綺麗な終わり方

千哉 祐司

第1話

 そうして人類は永遠の眠りについた。

 「そんな一文で終わる物語なんてあったら素敵だとは思わない?」

 鬱陶しいくらいに日差しが強い夏のある日に後ろから不意にそう声を掛けられた。

 無視すればいいものを何故かそうしてはいけない気がした、最後くらいキザに決めてみたかったのだ。

 「そんなの最悪の終わり方じゃない。だって泥臭く藻掻いて生きるわけでも惨たらしく死んでしまうわけでもなくただ眠るだけでしょ、そんなの最悪よ」

 振り返ることなく眼下を覗き込みながら厭味ったらしく答えてやった。

 普通なら答えるはずのない質問になぜだか答えてしまった。

 「えー、そんなことないよ!誰も傷つかなくて素敵じゃない」

 後ろからの突き抜けて明るい声に私のフェンスをつかむ手に力が入った。


 「あなた誰?」

 「私?神様だよ」

 「はぁ?あんたふざけてんの?」

 首だけで振り向いて彼女の顔を視界に入れた瞬間に息が詰まった、フェンス越しに見た顔は作り物めいた美しさをしていて呼吸を忘れてしまうほどだった。

 糞みたいな噂話が数時間で広がるようなド田舎はもちろんのことテレビでだって見たことも無いほどの美しさを彼女は携えていた。

 「天使?」

 「神様だよ」

 自称神様はゆっくりとこちらに歩みを寄せてきた。

 「こないで!」

 「神様なんて馬鹿なこと言って私のこと止めに来たんでしょ」

 決意を固め直すようフェンスをつかむ手に力が籠る。

 「止めるって何を?」

 「そんなの見て分かるでしょ」

 「もしかして空でも飛ぼうとしてたの?でも人は空は飛べないよ」

 自称神様はずれた言葉を私に返す。

 「そんなに飛びたいなら私が手伝ってあげる」

 彼女はいつの間にか私の横に立ってそう言うとおもむろに手を取って縁から飛び降りた。

 迫りくる地面から逃げるように目を閉じるたがいつまで経っても衝撃に目を開けると地面ははるか遠く、雲が近づいてきた。

 「空を飛んでる気分はどう?」

 彼女はいたずれが成功した子供の様に笑った。

 「本当に神様なの?」

 「そういってるでしょ、やっと信じてくれた?」

 「こんなこと信じるしかないでしょ」

 「ならそろそろ戻ろうか」

 ゆっくりと私たちは地面に降りていく。


 「これ一緒に食べよう」

 彼女はなぜか私にアイスをくれた。

 私はおとなしく二人でアイスを食べることにした。

 「ねぇ」

 「ん、なに?」

 自称神様はアイスにくぎ付けになりながら返事した。

 「神様なんでしょ」

 「そうだよ」

 「なんで・・」

 私は何を言おうとした言葉を一度飲み込んで整理した。

 「なんで私たちは一人で生きていけないの」

 「うーん、だって一人じゃ寂しいでしょ」

 「そんな幼稚な理由な訳ないでしょ!」

 「大事なことだよ、一人はね寂しいよ」

 「ふざけないで!大勢の中で一人になるくらいなら初めっから一人の方がまだマシよ」

 「それでも君達はいつか誰かと一緒になれるよ」

 そう答える声には今までのような明るさが鳴りを収めていて彼女にしか分からない重みがあった。

 「でも・・でも・・」

 手に持ったアイスがぽたぽたと手に垂れてきた。

 なんだか惨めな気分だ、これでは泣きじゃくる子供と一緒ではないか。

 「だから泣かないで」

 彼女は私の頬を拭ってくれた。

 その一言が私を一層惨めにさせた、私はもう何も言えずにアイスを食べることにした。何故かアイスはさっきより少ししょっぱくなっていた。

 「あなた名前はなんていうの?」

 「名前はないんだ」

 自称神様は悲しそうに笑いながらそう言った。

 「それは不便ね」

 「それならあなたが名前を考えてよ」

 「サクヤはどう?」

 何故だかこの名前は彼女にふさわしい気がしてすっと出てきた。

 「サクヤ、サクヤ、素敵ね」

 サクヤは大げさなくらい喜んでくれた。

 「それじゃ私はそろそろ帰るね」

 「そっか、さよなら」

 引き止めもしないくせに私が帰ると言っただけでサクヤはこの世の終わりくらい悲しそうな顔をした。

 「唯よ」

 「え?」

 「名前、私の名前よ」

 私は扉をくぐる前に短く言うだけ言ってすぐに扉を閉めた。

 なぜだが彼女のそんな顔は見たくなかった、だから名前くらいはいいだろう。

 「いい名前だね、ばいばい唯」

 サクヤはとびきり綺麗に笑った、やっぱり彼女の笑顔はこの世の物とは思えないくらい綺麗で私の脳裏から離れなかった。


 田舎道を歩くこと十五分。

 かび臭く古びた一軒家、そこが私の家だ、この町に私を括り付ける忌まわしき家。

 玄関には履き古されたヒールと見たことない汚れた男物のスニーカーが一つ。

 私が帰ってきたことを察知したのかガラガラと音を立てて母が出てきた。

 母はこの町の有名人だった。そんな母はヨレヨレのシャツ一枚とパンツ一枚だけ、その服装が彼女の仕事を表していた。

 「帰ってきたの、そう」

 「ただいま」

 「客が帰るまで音とか立てないでね」

 「分かってるよ」

 「そう、ならいいわ」

 それだけ話す私は部屋にそそくさと部屋の扉をくぐる、母は私が部屋に入るまで一回たりとも目線をよこすことは無かった。いつしか思い出の中の母は横顔か後頭部だけになっていた。

 家に帰ってから数時間ほどたったころ大袈裟な嬌声が扉の向こうから聞こえてき始めた。

 始まった、私はこの時間が何よりも嫌いだ、あの声が響く間私はあの女の血を引いていることを否が応でも突きつけられるこの数時間が耐えがたいほどの苦痛となっていた。


 朝、教室に入ると複数の視線を集めた、見慣れた何時もの嘲笑と軽蔑の視線だ。大方誰かが母の客が家に入るのを見ていたのだろう。

 「売女の娘がよく来れたわね」

 クラスのリーダー格の女が話しかけてきた。

 おはようの代わりに私が言われる言葉はこんな言葉ばっかりでもう慣れたものだった。

 「何か言ったらどうなのよ」

 「しょうもな」

 無視すればいいものをなぜか今日は口から言葉が出ていた。

 言い返されると思ってなかったのか女は激高して手に持っていた櫛を投げつけてきた。櫛は私にあたることなく床に音を立てて落ちて行った。

 静まり返った教室の中で居ても立っても居られずに教室を飛び出して学校を掛ける。

 私の足は無意識のうちに屋上に来ていた。

 そこには昨日と同じようにサクヤが居た、私はその隣に腰を下ろした。彼女は何も言うことなく私と同じように目の前の景色を見ていた。

 「ねえ、サクヤは神様なんでしょ」

 「そうだよ」

 「だったらさ、人殺せる?」

 「指を鳴らすより簡単だよ」

 サクヤはパチンと小気味いい音を鳴らした。

 「なら同じクラスの奴殺して」

 「えー、嫌だよ」

 「なんでよ!」

 「だって可哀想でしょ」

 「どこが可哀想なのよ、あんな奴ら死んで当然よ!」

 「唯だって小学生がアリを殺してたらそう思うでしょ」

 なんてこと無い様にそう言った、見惚れるくらい綺麗な笑顔で。

 そこでやっと私は理解した、彼女と私達では視座が違いすぎるのだ。それこそ人と蟻んこくらいに。

 「ふふふふ、はははは」

 「唯?大丈夫?」

 「なんでもないわ、少し嫌なことがあったけどよく考えたら気にするような事ではなかったって気づいたし、それこそアリくらいのしょうもなさだったわ」

 「そう?なら良かった」

 サクヤはそう言ってまた景色に目を戻した。

 「ここからの景色綺麗でしょ」

 「自然がいっぱいで綺麗だね」

屋上からはこの町が一望できる、森も畑もそこで働く人たちも綺麗に見渡せた。

ここには汚いものも嫌な噂話も届かない、そんな屋上がこの町で唯一私の安らげる場所となっていた。

 「でしょ、私ここからの眺めがこの町で唯一好きなんだ」

 それっきり穏やかな時間が流れ始めた。


 「私いつか東京に行くわ」

 「東京?なんで?」

 私は少しだけ息を整える。

 「私ね、綺麗な物が好きなの」

 私はまっすぐ前を向いて言葉を紡ぐ。

 「だからこの町が嫌い、だってこの町にここ以外に綺麗な物なんてないもの、常に他人の粗探ししてる奴らも朽ちて腐っていくこの町も醜いでしょ。」

 「だから私は私が嫌い、この女性らしくなっていく体も、こんな事考えてしまう思考も何もかも嫌い」

 「なんで私たちは感情に左右されるの、もし皆が合理的に考えて生きて調和している世界があったら何よりも綺麗だと思うの」

 私は懺悔するように告白するように淡々と話した、彼女もただ静かに聞いてくれた。

 「東京は綺麗なものばかりなの?」

 「もちろん綺麗な物だけじゃないよ、でもそれでも子の町よりは綺麗だと思う」

 「じゃあ東京に行こっか、今すぐ」

 「今?」

 「うん、だってあなた達の人生は短いでしょ、だったらやりたいことはすぐにやろうよ」

 彼女は気持ちいいくらい真っ直ぐで、彼女が言えば嫌いな綺麗事も綺麗に思えた。

 「ほら、行こう」

 彼女は私の手を引っ張る。

 「私は唯達がどんなこと考えているかなんて理解できないの、でも全てが調和してるって生きてるって言えるのかな、それこそ唯が嫌いなただ眠っているのと同じじゃないかな」

 完全な不意打ちだった、私は何も言い返すことができず彼女の後を追った。


 深夜バスに揺られること七時間ほどかけてやっと東京に着いた。

 「着いたみたいだよ、唯」

 「そうね」

 明るいサクヤと対照的に私は少し重たい足取りでバスから降りる。

 「凄い、人が一杯だね」

 「こんな大勢の人祭りの時だって見たこと無いよ」

 「よし、それじゃあ初めはどこに行くの?」

 「どこに行こうか?」

 「どこ?どこがいいのかな」

 「えー、東京行きたいって言ったのにどこにも行きたいところないの?」

 「だって初めてきたもの、しょうがないじゃない・・」

 本当は別に東京に絶対に行きたわけじゃなっかた、ただあの町を出れればそれでよかったのだ。

 「分かったはじゃあ、ハチ公見に行きましょ」

 「ハチ公ってなに?」

 「偉大な犬よ」

 渋谷に降りてからこちらをうかがうような視線があからさまに増えた。

 理由は簡単でサクヤの存在だ、彼女はそこにいるだけで人の目を引いてしまう。

 「そこの二人、もしよかったら遊ばない」

 二人の男が道をふさぐように話しかけてきた、いわゆるナンパだ。

 「結構です」

 「まあまあ、そういわずにさ」

 きっぱり断っても二人はしつこく話しかけてきた。

 行く手を塞がれて話し合いが平行線を辿っていると周囲に少しづつ人だかりが出来つつあった。

 人だかりの人たちは誰も私たちの間に助けに入ってくることもなく各々のスマホを取り出してこちらにレンズを向けてきていた。

 「どいて!」

 絶叫に近い声に固まった男たちを振りほどくように私はサクヤの手を引き人気の少ないところへ逃げていく。

 薄暗いビルとビルに腰を下ろす、今は少しだけ日の下がきつかった。

 「唯大丈夫?」

 サクヤが私と陽の光を遮るように立って聞いてきた。

 「私東京に来たら人の目なんて気にしなくていいと思ってた、でも陰口がSNSになっただけで何も変わらないのね」

嫌な目線はカメラになって、陰口が拡散されているのはどこも変わらないのだ。

 「誰もいないところに行ったら私でも楽に呼吸できるかな」

 私の話をサクヤは何も言うことなく聞いていた。

 「でも私たちは一人で生きていけないようにできているんでしょ」

 「……ごめんね」

 顔を上げるとサクヤは悲しそうな顔をしていた。

 別にサクヤを悲しませたくて言ったわけではないのに。バツが悪くなってまた顔を下げた。

 「ねえ、ここ行ってみない」

 サクヤはどこかからかスカイツリーのパンフレットを持ってきていた。

 「スカイツリー、なんで?」

 「今日は天気もいいし、綺麗な風景みたら唯の気分も晴れるはずだよ」

 「私そんなに単純じゃないわよ」

 そんなことを言っても内心子供みたいなことを言う彼女の姿に少し気分が軽くなる。

 「でももうお金無いよ」

 そう言って見せる財布にはもう千円も入ってない。

 「大丈夫だよ、ほら」

 そう言う彼女の手には一万円札がパンフレットの代わりに数枚握られていた。

 「ほらほら行こう」

 引っ張られるままにサクヤに連れられてスカイツリーまで来ていた。

 そのまま彼女は私を先導してロビーまで人を避けて歩く、彼女の手にあったパンフレットはいつの間にか入場用のチケットに変わっていた。

 幸いなことにエレベーターには二人だけしか乗ってなかった。

 「ありがとね」

 「何が?」

 「何でもないわ」

 エレベータは一分もしない内に展望台があるところまで付いた。

 遥か上空からの眺めは圧巻の一言だった。

 「凄いね、車も建物も小さいね」

 「そうね、でもそんなに綺麗じゃないね」

 「もうすぐ文句言うんだから」

 「お腹減ったしそろそろ降りよっか。」

 スカイツリーを後にした私たちは全国チェーンのハンバーガーを晩御飯にした。高級じゃなくてどこにでもあるものをサクヤと食べたかったから。

 お腹が膨れた私たちは日本一の繁華街の歌舞伎町に来ていた。

 「凄いね、どこもかしこもキラキラしてるよ」

 「そうだね、真昼より明るいんじゃないかしら」

 ふいに地面を見るとキラキラした街とは反対にゴミがそこらかしこに落ちていた。

 「もしかしたらこの世界に綺麗な物なんて一つも無いのかもね」

 「そんなことないよ、ここだって綺麗だし他にもいっぱいあるはずだよ」

 いつものような慰めにもなっていないサクヤの言葉に呆れながら目線を戻すと不意に彼女と目があった、この明るさでもくすむこと無い黒い瞳に吸い込まれてしまいそうになった。

 「そうね、私も綺麗な物一つ知ってるわ」

 「でしょでしょ、それなら他にも絶対に見つかるよ」

 「そうかな、でも一つあれば十分かもね」

 何よりも大切なものを私は見つけれたのだ。

 「さて帰ろっか」

 「もういいの?お金のことなら心配しなくていいんだよ」

 サクヤは残念そうにそういった。

 「もういいのよ、もう見つかったから」

 「そう?それならよかった」

 サクヤは少し納得してないような顔をしながらも私の横を歩き始めた。


 私たちが東京から帰ってから二週間ほどが経った。

 しょうもない虐めも私に興味のない母も何一つ変わること無いがそれでも私は前よりも呼吸がしやすくなっていた。

 私たちはいつも屋上で喋っていた。

 「ねえねえ、今度は大阪に行ってみない?」

 「大阪?またどうして大阪なの?」

 「だって大阪って色々美味しいものがあるらしいじゃない」

 サクヤは大阪の名物料理を一つずつ挙げながらその想像だけでお腹を鳴らしす芸当を披露してくれた。

 「あんた本当に食いしん坊ね」

 「それに大阪だったら新しく綺麗な物見つけれるかもしれないでしょ」

 その一言に私は簡単に嬉しくなってしまった、彼女は彼女なりに私のことを考えてくれていたのだ。

 「綺麗な物はもういいの、そんなことよりも明日もまたここでお話しようよ」

 「もちろんだよ」

 そう言って彼女は綺麗に笑う。彼女の隣にいる私も綺麗なんじゃないかと勘違いしてしまうほどに彼女は綺麗だった。

 「それじゃ、また明日」

 「またね」

 夕日に照らされながらそう言う彼女はやっぱり何よりも綺麗だった。


 家には今日もヒールとスニーカーが脱ぎ捨てられていた。

 「どうしたの今日は遅かったじゃない、何かあったのか心配したのよ」

 母は私が帰ったのを確認すると少し安心したようにそう言った。

 珍しく母はヨレヨレのシャツではなく少し綺麗めなブラウスとズボンを履いていた。

 久しぶりに見た母の顔は記憶より皺を刻んでおり疲れた雰囲気を醸し出していた。

 「い、痛い」

 母は私の質問に変な返答をして腕を握りしめるように掴んで手を引いてリビングに連れていく、そこには一人の男がいた。

 私はこの男が嫌いだった。玄関ですれ違う度に嘗め回す様に見てきたのを覚えている。

 「やあ」

 「ほらあなたも挨拶しなさい」

 「こんにちは」

 促されるままに小さく返して部屋に逃げようとしたが腕を掴む手がそれを許さなかった、力の籠った手で私を男の前に立たせた。

 「この人ね、あなたに十万円出すって言うのよ」

 「は?」

 嬉しそうに母はそう言った、耳から入ってきた言葉を私はうまく咀嚼しきれずに立ち尽くしてしまった。

 「今まであんたなんて疫病神産んだこと何度後悔したか分からなかったけど」

 私の目を見て嬉しそうに微笑みながらそう言った、その顔はサクヤと比べ物にならないほど醜かった。

 「それじゃあ終わったらまた声かけてね」

 それだけ言って私と男を残して出て行った。

 私は幸せだった、だから大事な事を忘れてしまっていたのだ、この世界は決して綺麗な事ばかりではないのだと。

 そこからのことはもうよく覚えていなかった。

 はっきりと覚えているのは痛み、それと私が汚れてしまったことへの嫌悪感とサクヤの笑った顔が頭に浮かんで消えたことだけ。




 朝目を覚ますと布団の上に汚れた私と制服が散らかっていた。

 散らされていた制服を着こみ台所の包丁を持って私は家を飛び出した。

 朝だというのに体温と同じくらい温い空気が気持ち悪い空気の田舎道を学校へと走り続けた。

 サクヤはいつもと同じように屋上で待っていた。

 山から少しずつ顔を出す太陽に照らされた彼女はいつもと変わらず綺麗だった。

 「どうしたの?今日は早いね」

 私は少し赤みづいた包丁を背に隠して彼女に近づく。

 「サクヤに頼みがあるの」

 「クラスメートは殺さないよ」

 「それはもう大丈夫よ」

 いつも通り少しずれたことを言う彼女に私の心が洗われるのを感じた。それと同時にもう落とせない汚れを自覚してまた心が沈む。

 「ねえ、手どうしたの?」

 陽に照らされた私の手を見て彼女は少し動転しながら聞いてきた。

 紺と純白だった制服は少しずつ黒く赤く染まっていく。

 「私綺麗な物が好きなの、だからここからの景色が好きだった。サクヤと見るこの景色が好きだった」

 「私綺麗な物が好き、だから私は私が嫌い。女性らしくなっていく体も汚れていく心も全部嫌い」

いつか彼女に言った言葉をもう一度紡ぐ、ただあの時と違って彼女は小さく震えている。

 「手!どうしたの!」

目にうっすらと涙を貯めていた。サクヤはこんな私を本気で心配してくれている、それがたまらなく嬉しくて悲しかった。

 「だから私死にたいの」

 「は?」

 サクヤは少し間抜けな声を出した。

 「そんな冗談笑えないよ」

 「冗談じゃないわ、もう私は綺麗にはなれない、それにこのまま生きていてもゆっくり汚くなっていくなら死にたい」

 サクヤは信じられないとう顔をしていた。そんな顔すらもキラキラ輝いていた。

 そうしている間にもゆっくりとシミが広がっていく。

 「ねえ、死ぬならサクヤの手で死にたい」

 「そんなこと言ってる場合じゃないよ!」

 サクヤはどくどくとルビー色の液体が流れる手を取った。

 「私が直してあげるから」

 「私綺麗なものが好きなの」

 「黙って!そんなこと今聞きたくない」

 「サクヤがこの世で唯一綺麗なのだからサクヤの手で死ねたらそれって幸せだと思わない?」

 「嫌だよ、もっと二人でいろんなことしようよ」

 「お願い、これだけが私の救いなの」

 「無理、無理だよ……」

 我ながら卑怯な頼み方だ、彼女をまた一人にしようとしている。

 孤独を恐れているであろう彼女をまた一人にしようとしているのだ、それでも私は私を優先してしまった。

 「お願い、神様に取ったら指を鳴らすより簡単でしょ」

 ほら、と言って彼女の手を私の首まで持っていった。

 「分かったよ」

 彼女は声にならないような小さな声で頷いてくれた、ゆっくりと首を絞める手に力が入っていくのを感じた。ふと頬に何かが当たる感覚がして彼女の顔を見るとサクヤは大粒の涙を流していた。

 泣いている彼女の顔も綺麗だななんて場違いにも私は思った、やっぱり私は幸せ者だ。

 サクヤは壊れたようにごめんねと繰り返し呟いていた。

 せめて彼女が罪悪感にとらわれないようにありがとう、私は最後にそう言った。


 ありがとう、そう言って唯は死んだ。

 完璧に作ったはずの世界は思ったよりも綺麗ではなかったのかもしれない、それでも確かに美しいものあった、それでも腕の中でゆっくりと冷えていく彼女を救うことはできなかった。

 唯は幸せに逝けたのだろうか、私は綺麗な彼女の顔を覗き込みこの醜い世界にささやかな復讐を決意した。

 彼女が一番嫌がっていた方法でこの世界を終わらせることにした。

 泥臭く藻掻いて生きるわけでも惨たらしく死んでしまうわけでもなくただ眠るようにこの世界を終わらせる、それがこんな私でも出来るせめてもの償いだから。


 そうして人類は永遠の眠りについた。

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綺麗な終わり方 千哉 祐司 @senya_yuji

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