物には名前をつけるんだろ?」

「……そんなこと言った?」

「華が教えてくれたんじゃないか」

「そうだっけ」


 分厚い手帳を手繰ろうとする白い手をそっと止める。濡れた髪から匂い立つキリリとした花の香り。


「僕の名前をつけてよ」

「恐怖に?朱李は変人だね」

「華に言われたくないな」


 思わず苦笑すると、華は涙を拭って僕の目を覗き込んだ。黒く澄んだ大きな瞳にドキドキする。


「朱李は綺麗だから、恐怖は似合わないよ」

「……じゃあ、どうするの?」

「『大殿筋』にしとく。怒りで恐怖を吹き飛ばす!いい事教えてくれてありがとう、朱李!」


 いや、華が言ったんでしょ?なんで大殿筋?華が変わってるのは知ってるけどさ。でも豪快に笑った彼女が嬉しそうに抱きついて来たから、それこそそんな事は頭から吹っ飛んでしまった。

 ほんと華には驚かされる。でもそういう自分も今は嫌いじゃない。


 後で華が教えてくれたんだけど、幼馴染の葉ちゃんを奪った男の子を『大殿筋』と呼んでいたんだそうだ。理由までは教えてくれなかったのが少し悔しいけどね。



◇◇◇◇◇


【後】


ビスクドールのようなお2人を…。


一年前くらいに投稿した『永遠の三角』という作品の登場人物・華


https://kakuyomu.jp/works/16816700429426715907


プロットもなしに勢いだけで書いた抜けの多い恋愛もの?

百合の間に入り込む間男を描いた問題作。(笑)

あの後どうしたのかずっと気になってたんですよね。


因みに鳥尾巻は恐怖に「胸の中の小さな小鳥」と名付けています。(適当)

Gすらも急にメルヘンになる。

「小鳥ちゃん?そこにいたのね?ふふ……今殺虫剤をかけてあげる」

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