第70話 【束縛】囚われた心(2)


「作戦がある」


 とだけ俺は告げる。勿論もちろん、それは白愛を納得させるための言葉だ。

 最も安全で、確実な方法を考えなければいけない。


 今回に限っては――美月を助けた後――逃げるという選択肢もありだ。


(ただ、そのためには俺が立ち回る必要ある……)


 現状、魔力の少ない俺を軸に置いた作戦は不確定要素が伴う。

 前回の戦闘では『俺自身は必要ない』と考えていたのも敗因の一つだろう。


 少なくとも、俺がもっと美月に声を掛けていれば、結果は変わったのかもしれない。白愛の精神面を安定させるうえでも、俺という存在は必要なようだ。


(一度、考えをリセットした方がいいのだろうか?)


 この塔は大きく四つの区画に別れていた。

 それはここが〈深淵アビス〉だからだろう。今までの戦いから推測したことだ。


 〈深淵の渦アビスゲート〉における戦闘だが『ファーストステージ』『セカンドステージ』『サードステージ』『ラストステージ』と段階を踏んでいた。


 この塔も同様に『分かれている』と考えるのが普通だろう。

 理屈は分からないが、なんらかの法則性に縛られているようだ。


 すでに〈深淵アビス〉が完成しているため、ステージ制は機能していないらしい。

 戦闘は魔法少女の持つ魔力を収集するのが目的だ。


 美月を〈コア〉としたため――そのプロセスは不要になった――と考えるのが妥当だろう。


 塔内に敵は存在するが、あまり好戦的ではないのが、その証拠かもしれない。

 今はただの警備兵でしかない。


 白愛にお願いして一度、最上階と第三階層の間まで戻ってもらう。

 彼女自身は納得していないのだろうが、俺を信じてくれているらしい。


 今は素直に従ってくれている。


「ありがとう」


 俺はそう言って、白愛の頭をでた。

 少しは落ち着いてくれるといいのだが、難しいだろう。


「作戦を説明する前に、少し手伝って欲しい……」


 と俺は更にお願いをする。別に難しいことを頼むワケでない。

 まずは俺が感じている『違和感のようなモノの正体』を突き止めるのが先だ。


 もう一度――俺は別の観点から――この塔について考えてみた。

 例えるのなら、ここはRPGのダンジョンに似ているのだろうか?


 プレイヤーが攻略することを前提に作られた虚構の世界。

 それが『実在する』となると違和感しかない。


 〈深淵アビス〉に取り込まれたのが、工場や研究所だった所為せいもあるのだろう。

 その影響を受け、塔の外見だけは機械のかたまりとして存在していた。


 重厚感や見る者を威圧するような造りである。

 しかし、実際の内部は工場の機械や金属の類は一切見当たらない。


 配置されているのは機械人形だけ――

 なぜかは分からないが、見ているだけでさびしい気持ちになってしまう。


(お陰で迷うことなく、ここまで来られたワケだが……)


 やはり考えても――なにに引っ掛かっているのか――理由が分からない。

 こういう時は決まって、大切なことを見落としているのだ。


 もう一度、白愛を見詰める。

 どうして美月を助けに行かないの?――と不思議そうな表情を浮かべていた。


 だが『俺に考えがある』と思っているのだろう。

 黙って俺の次の言葉を待ってくれている。


(この信頼を裏切るワケにはいかない……)


 足りないピースは分かっていた。

 美月だ。俺は彼女のことを詳しく知らない。


(それが作戦を実行するための、もう一つの不確定要素になっている……)


 白愛のことはなんとなく分かるのに、美月のことは全然である。

 行動が読めない――いや、そんなことはないはずだ。


 彼女は白愛から別れた存在で――過去に見た夢の通りなら――かつての俺が大切に想っていた女性ひとでもある。


 俺は鼻から、ふーと息をいた。

 考えても分からないのなら、聞けばいい。


 そもそも、女心というモノは『男には理解できない』と相場が決まっている。

 こういう時は素直に白愛を頼ろう。


 そう考えただけで、不思議と心が楽になるのを感じた。

 どうやら俺はいつも以上に――白愛を守らないと――と強く思っていたらしい。


 特に最近は色々とあったので、彼女を中心に考えてしまっていた。

 白愛を『自分の思い通りに動かそう』としていたのかもしれない。


 そのことを反省する。

 白愛が同じように『俺のことを大切に思ってくれている』そのことを思い出す。


 彼女たち――白愛と美月――が元は一つの存在と考えるのなら、白愛と美月を入れ替えて考えてみるのも手だろう。


 そうなった場合、白愛なら簡単に『捕まろう』とは思わないはずだ。

 美月には――それだけのことをする理由がある――と考えるべきだろう。


 澪姉の作戦? 『創魔研』の大人たちの指示?


(いや、そのどちらでもない……)


「そもそも、美月はなぜ捕まったんだ?」


 俺は疑問を口にする。

 最初は澪姉の作戦で『助け出すことが前提だったからだ』と考えていた。


 雪都さんから美月の話を聞いたのなら、尚更『助けよう』と俺たちは動くはずだ。

 澪姉の作戦であれば、ここまでは決定事項と言ってもいい。


 ただ、肝心なのは美月の気持ちだ。

 それを考えることを忘れていた。


 一番大切なことが抜け落ちていたらしい。今更ながらの俺の質問に、


「助けてもらうためだと思うよ?」


 と白愛。迷うことなく、あっさりと答えが返ってくる。

 いや、白愛としても理由を考えていたのだろう。

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