第73話 【救出】眠り姫(2)


 白愛は〈フェアリー〉へと換装すると〈スナイパー〉である黒い魔法少女目掛けて飛んで行く。


 真っ向勝負では分が悪いが、回避にのみ専念すれば、少なくとも時間稼ぎはできるはずだ。


(それに、ここは塔の中……)


 〈スナイパー〉の強みであった――射程外である遠距離からの攻撃――という優位性アドバンテージはなくなっている。距離を詰めつつ、白兵戦に持ち込むのがいいだろう。


 勿論もちろん〈スナイパー〉から白兵戦に特化したクラスへ換装される可能性もあった。

 しかし、そこは考えても仕方がないだろう。


 臨機応変に対応するしかない。

 俺は美月に肩を貸す形で、強引に立たせる。


 壁面に沿って点在する柱――その内の一本――へと移動した方がいいだろう。

 まずは身を隠す。休むのはそれからだ。


 俺は急いで美月を連れ、その場から離れる。少なくとも、もう一人の魔法少女である〈クリスタルゲイザー〉から死角になるような位置に移動させたかった。


 当然ながら、そうそう都合のいい場所はない。

 それでも、美月を柱の陰へと隠す。


 ほぼ同時に〈ダブル〉で作り出した機械人形が目覚める。

 再び〈クリスタルゲイザー〉へと向かうようだ。


 ぎこちない動きで、ゆっくりと歩き出した。

 魔力が回復したようだ。しかし、十分ではなかったらしい。


 足がもつれてしまったのか、その場に倒れ込む。

 どうやら〈クリスタルゲイザー〉を取り押さえようとしたらしい。


 もう少し――という所で姿勢制御に失敗し、彼女の上に倒れ込むような形になってしまったのだろう。結果的に、それで動きを封じ込めることができたのなら――


(楽だったのだが……)


 次の瞬間には、地面から突如として出現した影の刃により、機械人形はバラバラに破壊されてしまう。


 影を自在に操る〈シャドーウィップ〉の魔法を応用したモノのようだ。

 一本ではなく数本のしなる影の鞭。


 それを硬質な刃に変え、大型機械人形を斬り刻む。

 バラバラに解体された機械人形は〈マナ〉の光となって消失した。


 あんな巨体に伸し掛られたのではたまったモノではない。


(当然の反応といえるが……)


 もしかすると『ビームを撃たれたこと』を根に持っているのかもしれない。


(怖い怖い――と……)


 同時に――やはり、あの魔法は厄介やっかいだ――と考える。

 〈スナイパー〉と共闘される前になんとかする必要があるようだ。


「これは返すぞ」


 そう言って、俺は預かっていた〈ランサー〉のカードを渡す。

 他のカードは恐らく、侵食されているはずだ。


 美月はまだ、ボーッとしているようだったが、意識は戻っている。

 黙ってカードを受け取ると、彼女はコクリとうなずいた。


 変身する魔力があるのなら〈ランサー〉に変身した方が楽だろう。

 俺は意識を〈クリスタルゲイザー〉の方へと向ける。


 バシンッ! バシンッ!――と硬い物を叩く音が響き、柱や床が削れた。映画なら――隠れてないで出てきなさい!――といった遣り取りが発生する場面シーンだ。


 しかし、相手が黒い魔法少女では、会話が成立しない。

 正直、言葉による駆け引きができない時点で、こちらが不利だ。


 今なら相手にもダメージが残っていて、魔力も消耗しているだろう。

 俺は覚悟を決めて、突っ込むことにする。問題は――


(俺の魔力が持つといいんだが……)


 『赤のクラスルージュ』〈ウルフ〉を使用し、換装する。〈ナイト〉では動きが遅いため〈シャドーウィップ〉のような搦手からめての魔法には弱い。


 ここは相手の戦術を逆手に取るのがいいだろう。〈シャドーウィップ〉に対抗して、影の中を移動できる〈シャドームーブ〉を使用する。


 相手の魔法の中に潜り込み、素早く間合いを詰めた。

 そして〈シャドーファング〉を発動する。


 魔力がないため、あの夜のような三つの頭を持つ犬『ケルベロス』というワケにはいかない。狙うのは〈クリスタルゲイザー〉の胸部にある『黒い結晶クリスタル』だ。


 もし〈ダークアーマーナイト〉に換装されていたのなら、素早さが売りの〈ニンジャ〉で対抗する予定だった。


 今回は上手く相手の裏をかくことができたらしい。

 ダメージを与えることには成功した。


 だが、魔力が低い俺では決定打にはならない。

 それでも――ピキッ!――ひびは入ったようだ。


 壊せるのであれば、試す価値はあるだろう。

 俺は背後に回り込むと同時に、再度〈ナイト〉へと換装する。


 そのまま〈クリスタルゲイザー〉を羽交はがめにして動きを封じた。

 後は片手剣ショートソードを胸部にある『黒い結晶クリスタル』へと固定する。


 そして、強打を繰り出すスキルである〈バッシュ〉を使用した。

 片手剣ショートソードから衝撃波が発生し、俺自身にもダメージを与える。


 だが、同時に『黒い結晶クリスタル』のひびも広がった。

 ガクンッ!――と〈クリスタルゲイザー〉の動きがまる。


 糸の切れた操り人形のように大人しくなった。

 しかし、彼女の足元からは一本の黒い影が伸びていた。


 〈シャドーウィップ〉だろう。最後の抵抗というヤツだ。

 器用に俺の背中を目掛け、一撃を繰り出す。


 けれど、装甲の厚い〈ナイト〉では、ダメージを受けることはなかった。

 むしろ、自分の攻撃の方が痛い。


 俺は再度〈バッシュ〉を使用すると、彼女の反撃はんだ。

 恐らくは『黒い結晶クリスタル』が損壊そんかいした結果だろう。


 最早、彼女を操ることは難しいようだ。

 しかし、油断はできない。


 俺は自分へのダメージを覚悟で、3度目の〈バッシュ〉を使用する。

 それでようやく、胸部の『黒い結晶クリスタル』を破壊することに成功した。


 パリンッ!――と音を立て、砕け散る。

 彼女をおおっていた漆黒の魔力も、じきに消えるだろう。


 だが、俺も魔力切れらしい。その場でひざく。

 最後に見たのは――壁に手を突きながら――近寄ってくる美月の姿だった。


 彼女が無事だったことに安堵あんどしつつ、俺の意識はそこで途切れる。

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