第一章 始まりの日

第2話 【下校中】寄り道が見つかって(1)


「ううっ、どこにも売ってないよ」


 ガクリと肩を落とし、この世の終わりのような顔をする幼馴染の少女に、


「仕方ないさ」


 と言いながら――そこまで落ち込むことか――と内心突っ込む。

 今は学校からの帰り道。雪は昼前には止んでいた。


 頭上では、所々に雲の切れ間が垣間見える。

 俺と白愛はくあは、本来ならば学校の規則で禁止されているが、例のトレーディングカードゲームを手に入れるために、入荷していそうなお店やコンビニを何件なんけんまわっていた。


「これが北国――いや、地方の宿命だ」


 主要都市か、その近郊にでも住んでいない限り、発売日に商品が入荷しないのは日本の常識である。


 北国で人口8万人にも満たない老人ばかりの街では、入手は難しかった。

 そもそも、交通インフラの血管とも言える鉄道が機能していない。


 企業は『札幌』しか見ていないのだろう。

 今回は、それを再認識できただけでも『良し』としておくべきではないだろうか?


 少年少女はそうやって大人になって行くのだ。


「ううっ、そんな運命、知りたくなかったよ……」


 くすんっ!――と白愛。

 俺のふざけた台詞セリフに対し、まだ言葉を返す余裕はあるようだ。


「ほら、『苺ココア』と『室蘭焼き鳥まん』を買っておいたぞ」


 コンビニの袋を見せる。苺は白愛の好物だ。

 それがココアと合わさって、口いっぱいに優しい甘さが広がる。


 一口飲むだけで――心も身体も温まる――というワケだ。

 『室蘭焼き鳥まん』は使っているのは豚肉で、ごたえがあった。


 また玉葱たまねぎを使用しており、シャキシャキとした歯ごたえと、ほのかな甘さが食欲をそそる。十分にお腹を満たしてくれるだろう。


「冷めない内に、そこの公園に行って食べよう?」


 俺が優しくうながすと、白愛はコクリとうなずいた。そして、


「『室蘭カレーラーメンまん』も食べたい…」


 とつぶやく。食い意地の張ったヤツだ。

 そんなに食べたら、夕飯が入らないだろう。


 なぜ俺がそこまで心配する必要があるのか疑問だが、


「あれはニオイがキツイから、また今度な……」


 そう言って納得させる。そこへ、


「こ、こらっ!――え、えっと……アナタたち!」


 聞き覚えのある大人の女性の声がした。


「あ、花園はなぞの先生……こんにちは」


 俺は挨拶あいさつをする。

 担任の先生とばったり出くわす。通称『ノノちゃん』先生。


 まぁ、俺はキチンと花園先生と呼んでいる。

 だが、クラスの連中の間では、そちらの愛称で呼ばれていた。


 子供とは正直なモノで、先生というよりは――年の近いお姉さん――といった感覚なのだろう。


(それだけ『好かれている』ということの裏返しかもしれない……)


 しかし、原因は彼女の性格にもあった。

 今、声を掛けたのも――逡巡しゅんじゅんした結果だ――というのがよく分かる。


 優しい反面、気が弱いともいえた。

 寄り道をしている生徒を注意するのは、教師としては当然のことだと思う。


 だが、自信を持って対応できていない。


(あまり好きな遣り方ではないが、試してみよう……)


 俺は内心、溜息をき、気持ちを切り替えると、


「こんな時間に街中をウロウロするなんて、サボリですか?」


 黙っていてあげますから、学校に戻った方がいいですよ――と告げる。

 当然、ポーカーフェイスで対応した。


 そんな俺とは対照的に、白愛は慌てて俺の背中に隠れてしまう。そんなにおびえなくてもいいと思うのだが『自分が悪いことをしている』という自覚はあるのだろう。


 逆に生徒におびえられた先生の方が可哀想かわいそうになってくる。

 ただ『一言も発しなかったこと』は白愛にしては上出来だろう。


「えっ⁉ さ、サボっているワケではありません――って……」


 アナタたち――と先生はあきれたような、困ったような表情をする。

 学校での彼女の髪型は、二本の三つ編みおさげだ。


 しかし、今日に限ってはそれを解き、ウェーブの掛かった黒髪ミディアムロングになっていた。


 眼鏡も教室で掛けている丸眼鏡ではなく、知的な印象を相手に与える、お洒落眼鏡に変わっている。


 スーツだけは、いつものようにキチンと着熟きこなしていた。

 きっと、学生時代は学級委員だったのだろう。


 ただ、自信のない話し方が、その印象を相殺してしまっているのが残念だ。

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