第71話 【束縛】囚われた心(3)


「美月はきっと、不安だったんだよ……」


 と白愛は付け加える。しかし、俺には意味が分からなかった。

 助けてもらうために捕まる――というのは本末転倒な話だ。


 美月はなにがしたかったのか、ますます困惑する。

 そんな俺を見て、白愛は溜息をくと、


「彼方に必要として欲しかったんだよ……」


 私じゃダメだからって美月が言っていたよ――白愛は教えてくれる。


(ダメ?――いったいなんのことだろう?)


 俺が美月に注意したことがあっただろうか?

 いや、そういう話ではない気がする。


 では、なにに対しての言葉なのか――


(ダメ――ダメダメ……使えない)


 存在価値の話だろうか? 捕まった際に助けに来てくれる――それは分かっているが、本当に助けに来てくるのかは分からない。


 自分には白愛ほどの価値はなく、白愛の代わりもできない存在だ。

 美月はそう思っていたのかもしれない。


 であるのなら、俺が美月を助けることで、それらの可能性を否定することになる。

 そう考えた――ということだろうか?


 思えば、美月は生まれたばかりの赤ん坊のような存在だ。

 自分が大切にされている。必要だと思われている。


 それを『確かめたい』と思うのは至極当然なことではないだろうか?

 俺も配慮が足りていなかったようだ。


 知らなかったので仕方がない――そんな考えは言い訳でしかない。

 美月は戦うことでしか、自分の存在価値を証明できなかった。


 俺は、そんな女の子を『作戦だから』と割り切って考えていたようだ。

 彼女が捕まることで【保守派】が失墜しっついし、雪都さんが動きやすくなる。


 それはレッカ店長たちのメリットでもあった。雪都さんへ協力することで『異世界アナザー』側との交渉も、次の段階へと進めることができるだろう。


 そうすることで雪都さんの価値は上がる。魔法少女である白愛の兄で、異世界人とも交流があり、血筋も『創魔研』の正当な後継者だ。


 そんな彼が組織のトップに立つとしたら――否定する方が難しいだろう。

 すべては澪姉の計画通りで、上手くいっているように思える。


 だが、そうではない。

 それは――美月の想いを――心を犠牲にしているのではないだろうか?


 そう考えると、自分が途轍とてつもなく、恐ろしいことをしているような気になる。

 いや、実際そうなのだろう。


 このなにもない塔の階層フロアを見て――隠れる場所が少ない――と冷静に考えているつもりだった。


 どう戦おうか?――そんなことを俺は当然のように考えていた。

 でも違ったのだ。


 美月がこの世界の〈コア〉としての役目を果たしているのなら、この世界の敵は美月の深層心理が影響している可能性が高い。


 身体の一部が欠けている機械人形たち。その中身は空洞だ。

 一方で虫たちはむれして、空を飛び回っている。


 それは美月が自分を取り巻く大人たちに対して、彼女自身が感じているモノではないだろうか?


 俺はどこかで『美月は強い』と思っていた。

 しかし、それは虚勢きょせいを張っていただけかもしれない。


 白愛ではなく、自分を犠牲にしたことも――俺が白愛を失った方が悲しむ――と思っていたからだろう。


 白愛ではなく、美月が捕まれば良かった――もし、俺の口からそんな言葉が出たのなら、それこそ彼女は絶望しかねない。


(美月は小さな心と身体で、必死に自分を守っていたのだ……)


 それ以上に、俺を大切に想ってくれていたらしい。

 俺はそんなことに、今の今まで気が付かず――助けにきた――そう考えていた。


 随分ずいぶんと思い上がっていたモノだ。


(俺も最低の大人たちと同じになる所だった……)


 澪姉が俺を利用する。雪都さんが俺を頼りにしてくれる。

 白愛が俺を信じてくれる。


 俺は面倒だと思いながらも、心のどこかでおごっていたのかもしれない。

 そんな結論に辿たどり着くと同時に手が震えた。


 しかし、それもすぐに収まる。

 震える俺の手を優しく包み込むように、白愛が両手で握ってくれたからだ。


「俺は美月を傷つけていたようだ……」


 鏡があったのなら、顔面蒼白であることを確認できただろう。

 守るべきはずの少女を俺が追い詰めていたらしい。


「大丈夫だよ」


 と白愛。俺の手を抱き締めるように自分の胸元に持って行くと、


「たぶん美月は私を通して、彼方のことを見ていると思うの」


 そんなことを教えてくれる。確かに雪都さんも――白愛を通して外の世界を認知している――と似たようなことを言っていた。


「彼方が自分を助けるために、一生懸命だってことは分かってくれているよ」


 白愛はそう言って、俺を見詰め返した後、


「それにね、私が彼方を守ってあげる♡」


 と微笑ほほえむ。その笑顔が、どんな魔法よりも魅力的だ。

 やはり彼女は俺の魔法少女ヒロインである。


 同時に――男という生き物は単純だ――ということを理解した。

 白愛がいてくれるだけで、こんなにも勇気がもらえるモノだったとは――


 俺の瞳に、強い意思が宿ったのを確認したからだろう。


「で、どうするの?」


 白愛は再び、俺に質問をした。答えは決まっている。

 美月が危険をおかしたのだ。俺も危険リスクを背負うべきだろう。


「あれを使う」


 そう言って、俺は赤い光の柱を指差した。

 黒い〈マナ〉となる凝縮されたエネルギーだ。


 白愛はいつものように、頭の上に疑問符を浮べると、首をかしげるのだった。

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