君に恋すること、それは
@shinshin07
第1話
君に恋すること、それは・・・
震えるような寒さが過ぎ、外出する機会も増えた今日この頃。
俺は、高校三年生へと進級した。
決して友達が多いというわけでもなく、ムードメーカーでもない俺だが普通の高校生として過ごしていた。
「今日は始業式か」
そう独り言を呟きながら学校へと足を向ける。
駅に着くと通勤ラッシュに遭遇し、学校に着く前から体力が奪われる。
春休み明けのため、普段よりも疲れたな。
そんなことを気にしながらも無事学校へと着くと、数少ない友達の一人である悠斗が背後から声をかけてくれた。
「よっ、元気か? 今年も同じクラスだな」
「お、おう、そうだな」
そんな会話をしながら、俺たちがこれから一年間世話になる教室へと向かった。
教室は一階の一番角の部屋だ。この学校は一年生が三階、二年生が二階、三年生が一階をなっている為、分かりやすいと言えば分かりやすい。
教室に着くと既に多くの生徒が集まっていた。その中には同じクラスでは無い生徒も見かけるがこれも高校生活の中ではありふれた光景の一つである。
俺の席は・・・、そんなことを考えていると教室の端の方に数少ない友達の一人である真治を見つけた。
読書をしていた為、声をかけるか迷ったが隣にいた悠斗も真治の存在に気づいたので、二人で真治のもとへ歩みを進めることにした。
「よう、真治、相変わらずお前は本が好きだな」
「お前らか、久しぶりじゃん、春休みのカラオケぶりだな。」
そんな他愛もない会話をしながら俺は教室を眺める。
生徒数が多い学校なので話したことが無い生徒も数名いるが、ほとんどは一言二言会話をしたことのある生徒だった。
このメンツなら、今年度も何事もなく終われそうだ。実際にどこの学校でも問題児は数名いるものである。しかし、俺のクラスにそのような生徒は居なかった。
俺は安堵しつつ、自分の席を見つけたため席に着く。俺の席は窓際の後ろから三番目という位置だった。
なんとも微妙な位置だな。どうせなら一番後ろの席が良かった。
窓際の一番後ろ席なんてなんとも漫画の主人公らしくていいじゃないか。
そんなことを思いながら、窓から見える嫌になるほどの都会の景色と教室内の青春の一ページを眺めていた。
その時、
「はーい、みなさん席についてください」
ふわふわとした優しい声が教室内に響いた。
とてもかわいらしい声で、新しく若い先生が配属されたのかと想像しながら声の聞こえる方へ視線を移した。
赤色の小綺麗な服装に、かわいく巻かれた髪の毛とスカートから見える細い足。
そして、しわだらけの顔面。
現実は甘くなかったか。
期待したせいで絶望は大きい。期待のし過ぎは良くないな。
無意識に俺は素早く視線を都会の街並みへと移した。
「はじめまして、近藤さゆりです。」
若作り先生の連絡事項を軽く聞き流す。
「今日は一学期の始業式がありますので、これから体育館に移動してくださいね。」
なにか話しているようだ。
一通りの連絡事項が終わると皆が立ち上がり体育館へと向かう。
俺も向かうとしよう。
重い腰をあげると真治と悠斗と一緒に体育館へと向かった。
「そういりゃ、転校生がくるらしいぜ。」
そんなことを悠斗が言い出した。
「へぇ、どんな子?」
真治が聞き返す
「そこまでは知らねぇよ」
転校生か、珍しいな。実際に転校生を目にするのは初めてだ。
体育館に着くと多くの生徒が集まっていた。
おとなしくなるように先生が催促する。
全てのクラスの生徒が集まったことを確認すると、さっそく始業式が始まった。
地面に長時間座るのは腰が痛むな。早く終わってくれると嬉しいが。
しかし、そんな考えが届くことも無く、長々と話は続く。
そして始業式も終わりに近付くと、転校生の紹介に話が切り替わった。
「こちらへどうぞ、有本ありかさん」
先生の一声で、一人の生徒が姿を見せた。
その瞬間、物凄い歓声があがった。
『かわいすぎだろ』『スタイルやば』『お姫様じゃん』このようなセリフが物凄い勢いで飛び交った。
しかしその少女は何事もないかのように、
「はじめまして、有本ありかです。よろしくお願いします」
と、端的に自己紹介を済ませた。
「有本ありかさんは、財閥のご令嬢で小学校も中学校もそして高校も学校へは通っておらず、ご自宅で専門的な教育を受けられたみたいだ。しかし、本人の学校へ通ってみたいという希望で高校三年生の一年間だけ学校で授業を受ける。」
先生から少女の詳しい説明がされた。
まぁ見るからにご令嬢だとは思っていたが、そこまでのお姫様だったとは。
自分との身分の差に悲しくなるな。
「有本さんは、H組で授業を受けるから、H組の生徒はよろしくな」
最後にそう伝え、転校生の紹介は終わり、始業式を終えた。
まさか俺のクラスか。
しかし、俺はご令嬢が転校してくれたことよりも、そのご令嬢と同じクラスになれたことよりも、もっと大きな感情があった。
彼女を一目見たときに現れた感情。ドキドキするような気持ち。
心がおかしくなるような気持ち。
恋か? いや違う、
これは・・・恐怖。
しかしなぜ恐怖?
気持ちの整理が付けられずにいると、悠斗と真治が話しかけてきた。
「なぁ、あの美少女と同じクラスだぞ。」
「俺たちとは生きてる世界が違うだろ、話してもらえると思うなよ」
気持ちが高鳴っている悠斗と現実思考の真治を横目に、俺は自分の気持ちを整理していく。
初対面のご令嬢に恐怖なんてするわけない。
今日は調子が悪いのかもな、早く帰って寝るか。
そんな調子で、俺たちは教室へ戻った。
教室に着くと生徒たちの話題は転校生のことばかりだった。
まぁそうなるよな。
俺はすぐさま自分の席に座り窓の外の景色を眺める。
そうこうしていると、若作り先生が転校生を連れて教室に入ってきた。
その瞬間にまたも歓声が響く。
ずいぶんと賑やかなクラスだ。
しかし少女はそんなことは気にすることもなく、先ほどの全校生徒へ向けての自己紹介と同様に端的に自己紹介を済ませ、自らの席へと歩き出した。
あの子、、いま俺を少し見たような・・・いや、気のせいか。
彼女の席は廊下側の一番後ろの席だった。
その後、少しばかり若作り先生からの連絡事項を聞いて、チャイムが鳴った。
休憩時間になると、生徒たちは一斉に転校生の有本ありかの元へ駆け寄った。
皆からの質問攻めに少しばかり動揺を見せながらも笑顔で答えていた。
「お前は話しかけないのか?」
悠斗が声をかけてきた。
「いや、いい。それより、自販機についてきてくれよ。」
俺たちは、読書をしていた真治にも声をかけ飲み物を買いに行くことにした。
自動販売機の設置場所は購買前と別棟の一階にある。
別棟とは、職員室や家庭科室、生物科室や、科学科室など、いわば移動教室でいくような棟のことである。
生徒たちの教室がある棟と別棟は隣同士なので移動は容易い。
俺たちは別棟の自動販売機に行くことにした。こっちの方が種類が豊富だからだ。
自動販売機へ行く途中も話題は転校生のことばかり。
もうそろそろ違う話題を話してくれてもいいんじゃないか?
そんなことを思いながらも真治と悠斗の話に相槌を打つ。
「真治と悠斗、お前たちも何かいる?」
俺は付いてきてもらったお礼として一応報酬を支払うことにする。
「まじか、やった、じゃあ俺はコーラ」
「俺はイチゴオレで」
二人にジュースを奢り、俺はいつも通りミルクティーを購入した。
「いつもミルクティー飲んでるよな。」
真治にミルクティーばかり飲んでいることを刺激される。
「たしかになぁ、しかも色んな種類のミルクティーを呑み漁って。一番好きなミルクティーとか無いの?」
悠斗も真治に続いて俺に問いかける。
「んー、どれも美味いんだけど、『これだ!』ってミルクティーが無いんだよな」
俺は特にミルクティーがめちゃくちゃ好きなわけでもなく、いつから好きになったのかも記憶にない。しかし、なぜかミルクティーを見つけると飲んでしまう。
まるで、何かに取り憑かれているかのように。
いや違う、何かを探しているかのように。
教室に着くと、まだ生徒たちの有本ありかに対する質問攻めは続いていた。
大変なもんだ。頑張ってくれ。
そんなことを思いながら、スマホを触っていた。
この学校はスマホの持ち込みが許可されており、休憩時間には普通に使用することが出来た。
その後は普段通りに授業を受け、昼休みになった。
悠斗と真治と一緒に中庭のベンチに座り、昼飯を食べることにした。
「相変わらず手の込んだ弁当だな。」
「さすが、シェフを目指しているだけのことはあるな。」
二人が俺の弁当について話をしてきた。
「まぁーな、今日もバイトだよ。」
俺も二人に対し返事をする。
「ミシュラン二つ星店でキッチンバイトをしてるんだろ? すげぇよ。」
「将来の夢が決まっているのが羨ましいよ。」
俺は三ツ星を獲得するという夢があるが、なぜそんな夢を持ったのだろう。いつからだろう。
「俺にも弁当少し分けてくれよ。」
「じゃあ、俺ももらおうかな。」
二人して俺の弁当をせがんでくる。
まぁ、求められることは嬉しいことだ。望み通り二人に少しづつ弁当を譲る。
「相変わらずうめぇ。そういりゃ今度、親が旅行に行くんだ。その時に俺の家で料理作ってくれよ。真治も来ていいぞ。」
悠斗から料理を頼まれてしまう。
「行けたら、行くわ。」
「それ、来ないやつが言うセリフじゃね?」
俺の返事を来ないやつが言うセリフと言われてしまった。
まぁいい、行けたら行くとしよう。
午後の授業も終わり、教室を出ようとした瞬間、声をかけられた。
「ね、少し私に付き合ってよ」
一瞬、時が止まったかのような感覚に襲われながらも後ろを振り向く。
有本ありかだ。
なぜ俺?そんなことを思ったのは俺だけではなかった。
クラス中がざわつきだす。
「いいけど、何か用?」
クラス中のざわめきにかき消されないように少し大きめの声量で返事を返す。
「付いてきて。場所を移しましょ」
そう言われ、俺は有本ありかの後を追う。
この少女を見るとなぜか恐怖心が湧いてくる。
早く切り上げて、バイトに向かいたいな。
そんな考え事をしていると、有本ありかの動きが止まった。
別棟の一階の端。自動販売機が設置されている場所と反対の端だ。
確かにここは人通りが少ない。ここで話をするのだろう。
何を話すことがあるのだろうか。
彼女の考えが全く読めない。
そんなことを考えていると、突然彼女は口を開いた。
「ごめんね」
少女は今にも泣きだしそうな、とても小さな声でそれだけを言い残して去っていった。
その声はとても小さく、教室から俺たちの後を付けて、盗み聞きをしようとしていた多くの生徒たちの耳には決して届いていないだろう。
俺は呆気に取られた。
は? 何が? 全く意味が分からない。
頭をフル回転し、彼女との接点を思い出していると、盗み聞きをしようとしていた生徒たちが一斉に寄ってきた。
『何話していたの?』『まさか告白?』『いやそれはないだろ』『あの子泣き出しそうだったぞ、何かしたのか』
とんでもない言いがかりまで付けられる。
俺が一番知りてぇよ。
そんなことを口にするわけにもいかず、
「内緒だ。」
と、それだけを言って、その場から逃げ出した。
俺は少女からの言葉の意味を考えながらバイト先へと向かった。
本当になんだったんだろう、明日もう一度聞いてみるか。
バイト先に着くと、いつも通りに挨拶をして、食材を仕込んでいく。
完全予約制のため、ファミレスのような忙しさは無いが、料理に求められるクオリティーは段違いの為、精神的にきつい。
俺は今日の予約をすべて終え、帰路につく。
この時にも、やはり頭の中は有本ありかが口にした『ごめんね』というセリフだった。
家についてもそのセリフが頭から離れることは無かった。
しかし学校とバイトの疲労もあり、すぐに就寝することができた。
そして翌日、俺は有本ありかに昨日のことを聞くため、普段よりも少し早く家を出た。
なんて言って彼女を呼び出そう。
そんなことで頭がいっぱいだった。
それもそうだ、いきなり俺が教室内で彼女に話があるからと呼び出したら悪目立ちしてしまう。
俺は極力目立ちたくないからな。
そうこうしているうちに、学校の敷地内についてしまった。
さて、どうしたもんか。
ひとまず、俺は教室へと足を向ける。
俺が教室へと入ると、目的の人物はもうすでに席についていた。
そしてそれを囲むように複数の生徒たち。
やはり声をかけるのは難しそうだ。
授業前に呼びかけることは諦めて、既に席へとついていた真治に声を掛け雑談をして時間を潰す。
それにしても、昨日の泣き出しそうな顔が嘘のように元気な笑顔だな。
俺は少し安堵し、今日の一限目の授業を迎えた。
彼女に声を掛けるチャンスはきっとある。
俺はそう信じて授業を受けていく。
しかし気づくと時間は十二時二十五分、昼休みだ。
俺は一体何をしているんだ。
もう他の生徒を気にすることは止めて、有本ありかに声をかけることにした。
普段はこんなことをするはずが無いのだが、昨日のことを確かめずにはいられなかったのだ。
「有本さん、少し話してもいいかな?」
意を決して声をかける。
「あっ、はい、よろこんで」
意外と好意的な返答が帰ってきて、少し気持ちが高まった。
「放課後、昨日の場所に来てもらえる?」
「わかりました、必ず行きますね」
俺は約束を取り付けることに成功し、胸をなでおろす。
俺は安心し、いつも通り中庭のベンチで真治と悠斗と共に昼食を取る。
「今日もいい弁当だなぁ」
「少し分けてくれよ」
いつものやり取りが始まった。
今度からいっそのこと、こいつら用に別でもう一つ作ろうかなと考えてしまう。
いや、めんどういな、やめておこう。
昼食を終え、午後の授業は眠気に襲われながらも乗り越えた。
よし、昨日のことを聞くか。
放課後、俺は昨日の場所へと向かう。
しかし、俺が約束の場所に着くと多くの生徒が集まっていた。
やっぱりか。
俺はどうしようかと考えていると、有本ありかから声をかけられる。
「教師の方から教室を一つお借りしました。そちらでお話しませんか?」
その手があったな。
俺は彼女に助けられながら、貸し切った教室へと入った。
教室の前の廊下は沢山の観客で賑わっているようだ。
まぁ、教室内の話し声までは聞こえないだろう。
外にいる生徒は無視して、目の前にいる少女に意識を向ける。
「昨日のことなんだけど、ごめんねってどういうこと?有本さんに謝られるようなことをした覚えは無いんだけど。」
俺は自分が聞き出したいことを真正面から彼女に伝えた。
しかし彼女は特になにか返事をすることもなく、寂しいような悲しいような、でも瞳の奥には少し嬉しさが隠れているような、そんな表情で俺を見つめた。
教室内は廊下の音が嘘かのように、静寂で包まれていた。
話題を変えて何か話そうか。
そんなことも考えたが、言葉が音になることはなかった。
一分ほど経った頃だろうか、少女はこの静寂を破った。
「昨日はいきなりあんなことを言ってすみませんでした・・・でも、私がこの学校に来た目的は達成できました。悔いはありません。」
彼女の言葉はまたも俺の脳裏にクエスチョンマークを連発させる。
ん? 学校に来た目的? 俺に謝ることが?
昨日も全く意味が分からなかったが、今日は遥かに理解しがたいな。
「ごめん、全く意味がわからない。もっと詳しく教えてもらえないかな」
俺は彼女に素直な気持ちをぶつける。
「私はあなたに謝りたくて、この学校に転校してきたんです。あと、私のことはありかって呼んでいただいて大丈夫ですよ」
「ん? 俺に謝るために? てか俺のこと知ってるの?」
「はい、もちろん存じ上げておりますよ」
名前で呼ぶことを承諾されたことなんて気にする余地もなく、彼女へひたすらに質問をぶつける。
どうして俺のことを知っているんだ、どこで知り合ったんだ、なんで謝るんだ、彼女に聞きたいことが溢れ出る。
一旦、落ち着くことにしよう。
聞きたいことは山ほどあるが、先ほどの彼女の返答からして、重要な部分は全てはぐらかされている、つまり、俺にすべてを話すつもりは元から無いのだろう。
だったらここで彼女を質問責めにすることは間違っている。
彼女は無理を言ってこの学校へわざわざ入学した、それも俺のために。
だったら俺もこの一年をかけて彼女と向き合うべきだ。
俺が次に口にすることはすぐに決まった。
「なぁありか、俺と友達になろう」
彼女の綺麗な瞳が少し滲んだように思えた。
「・・・もちろんです、よろしくお願いしますね」
俺とありかの日々が始まった。
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