第75話 【決着】白愛と美月(2)


 俺は倒れている魔法少女に、肩を貸すような形で持ち上げる。

 すでに変身が解けているため、超人的な力は発揮できない。


(運ぶのも一苦労だ……)


 身長は同程度だが、流石さすがに意識を失っている人間は重たい。

 ヨロヨロとした足取りで、俺は歩き出した。


 少なくとも、近くにある柱の陰に移動した方がいいだろう。

 今は白愛が〈スナイパー〉の気を引いてくれている。


 だが、いつ銃弾がこちらに飛んできてもおかしくはない。

 それに〈コア〉として使われていた美月を助け出した。


 そのことで、この〈深淵アビス〉にどんな影響が出るのかも分からない状況だ。

 黒い魔法少女たちを放って置くワケにもいかない。


 連れ帰るためにも、戦って倒す必要がある。


(白愛にも――『黒い結晶クリスタル』を狙ってみてくれ――とは伝えているが……)


 そう簡単には行かないだろう。

 美月は不思議そうな表情で、そんな俺の様子を見詰めていた。


 敵なのに、どうして助けるの?――とでも言いたいのかも知れない。

 確かに意識を取り戻したとしても、こちらの味方になるとは限らないだろう。


 彼女からしてみれば、自分を誘拐し、俺と白愛を傷つけた存在だ。

 頭では理解していても、感情で割り切れない部分があるのは仕方がない。


 俺としても、綺麗ごとを言うつもりはなかった。

 ただ本当の敵は――ここにはいない――ということを知っているだけだ。


 ゆっくりとした歩みのまま、


「白愛のこと頼む」


 とだけ俺は伝える。今の彼女には、これで十分だろう。

 魔力暴走オーバーフローも落ち着き、多少はマシになったようだ。


 美月は立ち上がると〈ウルフ〉のカードを使って変身した。

 光の粒子が彼女を包み込む。


 犬耳のようなカチューシャ(わんわん!)。

 動きやすさを重視した肌に張り付くような薄い素材(がうがう!)。


 オマケにお尻にはフサフサの尻尾が揺れている(ぱたぱた!)。


(俺もあんな姿だったのだろうか?)


 まるでハロウィンの仮装である。

 彼女が〈ウルフ〉を選んだ理由は――当然、可愛いから――ではない。


 以前〈ダークウルフ〉と戦ったことがあるからだろう。

 俺の戦い方も見ていたはずだ。


 そのため――どんなことができるのか?――美月は把握している。

 加えて『万全の体調』とは言えない。


 白兵戦が得意な〈ランサー〉や素早い動きが得意な〈ニンジャ〉は『上手く使えない』と考えたようだ。


 俺のカードで美月がどこまで戦えるのか分からない。

 だが、今は二人の勝利を祈ろう。しかし、それとは別に――


(白愛が変身すると『カワイイ系』なのに対して、美月が変身すると『セクシー系』の衣装になるのは何故なぜだろうか?)


 衣装が肌に密着している所為せいか、身体のラインが強調されて妙になまめかしい。

 見ているとエッチな気分になりそうだ。


 なにかイケないモノを見るような気がして、注視できずに目をらしてしまった。

 そんな俺の態度に、彼女は気付いていないようだ。


 いや、視線がすでに別のモノをとらえている。

 美月は手を閉じたり開いたりを繰り返していた。


 そして、魔法杖ワンドを握り締め『自分がまだ戦えること』を確認すると、


「行って、くる……」


 そう言い残して、風となって姿を消した。


(速い……)


 現状、美月の魔力は低いはずだ。推測するに〈ブラスターシステム〉の作用で、魔力が強制的に引き上げられているのだろう。


 〈ウルフ〉の能力も合わさっているためか、目にもまらぬ速さだった。

 そんな美月の動きに気が付く――というより、魔力を感知したのだろう。


 〈スナイパー〉が白愛に向けていた銃口を美月の方へと向ける。

 ちょこまかと動く白愛が鬱陶うっとうしかったのかもしれない。


 若干ストレスがまっていたようだ。

 美月になら当てられる――と考えたのだろう。


 その時点で『冷静さをいていた』と言える。〈スナイパー〉が一番しなくてはいけなかったこと、それは距離を取ることだ。


 当然、白愛もその動きで気が付く――妨害しようと魔法を使おうとした――が遅かった。放たれたのは一発の銃弾だったが、それは複数の散弾となる。


 〈スナイパー〉へと向かって走る美月に降り注ぐ。

 そして、銃弾の雨が彼女を撃ち抜いたように見えた。しかし――


「美月っ!」


 と白愛は声を上げる。一瞬で怒りの表情へと変わった。

 魔法杖ステッキに魔力を込める。


 けれど、それを途中でめてしまった。

 たれた美月の姿が、黒い影となって煙のように消えたからだ。


 影から作られた美月の【残像】だったらしい。

 〈ウルフ〉のカードが持つアビリティだ。


 すでに本物の美月は――大きな影でできた狼――につかまって移動している。

 塔内に点在する柱の側面を走り、白愛のいる回廊へと到達した。


 身体が思い通りに動かないので〈守護者ガーディアン〉を新たに召喚したようだ。

 彼女も戦いから学習しているらしい。


 しかし、魔法をたない所を見ると余力はないのだろう。

 再度〈スナイパー〉は美月を狙おうとする。


 だが、これには白愛が魔法で妨害した。

 〈スノーボール〉が命中し、ピキピキと音を立て、銃口の先が凍り付く。


 瞬時に――不味まずい――と判断したのか〈スナイパー〉は一旦、柱の陰へと隠れた。

 その隙に、白愛は美月と合流する。


「良かった☆ 大丈夫だったんだね!」


 喜ぶ白愛に対し、


「良くない……」


 と美月は否定する。続けて、


「かなり、無理を、している状態……」


 と説明した。ことごとく、白愛の問いを否定するのは相変わらずのようだ。

 けれど、意思の疎通コミュニケーションの必要性は理解してくれたらしい。


 美月の中でも、なんらかの変化があったのだろう。


「だから……」


 今は、わたしが、援護サポートする――とあの美月が殊勝しゅしょうなことを言った。

 白愛は少しおどろいた様子だったが、


「うん、分かったよ☆」


 お願いするね――といつものように笑顔で返す。

 きっと内心では、仲良くできて嬉しいのだろう。

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