第3話 【下校中】寄り道が見つかって(2)


 『花園はなぞの野乃のの』――彼女は一身上の都合により学校を辞めた前担任に代わり、急遽きゅうきょ二学期から赴任した教師だ。


 年齢は二十代と説明されたが、どうにも幼く見えるのは、俺の気のせいだろうか?

 真面目で教育熱心な分、経験が足りないので空回りするタイプだ。


「先生はなにか勘違いしているようですけど、僕は雪城ゆきしろさんの付き添いです」


 病院に行った帰りなので――そんな俺のうそに、白愛は一瞬目を大きく見開く。

 同時にコクコクとうなずいた。


「えっ、そうでしたか……」


 すみません――と先生はシュンとした後、


「雪城さん、大丈夫ですか?」


 俺の後ろに隠れている白愛に視線を向ける。


「え? は、はい……」


 だ、大丈夫です――と白愛。うそいているという罪悪感からだろうか?

 おかしな返答をする。それに対し、


「でも、顔色が悪いですよ?」


 そう言って、花園先生は白愛の顔をのぞき込んだ。


「い、色白なだけです!」


 白愛が大きな声量で返答する。

 咄嗟とっさのこととはいえ、俺の耳元でそれは止めて欲しい。


 昔から揶揄からかわれている所為せいか、どうにも髪や瞳、肌の色については過剰に反応してしまう節がある。


「先生……病院へは雪城さんの母親のお見舞いで行きました」


 俺はおかしくなった耳を引っ張りながら答える。


「そ、そうでしたか――すみません」


 花園先生はペコリと頭を下げた。


「い、いいえ……」


 と白愛。再び俺の後ろに隠れてしまう。


「では、先生の車で家まで送りますか?」


 花園先生の申し出に、


「大丈夫で――」「はい、お願いします」


 断ろうとする白愛に対し、俺はそれを受け入れた。


「分かりました。では、今日のうそについては、これで手を打ちましょう……」


 共犯ですね☆――と言って、彼女は俺の手からココアの缶を奪い取る。

 そして、眼鏡のレンズ越しにウインクして見せた。


 どうやら、すべてお見通しのようだ。

 改めて、この教師の評価を変えなければならない。


「ねぇ、どうしよう……」


 小声で耳打ちする白愛に対し、


「どうしようもこうしようもない……」


 なるようにしかならない――と返す。

 白愛が無理にカードを手に入れようしなければ、こんなことにはならなかった。


 だが『元凶はお前だけどな』という言葉は口にしなかった。

 良くも悪くも、白愛は目立つ。


 昔から割を食うのは一緒にいる自分である。

 だから割り切ることにしている。


「よく考えてみろ。この寒空の下を子供だけで歩いて帰るのは危ない……」


 教師という立場上『家まで送る』のは問題のない行動だ――と俺は説きせる。


「そ、そりゃ、そうかもだけど……」


 まだ、なにかあるのだろうか?

 『納得いかない』といった態度の白愛に、


「そもそも、俺が寒い――」「ちょっとぉ!」


 俺が正当な理由を言うと、彼女に突っ込まれてしまった。


「どうしました? こっちですよ」


 俺たちの遣り取りに対し、立ち止まって振り返り、首をかしげる花園先生。


「はい……」「は、はーい」


 俺と白愛は返事をすると、そんな彼女の後を大人しくついて行く。

 白愛の困り顔がわずらわしい。


 そんなことでは――私はうそいています――と言っているようなモノだ。

 花園先生は途中、なにか思い付いた様子で、再度立ち止まる。


「そうそう」


 と言いながら振り返り、こう告げた。


「少しりたいところがあるのですが……」


 それでもいいですか?――と。

 その時の彼女の表情は『悪戯いたずらを思い付いた子供』のように、俺には見えた。

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