00 プロローグ
「ったく汚ねぇなぁ…ほんと…」
ー 横浜 本牧埠頭 ー
雑多に積み上げられたコンテナを縫う様に乱立する倉庫群…あたりを照らす最低限の電灯が人が訪れるのを拒むかの様にチカチカと点灯と消灯を繰り返す中、用途の分からない倉庫の半開きにされた大きな扉の前で、2人の人影が揉み合っていた。
1人はスーツ姿のガタイの良い大男、血まみれで顔を腫らしながら倒れ込み、もう1人はその男の横でガラの悪さを隠すそぶりも無く足を開いてしゃがんでいる。
血まみれの男を見下ろす男はタイトなシングルのライダースに、やはりタイトなブラックのパンツ、辺りの暗さも手伝って一瞬【男】なのか【黒い塊】なのか見紛いそうな出立ちだったが、男の髪の毛だけが、赤々と彼が【人間】だと主張している。
「おいコラ、質問に答えろクソが」
「知らない、知らない!知らないんだ俺は!本当に何も知らない!」
静かな夜の埠頭に響く問答は何やら穏やかではない様子で、赤髪は左手で地面に押さえつける形で血まみれの男の首を強く握り込み、問われた男はガタガタと震えながら、泣き出しそうな声を絞り出している。
「お前に2つ、良いことを教えてやるよ、一つ、俺は今とんでもなく機嫌がわりぃ、お前のお仲間がだらしなくぶちまけた脳漿が、俺が今期買ったばかりのアレキサンダーのライダースに犬の糞みてぇにこびりついたせいだ…二つ、んでその極めて機嫌の悪い俺の下に居るゴミ野郎は何度ぶん殴っても【知らない、助けて、知らない、知らない】ってぶっ壊れたスピーカーみてぇに同じ回答しか返してこねぇ…」
赤髪は男を押さえつけたまま、右手を丁度自分の右頬の辺りまで上げると、【何も無い】所から自動拳銃を一丁出現させ、その銃口を男の口にねじ込むと器用に親指で撃鉄を上げた。
「ゴミ野郎…以上を踏まえた上でもう一度だけ質問してやる…【EVE】とはなんだ?お前らは何を隠してる?」
「知らないんだ…信じてくれ本当に俺は何も知らないんだよ…頼む…見逃しーーー」
辺りにドンッと鈍く乾いた音が響き渡るのと同時にスーツ姿の男の頭はサッカーボールの様に一瞬跳ね上がり、辺りに真っ赤な飛沫を撒き散らすと着地して動かなかくなった。
赤毛の男は右手に持っていた拳銃を手品の様に消し去ると【あぁそうかよ】と唾を吐き捨てながら立ち上がる。
「うわぁーグロっ、まぁた派手にやったねぇ」
「あぁ?なんだベル、居たのかてめぇ…」
赤毛の男が頭を上げるとすぐ隣に背の高い女が立っていた。
胸元がザックリと開いたカーキのニットのワンピースにショート丈のファーブルゾン、12cmはあろうかというベロアのショートブーツ、おおよそこの場所にそぐわない出立ちの女はわざとらしく額に手を当てて、【やれやれ】とため息をついてみせた。
「あいっかわらず学のなさそーな単語しか出てこないねアンタの口からは…」
「うるせぇな、お前の頭もトマト缶みたいにしてやろうか?クソビッチ」
「クソビッチって…きょうび聞かないよ…昭和かアンタ…」
「……」
「まぁいいや、んで、どうだったのコイツら、なんか吐いた?」
「いや、ハズレだな、恐らく末端だろ、まぁ知ってても知らなくても結果は変わらなかったけどな…」
「末端って…コイツら関東最大の暴力団の幹部達だよ?末恐ろしいねこりゃ…」
「ならつまりその手の指令系統じゃねぇって事だろ…犯罪組織っつーわかりやすい背景じゃねぇのかもな…」
「アンタ【背景】についてなんて考えるの?あはは、こりゃ傑作だわ、一応ついてたのね脳みそ」
「弾くぞマジで」
男は先程とは別の拳銃を女に突きつける
「あーやだやだ、こーゆー脊髄どころかシナプスだけで体動かしてそうな単細胞の相手は…まったく、どっちが暴力団だかわかりゃしない…アンタをしばくのも楽しそうだけどね、藪蛇にならないウチにアタシはおいとまするよ…」
海からゴオっと音がして冷たい風が吹いた、風が止むと女は忽然と居なくなっていた。
「ったく…どいつもコイツも…」
【風が出て来たな…】男は呟きながら髪を抑え立ち上がると、コツコツと規則正しい足音をさせてその場を後にした。
辺りにはむせかえる様な血の匂いと風が運ぶ海の香りが、どうにも耐え難い匂いとなって渦巻いていた。
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