番外編・佐竹成忠の叫び / 恋するメイドちゃん(白桃)

弘原海わだつみ家家令・佐竹さたけ成忠なるただの叫び―


 本日も弘原海わだつみ家のお嬢様達はお元気でございます。


 最近、稀代の天才絵師・楽阿弥らくあみ 暁徳あきのり様と交際を始められた長女の暁良おーろら様。

 家出なさった時はこの腹掻っ捌いてお詫び申し上げようとしましたが、旦那様に「お前の臓物を片付けるつもりはない」と冷たく言われ、必死の捜索を致しました。

 旦那様はお嬢様方には甘くていらっしゃいますが、代々弘海原に仕える佐竹の家の者には大層厳しくて……旦那様のご命令であの場から暁良様を連れ戻すのは断腸の思いでございましたが、後ほど上手く手引き出来たと密かに快哉を叫んでおりました。


 この佐竹 成忠なるただ48才、最近心労で頭頂部がかなり白くなって参りましたが、命ある限り弘海原家にお仕え致す所存であります。


 あ、有大ありえるお嬢様がまたお稽古をサボって抜け出そうとしております!!

お待ちください、お嬢様!お嬢様〜〜〜!!



―恋するメイドちゃん―


 こんにちは。わたくし弘原海わだつみ家のメイド、秋満あきみつ百々ももと申します。24歳です。


 趣味は可愛い文房具集め、ノート、手帳、便箋や封筒、ペン、マスキングテープ、などなど素敵なものを見つけるとつい買ってしまいます。

 あ、わたくしのようなモブの趣味などどうでもいいお話ですね。すみません。名前も忘れてくださって結構ですよ?


 家令の佐竹さたけ成忠なるただ様を筆頭に、弘原海家当主・輝仁てるひと様にお仕えするわたくし達は、毎日忙しく過ごしております。弘原海家の方々はとても自由奔放でいらっしゃるので、佐竹様などは毎日駆けずり回って前準備や事後処理などに追われています。


 この間などは急に輝仁様が「ライトに改名する!!」と仰って、佐竹様は青くなって必死で説得なさってました。お嬢様お二人に暁良おーろら有大ありえるというお名前をお付けになった方ですから、ご自分もつけてみたくなったのでしょう。輝仁様の幼少時からお仕えしている佐竹様のご苦労が偲ばれます。


 佐竹様は本当に有能な方で、わたくしとても尊敬しております。代々、弘原海家に仕える武家のご出身で、責任感も強く、わたくしのような末端のメイドにも気を配ってくださいます。48歳、独身、「生涯を弘原海家に捧げる」と銀縁眼鏡の奥の糸目を輝かせておっしゃる忠誠心。わたくしも見習いたいものです。

 毎日SPの方々と鍛錬も欠かさず、少し髪は白いですけどお腹も出ていないし年齢を感じさせない逞しさもございます。


 先日長女の暁良様が家出なさった時は、死にそうなお顔で「この腹掻っ捌いてお詫び致します!何卒介錯を!」と上半身はだけて小刀を持ち旦那様に縋っておられましたが、旦那様は氷のような眼差しで「お前の臓物を片付けるつもりはない、とっとと探してこい」と肩を踏みつけていらっしゃいました。何故か佐竹様はうっとりなさっているようでしたが、もしかしたら危険なご趣味でもおありなのでしょうか……ちょっとドキドキします。


 連れ戻された暁良様のご様子に心を痛めて、万事上手く行くように取り計らう佐竹様。めでたく暁良様と楽阿弥様がお付き合いをスタートさせた時は、陰でガッツポーズをしているのをわたくし見てしまいました。うふふ、可愛い。

 そういえば、お二人の京都デートの時は、保津川の川下りからトロッコ列車、桂川の渡月橋、嵐山の竹林の小径など、全ての観光スポットを人払いして、夜には竹林の花灯路のライトアップ増し増しでロマンチックな夜を演出したと伺いました。

 すごい!弘原海家の財力どうなってるんでしょう。そこまで派手じゃなくていいから、わたくしもいつか佐竹様と竹林の小径に行ってみたいです!

 きゃっ、言っちゃった。そうなのです。わたくし陰ながら佐竹様をお慕いしております。尊敬する上司に対するわたくしの邪な想いなど、誰にも言ったことはないのですけどね。


 いつもお疲れなので、背中に漂う哀愁を見かねて、短い休憩時間にはハーブティーを淹れて差し上げたり、肩をお揉みしてあげたりして、少しでも休んでいただけるようにわたくしも心配りをしております。有能な家令に倒れられては弘原海家が回りませんから。


「秋満くん、ちょっと」


 あ、佐竹様がわたくしを呼んでいらっしゃいます。何かあったのでしょうか。ぱたぱたと近づくと、使用人棟の陰の方に引っ張って行かれました。お叱りでしょうか?わたくし何かやらかしたかしら。でも叱る時でも人前で𠮟責しない佐竹様は、人格者だと思います。甘んじてお受けいたします。


「この間京都の出張で買って来たんだが……」


 そう言ってわたくしの手に握らせてくださったのは小さな文香の小箱。文香とは名刺や手紙の間に挟んで香り付けする和紙に包まれたお香なのです。わたくしが文房具を集めるのが趣味だと言っていたことを覚えていてくださったのですね。さすが佐竹様。


「若い子がどんなものを喜ぶのか分からないから、こんなもので済まないが……」


 いいえ!いいえ!家宝にいたします!いつもの佐竹様らしくなく歯切れの悪い少し照れたお顔も眼福でございます!


「いつも君には世話になっているからね。他の者には内緒だよ」


 にこり、と笑った笑顔が悪戯を企む少年のようで、わたくしドキドキしすぎて声も出ませんでした。あ、もちろんきちんとお礼は言いましたよ?


 一日の仕事を終えて、与えられた自室に引きこもり、早速お土産を開封してみると、和紙でできた小さな箱から立ち上る、甘く爽やかな白桃の香り。桃!わたくしの名前の「百々」に掛けてこの香りを選んでくださったのかしら!?わたくし感激のあまりベッドの上で転げ回ってしまいました。


 佐竹様!この秋満百々、あなたに一生ついて参ります~!!



◇◇◇◇◇


【後】

佐竹、幸せになって…という思いから書いた番外編です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る