第5話 ペーパーテスト③

 翌朝、いつも通り教室に入ると早速、杏奈さんが女子を味方につけ、情報の拡散を行なっていた。


 そのおかげで、勉強会では男子ほぼ全員が参加した。

 そしてのその中、俺も含まれていた。


「何で、俺も…」


「どうせ、勉強会をするなら、全員集まったほうがいいでしょ?赤木くん」


「意地悪女め」


「誰が意地悪女よ、もう少し、女の子には優しく接しなさい。このペーパーテストは私の成績に関わるのよ。50点以下でも取ってみなさい、みんなに見せられない顔にしてあげるんだから」


「はいはい…」


 みんなで図書館に集合し、教える人、教えられる人に別れ、勉強会が始まった。

 教える人はクラスの中心人物である学と杏奈さん、北条さん、あきらくん、あつしくんが教えることになった。


「俺は教えられる側なのね」


 一様、平均点は取れるぐらいの学力はあるつもりなんだけどな。

 どうやら、思った以上に俺が頭悪いと思われているらしい。

 まぁ、周りの天才たちに比べれば、悪いとは思うけど…。


 こうして勉強会は始まった。

 そしてすぐに問題が起きた。


「こんなのやってられっかぁ!!くそがぁ!!」


 教科書は床に叩きつけ、怒りを叫ぶ一號蓮也いちごれんや

 その叫び声に周りの人たちは一斉に蓮也を見つめ、すぐに目線を逸らした。


「真面目にやりなさい」


「うるせぇ!!いちいち上から目線で教えやがって、ムカつくんだよ!!」


「くだらないわね。わざわざ教えてあげているのにその態度、あなた、人から教えてもう時の態度を教わらなかったの?」


 煽るように言葉でし返す北条さん。

 その言葉に一號は今にも拳が出そうになっていた。


「やめるんだ二人とも!!ここは図書館だよ、ここで喧嘩でもしたら、成績にどんな影響が出るか…」


 喧嘩を止めるように割って入った学。

 しかし、二人の喧嘩言葉は止まらない。


「てか、何でこんな上から目線なやつがいるんだよ、もっと教えるのがうまいやつを教える側にしろよ!!」


「それは聞き捨てならないわね。私は適切に簡潔に教えているつもりよ。それでも理解できないあなたの頭が悪いんじゃないの?」


「なっ!!こいつ、一回、わからせないとわかんねぇみたいだな」


「ちょっと二人とも、喧嘩は…」


 今にも殴り合いになりそうな二人。

 一號蓮也いちごれんやはスポーツの天才。

 何をやらせても日本一を取れるほどと言われた体育会系だ。

 そしての全スポーツの中で世界レベルと言われたのがサッカー。


 持久力にシュート力、そしてフィジカル、全てが世界レベルと称され、将来を期待された新生だ。


 そんな彼が喧嘩で負けることはそうそうないだろう。

 スポーツで培った筋肉は間違いなく喧嘩にも影響するからだ。


「まぁまぁ、二人とも喧嘩はやめようよ」


 二人の喧嘩の間にまた一人割り込んできた。

 木兎杏奈だ。

 杏奈さんはにっこりとした笑顔で割り込み、一號は一瞬、戸惑いを見せる。


「確かに、北条さんは少し上から目線だけど、成績だけで見れば、間違いなく一番頭がいいの。だから一號くん、もう少し頑張ってみよ、ね?」


 一號くんの手を握り、上目遣いで投げかける。

 その姿に一號くんは表情を崩し、懐柔かいじゅうさせられた。


「そ、そうだな。うん、杏奈ちゃんの言う通り、もう少し頑張ってみるよ」


「うん!その勢いだよ!!」


 一瞬で一號くんの怒りを沈めた杏奈さんに皆が胸の内で驚きを見せる。

 さすが杏奈さんだ、一人の心を理解し、その懐に付け込み、技を仕掛ける。

 よく、人を見ている証拠だ。


「北条さんももう少し優しく教えてあげてね」


「………あなた、いえ何でもないわ。善処はする」


「うん、ありがとう。北条さん!!」


 こうして、なんとか無事に第一回勉強会が終わった。

 それぞれ、図書館で解散し、俺は北条さんが出てくるのを待った。


「そこで何をしているの?赤木くん」


「おっ、待ってたよ」


「気持ち悪い言い方しないでちょうだい」


 北条さんはそのまま横を通り過ぎる。

 その後ろを姿を俺は追った。


「ちょっと待ってよ」


「なに?」


「少し確認しておきたいことがあってさ」


「確認しておきたいこと?」


 そう、俺は北条さんに確認しておきたいことがあった。


 今回の勉強会、俺はずっと一人一人、人間観察を行ない、誰が一番退学者になる可能性が高いかを探っていた。


 教えている側に問題はない。

 そしてみる限り、ほとんどのクラスメイトは50点以上は取れるだろうと確信できた。


「ああ、北条さんからみんなの学力はどうだった?」


「学力?……そうね。まぁよくも悪くもかしら。特別、頭が悪いって人は、一人ぐらいね」


「そうか。その特別、頭が悪いのって言う生徒は…」


「ええ、一號くんね。彼の頭の悪さにはさすがに驚きを隠せなかったわ」


 真剣な顔つきで語る北条さん。


「へぇ〜そんなに悪かったんだ」


「ええ、この高校に入れたのか不思議に思うほどにね」


「じゃあ、しばらくは一號の勉強を北条さんに見てもらうことにしようかな」


「はぁ!?私は嫌よ、あんな脳みそがないような人を教えるの…」


 隠す気もない顔つきを見せ、本当に嫌なんだなとわかる。


「そうか?ここは天才が集う高校、今は勉強が苦手でも案外教えたら、学力が上がるかもよ?」


「あり得ないわ。あれほど学力が低いと言うことは、それだけ勉強から逃げてきたことを証明している。そんな勉強から逃げてきた人がいきなり勉強を始めて、絶対にうまくいくはずがないわ」


「まぁまぁ、俺たちはクラスメイトならしっかりと支え合わないと、じゃないとより上にはいけないぜ」


 俺は揶揄からかういながら、キリッとした顔を見せる。


「何カッコつけてんのよ」

「べ、別にいいだろう!!男なんだし…」

「子供ね」

「な、なにを〜〜〜!!」


 これが高校生活。

 少し特殊であるものの、今、みんなでテストを乗り越えようと奮起している。

俺が求めた高校生活。


 友達という関係で呼んでいいのかはわからないが、話すと少しだけ楽しい気持ちなる。


 これもまた淡い青春の1ページとなる。


「あ、そうだ。北条さん、ちょっとお願いがあるんだけど、連絡先を交換しない?」


 俺はスマホを取り出した。


「嫌よ」


 即答だった。


「何でだよ。これから先、何かあった時にすぐに相談できるようにと思って提案しているのに」


「教室で話せばいいじゃない。わざわざ交換する必要はないわ」


「それも確かにそうだな。でも、いつでも連絡できるクラスメイトがいたほうが、もしもの時、便利じゃないかなと俺は思うけどな…」


「もしもの時ってなに?」


「それはまぁ、色々だよ、色々…」


「…そう」


 真剣な顔つけ、目線を下へ逸らす。

 どうやら、検討中のようだ。


「わかったわ。スマホを貸しなさい」

「はいはい…」


 スマホを手渡すと、すぐに連絡先を登録し、スマホを返した。


「これでいいんでしょ」


「ああ、ありがとう」


「……この1週間、真面目に一號くんの面倒はみるわ。でも期待はしないことね」


「期待なんてしなさい。でもうまくいくことを願ってる」


 そのまま俺たちは自分の部屋に戻った。

 俺は制服を脱いで、ベットに寝転がる。

 そしてスマホ画面を開き、北条さんの連絡先を見つめた。


「初めての女子の連絡先……これは一歩前進かな」


 この勉強会で俺は少なからず、Cクラスからの認知を得た。

 そしてそれは北条さんも同様だ。

 入学当初からは考えられないほど、認知を得たはずだ。

 そしてこの勉強会で彼女はクラスのもう一人の中心人物として花を咲かす。

 学に続く、二人目の中心人物。


「今の所は順調だな…」



 こうして日々は続いていった。

 平日は放課後、図書館で勉強会を行い、休日は集まれる人でショッピングモールの 内にある喫茶店で勉強会。


 気づけば、ペーパーテスト2日前に迫っていた。


「…順調で何よりだな」

「ええ。一人を除いてね」


 ここまでの勉強会で一つの変化が起きた。


「また、一號くんは来てないんだね」

「うん。心配だよね」


 学と杏奈さんが心配な顔つきで話し合っている。

 なんと、一號くんが勉強会に参加しなくなったのだ。

 原因が考えられる一つは北条さんだ。

 その態度と様子から二人は話し合っているのだ。


「北条さん……」

「私はただ懇切丁寧こんせつていねいに教えただけよ」

「そ、そうですか」


 まぁ、予想はできたことだし、今更といえばは今更だ。

 世の中には合う合わないが存在する。

 今回の場合は、相性が合わなかった、というだけだ。

 けど、そんな言葉で片付けてはいけないのが今の状況だ。

 残り2日もない以上、ここが詰めどきだ。


 俺は杏奈さんが一人になるタイミングを見計らい、話しかける。


「杏奈さん、ちょっといいかな?」


「何かな?」


「実は少し頼み事があって、ちょっと上級生、2年生の先輩に聞いてほしいことがあるんだ」


「上の先輩に?別にいいけど…何を聞けてばいいの?」


 ことのむねを伝えると、杏奈さんは笑顔で承諾してくれた。


「いいよ、聞いておくよ」


「ありがとう」


「あっ、そうだ。奏馬くんに言っておきたいことがあったんだ」


「なんだ?」


「そのさん付けはやめてほしいな。なんか他人行儀というか、もう私たち友達なんだし…」


「あっ、そうだな。ごめん、じゃあ、頼んだよ杏奈」


「うん!任せてよ!!」


 そしてあっという間に日々は過ぎ、ペーパーテスト当日が訪れた。



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